勝利の宴と戦後処理 ~大魔帝の奇跡~
勝利を飾った月夜の晩は、魔力照明とたいまつの灯りで明るく輝いていた。
ドラゴンの串焼きを口の中でムッチャムッチャしながら、私は宴会場となった平野を見た。
民たちは教会の魔の手から解放されて大いに賑わっている。
料理を続ける猫コックを中心に円となり、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだ。
こういうのも。
まあ、嫌いじゃない。
召喚したままになっている猫コックが街に入れそうにないのと、その場で調理をしてしまったため、宴はそのまま女神の双丘にて行われたのだ。
ちなみに教会軍は現在、帝都で取り調べを受けている。
個人の犯罪を特定し、罪ある者は裁き、罪を犯さずいた者はそのまま釈放という流れになるそうだ。
教会本部は今回の件に深く関与はしていない。
ということになっている。
無論、司教の暴走を見逃していた戦犯ではあるのだが。あまりに重い罰を与えてしまうと、信仰が途絶えてしまうとホワイトハウルが神の使いとして進言したのである。
その流れのまま。
皇帝ピサロの許可も得て、帝国内の教会は白銀の魔狼の監視下に置かれる事となったのだが――。
ガハハハハと酒とドラゴン肉を貪り吠えるホワイトハウルを、私はちらり。
こいつ。
結構暴走するし。
人間には容赦ないし。
公明正大過ぎて融通が利かないけれど、本当に大丈夫なのだろうか。
おそらくお布施のピンハネをしただけで、一発でその教会が荒野になるレベルの絶対恐怖の管理になると思うのだが。
一見するとタダの人懐っこいシベリアンハスキーだからね。
たぶん、人間たち。
こいつのこと優しいだけのワンコだと誤解してるだろうなあ……。
一回目の不正の時に、とんでもない神罰が下るだろうが。
まあ――教会全体がこれだけの事をやらかしていたのだ、その上で更に罪を働くのならば自業自得である。悪い事をしなければ問題ないのだから。
ようするに。
私は知らん顔をすることにしたのだ。
そんな私に近づき、
「ケトスさま……ありがとうございました」
と、私に感謝の言葉を示してきたのは。
メンティスの押す車椅子に乗った当主クリーメスト。
大魔帝であり大魔族である私と知りつつ、今回の件の解決を依頼してきた勇気ある中年。
ある意味英雄である。
『身体はもう大丈夫なのかい?』
「おかげさまで、もう走れるぐらいにはなったのですが」
ちらりと従者の貌を見る当主。
メイド長女メンティスは、困った様に笑いながら苦言を呈した。
「駄目ですよ。まだ安静にしていないと。長時間の呪いのせいで魔力も筋力も衰えてしまったのですから、ゆっくり回復していきましょう」
「やれやれ、過保護が過ぎる」
「ふふふ、回復したらビシバシ働いてもらいますからね。だから、今はどうかお休みくださいまし」
二人は、こりゃまあ。
くっつくだろうなあ……。
そんな従者と主人の恋事情の後ろ。
平野になった宴会場に、少女の声が響く。
三女のドーラだ。
「えぇえええええ!? ピサロさまって、皇帝陛下だったのですか!?」
「うむ、まあ良いのだぞ。そなたの姉には世話になった。此度の戦いの英雄の一人なのだ、その妹であるそなたならば、余の傍に侍っていても問題あるまい」
「はわわわわ、どうしましょう。なんども失礼なことを言っていた気がします」
口元に手を当てて狼狽する少女の目を端整な顔立ちが覗き込み。
「可憐なる乙女の愛らしい言葉であったからな。問題あるまい」
「可憐だなんて、そんな……は、はずかしいです」
「余、余も少々……恥ずかしくなってきたが……ほら、一緒に、ドラゴンステーキをたべんか?」
「はい……喜んで」
仲睦まじい姿を見せつけてはいるが、皇帝のアタックはそこで止まってしまう。
たく、小学生の恋愛じゃあるまいし。
皇帝、もっとガツンといかんかガツンと!
それはさておき。
種族繁栄のためにはそりゃまあ恋愛も重要だが。
可哀そうなのはメイド三姉妹の次女だろう。
民兵や帝国正規軍人の給仕で忙しくしているが。
これ。
この娘だけ完全にラブラブ空間から取り残されてるよね。
実際、彼女はほんのちょっぴり寂しそう。
男勝りの性格らしく、食事を待つ荒くれどもとうまくやっているようだが。その横顔には、少しだけ寂しさが滲んでいるのだ。
まあ、でも。
さすがにそこまで気にするのは私の仕事じゃないし……。
仕事と言えば――。
さて、私はそろそろ私の仕事をしなくてはならないだろう。
別にいつもの様に、下衆な人間を消しに行くわけではない。
勝利の宴は明るいが――戦争というものはそれだけではない闇も抱えている。
どれほど正義や大義を謳っても、所詮は人殺しなのだ。
まあ、殺戮の魔猫と言われるほどに他者の命を奪っている私が今更、青い倫理観を語るつもりはないが――できることはしてやるべきだろう。
私はメンティスに少し席を離れると魔術でメッセージを送り、転移魔法陣を足元に展開した。
◇
戦場となっていた女神の双丘の片隅。
野戦病院となっていたテントに私は転移していた。
ここには負傷した両軍の兵士が眠っている。
治癒が完了し眠っている者と、そうでない意味で眠っている者もいる。
相手が教会軍だけあって帝国軍側の癒しの手は圧倒的に足りていなかった筈だが、よくやっている。
本来なら最初から手伝っても良かったのだが――断られていたのである。
もちろん棘のある断り方ではなく、自分たちに任せて宴会に参加してくれ、というやんわりとした言い方だったが。
ともあれ。
魔族である私に、治療系統の魔術や奇跡の行使をあまり期待してはいなかったのだろう。
まあそれが普通の魔族なのだ。
基本的に魔族という存在に、他者を癒す能力に秀でた者はいない。
憎悪や怨嗟を力の源とする者が多いからだ。
その認識は常識の範囲では間違っていなかったが、自分で言うのもなんだが、私は常識外の存在だから仕方がないね。
さすがに、死を間近にしたこの場所でドヤ顔をするつもりはないが。
私は転移した直後に、見知った顔をみつけて声をかけた。
『やあ、突然すまないね。驚かせてしまったかな?』
「転移魔術! あ……っと、申し訳ありません。これはケトス様……いかがなされましたかな」
怪我人の治療を行っていた皇帝お付きの賢者が私に気付き、恭しく礼をしてみせた。
治療魔術を扱える賢者の弟子も、同じく私に頭を下げた。
この方があの……そんな呟きが聞こえる。
これではこちらが賢者の師匠みたいである。
教会軍でまともな信仰心を持った者も治療を手伝っていたのだろう、何人か魔力の枯渇した疲弊する聖職者の姿が見える。
神の奇跡を行使した神聖な魔力で満ちている。
なんだ、ちゃんと協力できるんじゃないか。
人間同士なのだから、最初から敵対なんてしなければよかったのに……とは、これもさすがに口にはできないか。
私は、猫の眉毛を片方下げる。
『ま、治せるのに治さないで放置するって言うのも、寝覚めが悪くなるからね』
「もしや、ケトス様は回復の心得もおありで」
『自分で言うのもなんだけど、まあ大抵のことはできるからね。それで、どういう状況だい? 見たところ治癒可能なものは既に治療済みみたいだけれど。何かあれば手伝うよ』
「それは大変ありがたいのですが――もはや、出来る限りのことは。既に」
言って、賢者は老いた頬を少し疲れさせ。
ゆっくりと肩を落とした。
全員は、助けられなかったのだろう。
無事だった者とはカーテンで仕切られたテントの奥。聖職者が神に祈りを捧げていた。
そこにいたのは。
横たわる人の形をした、戦争の爪痕。
死者に数えられる者と生者ですぐに空間を分けるのは、不死者の実在するこの世界では常識なのだが、少しだけ物悲しい。
『手遅れだったのかい?』
「はい――魂の維持だけはできたのですが。それ以上は……」
賢者の目線が差す先に私は目をやった。
心臓を貫かれた若い戦士だ。
肉体の損傷は応急処置で繋がっている。
魂もまだ、繋がっている。心臓は、もはや動いていない――今にも消え去りそうだ。
それでも――私は重体者の体に肉球を乗せ、安堵の息を漏らした。
『ここまでやれたのなら上出来さ。大丈夫、君たちは誇っていいよ』
「と、仰いますと……まさか!」
『ああ。なんとかなるよ――様子を見に来て正解だったかな』
言って、私は猫獣人へと姿を変貌させる。
いつもの無駄な演出ではない。
単純に、猫の姿だと身長が足りずに様子が見難いのである。
魔杖を亜空間から取り出す。
テントの地面全体に十重の魔法陣が刻まれる。空間そのものが私の魔力で満ちていく。時間逆行魔術の影響下に置いたのだ。
賢者の片眉がピンと跳ねた。
対象者の時間を停止させた、つまりこれ以上、死が進まないようにしたのだが、それを察したのは彼一人みたいである。
さて、これだけでは蘇生に近い治療はできない。
猫目石の先端を肌に押し当て意識を集中させる。
負傷した心臓を魔術で強化し、血液の流れを魔力の糸で繋いで定着させていく。
同時に、私は祈りを捧げた。
『主よ、我は汝の眷属を癒し――命を保つ者也。たとえ我と汝、永久に相容れぬ存在なれど、哀れな命を想う気持ちは同じなり。我が手に、神の奇跡を』
失っていた生命力が、神の奇跡で再生されていく。
緑の淡い輝きがテント内に広がる。
天から降りてきた光が、充満する。
魔術による時間干渉魔法陣と、神の奇跡による同時多重魔術。
緑の光に包まれたテントの中で、賢者が緊張と疲れで乾いた唇を上下させた。
「時を操る時間魔術。魔力糸を操る医療魔術……それに、これはまさか……最高位の神の奇跡、古より名だけを伝えられ数名の使い手しか存在しない伝説の御業、主による奇跡の復活。ケトスさま、あなた様はいったい……どれほどの叡智を修めておいでなのですか」
リザレクション。
その言葉を耳にした聖職者たちの瞳が驚愕に揺らぐ。
『リザレクション……か』
「ええ、間違いなく。これはリザレクションでございますが……それがなにか」
『いや――なんでもないよ』
これ、そんな定番のださ……古臭い名前だったのか。
いかにも僧侶系っぽい名前だし。
ちょっとショックである。
どこの世界も、そんなものなのかもしれない。
異界の魔術書にも、やはり同じような名前の術は多いし――人間、世界や環境が違っても、考えることにそう違いはないのだろう。
私の魔術と奇跡を食い入るように見つめる賢者に、私は言った。
『魔族の私が神の力を扱えるのが、そんなに不思議かい?』
「え、ええ……大変失礼ながら……考えてもおりませんでしたので」
『結局は全て魔力をどう扱うかの差でしかないし――まあ、内緒だよ。魔族が神に願ったなんて知れ渡ったら、恥になるからね。君たちも、どうか口にはしないでおくれ』
私は一人の戦士の傷を完治させると、次に危ない、あばら骨を露出させている魔術師に魔杖を翳す。
こちらは傷さえ完治させてしまえば、すぐに日常生活に戻れるだろう。
夜のテントに次々と、神の奇跡の光が灯る。
ついでだからとそれほど重傷なモノでない負傷兵の傷も治してやった。
まあ、これはオマケかな。
敵であった聖職者が、私の奇跡の御手を目に焼き付けながら呟いた。
「どうして、ここまでしていただけるのですか」
『敵じゃないからかな』
敵にすらならない弱い魂だから。そのままの意味で、今はもう敵ではないから。
どちらの意味でもあった。
『まあ、深い意味はないけれど――そうだね。もし目の前で踏みつぶされそうな猫がいたら、君たちも助けたりするだろう? それと同じさ。助けられるのに助けないのは、気分が悪くなるモノなんだよ』
「その慈悲に……神に代わり、心よりの感謝を申し上げます」
『ただ勘違いはしないでおくれよ。私は魔族だ。今はこうして気まぐれで治してあげたけど、次の機会には分からない。それと――今は敵対関係ではないとはいえ魔族は危険な存在だ。間違っても私と同じとは思わない方がいい』
つい、警告までしてしまった。
口が勝手に動いていたのだ。
少し、酒が入り過ぎているのだろうか。
『さて、とりあえずはこれで全部かな』
「はい、この度は陛下に代わり最大級の感謝を捧げさせていただきます」
私は猫の姿へとその身を戻し、ふぅと息を吐いた。
ちょっとだけ疲れたのだ。
賢者たちはまた、深い感謝を示して見せる。
聖職者たちは目の前で奇跡を見せつけられたせいか、その顔色が明らかに変わっていた。
五体投地する勢いで頭を地に擦り付け、奇跡への感謝を示していた。
まあ、人間。
自分たちには不可能な治癒の奇跡を見せつけられると、大抵こうなるのだが。
これ……また私の信仰度上がってるな。たぶん。
神から信者と信仰心を奪ってしまった気もするが。
神には悪いが、そのうち信仰が逆転しないだろうな……さすがに人間たちの神になるつもりは絶対にないからちゃんと頑張ってほしいものである。
さて。
私は代表である賢者に告げた。
『じゃあ、私は行くよ。お腹も空いたし宴の再開さ』
「この大恩はいずれ必ず、人間として報いてみせると誓いましょう」
『ま、期待はしないで待っておくよ。あー、そうそう。ちなみに私は甘いものもしょっぱいものも何でも好きだ。できたら両方用意しておいておくれ』
賢者はその言葉で催促の内容を悟ったのだろう。
深く頭を下げた。
本気の感謝を示している彼らに食事で返せとちょっとヒントをだしたのだ、そのうちきっと、美味しい貢ぎ物があるだろう。
私のネコ耳はピクピク跳ねていた。
『まあ本当に今回は気まぐれさ。変な勘違いはしないでおくれよ――それじゃあ、またね』
なんとなく、深い感謝が恥ずかしいので私はそのまま転移魔術で宴会場に戻っていた。
やっぱり慣れないことなんてするんじゃなかったかな。
なんか。
すっごい、尻尾も、耳もヒゲも……そしてなによりも胸が、妙にムズムズとしてしまった。
そんな私を見つけたのか、メイド長女メンティスが声をかけてきた。
「なにかとてつもない魔力の波動を感じたのですが、何かあったのですか?」
『いや、大したことじゃないよ』
「ふふふ。ケトスさまの大したことないは、あまり信用できませんね」
魔力照明と月の灯りで賑わう宴会場。
メンティスの微笑が、いまだにちょっと照れている私のヒゲを眺めていた。
勝利の夜は長い。
宴はまだ続く――。




