さいごのたたかい! その2
二つの天体――紅い月と強欲なる太陽。
影を殺す楽園の大地。
弟のために、世界をやり直そうとラスボスに挑む兄が二人。
ま、それを止めるのが大魔帝ケトスたる私。
最強もふもふ猫魔獣の役目なんですけどね!
そんなわけで僅かに残された影からお兄さんを不意討ちした私は、バササササ!
畏怖の魔性で友達たるペンギンさんの力を借りた、逸話魔導書を発動!
黒の異装に身を包む第二世界のレイヴァン神。
魔性暴走状態にあるワイルド増し増しなお兄さんも、既に私を警戒しているのだろう。
第三世界のレイヴァン神、白の異装のお兄さんを守るように翼を抱き――。
一目散にダッシュ!
敗走という情けなさを気にもせず、勝利のために楽園の空を逃げる。
良い判断だ。
もしここで黒き暴走お兄さんが逃げの一手を打っていなかったら。
勝負はここで終わっていた。
バッサバッサと二柱でツバサを蠢かせながら、冥界神が空を飛ぶ。
「この極悪もふもふ、てめえを先に狙うつもりだ! 殺されるなよ、白い俺!」
「だから、その白いってのはだせぇからやめろって。まあいいが、助かった……ケトスめ、この極悪魔猫、いったい何をするつもりだ!?」
言って白のお兄さんは、ふぅ……濃い煙草の結界を再発生。
視界と魔力を遮断して様子を探るようだが――。
私はふふんと猫のヒゲを揺らす!
『既に魔術は発動している! さあ、オオウミガラス達――今こそ君達の魂を回収してくれた、冥界神に感謝を歌う時だろう。希望の歌で、朽ちた楽園を満たしておくれ!』
バッと肉球を輝かせ。
私は朗々と宣言する!
アダムゴーレム(仮)と魅了された神話生物の横。
並ぶのはペンギンとよく似た、絶滅を知る者。
オオウミガラスである。
白の冷静お兄さんの方が、片眉を跳ねさせる。
「あいつらは……っ」
「ペンギン……じゃねえな、陸に降り、海で生きるようになったウミスズメか。強ぇのか!?」
「いや、あいつらは弱い。本当に弱くて哀れな野生の鳥だ――ケトスめ。あいつ、いったい何を考えてやがる」
ギリリと奥歯を鳴らし唸るお兄さんに構わず。
術の効果は続く。
ドリームランドから出張してきた彼らの群れが、アダムゴーレム(仮)の横で、こほん!
メガホンを構え――冥界神に告げる。
ガァァァァァ! ガァァァァァ!
ガァァァァァ! ガァァァァァ!
冥界神様だ! 冥界神様だ!
――と、祝辞を送ったのだ。
その効果は――回復系統の魔術。
その最上位。
ようするに、蘇生魔術である。
今のオオウミガラスは絶滅状態から蘇った種族。
冒険散歩の中で刻まれた新たな逸話。
物語を、ペンギン魔導書から新魔術として抽出したのだ。
今回の魔術の対象はもちろん、お兄さん二人。
優先すべきは強い方ではない。
厄介で冷静――私をよく知るお兄さんの方。
そう、私はあの二人を蘇生させるつもりなのだ。
顕現と同時に、最初に放っていたドリームランドのネコ達に影用キャットタワーを建設させながら。
ニヤリ!
ネコの姿のままの私の口が蠢く。
教師の声が漏れたのだ。
『レイヴァン神よ。授業の時間だ――君の弱点を一つ講義しよう』
「なに? 弱点だと」
食い付いた暴走気味お兄さんに、私は猫眉を下げる。
『ああ、そうさ――それはおそらく君自身も知らない弱点。勿体ぶるのは好きじゃない。だからこそ今、ここに語ろう。冥界神の弱点。それは君自身も死者に分類される事だ。例外を除き、冥界神の職に就くことのできるモノの条件は、死者である事だからね。かつて楽園で殺された君が、死を抱えたまま冥府を這い、復讐のために力をつけ冥府の頂点へと到達したように。閻魔大王が、最初の死者となり冥府を支配したように。母たる大神イザナミが、死後の世界で黄泉津大神となり冥界神として支配したように。逆説的にいえば――君は蘇ってしまえば冥府を支配できなくなる、冥界神ではいられなくなるのさ』
もっともこれはただの詭弁だ。
死者ではない冥界神も多く存在する。
しかし、おそらく第一世界の逸話――アダムスヴェインの力の奔流、かつて魔術の無かった時代の神話を知るモノは少ない。
お兄さんにはその知識がないだろう。
だからこそ、神話を改竄したこの私のアダムスヴェインは通用する。
蘇生させれば、神話改竄が発動。
お兄さんの冥界神としての機能が停止するのだ。
私の強み。
それはまだ猫に転生する前の知識。
第一世界で神学を学び、寄る辺なき子どもたちに様々な神話を教えていた――神父教師であったことだろう。
そして何よりも大きな原因は、あの特殊な環境にあっただろう。
あの地、あの国は――独特の価値観を持っていた。神話でさえ、娯楽のエンターテイメントとして昇華していた。
主の生誕、クリスマスを祝った直後、数日もすれば神社に足を向ける程の混沌とした思想の国。
信仰のるつぼ。
おそらく、もはや二度と戻れぬ第一世界の神を力とするアダムスヴェインという魔術体系。
それを一番に使いこなせるのは――私なのだ。
神父教師たる私の声は、天を裂くように続く。
『もう、分かったね? そうさ――君にとって蘇生魔術は最大の弱点。しばらくは戦闘続行が不可能になる筈。さあ、蘇り給え――レイヴァン神よ!』
ガァァァァ! ガァァァァァ!
オオウミガラスはかつて助けられた恩を返すために、元気よく希望の歌を捧げている。
彼らには悪意も敵意も無い。
ただ恩人に蘇って欲しいだけなのだ。自分たちが助けられたように。
だから術のレジストもできない。
悪意のない補助魔術や回復魔術を防ぐ、それは攻撃を防ぐよりも時に難しい。
直撃さえすれば効果は発揮してしまう。
この術の妨害方法は簡単。
蘇生の歌を元気よく歌うオオウミガラスを、無慈悲に滅ぼせばいいだけ。
むろん、それを私は邪魔するだろうが、私を狙うよりは確実に早い。
外道ならば、即座に動いていただろう。
しかし、黒のお兄さんも白のお兄さんも、空を逃げたまま。
両者共に動かない。
「ちぃ……っ、一旦引くぞ!」
「ああ、分かってる……っ!」
対象範囲から逸れたので、蘇生は失敗。
けれど相手の牽制は十分にできた。
私はネコの姿から神父の姿へと、身を変貌させていく。
ザザザ、ザァアアアアアアァァッァァアアァッァァ!
最初にお兄さんが寄りかかっていた生命の樹。
楽園の源。
その根元で結界を張りながら、私は静かに告げていた。
対象は逃げ回り、作戦を練っている冥界神二柱。
『どうだい、君の弱点がもう一つ見えただろう? それは弱いものを殺せない事。その優しさだ。世界を滅ぼすことはできても、目の前で希望を歌う弱きペンギンを滅ぼすことはできない。実に良い人だ、人物としてはとても好ましい。世界に主人公として選ばれる事はある。けれどその歪んだ優しさは、少し人間に似ているね。遠くで離れている所で何人死んでも気にしないのに、目の前で溺れている他人を助ける事には躊躇がない。矛盾した優しさ、君は人間にそっくりだよ』
これも挑発の魔術である。
逃げ回っていたお兄さんたちの翼が、止まる。
白いお兄さんの方の冷静さも、徐々に失われていく。
「好き放題、いいやがって……っ!」
その苛立ちを眺めた私は、そのまま聖者ケトスの書を発動。
生命の大樹の木陰。
影の中から明けの明星を指差すように、手を伸ばす。
『主よ! かつての我が主、父なる神のロゴスよ! どうか堕天せし彼の者に祝福を。慈悲ある御手にて救済を、闇を祓う光をお与えください――復讐者レイヴァン神よ、汝の魂に再生を! 主は来ませり! リィンカーネーション!』
告げた言葉が神聖なるアダムスヴェインとなり発動。
聖書から救済の手が無数に伸びていく。
それはおそらく、第一世界で最も信仰される神の力。
もはや名を告げる事もできなくなった、神の奇跡だ。
神は信仰されていればされているほどに、力を増す。
第一世界がまだ存在するのならば、その力は強大。
聖光が――楽園を満たし始めた。
白いお兄さんの方が、私のアダムスヴェインを解析。
赤い瞳を驚愕に尖らせ、叫ぶ!
「これも蘇生の奇跡だ! 書から伸びる手に触れるな! 一瞬でも触ったら、アウト。一発で蘇生させられちまう!」
そう――これも蘇生の奇跡である。
影発生装置――キャットタワー建設ネコ部隊の仕事の完了でも私の勝ち。
徐々に進む、這いずる侵食――ドリームランドによる楽園侵食完了でも私の勝ち。
そして、冥界神のどちらかを蘇生させ冥界の力を奪っても、私の勝ち。
こちらが有利。
なので相手の行動も読みやすい。
蘇生の力を回避しながら、力溢れる第二世界の裏ボスお兄さんが六対の翼をバサ!
猟犬を想わせるワイルドな美貌を尖らせ、シャァァァァァ!
勝ち誇った慟哭を上げる。
「愚策だったな、影使い! 多くの影を失い、それもニンゲンの姿となったてめえに容赦する必要もねえ! このまますり潰してやるよ!」
眉間に濃い皺を刻んで、ダダダダダ!
連続転移!
裏ボスお兄さんが楽園の地を駆ける。
一定の距離を保ったまま、裏ボスお兄さんが顕現させたのは――翼の裏から飛び出た死者の腕。
イナゴ化した魂が、仲間を求めて禍々しい声を漏らす。
蘇生の光を求めて、お兄さんの身体から放出される。
お兄さんの翼から、死の属性を持ったイナゴが一斉に飛び出したのだ。
濁流のように襲ってくるイナゴ。
それは死者の誘い。
触れただけで即死させる呪い効果があるのだろう。
だが、甘い!
すかさず私は祝詞を詠唱。
『大いなる光で地上を照らす、天照よ! 我が身を不浄なる者から守り給え!』
それは大いなる光の力。そしてその原初を借りた、神の奇跡の結界。
今の彼女は私と出会った頃の、ワンコ困らせ女神ではない。
その力を借りた奇跡は強力無比。
キィィィイィィッィイン――ッ!
生命の樹の根元から、多重結界を構築。
イナゴの大群を弾き飛ばす――だが!
裏ボスお兄さんが結界内に強制転移!
「その瞬間を待っていたぜ! 楽園は俺様の庭! たとえ壊れぬ結界の中とて、俺様の世界なんだよぉおおおぉぉ!」
『しまった……っ』
狙われていた!?
ハッと赤い瞳を髪の隙間から覗かせた私も凛々しいわけだが。
構わずレイヴァンお兄さんは口角をつりあげる。
狭い結界内。
強固な光の結界が仇となった、ここは檻のような空間。
黒の冥界神が腕を硬質化させ、ジャギギギギィィィィ!
「貰ったぁぁああぁ!」
その腕が、私の心臓を貫くように十字架を乗せる胸に刺さる!
作戦としては間違っていないだろう。
猫状態の私だったら、そのまま力負けした筈。
しかし。
『なんてね、ハハハ! 嘘だよ、これも私の計画通り。まんまと罠にハマったね。お兄さん』
私の胸は貫かれていない。
逆に、お兄さんの腕は再び消失していた。
浄化の力で黒の冥界神の腕を溶かしたのだ。
「こいつ……! またインチキをしやがったか!」
『インチキじゃない。れっきとした計算式が存在する、魔術現象さ』
転移で逃げようとするその力を、いつかの授業で教えた転移妨害でキャンセル!
冥界神の翼を徒手空拳で受け止めて、そのまま手刀!
裏ボスお兄さんの腹に掌底をねじ込む。
ゴフゥゥゥゥゥゥ!
風を切る音。
空間を裂く音が、楽園にこだまする。
掌底の衝撃に、生命の樹が大きく揺れた。
葉擦れの音と、発生した木漏れ日の下。
裏ボスお兄さんが、歯茎を覗かせる勢いで動揺を吐き漏らす。
「かはぁ……ッ! ば、ばかな……どういうことだ!」
『忘れたのかい? 私は敵。家族のために世界を作り変える、そんな心優しい君たちのために用意された、ラスボスだよ?』
狭い結界が、今度はこちらに有利に働く。
体術のみで相手をいなし。
こちらは無傷なまま、裏ボスお兄さんを制圧する。
『言い忘れていたけれど、人間の私も――強いということさ』
「なに!?」
言いながらも黒の冥界神は再び、白の冥界神の救済を得て。
転移で脱出。
なかなか厄介なコンビである。
やはり言い方は悪いが――。
姑息な私に対応できる、表お兄さんを先にどうにかするしかない。
彼らを目にしながら、私は生命の樹の影から新たな魔導書を顕現させる。
書を開き、荒れ狂う風に穏やかな言葉を乗せた。
『ネコの私は君達に大きく同情していた。なにしろお兄さんには可愛がって貰っていたからね。境遇にも同情できた。けれど、私は人間の魂も持っている。打算的で、物事の優先順位を決められる大人の神父だ。私は君を調伏させるよ。どんな手段を使ってもね』
冷淡に告げた私の貌が、赤く染まる。
手にした書が、バササササと魔力を放っていたのだ。
その逸話魔導書の名は――。
『神話改竄。アダムスヴェイン! さあ、夜を裂き鳴いておくれ! 哀しみの終わりを告げる歌を、世界に教えてやっておくれ! 《黒き魔猫と死神姫 ~朝焼けドレスと希望の歌~》』
冥界となっている楽園を、一羽のカナリアが飛んだ。
死んだ世界、哀しみの帳を裂くように。
黄金色のドレスが、ピピピピピピっと駆け巡る。
狂戦士化のバフを掛けていた赤い月が、憤怒の魔性がみせた優しさに包まれて。
割れる。
直後――!
楽園の空が、朝焼けに満ちていく。
冥界神としての力をつけたカナリア姫。その魔力を借りた私の逸話再現が発動。
悲しい夜を、希望の朝へと蘇らせたのだ。
むろん、あくまでもフィールドに属性を付与しただけ。
お兄さんたちはまだ、冥界の住人だ。
しかし。
お兄さん二人を徐々に蘇生状態に変更。
タイムリミットを強制付与できた。
完全に朝となれば、こちらの勝ちは確定する。
黄金色と朝焼けのドレスを纏った金糸雀の群れが、オオウミガラスの列に加わり。
踊りながら歌を披露する。
それも、蘇生の歌。
悲しみを裂く、黄金色の翼で吟じられる歌。
むろん、お兄さん二人には彼らを妨害することはできない。
それは哀れな獣。
弱き者だからだ。
「なあ、異界の俺よ。このお澄まし神父野郎……素の状態でも、世界を吸った俺様よりも強いんじゃねえか」
「さあな。だが、本気となったニンゲンのこいつが、まさかこれほどまでとは……っ、さすがに、計算外だ」
朝焼けの空に、二つの星が見える。
明けの明星。
楽園から落とされ、殺され――冥界神として再顕現したレイヴァン神。
『魔兄レイヴァン。魔王陛下の兄君――君の死こそが全ての原因。おそらくそれも世界に捻じ曲げられた運命だったのだろう。故に、私は今、覚悟を決めた。必ずやここで君達を蘇生させる。あるべき姿へ戻すと約束しようじゃないか』
彼らもまた。
世界に運命を翻弄された、被害者。
私は彼らも、救ってみせよう。
ラスボスとしての私は荘厳なる貌で、告げる。
『主はもはや何も仰らない、けれど私は私の心に従い――君を救済する!』
どうしてだって?
それは私が魔王陛下の腹心、あの方の心を最も理解する魔猫。
愛しき魔猫だからである!
魔王様の封印が解かれた時、お兄さんが蘇っていたら喜ぶだろうからね!




