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幹部会議 ~魔王軍のぽかぽかゆたんぽ その2 ~



 ちょっと真面目モードである。


 マントから取り出した笹かまぼこをむっしゃむっしゃと噛み締めた後、私はキリリと幹部顔を作る。

 意識してモードを切り替えないと思考が猫の本能に負けてしまうのだ。


「いいかな、重要な話だ。ちゃんと聞いて欲しい。全員にだ。実はね、そろそろ私はこの席を誰かに譲ろうと思っている」


 ざわっ。

 魔族幹部達が、どよめく。


「この座は権利の象徴。魔王様が不在の今、もっとも高い地位にある場所だ。私はね――自分でも分かっているんだよ。本来なら魔王様のみが座るべき玉座に私ごとき脆弱な魔獣が座るべきではないって」


 まあ責任とかそういう、むつかしい事は猫的には避けたいのが本音。


 ひょいと猫の動作で玉座から降りる。

 そして炎帝ゆたんぽ……。

 じゃなかった新人であるジャハルくんの前へと歩み寄る。


 磨かれた円卓の上をトテトテトテと肉球足で歩き、炎帝の足元でニャーと唸った。

 ケトスさまがお鳴きになったと古参幹部がどよめく。


「君の意見は正しい。同じ魔族を守れない魔族は不要。私もそう思っている。だから、魔王様がお目覚めになられたら幹部から外して貰おうと考えているんだ。その時に改めてこの話の続きをしよう。他の子たちもそれで構わないかい?」

「魔王様がお目覚めになられたら、かよ」

「ああ、私にこの座をお与えになったのはあの方だ。だから私は力不足だと理解していてもここにいる。君のような力ある魔族の皆には申し訳ないと思っているけどね」


 そう。

 私は――魔王様を守り切れなかったのだ。

 修行の末、どれほどの力を手に入れたとしても、その事実に変わりはないのだから……。

 もう一度、誰かを守ろうとして守れなかったとしたら。

 ……それが少し怖い。

 守れないのが、怖いのだ。

 ちょっと、ネコ鼻の頭が湿ってしまった。


 力ある魔族。

 古参幹部達の前でそう言われたことは彼にとっても悪い気はしなかったのだろう。あからさまに頬が緩み始めている。


 隙を見せたな。

 瞳の奥を光らせた私はこっそりとスキルを発動した。


『ニャンズアイ!』


 それは魔族としてのスキルではなく、最初の五年で培った経験則。かつてまだ猫だった頃。相手に固定ダメージを与える猫パンチの他に習得した唯一のスキルだ。

 効果はというと。


 相手が猫好きかどうか判定する、ただそれだけ。


 ……。

 阿呆な能力とは言わないで欲しい。これがあるとないとでは全然違う。野良猫時代を生き抜くことはできなかったのだから。


 判定は、猫好き深度A+。

 猫好きじゃああああああああああああああああ。


 この炎帝ジャハルくん、本当なら最高にプリティーな私をモフモフしたくてたまらないようだ。

 ぐふふふふふ。

 本当は好きなくせにぃ、ウブな奴め。


 あとちょっとでこの燃えさかるあったか湯たんぽのお膝に乗れるだろう。

 絶対温かいし私としてもやぶさかではない。


 けれど。


 その前に確認しなくてはならないことがある。

 一番。

 大切なことだ。

 そう。

 何よりも大切な。

 私は。

 淡々と口を開いていた。


「一つだけ、聞いてみてもいいかな?」

「なんだよ」


 これだけは。

 絶対に必要な儀式だ。


「魔王様のこと、好きかい?」


 ざわ!

 古参幹部がそれぞれの武器を手に取り、魔術を編んで警戒態勢を取る。


 私の質問に、周囲がごくりと息を呑む。

 彼は答えた。


「好きとか嫌いとかそういう次元の御方じゃねえ。魔王様の命令は絶対だ。この命燃え尽きるまでの忠誠を誓う。文句あるか!」


 百点満点だ。


「文句なしの合格さ。さて、じゃあ次に誰がこの玉座に座るか。君たちで話し合ってくれたまえ。ああ、喧嘩は駄目だよ」


 私は彼の膝の上に飛び乗ると、ぐでーんとお腹をさらけ出しうにゃんと鳴いた。


「お、おい。なんだよ!」

「気に入った。ご褒美に私の腹を好きなだけモフモフさせてやろう」

「ば、バカ野郎! オレ様は別にモフモフ生物なんて好きじゃ……っ」

「にゃははははは、ウソつけぇ、本当は好きなんだろう。ほれほれほれ」


 私は必殺技である肉球プニプニでジャハルくんの頬を押してやる。


 猫様の前では男も女も関係ない。

 力も魔力も関係ない。


 生きることに余裕のない弱き人間たちはかつての私を苦しめたが、力ある魔族は違う。力が強大であればあるほど心には余裕が生まれる。余裕がある者達は魔獣を愛でる趣味に目覚めやすい。


 つまり。

 魔王様より寵愛を授かったこの愛らしさを理解する可能性も高い!


 魅了の術を使わずに相手を籠絡させるのは、魔王様の目覚めを退屈に待ち続け暇な私の趣味となっていたのである。


「か、かわいい」


 ついに炎帝ジャハルの口から感嘆の言葉が漏れた。


 ふっ……しょせんは新人。

 この勝負、私の勝ちである!


 これが魔王軍最高幹部、大魔帝ケトスの実力だ!


 この愛らしさが伝わるのならば楽勝だ。

 どうだ、ほれほれ、にゃははははは!

 頬の猫毛を膨らませて、スリスリスリと頬を寄せる。

 私は更に身体をぐでんぐでんに伸ばし、自慢の尻尾をフリフリ……している最中にこほんと誰かの咳払いがした。


「あのー! あー……、大魔帝ケトス様? そろそろぅ、会議を続けたいのですがぁ……よろしいぃでしょう……か?」


 ヤギ頭の悪魔執事サバスが困った様にそう言ったのだ。

 冷笑素敵オジ様魔族スマイルでキリっと凄み、


「ああ、すまない。勿論だ、さあ存分に続けてくれたまえ」


 私は詫びた。

 そのままちょこんとジャハルの膝の上で香箱座り。


 会議は続く。

 だがもはや人間国家への対応の話は飛んでいた。


 誰が次の魔王様の右腕に相応しいか、それぞれが主張する。

 既に存在を十分に主張したジャハルくんは積極的な参戦はせず、手をわきわきしながら私を撫でる誘惑と闘っている様だった。


 にゃはははは。

 どうせもうこの私。魔王様の猫、マオにゃんに陥落したくせに、往生際の悪い奴だ。


 私は油断を見せるためにわざと欠伸をして見せて、ジャハルの膝に顎を乗せる。炎の精霊がもつ自然の暖房がぬくいぬくい。ホットカーペットで寝る猫ってきっとこんな感覚だったんだろうな。

 私が瞳を閉じると、ジャハルはついに観念し私の背を撫で始めた。


 これぞ完全勝利である。


 他人の膝の上。

 背を撫でる感触。

 少しだけ、魔王様のことを思い出した。


 魔王様。

 魔王様。魔王様。魔王様。魔王様。

 ああ、魔王様はいつお目覚めになる。


 私は。

 いつまで待てばいい?

 私は。

 貴方のいない今が、とても恐ろしい。


 力に任せ暴れていた時代は既に終わった、私はただ静かに、貴方と暮らせればそれでいいと思っている。


 ふと。

 まだ私がただの猫だった頃を思い出した。


 私は一匹の猫に恋をした。

 本当に、ただの猫だった。

 普通の猫として、普通の猫の恋をした。

 彼女と私は少しの間、共に過ごしたが……。

 普通の猫は、人間に対抗することなどできなかった。

 ああ、やめよう。

 悔いても仕方のない事というのは確かにある。


 私は……二度も大切なものを守れなかった弱い生き物なのだと自覚させられてしまう。


 憎悪と怨嗟のまま。

 暴れまわってしまいたい。

 全てを破壊してやりたい。

 時折、破壊衝動が生まれる。

 私はやはり魔族なのだろうと思う。

 憎悪から生まれた猫魔獣。


 私は。

 私の心は今。

 人間なのだろうか。

 猫なのだろうか。

 魔族なのだろうか。


 分からない。

 分かっているのはただ一つ。


 魔王様を慕う心だけは紛れもない本物だ。

 魔王様のためなら。


 私はどんな事でもしてしまうのだから。


 ……。


 膝の上で転がってお腹を出してドデンとホカホカゆたんぽに寄りかかる。

 薄目を開けて部下たちを見た。


 会議は進んだ。

 けれど結論は出ない。

 魔王様の不在が原因だろう。


 会議なんて早く終わらないかな。

 そう思ったその時だ。


 ふと、誰かが言った。


 最近になって力を増してきた豚の姿の亜人類、オークの神だ。

 名前は、正直覚えてない。


「目覚めぬ魔王様、いや魔王などもう魔王様ではない。我らは新しき魔王様を選定する時期に入っているのではないか」


 と。

 自らの力強さをアピールするため。

 そう。

 言ってしまったのだ。


「そもそもだ。我は魔王様の定めた掟でどうしても我慢できんモノがある。子供に関しての一条。敵とはいえ子供を手に掛けてはならない、喰ってもならない、生贄にしてもならない。譬え敵だとしてもまだ幼き彼らに罪はないのだから――だったか。ふん、笑わせるな! そんな甘い事を言っていたから子の時にいくらでも殺せていた筈の勇者が育った、魔王様はお眠りになられた! 魔族はいまだに人間を滅ぼせていないのだ!」


 私は、目を開いた。

 慈悲深き魔王様の定めた唯一の掟を、穢す行為。


 それは。

 だれであっても許してはならない。


 抑えていた魔力が怒りに釣られて動き出す。


「おい駄猫。どうした」


 私を撫でていたジャハルの手が止まっていた。

 震える私を心配しているのだろう。


 強者は弱者を守るもの。その言葉は真実で、彼の信念だったのだろうか。


「後でオレ様が魔王様を軽んじたあの豚野郎を殴ってやるから、な。今はおとなしくしとけって」


 魔王様を侮辱されカチンとしたのは彼も同じらしい。

 少し気分が落ち着いた。

 良かった。

 もし彼が冷静に私の背を撫でてくれなかったら。


 私は――今この場で全てを破壊していただろう。


「心配してくれているのかい?」

「そんなんじゃねえよ。弱いアンタが一方的に虐殺される姿なんて後味悪いだけだ! て、て、て、てめえが可愛いからって味方してるんじゃねえ、かかかか、勘違いはするなよ!」

「へえー、素直じゃないねえ」


 私は更に炎帝ジャハルを気に入った。

 それでも。

 彼の警告はきけない。

 私にも譲れないモノがある。


「まあ、でも私は魔王様の猫だ。魔王様の方針に逆らうものがでちゃったなら、そうだね、ちょっと脅かしてやらないといけない時もある。これは私の唯一の仕事といっていい。いいかい、ジャハルくん。それが魔王様の右腕なんだよ」


 ザワつく会議。

 その中心に向かい。

 私は歩き出す。


「な、バカ! やめとけって言ってるだろ!」


 私が目を細めると周囲の空間も歪み、細く、内へと締まっていく。

 私は。

 最高幹部として、皆殺しの魔猫として生きた時代に戻らなくてはならない。

 だって私は。


 魔王様の猫なのだから。


「すまないが、ちょっといいかな?」


 空間の割れる音が響き。

 身体が、猫魔獣として、皆殺しの魔猫として生きた全盛期の姿に変貌していく。


 ザザザザザザザザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 世界が闇で包まれた。


 その闇の中で、私の咢がぎしりと動き出す。


『分からぬ、なぜ脆弱なる豚ごときが我が主を侮辱できる』


 と。

 我ながら凍えるような魔力を孕んだドス黒い声が、喉の奥から飛び出していた。


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