好奇心の獣 ~禁断の新魔術~
突如、私を謎空間に連れ込んだ女神を名乗る謎の光。
相手世界の事情と詳細はまだ聞いていないが、なにやらそのきっかけは――こちらの世界のせい。
それも魔王様と私の行動が因となって、あちらの流れを変えてしまったようだが。
……。
ふと賢い私。
冬毛モコモコな大魔帝ケトスは、闇空間の中で考える。
なんか結局の所さ?
今回も、元を辿ればショゴスエンペラーくんを誕生させた、私のせいな気もしてきたけどさ?
そんなのあくまでも結果論だし。
そもそもだよ――?
ショゴス君を労働力として使ってるみたいなことを言ってたし。
ショゴスキャット化した彼らは、自ら望んで魔王軍に残っているわけなんだから。
何が言いたいかって言うとだ。
やっぱり私も魔王様も悪くない!
ででーん! 証明終了!
そんなわけで、素敵キャットな私は影支配の能力を発動!
闇の中に作った影の玉座によじ登り。
ふふーん♪
首のモフモフを見せつけドヤァァァァァ!
謎の光を見下ろしてやったのだ!
『くはははははははは! 我の正当性が証明された今となっては、なにも畏れることはない!』
「え? ちょっと、なにいきなり……うわぁ、偉そうな髯ねえ……なんか、すっごいその鼻をツンツンしてやりたい気分なんですけど……」
と呆れた声を漏らすのは、闇の中でホタルのように漂う光。
女神を名乗っているのだが……はてさて。
そんな光を眺めて、私はスゥっと瞳を細めていく。
『さて、君の名前を聞きたいところだったんだけど。その前に確認しておきたい事がある』
「なに? 真剣な顔をしちゃって、もしかして!? やっぱり、美の結晶たるこのあたしの、美声に惚れちゃったのかしら!?」
こいつ……。
なんか色々とダメそうだね。
まあいいや。
『そっちの奥の方にいる怪物は、君の眷属とか仲間かい?』
告げた私の目線。
紅き瞳が示す先には、異形なる怪物が顕現し始めていた。
◇
闇の中に更に生まれる闇。
ここはおそらく、この残念やっぱり女神が支配している空間の筈なのだが。
それを破って顕現しているのなら……。
「げげ! なんであたしの空間に入ってこれるのよ!」
『ねえ、君って……もしかしてあんまり強くない感じの女神なの?』
玉座の上からジト目で指摘する私に、やっぱり女神はくわっと叫ぶ。
「はぁぁぁぁぁあ! ふざけんじゃないわよ! このあたしを誰だと思ってるの? 女神よ女神、豊穣を司る地母神よ?」
『って、言われてもねえ……物理法則も魔術法則も異なる別宇宙の存在について、私は詳しくないし。地母神とか言われてもピンとこないんだよね』
まあ、侵入者さんは彼女の味方ではなさそうである。
闇に浮かぶ残念女神が、まるでゲームのナビゲートをする妖精のように光り出し。
緊張した声で言う。
「気をつけてね、こいつらはあたし達の世界を荒らしまわっている敵よ――油断はしないで頂戴」
……。
『いや、なんで君に味方することが前提になっているんだい?』
突き放すような声で言ってやる。
別に魔王様との就寝タイムを邪魔されたから、めちゃくちゃ怒っているって訳ではない。
「は? ちょっとあんた! 味方しないつもりなの!?」
『当然だろう』
「女の子が困ってる所を助ける、それが救世主の仕事ってもんでしょうが!」
女の子っていうか、こっちから見ればただの光だし……。
『じゃあ逆に聞くけどさあ……、寝ている所を強制召喚して、目覚めなさいなんて言ってくる相手を信用するかい? しかも救世主とかいきなり言い出す、痛い相手だよ』
光が、ぐぬぬぬっと器用に唸り出し。
「誰が痛いよ! 誰がっ!」
『えぇ……無自覚だったのかい』
漏れたのは、心底呆れた猫吐息。
玉座の上から、はふぅ……とため息をつく私、とっても優雅だね。
やり取りをしている間にも、謎の存在は空間を破って侵入しはじめている。
何もない空間から、長い弦のような腕がダン!
ギギギィィ……。
発生したのは、ガラスを引き裂く音を彷彿とさせる振動だった。
周囲を軋ませ……。
ギギギギギギ!
この空間に無理やり顕現しようとしている。
当然、私は耳を後ろに倒し嫌な顔をする。
『なんか話を聞きそうにないタイプだね、これ。たぶん君にとっては敵なんだろう? そっちでなんとかしておくれよ』
こっちは完全部外者モードで高みの見物なのだが。
「ぎゃあぁああああああぁぁぁぁ! 本当にそろそろ敵が顕現してきちゃうわよ、完全顕現よ!? どうするつもりなのよ!」
『あのねえ、助けて欲しいならなにかあるだろう。お願いしますとか、報酬を用意するとか。さすがに温厚で善人な私でも、無報酬で別の宇宙に干渉するつもりはないよ?』
言いながらも怪物の侵食は進んでいる。
バリっ!
腕のような弦により破れた空間から……グモモモモ!
ホラー映画のように現れようとしているのは、昆虫人間……?
いや、その顔は魚のような形状だし。
昆虫っぽく見える胴体も、よく見ればなかなかにエグイ。
土座衛門のような腹、というか……膨らんだガスが詰まっている。
『こちらの世界では観測されていない存在だね、なんだいこれは』
「あたしたちの世界に干渉している敵よ!」
凛と叫ぶ光に、私はツッコミを入れるしかない。
『私が聞きたいのはそういう情報じゃなくて。どういう習性で、どういう戦い方をしてくる存在なのか。殺してもいいのか、それとも操られているだけかとか。こっちには一切の情報がないんだ、対処しろって言われても後からタブーを口にされたんじゃ困るのさ』
前に遭遇したことのある科学ゴーレムみたいに、倒したら自爆!
なーんて厭らしい仕掛けがあるかもしれない。
こちらの魔術は封じられているのだ、油断はしたくないのだが。
「そんなのあたしも知らないわよ! だって、いきなり襲ってきてるんですもの!」
『うわぁ、この女神……使えないにゃぁ……』
つい本音が漏れちゃったけど、別にいいよね。
「なによなによ!」
光をペカペカさせつつも、私に頼るしかないのは分かっているのだろう。
光が観念したように、宣言する。
「分かったわ、あたしの負けよ。報酬ね――そうね、ならもしあたしの世界を救ってくれたら、女神のキッスを差し上げましょう! いやあ、ついてるわねえ、女神のキッスよキッス。接吻よ!」
『つまり無報酬と。じゃ、私このまま影に入ってドリームランド経由で元の世界に帰るから』
本当に帰ろうとする気配を察したのだろう。
ナビゲーター妖精みたいに、人の周りをぐるぐると大慌てで回り出した女神は言う。
「うぎゃぁぁぁぁぁ! あんた、マジで帰る気でしょ!? 分かった、分かったわよ! あたしの世界の魔導技術を伝授する、それとこっちの世界のグルメを用意する! アンタの心を読んだときに弱点は把握済みなんですからね、これでどうよ!」
ここで頷くのは素人。
私はお約束というヤツを理解していた。
『そっちの魔導技術は私じゃあ習得できないとか、グルメもマズいモノしかないとか。そういうオチじゃないだろうねえ……』
「ネコって好奇心旺盛なんでしょ! もっと食い付きなさいよ! 本当に大丈夫だから! なんなら今、元素魔術を一つ伝授するから! それが発動できれば証明できるでしょ!」
元素魔術?
そういう言葉自体はこちらでもある。水とか火とか、風とか土とかのよくあるファンタジーな属性である。
火炎の弾を飛ばしたりすれば火属性。突風を起こしたりすれば、風属性とか。
まあ単純な分類である。
もっとも、元を正せば全ては魔王陛下の生み出した魔術式。
根源はすべて、プラズマ球なのだろうが。
しかし、別の宇宙の魔術となると興味はちょっと湧いてくる。
『オーケー、とりあえず君がいう魔術が存在するかどうか、それを証明するためにも何か一つ教えておくれ。私はその魔術を解き放つ。ただし、一回きりだ。君はこの状況をどうにかできる魔術を私に伝授すればいい』
ようするにだ。
テキトーな弱い魔術を教えようものなら、この状況は打開できない。
そのまま謎のサカナヘッド土座衛門に、彼女はやられてしまうだろう。
それを解決するには、一発で敵を一掃できるランクの魔術を私に伝授する必要が生まれる。
いきなり別宇宙の高ランク魔術をゲットしたい。
そういう駆け引きなのである。
「だぁああああああああああぁぁぁぁ! あんた、せっこいわね! いいわ! 本当はルール違反だけど、あたしも死にたくないし。元素の枠から外れた特殊系統、エーテル魔術を教えてあげるわ!」
やけくそ気味に叫んだ光が、神々しい光を放ち始める。
「豊穣の女神、アスタルテの分霊たる我が命じる。この者、異界のネコ神大魔帝ケトスに我等が魔術の叡智を授けん……ほら、授けたわよ! 知識は授けたから、とっととなんとかしなさいよ! この強欲ネコ!」
『ふむ……なるほど。私の魂と脳内に、百科事典を送り込んだみたいなものか。契約成立だね。いいよ、これで魔術が発動したら君の話を信じようじゃないか』
言って私は肉球を構え。
すぅっと息を吐く。
対象はもう既に顕現していた謎のサカナヘッド土座衛門。
しかし……いきなり魔術の知識を渡されたもんだから、どれを使ったらいいか分からないな。
……。
まあ、この隠しページ。
厳重に封印されている最後のページ。
ラストワン――絶対に使ってはいけない始祖魔術ってのでいいかな。
本当は絶対に見えないようになっていたみたいだけど……私、大魔帝ケトスだからね。
天才ニャンコだからね。
見えちゃいけないモノも、見えちゃうんだよなあ、これが。
「ちょっとぉ、早くして欲しいんですけどー? 適当な広範囲攻撃系の魔術を選んで、パパパってやっちゃって欲しいんですけどー? って、ま、まさか! あんた、このあたしが伝授してやった魔術が使えないとか!? そういう残念なことになってるんじゃないでしょうね!?」
言って光は腹を抱えるように笑いだし。
「マジうけるんですけどー! あんなに偉そうにしてたのに、ぷぷぷー! 使えないって! もう、やだあ! ぶひゃひゃひゃひゃ! お腹痛い、笑い過ぎてお腹が痛いわ!」
こいつ。
私が魔術をぶっ放さないと自分が危ないって事、完全に忘れてるな。
しかし、私はムスーっと片方の猫口だけをピクっとさせる。
バカにされるのは、すんごいムカつくよね?
絶対にこれ、この隠し魔術を使ってくれっていうフリだよね?
よし!
もう知ったこっちゃない。
ここでやらかしても、私の世界には影響ないし。
そっちがその気なら、やってやろうじゃないか!
『すまないね、待たせたようだ――名前も知らない君、今の内に先に詫びておくよ。悪かったね』
「ん? 何の話? まあ素直に謝るっていうのなら、許してあげるけど……妙に殊勝な態度ね」
私は事前に詫びた。
彼女は許してあげると言った。
魔導契約の完了である。つまり、これから何が起こっても私のせいじゃない。
悪戯ネコの顔で、にへら~っとチェシャ猫スマイルをした私は――。
キィィィンと肉球から未知の魔法陣を展開。
これは、いけそうだな。
別宇宙の言語と法則を、私の世界の魔王様魔術に置換して、と。
『其は世界を覆う全にして一。夢見る世界の創造主。我はケトス。大魔帝ケトス。汝の力を引き出し、我が前に立つ敵を滅する夢世界の支配者也』
呪文によって異界の神と情報を接続。
ネコ毛がぼわぼわモコモコっと膨らんでいく。
夢世界が揺れている。
「ね、ねえ……あんた、どの呪文を唱えようとしてるの?」
『今この刹那。汝の夢の終わりの一時を引き出そう。踊れ、狂え、狂乱せよ。汝を取り巻く神はいない。さあ、目覚め給え。覗き給え。知り給え。其は世界そのもの。さあ、我が声に耳を傾けよ! 汝の名は――』
私の詠唱に、ぶびゅっと息を漏らし。
光が騒ぎ立てる。
「ちょ! あんた、まさか――っ。あの方の魔術を読み解いたの!? え? なんで? ロックしておいたはずなんですけど!? ていうか! やめなさい! そんなもんぶっ放したら、ますますウチの世界が大混乱して……」
止めようとしてももう遅い!
絶対に使っちゃダメとか言われたら!
やりたくなってしまうのが、ネコのサガ!
『異なる世界の創造神:《天壌無窮たる万物神》!』
伝授されたエーテル魔術。
新魔術の発動を確認!
その瞬間。
くおぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉっぉぉぉぉおぉおぉぉぉん……。
無が、そのまま顕現し。
音のない音が、空間そのものを拒絶し呑み込んでいく。
私を捕らえていた夢世界が、崩壊し――顕現しかけていたありとあらゆる敵を、空間ごと消し去っていた。
宇宙そのものが暴れている。
そんな印象である。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ! 本当に発動しちゃってるし!」
『これで一網打尽だねえ!』
我ながら完璧なコントロール!
ご満悦! 新魔術をいきなり操れてしまって、とっても気分が良いのだが。
女神を名乗る光は尋常ではない動揺をみせ。
「だねえ! じゃないわよ! このぶっとび暴走猫! どうしてくれるのよ! これ、たぶんしばらくこの空間で暴れ続けるから! 他世界にも助けを求める事ができなくなっちゃったじゃないの!」
なぜか私にお説教である。
『えぇ……だって君がぶっぱなせって言ったんじゃん』
「言ってないわよ! 都合よく解釈しないで!」
思い返してみるが……。
ああ、挑発されただけでそこまではいわれてなかったか。
まあいいや。
暴れ続ける宇宙の流れを見ながら、私は玉座でどでーん!
あんよの肉球を輝かせながら大笑い。
『くははははははは! 我の勝利である!』
「あぁぁあああああぁっぁあ! もうこの空間を維持できないし、このまま世界に帰還しないといけないし。ちょっと! いい? 大魔帝ケトス! あんたはたぶん、このままあたしの世界に顕現するだろうから、責任取って、ちゃんと世界を救いなさいよ! こうなったのは、全部あんたのせいなんだからね!」
人のせいにしないで欲しい。
そう言おうとしたが、既に私の身体は別空間を漂っていた。
転移現象だろう。
「あたしに……質問があるなら、教会で祈りなさい……女神である――あたしは、そこで……繋がって……れんらく」
ぷつん。
と、ノイズが消えてしまう。
どこか別の場所から送っていた思考、中継が途絶えたといった所か。
なんか私の放った魔術は明らかに禁術。
あまりにも規模のデカい魔術だったのだろう。
周囲がすんごい事になっているが……気にしない!
荒れ狂う闇の中。
私はそのまま、別宇宙の流れに呑み込まれ……異世界転移。
この夢世界から強制排出されてしまった。
はてさて。
これからどうなるのか。
とりあえず、影世界を利用すればいつでも帰れるみたいだし――。
猫目石の魔杖を通じて、魔王様は事情を把握しているだろうし。
適当に散歩して、飽きたら帰れば――いっか!




