エピローグ:学園編 ~魔猫がもたらすハッピーエンド!~
あれから数日が経っていた。
現在この私、大魔帝ケトスも魔王陛下達とは別口で事後処理中。
今日も今日とて、書類仕事や損傷した空間の修復などで、てんやわんや。
ま、レイヴァンお兄さんは魔王様の兄。
彼が起こした事件の後始末なら、仕方がない。
大人の対応を続けている私、とっても偉いね?
そんなわけで!
今は最も大事な儀式の真っ最中。
とある青年を動物だけの棲み処となった楽園に呼んで、転移してきたその瞬間にすかさず、猫目石の魔杖をゴゴゴゴゴ!
『其は冥界の神たる資格のある者なりや。前任者、冥界神レイヴァンの許可をここに示すモノなり。さあ、今こそが契約の刻――汝こそが法律、正しく生死を覗く瞳となるがいい!』
問答無用に魔術を発動させていた。
転移した瞬間に、膨大な魔術式の光に包まれた青年は――。
細身な身体をビクりとさせて。
「って、おい。駄猫。いきなり何をって……うわぁああああああぁぁぁ!?」
ズゴガァァァアアアアァァァ!
生命の樹が、天を衝くほどの私の儀式魔法陣で揺れている。
私の尻尾も揺れて、モコモコな毛も揺れている!
赤い瞳をギンギラギン!
ドヤった私は、ビシっと勝利のポーズ!
『ぶにゃはははは! さすが私、天下の大魔帝! 継承の儀も華麗に一発成功なのニャ!』
冥界神を失った世界は大変面倒な事になる。
なにしろ死者を受け入れ、管理する神が居ない状態なわけだからね。
なので!
真っ先にやったのは次の冥界神の選定。
なんだけど、実はこれももう準備済み。
光の柱が消えたことを確認すると、私は青年の肩をポンと肉球で叩き。
にゃははははは!
『というわけで! おめでとうヘンリー君、君が暫定的な冥界神だ。いやあ、凄いねえ。大出世だねえ、私も鼻が高いよ!』
「ちょっと待て、駄猫教師……おまえ、まさか! 僕の許可なしで勝手に契約したな!?」
言われてすぐに事情を察したのだろう。
かつてのひきこもり王子、ヘンリー君は血色の良くなった顔を神経質そうな手でおさえて。
剣も握れるように成長した細い長い指を、ぷるぷるぷる。
「……おい、駄猫。僕はまったく、そんな話、聞いていなかったんですけど?」
『そりゃあ言ってなかったからね』
私の可愛い生徒なのだが。
額にでっかい青筋が浮かんでいる。
ま、いきなり冥界神になれって言われたら、こうなるよね。
あ、言ってはいないか。
いきなり冥界神としての神格を付与したら、こうなるよね。
はぁ……息を吐いたと思いきや。
ダン――。
用意していたお菓子テーブルを軽く叩き、ヘンリー君が叫ぶ。
「あんたはいつだってそうだな!」
『にゃははははは! 悪いね、でも引き受けてくれるんだろう? 君は私の愛弟子。それも直々に指導をした、特別な存在だ。私は君が冥界の神としてやっていけるだけの力と魂。そして平等で公平な審判を下せる心を、ちゃーんと君に授けていたつもりだ』
まっ正面から褒めてやる。
事実なのでウソではないと相手も知っている。
顔が赤くなっているのだ。
「そういうお世辞は、いや、たしかにあんたのおかげで僕は成長したけどもだな! 現実問題、いきなりは無理だろう」
『大丈夫だって。この私の世話係ができたんだ。どこでもやっていける気力も力も、君は既に兼ね備えているよ。冥界神ぐらい、何をするか分からない私の対応よりも楽だろう?』
これも事実。
ヘンリー君は、うじうじとしつつも、肩を落とし……考えている。
どうせ私は折れない、一度決めたらなんとしてでもゴリ押す。
それを知っているのだろう。
歯向かっても無駄と思ったのか――。
ヘンリー君は渋々といった様子で、溜め息に諦めの言葉を乗せる。
「はいはい、引き受けますよ。引き受ければいいんだろ。あくまでも一時的、レイヴァン神が回復するまでだからな。それで、いつから冥界神になればいいんだ?」
『今日、これからだよ?』
一瞬。
ぶちっと音がした気がする。
ゴゴゴゴゴっと、まるでヒナタくんのように怒りを背後に浮かべ。
くわっ!
「駄猫! おまえ! いつも思うが、そういうところだぞっ!」
『そういう所も可愛いねって、魔王様もいつも言ってくれるし?』
あ。
ヘンリー君の口元が、ピクピクとしてる。
突然な話だが、まあ突然な事件だったんだから仕方がない。
『えーと、うん。まあ、なんだ。もう冥界神認定の儀は無事に完了してるし。レイヴァンお兄さんが引き継ぎの準備を終えている筈だから、悪いんだけど――準備が済んだら、そのまま向かっておくれ』
返事がない。
ただのしにがみ貴族のようだ。
仕方がない、私は教師――こういう時の対処法も知っている。
ちょっとやる気をださせてやるか!
『いやあ、これで君のお父さんとの契約も完全に達成だね。引きこもりから、一つの世界の冥界神なんて大出世じゃないか。大出世どころか、下克上だよね。追放された元引きこもり、天才魔猫の修行を終えて冥界神になったけど、今更僕を持て囃してももう遅い! って感じだよね!? お父さんに自慢してくればいいんじゃないかな?』
言われてヘンリー君は、なるほどと顎に指を当て。
にひぃ!
そう、彼は日本のサブカルチャーに弱い。
『それに、冥界神でありながら学校に通うなんて、なんか主人公っぽくない? もし私が学生時代だったら、うっきうきで尻尾を揺らしちゃうんだけどなあ』
生徒の心をくすぐる私。
とっても策士だね?
「ったく、駄猫! いいか、レイヴァン神が戻ってくるまでだからな! 父さんの事は関係ないが――と、とりあえず、姉さんにも冥界神になるって報告してくるから――僕はいくぞ!」
満更でもなくなってきたのだろう。
告げたヘンリー君は転移魔法陣を自ら作り出し。
ワープ!
楽園の草原を揺らして、この空間から旅立っていく。
あの焔鎧のお父さん。
メチャクチャびっくりするだろうなあ。
たぶん、冥界神のランクとしてはヘンリー君が最上位となる。
お父さんでも、頭が上がらなくなるだろうし。
引きこもりの息子の成長を頼んだら。
冥界神となって帰ってきた!
ってなったら、度肝を抜かれるよね。
あとで、遠見の魔術で観察してやろ。
さて、これでレイヴァンお兄さんが心配するだろう問題の一つは解決。
お兄さんが冥界神としての権能を取り戻すまでになるか。
そのままヘンリー君が引き継ぐかは、彼らの問題だが……どうなるんだろうね?
問題が解決したという事は、この生活の終わりも近づいているという事。
なぜだろうか。
それが今の私には、ちょっと寂しいとも思えていた。
ダンジョン領域日本での生活、けっこう楽しかったよねえ。
ぼんやりと空の色と雲の流れを眺めていると。
転移の波動が、楽園を包み始めた。
これは――人間としては強い部類だが、魔力自体はそれなりにしかない存在か。
異能力者や、異能力関係のモノだろう。
転移にタイムラグがあるが、それでも彼女はやってきた。
「ふぅ……探しましたよ。もう、ここにいらしていたのですか、ケトスさん」
メルティ・リターナーズの一員。
美人な異国風美女、立花グレイスさんである。
まあ、彼女も異能力者といえば異能力者なのか。
『おや、どうしたんだい?』
楽園ののどかな風に髪を靡かせ、彼女は言う。
「これからのことをお聞きしたいと思いまして」
『そりゃあもう少ししたらランチタイムだからね。照り焼きチキンを挟んだハンバーガーを食べようと思っているけど……』
真剣に悩む私に、彼女は眉を下げる。
「それもよろしいのですが、ダンジョン領域日本のことですよ。ここは夢の国。滅びの未来を回避するために作られた夢と現実の狭間の世界、なんですよね? 事件が解決したので、この後はどうするのかな……と、会議で議題に上がったのですよ」
メルティ・リターナーズは転移帰還者、主に、異世界に拉致された若者を守るための組織。
今後の予定を決めたいのだろう。
『そうだね、ダンジョン領域日本自体はこの中で二年が経てば自動的に解除される。夢の終わり。現実世界に戻れば二週間しか経っていない事になるように、魔術式はセットしてあるけど』
「可能ならば、あのリターナーズの学園は残しておきたいのです。弟のように、学業や常識を学ぶ機会を失ってしまった被害者はまだまだいると思いますから。どうですか?」
『ふむ、なるほど――ダンジョン領域日本が終了した後の話か』
問題は多々ある。
『あの学園を残す事には私も賛成だ。けれど現実世界に戻った後となると、色々と面倒な現実的な問題も発生する。今は勝手に作ってるだけ。教育機関としての正式な資格や教師、国の許可などがまったく足りてないからね』
真剣に考える私に、グレイスさんは、やり手ウーマンな顔をして。
「では、それらが揃っていれば。学園を継続しても問題ないということですね?」
『そうだけど。なんだい、その自信は……』
書類の束と、サインが可能な液晶タブレットを抱えた彼女はにっこり。
正式な許可のサインをしてくれって事だろうとは思う。
「実はもう、国の偉い方とは話がついているんですよ。メルティ・リターナーズの老人たちを覚えていますか? 会議に出ていた方々なのですが」
『ああ、覚えているよ。うん、覚えてる……たしか……』
賢い私は考える。
ピザ会議で乗っ取った時にいた連中である。
……。
あれ? ピザと、デリバリーぐらいしか覚えてないな。
しっぺしっぺと毛繕いを始めてしまった私に目をやり。
グレイスさんが、慌てて言う。
「と、とにかく……あの方々は政界とも企業とも、繋がっていましたからね。その辺の公的な話は全部、超法規的措置でなんとかして貰います」
『して貰いますって事は。まだできてないってことじゃないか』
まあ、それでも。
グレイスさんならば弟くんの学歴のためにも、ちゃんと成功させるだろう。
なにしろ彼女、わりとチートな時属性の魔術も扱えるからね。
そしてなにより、この人。
”あの”ロックウェル卿の弟子だし。
その時点でわりと、なんだってできてしまうタイプのスーパーウーマンな素質があるのだ。
彼女はにっこりと微笑んでいた。
結構邪悪な笑みである。
本当に、なんとかごり押しちゃうんだろうな。
「弟の事、本当にありがとうございました。あ、もちろん、この地球の危機を救ってくださったことについても、感謝していますけれどね」
『にゃははは! 世界よりも弟くんへの感謝が先なんだね』
この辺もブレないなあ。
『さて、君の弟トウヤくんについて、一つだけ警告しておきたい事がある』
「警告、ですか?」
顔を引き締め、彼女が書類とタブレットをぎゅっと抱く。
『ああ、今の彼はニャンコ・ザ・ホテップ……を直接倒したモノ。あの猫の正体は正直、まだ分からない。ラプラスの悪魔と名付けてはいるが――まだこちらでは認識できていない脅威。遠い昔から、それこそこの楽園が存在していた時代から顕現していた、異界の神だ』
真剣に耳を傾ける彼女に、私は指導者としての顔で言う。
『それを倒したトウヤ君のレベルは、はっきりといって人間を超える領域にまで上がっている。私達、三獣神が育て上げた勇者ヒナタくんに匹敵するほどの、並では届かないレベルとなっているだろう。必ず、彼を利用しようとする者が現われる』
「……はい」
人間は心綺麗な存在だ。
しかし同時に、どこまでも醜い心を持てる存在でもある。
私はそれを知っていた。
『君はあの時、弟くんを守れなかったことを後悔していたね。時属性の魔術の才能が開花してしまう程に、ずっとずっと……悔やんでいた筈だ。彼はこれからも悩むだろう。誰かに相談したいと、そう思う事が増えるだろう。だから、今度はちゃんと君が守ってあげておくれ。彼は強い。けれど、まだ――学生だ。君の助けを必要とする場面が必ず来る』
「はい……!」
もし、それでもどうしようもない時は。
言わずとも分かるのだろう。
私のモフ毛を眺める彼女は、こくりと頷いていた。
『けど、ちゃんと覚えておいておくれ。本当に困った時は必ず私を呼ぶこと。召喚されたら必ず、君達姉弟を助けると、約束しようじゃないか』
「召喚に必要な代価は――」
言って彼女は苦笑する。
言わずとも分かっているのだろう。
もちろん、私は笑顔でこう、答えた。
『ああ、決まっているだろう。グルメと共に呼ぶがいいさ!』
転移帰還者、リターナーズの学び舎。
異世界に拉致され、人生を狂わされてしまったモノ達。
ラプラスの悪魔が封印された今、彼らを物語の主人公にする現象はおそらくもう起こらない。
けれど、彼らは既に人生の多くを奪われてしまった。
その失った時間を取り戻すための、学園。
私の作った、学校。
あそこがいつか、誰かの役に立つことを祈って。
私は楽園の風を、穏やかな心で感じていた。
太陽が、とても心地よかった。
◇ゲームクリア◇
エピローグ:学園編 ~ハッピーエンド!~




