さいごのたたかい! その1
宵闇に落ちた楽園。
魔王様が封印されたこの状況に荒れ狂うのは、最強な低級猫魔獣な私。
大魔帝ケトス。
毛はモコモコ、尻尾はボッファアァァアである!
これはラスボス同士の戦い。
フィールドは楽園、けれど影は徐々にドリームランドで汚染されている。
大魔帝の降臨に揺れるのは、かつて栄えた神々の大地。
吹き荒ぶ風、荒れ狂う天。
樹海に沈んだ廃墟が並ぶ壊れた世界には、主人を愛する一匹の魔猫と弟を愛する兄が二人。
これが最後の聖戦だと、誰の目から見ても明らかだろう。
まあ実際。
にゃんスマホで、ダンジョン領域日本に中継映像を流してるんですけどね。
多くのニンゲンに周知させる。
世界に観測させる。
これも作戦の一つなのだが――ともあれ!
ドゴドゴズゴズゴ♪
アダムゴーレム(仮)と魅了された神話生物が、ラスボス戦のBGMを奏で始めていた。
荘厳なるボス演出。
むろん、これはいつものように何の効果も無い、ただの演出。
……。
ではない。
お兄さん達は私の悪戯。
ただの演出だと思っているようだが、これは私への強化バフ。
今回の私は本気なのだ、利用できるモノはなんでも利用する。
ネコの口が幻惑の魔術を放ちながら、言葉を漏らす。
『一応警告しておくよ。いや、勧告と言った方が正しいか。投降したまえ、今ならまだただの悪ふざけで済むレベルだ。私も同じくらいのことはやらかすからね、きっと陛下も許してくださる』
もっとも。
魔性として暴走している裏ボスお兄さんも、狂戦士化している表ボスお兄さんも説得など通じないだろう。
しかし作戦は別。
このまま会話を引き延ばして――楽園をドリームランド、魔猫の影で覆うことにある。
そう考えた、その時。
ハッと――私の足元の影を見たのは、お兄さん。
魔兄レイヴァンこと第三世界、私の世界の冥界神が声を荒らげる。
「ちっ! このモフモフ――っ、会話のフリをしながら領域汚染を既に開始してやがった――! 影を消さねえと、楽園を乗っ取られて負けるぞ!」
その通り。
戦場に転移したのだ、既に戦いの支度は進めていた。
『おや、よく気付いたね。影による浸食が進めばここは私の領域となり、楽園の冥界属性が消失する。君たちは弱体化し、私の能力は大幅に強化される。そうすればお兄さん達に勝ち目はない。侵食が終われば私の勝ちさ、邪魔するのなら――せいぜい急ぎなよ』
ラスボスの微笑を浮かべた私は、肉球を輝かせながら。
ニヒィ!
ちゃぽんと影の泉へと逃げて、チェシャ猫スマイル。
楽園の中。
黒猫の影が鯨サイズにまで広がっていく。
巨大猫鯨の影が、歪な口を作り出し、ニヒヒヒヒヒヒ!
『確かにお兄さんは強い。魔王様のため、弟のために三千世界を吸収したその力も厄介だ。直接力でぶつかったら、きっと私は負けるだろう。けれど――この勝負、私が勝つよ。ネコ魔獣の戦い方、存分に見せてあげようじゃないか』
宣言が魔術の詠唱となり、楽園を覆い始める影が変貌。
闇の魔槍が降り注ぐ。
私が多用するいつもの魔槍魔術――ではない!
その槍一本一本が私の夏の抜け毛で作られた、神器。
《神槍:巨鯨猫神の抜け毛》
である。
その性質を見破ったのだろう。
裏ボスお兄さんが犬歯を輝かせ、瞳を赤く染め上げ飛翔!
ダウナー気味な声を漏らす。
「ああん? なんだ、ただの抜け毛じゃねえか! コケ脅しは通用しねえぞ!」
『タダの抜け毛? ああ、そうだね。これは費用もかからない最恐の武器だ。財布に優しい武器ってゲームだと結構便利だよね。だがしかーし! タダより高いモノは、ないのである!』
私は影から上半身とネコ手だけを覗かせ――ビシ!
肉球をぷにんと輝かせながら冗談を漏らす。
私の言葉と、このビシ!
実はこれ、脱力系のデバフ攻撃となっている。
ビシは対象指定。
一度影から本体の私を見せないといけないが、デバフは成功。
お兄さんの能力が、徐々に徐々にと低下していく。
扇動を得意とする猫勇者のスキルだった。
対するお兄さんはシリアスに、表お兄さんから奪ったタバコをふぅ……。
闇の魔槍で埋まる楽園の空に、煙結界を張り。
「ふざけた野郎、いや猫だなお前さんは。そういう意味じゃねえって、まあいい。遊んでいるとおまえ――死ぬぞ」
『死ぬのはどっちだろうね、ま、殺しても後で再生してあげるから安心しておくれ』
更に挑発!
そのまま私は攻撃を開始!
ジャジャジャジャジャジャ!
散弾銃のように降り注ぐケイトスの毛槍。
それら全てを纏めて――片手で受け止めた裏ボスお兄さんが、不敵に微笑。
逆に私は影の中からジト目の顔だけを出して、ぼそり。
『うわ、ふつう、それを担ぐかい?』
「はあ? なんだなんだ。大魔帝ってのも、所詮はこんなもんなのか。そりゃあ俺様は最強だ。全ての命を吸ってるからな。でも――最強の眷属だっていうから身構えていたが、こりゃあ楽勝。興醒めだな」
言ってお兄さんは、翼から多重魔法陣を展開!
もう片方の手に赤黒い重力の星を顕現させる。
「始原解放。天体魔術――滅びな、黒き憎悪の獣」
それは終わりと始まりを同時に行う黒き星。
そのままこちらに縮退砲……自転するカーブラックホールを弾丸として放とうと、キシシシシ!
邪悪に口を尖らせる。
闇を腕に抱く裏ボスお兄さんの銜えタバコ、そして瞳の赤がギラギラギラと輝いている。
相手の攻撃は私も知る天体魔術の奥義――耐性など一切無視し、死の惑星をぶつける必殺の一撃なのだろう。
これが当たれば私でもさすがに死ぬ。
だが。
私をよく知る表のお兄さんの方が、雲を散らし裂く勢いで叫ぶ。
「バカ野郎っ! 早く手を離せ!」
裏ボスお兄さんが小馬鹿にしたような声を漏らす。
「なんだ? ああ、異界の俺よ。おまえさん、このもふもふを心配してやがるのか。ああ、ああ、いい、いい。そういうのはいい。全部滅ぼした後に考えようぜ? なに、大丈夫だ、俺様は殺した相手を冥府に置き、支配することができる。ちゃんと後で蘇生を――」
「違う! ケトスを甘く見るな! 手を離せと言っているのは、お前の攻撃じゃねえ、そっちの槍の……ッ」
お兄さんの言葉にお兄さんが目をやった。
刹那!
ぐぎゅぐぎぃぃぃいぃぃ……――っ。
闇が、神を蝕んでいた。
「――……なっ……!?」
巨鯨猫神の抜け毛が、効果を発揮。
裏ボスお兄さんの腕を跡形もなく吹き飛ばす。
本来ならそのまま私の毛槍は神殺しの魔槍として機能し、徐々に侵食。
四肢を破壊するつもりだったのだが。
さすがに途中で解除したか。
腕を再生させたお兄さんが、縮退砲の詠唱中断を余儀なくされ肩を押さえる。
『おや、異界の自分に助けられたようだね。でも、次はどうかな?』
「クソ……っ、前言撤回だ! このクソ猫、やるじゃねえか……ッ!」
相手の鼻梁に浮かんだ怒りを確認し。
ブニャハハハハハ!
哄笑だけを残し、私は再びちゃぷんと影の泉の中に消える。
影がある限り、私は無敵。
それは相手も理解している筈。
表お兄さんが皇帝風の異装を翻し、詠唱を開始。
十二枚の翼をバサリと広げ、楽園を金星の明るさで照らし出す。
「まずは影による領域支配を解除するぞっ!」
「ハハハハ! んなちんたらした作戦は要らねえだろう。所詮は、ネコだ。まどろっこしい事をする必要はねえ! このまま俺様の力で闇から引きずり出してやるよ――!」
裏お兄さんの暴走の原因は、私。
挑発を成功させ続けているのだ。
慌てて表お兄さんが詠唱を中断。
「だぁああああああああああぁぁぁぁ! バカ野郎! これだから暴走した魔性は……! くそ、まずはあいつの暴走状態を解かねえと。って、おい! まさか、おいおい、嘘だろ。やめろ! 這いずる鬼畜外道。極悪アニマルの代表相手に突撃する馬鹿が、どこにいやがる!」
表お兄さんが手を伸ばしても、もう遅い!
「もらったぁああぁぁぁ! 俺様にダメージを与えた罪の分、モフモフしてやるよ!」
黒き翼をばさりと広げ、ラスボス裏お兄さんが突撃をしかけてくる。
影の中に入り込もうとしているのだ。
だが、甘い!
どげし!
影だと思い突撃したお兄さんが、間抜けな音を立てて楽園の空から落下。
黒ペンキのまんまるの黒い穴もどき。
その偽の影に、顔面から思いっきり入ろうとして壁にぶつかったのだ。
魔導ペンで赤くラクガキされたままの鼻を、衝撃で更に赤くする裏ボスお兄さん。
その顔を見て――。
影から飛び出た黒ペンキを持った私は、ブニャハハハハハ!
再度、挑発のスキルを発動!
『やーい! ひっかかった、ひっかかった! ぷぷぷー! ただの絵でしたぁああ!』
「くそ、幻術か!?」
裏ボスお兄さんはわりと直情的。
魔性暴走状態にあるので、一度挑発が効いてしまえば扱いやすい。
私は物理攻撃無効の闇のモヤモヤを召喚!
その中に隠れ。
投擲攻撃!
尻尾の先だけを出して、投擲! 投擲! 投擲!
『とりゃ! とりゃ!』
「こいつ……っ、なんだこりゃ! 唐揚げに使ったレモンの皮、しかもその搾りかすじゃねえか!」
怒りに任せたお兄さんが、闇のモヤに隠れる私を攻撃。
顕現させた大鎌で闇を切り裂く!
それは――物理攻撃無効状態になっている私の身体を素通りし、隙が生まれた。
地に落ちたレモン汁が、魔法陣を描き。
キン――!
空に向かい、戒めの神封じの祝福陣を展開。
そう、食べ終えたレモンの皮投擲は魔法陣展開の布石。
お兄さんの瞳が、揺らぐ。
察したのだろう――もう、彼は満足に動けない。
「神聖なる祝福!? おまえ、魔の身でなぜ神の奇跡を――!」
なかなかどうして。
私の冒険を知るモノなら常識で、いまさらな言葉であるが。
ま、普通は同時に使えないからね。
鎌を振り下ろしたまま硬直したお兄さんの顔が、ぞっと蒼白く染まる。
未来視を発動したのだろう。
そして、おそらく――自らの死を悟った筈だ。
「おいおい、まじかよ……っ、これで終わりとか、ありえねえだろう!?」
『終わりだよ。魔王陛下の腹心の力、甘く見たね』
影の中から飛び出したのは、黒の憎悪。
瞳を魔性の赤に染め上げた魔猫。
おそらく――。
裏ボスレイヴァン神の瞳には、満月のように煌々とした赤いネコの瞳が映っている筈。
空間を、鈍い音が撫でた。
音は一瞬。
シュゥン……ッ。
宵闇色と紅い月。
二つの色で染まっていた楽園の空が、斜めにずれた。
空間ごと、猫の爪が裂いたのだ。
一撃必殺。
闇から這い出た私は、裏ボスお兄さんの首を爪で刎ねた!
そのはずだった。
しかし。
シュルシュルシュル!
私にも見えていた未来視が、書き換わる。
裏ボスお兄さんの身体が、蜘蛛の糸で巻き取られ回収されていたのだ。
もちろん、それは冷静な表お兄さんの仕業。
魔術名は――神話改竄:アダムスヴェイン。
《オルテガの蜘蛛糸》。
物語を改竄することによる、神仏レベルの他者の救済――仲間の救出、か。
タバコによる煙結界を展開し、ふう……。
白の冥界神も今の即殺攻撃には焦ったのだろう。
首筋に濃い汗を浮かべて――告げる。
「どうやら間に合ったようだな……っ、たく! だから言っただろうが! こいつはヤベエんだよ! ただでさえバグみてえなレベルのくせに、搦め手を得意としてやがる。正面からは絶対に無理なんだよ。まずは影を消す、それでいいな?」
「お、おう――」
一度、滅びの未来を視たせいだろう。
白いお兄さんの声に、素直に耳を傾けたようだ。
黒お兄さんは、テンションを取り戻し――猟犬の顔でニヒィ!
「狂戦士用の月だけじゃ足りねえな。高出力の太陽を召喚し、逆に影を消失させるぞ。やるぞ、白い俺!」
「白い俺って、意味わかんねえだっせぇ名をつけんじゃねえよ。ったく、まあいい。やるぞ」
ださい……?
ださくないし!
私の内心を知らず、お兄さん二人は同時に両手を頭上に伸ばし。
詠唱を開始。
「我、原初のアポリュオーン、レイヴァン=ルーン=クリストフが命ずる。魂よ! 汝、アモンを目指す、冥府の魂よ。天高く空へと伸びんと欲すれば、汝はいずれ知るだろう」
「天の理。地の歪。そこに見る歪こそが、天へと上る道筋なりや」
エジプト神話を再現するアダムスヴェイン。
かな。
太陽神アモンの力、その改竄である。強欲や金銭欲を象徴とする七つの大罪を司るマモン、その名と性質をリンクさせているのだろう。
「死者の魂を照らすアモンよ! 今ここに、影たる楽園を退け給え!」
強欲なる力によって楽園に光が差す。
赤い月の横に召喚された影殺しの太陽が、その力を増大させる。
光源を強める事で闇を消す。
影を殺したのだ。
ドリームランドによる冥界フィールド乗っ取り、その侵食速度が低下する。
ちっ……。
思わず、私の口からは邪悪な魔族としての舌打ちが漏れていた。
こちらは得意フィールドを奪われた。
続けて表お兄さんが、叫ぶように告げる。
「次にデバフだ! ケトスの強さの根源は、なによりも豪運。運命さえも捻じ曲げる幸運値にある。幸運値を下げる魔術をありったけぶつけてやるしかねえ!」
さすが私と一度戦った経験のある魔兄。
私の性質をよく観察している。
「そういうことなら! 始原解放、魔猫討伐――《不和たる夜女神の娘》。ハッハー! どうだ、駄猫め! 幸運を失えばおまえさんは大幅に弱体化される、つまり、俺達の勝ちって事なんだよ!」
バーカ! バーカ! と、むふう! 翼をバッサバッサとさせている。
……。
このお兄さん、魔性が暴走しているからか行動がいちいち子供っぽいな……。
ともあれ敵の攻撃は成功。
私のステータス情報への介入、改竄が行われる。
夜女神ニュクスの娘。
不和の女神エリスによるデバフ攻撃だろう。
まずいな。
直情的な裏ボスお兄さんだけならなんとでもなる。
ただ宇宙規模に強いだけなら、対策なんていくらでもあったのだが。
うちのレイヴァンお兄さんは私の手口も知っている。
簡単には勝たせて貰えそうにないか。
まずは白のお兄さんを戦闘不能状態にするしかない。
わずかに残された影を渡った私は、お兄さんの影から顕現。
彼らが反応するより先に、煙結界を強制解除。
魔導書を発動させる。
『魔力解放――《始まる夜明けのペングイン》。さあ、魔兄よ。希望の鳥声を聞くがいい!』
魔性本人の召喚ではなく、力を引き出す魔導。
ドヤ顔にゃんこな私はニヒィ!
畏怖の魔性の力を借りた新魔術を発動した。




