兄弟戦争 ~うちの弟がこんなに弱い筈がない~前編
楽園にて、荒れ狂う魂が一つ。
ニワトリさんによる挑発。
極大規模の嫌がらせを受けたラスボス、魔兄レイヴァン神。
悪食の魔性としての力を暴走させているお兄さんなのだが……。
その顔は既に、ぐぬぬぬぬ!
飛翔しながら周囲を見渡し。
怒りの炎をゴゴゴゴゴゴ!
顔に書かれたネコ髯のラクガキを拭い、翼をバサ!
「んだよこれ! 全然取れねえじゃねえか! こんな消えにくいペンで、俺様の美顔にラクガキしてくれやがったのは、どこのどいつだっ!」
荒ぶる魔力。
楽園フィールドを揺らす声が、天と地を切り裂いていた。
ダムダムダム!
唸るお兄さんに気圧されたのか。
魔王陛下の召喚獣――土偶状のアダムゴーレム(仮)が、一斉に魔王陛下を指差す。
主人に歯向かうとは、なかなか器用なゴーレムである。
それほど魔王陛下の魔導技術が素晴らしいのだろうが。
ちなみに――。
この光景を外から眺める私は大魔帝ケトス。
説明不要な素敵ニャンコである。
説得なんていう空気じゃない様子を、別の次元、ネコちゃん玉座クッションから眺めて応援。
魔王様、頑張ってくださいませ!
状態なのだが、はてさて。
そんなわけで!
今、楽園はどうなっているかというと。
一応の説得が行われようとしていた。
魔王陛下が三万ほどのアダムゴーレムの前にスゥっと立ち。
悠然と告げる。
「犯人はワタシだよ兄さん。もっとも、兄さんはワタシの兄さんではなくて――こっちの三毛猫ちゃんのお兄さんなんだけど。んー……その辺の事情、ちゃんと分かっているかい?」
魔王様が眉を跳ねさせるのも仕方がない。
お兄さんの目はやはり正気を失っている。
普段は保護者的立場だったお兄さんが、暴走する事となったきっかけ。
勇者に殺された弟、その死。
このお兄さんは最強だった筈の弟の消滅を知り、暴走したのだ。
その後、大魔王の手によって滅ぼされた三千世界を吸収し、力を獲得。
世界をリセットし、弟と再会するために四度目の世界を作り出そうとしている筈。
まあなぜかウチの方のレイヴァン神に魂を捕縛され、封印されていたのだが。
つまり。
三毛猫魔王陛下と再会すれば、世界をリセットする必要もない。
戦う理由もそんなにない筈なのだが……。
お兄さんは狂乱状態のまま。
狂戦士化した騎士のように猛々しく、牙を剥いている。
「はぁ!? んなもん、……分かってるよ、ああ、分かってるさ! いや、どうでもいい。違う。なんだ。アレだ……とりあえず、てめえらの顔を一発ぶんなぐる、話はそれからだ――!」
「兄さん? これは――もしかして寝ぼけているのか」
魔王陛下が、じぃぃぃっとお兄さんの顔色を探る。
赤い魔力と瞳は魔性の証。
やはり暴走していて、意識も安定していないようだ。
……。
いや、まあ単純に。
寝不足と、天体をドバドバ落とされた影響によるストレスの可能性も捨てきれないが。
ともあれ、相手は戦闘を望んでいるご様子。
今のお兄さんはまるで猟犬。
獲物を見つけた獰猛な獣のような、飢えた闘争本能に似た覇気がみなぎっている。
「とにかく一発、ぶん殴らせろ! 話はそれからだ!」
うわ、あのお兄さんがマジギレしてる。
目が逆三角になってるよ。
「困るなあ、兄さん。ワタシと異界のワタシはとりあえず話し合いに来たのだけど。そこまで本気だと、こっちももっと頑張らないといけなくなる。兄さん、本気になったワタシに勝てるのかい? 喧嘩になったらいつも負けてたよね?」
「たしかに、昔はそうだったがな! 今はどうだ?」
ふっと淑女が喜びそうな美麗な吐息を漏らし。
しかし、くわっとすぐにギャグ顔になって、お兄さんが牙を剥く。
「それに、前々から言おうと思っていたんだが! てめえのそういう兄さんじゃ自分に勝てないだろう? ってな、澄ました態度が気に入らねえんだよっ!」
うわ、お兄さん。
眉間のしわがすっごい!
昔からコンプレックスがあるっぽいとは思っていたが。
そりゃあ、あの魔王様と比べられてたら色々と溜まってるよね。
それにだ――。
太陽を投げつけられたり、土星みたいな惑星を叩きつけられたり。
流星群を受けたりと――。
まあニワトリさんに色々とやられていたようで、お兄さんは完全に挑発状態である。
「いいじゃないか、事実だったんだし」
その上で、魔王陛下によるナチュラルな煽り。
魔王陛下に捕まるニャンコ。
三毛猫魔王様が、ぐぐっと眉間に皺を作り。
ぶにゃ!
異界の自分、ようするに私の魔王陛下の頬をペチペチしながら唸りを上げる。
「ニャニャニャニャ! 君ねえ。兄さんを更に挑発してどうするんだ! 戦う気満々になっているだろうっ」
「……いいのさ、これで。もう兄さんからは世界リセットという目的が、消えかけている。暴走した魔性は……まあ言い方は悪いが、短気で感情的になりやすい。同じく暴走して楽園を滅ぼしたキミも体験しただろう?」
「それはまあ、そうだが――」
言葉を濁す三毛猫陛下に、魔王様が続ける。
「今の兄さんはロックウェル卿たちの挑発で、頭に血が上っている。バッドステータス、挑発状態だ。故にこそ――その行動に変化が生まれた。未来も変わっているのさ。ロックウェル卿の作戦だったのだろう。実際、今の兄さんはワタシを倒す事、或いはワタシに倒される事に目的が切り替わっているからね」
賢人の顔で告げる魔王様、さすがである。
レイヴァン神による次元攻撃を避けながら、不敵に嗤ううちの魔王様。
実にカッコウイイ!
でも正直、ロックウェル卿コンビの嫌がらせはただの趣味だと思う。
わりとマジで。
ともあれ。
そのクールな横顔をみて、三毛猫魔王様が感嘆とした息を漏らす。
「なるほど、君ははじめからそのつもりで兄さんに挑発を」
「ああ、ようやく理解したようだね。後は兄さんを倒し、ワタシたちの最強を示すだけで話は終わり。事件は解決。ラスボスとして存在した荒ぶる兄さんを鎮めれば、世界もしばらくは勇者の敵を作ろうとはしない筈。キミの娘の延命もできる。どうだい完璧な作戦だろう?」
まあたしかに。
これほどの規模の戦いが終われば、勇者ヒナタくんに対しての死の運命を延期できる筈。
カテゴリーとしては、私も魔王様も三毛猫魔王様もおそらく……勇者の仲間判定になっていると思われる。
別行動している勇者、英雄が身を挺して行動している間に――その仲間がラスボスを倒す。
そんな展開だって、英雄譚で語られる時もあるだろう。
理論としては破綻していないのだ。
まあ、ヒナタくんは今頃、ふつうに授業を受けているだろうが。
問題ない筈。
それでも再び――世界がヒナタくんの運命に介入しようとするのなら、私にも考えがあるのだが。
……。
ともあれだ。
この作戦には大きな壁がある――。
三毛猫魔王様が、ごくりと息を呑み。
「で? どうやって、三千世界の魂を吸った兄さんを倒すんだい?」
そう。
私もそれが気になっているのだが。
大丈夫魔王様だ、きっと策があるに決まっている。
筈だったのだが。
なぜだろうか。
魔王陛下の頬に、一筋の汗がお流れになる。
戦場となっている楽園。
アダムゴーレム(仮)とリポップする神話生物たちが戦っているのだろう。
遠くの方で弾ける戦火の爆炎が、ボファァァァァァ!
魔王様の頬を流れる汗を、より強く輝かせていた。
え?
まさか、ノープラン?
いやいやいや、そんな、まさか……。
お兄さんによる死者の腕攻撃をギリギリで回避しながら。
魔王様は!
なんと!
黙り込んでしまったままだった。
三毛猫魔王様があんぐりと口をお開けになり、尻尾をびたんびたん!
……。
猫魔王様のジト目が、陛下の尊顔に突き刺さる。
「君、まさかそこまでは考えていなかったのでは?」
「ま、まあなんとかなるさ!」
う、うちの魔王様……平和ボケしてない?
いや、そりゃたしかに、特にここ一年は本当に平和だったけど!
キシャァァァっと牙を剥きながら、三毛猫陛下が唸る。
「いや! 二人で力を合わせても、おそらくこれは負け戦だろう! 君はいったい、何を考えているんだ!」
「はははははは! 異界のワタシは怒りっぽいねえ」
同一存在で漫才をしている二人に構わず。
激おこお兄さんは――空を駆ける!
空を駆ける道筋が、そのまま魔術式を描き出した。
「最強の弟がこんな俺様の攻撃に怯む筈がねえ! さあ、弟だっていうのなら、その強さを証明してみせなぁああぁぁぁぁぁ!」
これ。
ブラコンなお兄さんが、暴走しているから余計に面倒な事になってるっぽいなあ。
つまり。
最強状態になっているお兄さんを倒す事、つまり最強を示すことで弟である証を見せろ。
そういう滅茶苦茶な理論を展開しているのである。
ま、暴走状態の魔性なんてこんなもんか。
完全暴走状態だった大魔王ケトスよりは、だいぶマシだし。
ギャグばかりでは気が引き締まらない。
そう思ったのか。
魔王陛下が邪悪色に顔を染め上げて――行動を開始。
バサっと服の裾を翻し宣言する。
「まあ折角だ! ある程度本気を出して戦える舞台なんて、滅多にない。この機会に、我々も楽しもうじゃないか!」
宣言に従って、周囲を飛んでいたメノラーも反応!
魔王陛下がパチンと長い指を鳴らす。
ぐぎぎぎぎいぎぃぃぃん!
発生させた魔術障壁で、お兄さんの突進を阻んだようだ。
本来ならお兄さんの翼が、魔王陛下の胴を薙いでいた筈だったのだろう。
回避されたことでお兄さんは、キシシシシっと歯を見せて満面の笑み。
「ハハハハハハ! いいじゃねえかっ! うちの弟は最強だったんだ。もしおまえさんが本物の弟だっていうのなら、これくらいも対処できるよなぁ――ッ!」
髪を逆立て、翼を広げ。
ラスボスお兄さんがニィっと口の端をつり上げる。
「始原解放――アダムスヴェイン。さあ、弟だって証明してみせな! 俺の弟は、最強なんだよっ!」
レイヴァンお兄さんによる魔弾の射手、断続的に放たれる魔力弾が魔王陛下を襲う!
ゴウゥ!
まあ、魔王陛下は魔術の始祖。
相手がいかに強力な存在だとしても、魔術式自体を強制破棄して対応しているようだ。
黄昏色の空に走る、閃光の弾丸。
その魔力の筋を辿るのは、魔王様の指。
陛下の唇が淡々と蠢き、世界の法則を捻じ曲げ直す。
「我こそが魔術の父、魔術の母。その式、我は全てを破棄しよう」
「契約の果て。汝の瞳は見るだろう、其の魔術名は《魔弾の射手》、汝、その呪を禁ず」
三毛猫魔王様との同時魔術。
効果は特定魔術の封印か。
魔王様の指先が赤く光り、三毛猫魔王様の肉球も赤く輝いていた。
お兄さんの指から魔弾が放てなくなっているのだろう。
プスプスと鈍い音しか鳴らない指をじっと見て、納得。
お兄さんは酩酊にも似た状態で、拍手をする。
「ふはははははは! やるじゃねえか。そういや魔術はおまえさんが作り出した技術だったな! なら、これはどうだ! 冥界の力、死者たちの魂を取り込んだ生命そのものの力なら、封じる事はできねえだろう!」
魔弾の射手を封じられたお兄さんが、楽園の大地を翼で叩き。
地を裂き、抉った。
抉られた大地の底から、冥界の門が開かれる。
「召喚、ベルゼビュート! さあ、炙れ! 貪り、屠れ! 死者の魂よ、我等が楽園を襲う魔の手を退けやがりな――っ!」
開かれた門から発生したのは、大量の蠅。
それは死骸に群がる昆虫。
死者の魂を運ぶと伝承された蠅、死神の使い魔の性質を持つ神話生物である。
魔王陛下が興味深そうに、目を輝かせる。
「おや、これは――魔術とは違うね」
「異界の僕! なにを暢気に観察しているんだ! まずい……っ、地の底に眠るレギオン。楽園の悪魔の怨霊たちが、くるぞ――!」
慌てた三毛猫陛下が地の底に目をやった、その時。
反応したのは楽園の外。
私のくつろぐ魔城から結界を張っていたホワイトハウルが、牙を尖らせ。
まるで弁護士のような、凛と通る声を上げる。
『魔王様、三毛猫陛下――ここは我が力を貸しましょう』
まあ、その口には私と一緒に食べている唐揚げが詰まっているのだが。
くっちゃくっちゃ、ガルルルルゥゥゥッゥウ!
ともあれ! 唐揚げの脂をくっちゃくっちゃとさせながら、咆哮を上げたのだ。
『我は魔狼。我は神獣。大いなる光の後継者、ホワイトハウルなり。光満ちる所に我があり、我は闇を照らす一条の閃光となろう。哀れなる死者たちよ、暴食の象徴よ。此処は汝等の世界に在らず、あるべき世界へと帰るがいい――』
名乗り上げの詠唱の直後。
ワンコが白い手を、ぷにんと振り下ろす。
楽園の空に巨大ワンコの顔が浮かぶ。
『鎮まるがいい、第二世界の古き神々よ――!』
おう、なかなかシリアスな声だ。
長い舌でペロペロと口元を拭きながら、ホワイトハウルがキリリと目力を込める。
そして――。
《正しき秩序への神獣裁定》――を発動!
きいいぃぃっぃききききぃぃっぃぃぃぃぃん!
けたたましい音と共に、光の柱が冥界の門を叩く。
大量発生する蠅悪魔たちを裁定魔術で裁くことにより、有罪判定の烙印を付与。
そのまま浄化したのだろう。
『グハハハハハハハ! どうだ、見たかケトスよ! 我、魔王陛下の役に立ってしまったのだぞ!』
『後で褒めてあげるから。とりあえず、唐揚げのお代わりが欲しいなあ』
私の言葉に応じた白黒ニワトリさんが、クワワワっと翼を広げ。
唐揚げパックを召喚していく。
ロックウェル卿が私の前にお皿を出しながら、こっそりと耳打ちをしてきた。
『ケトスよ――打開策は考えついたか?』
『おや、ロックウェル卿。何の話だい』
クッションを抱きかかえながら、のんびりと唐揚げをガジガジする私。
とっても可愛いね?
そんな素敵黒猫な私に、卿は戦友の顔で苦笑してみせる。
『惚けずとも良い。陛下達が情報収集のために戦っておられると、既に気付いているのであろう?』
『なんだ、君も知っていたのか。まあね、一応は勝ち筋も見えてきたよ』
そう。
おそらく陛下達の目的は、私にお兄さんとの戦いを見せる事。
もちろん。
説得や実力行使で取り押さえることができるのならば、問題ない。
そのまま事件を解決するつもりもあるのだろうが。
そうできなかった場合を想定し、陛下達は行動なさった。
最強最大戦力である私と大魔王ケトスを温存し、こうして待機させている。
戦いは情報戦、ここでじっくりと様子を見れば見る程に有利になる。
というわけだ。
いや、その筈なのだが。
モニターヴィジョンの中。
魔王陛下と三毛猫魔王様が、ゴゴゴゴゴゴっと赤い魔力を纏い。
冷静な筈の三毛猫魔王様の方が、ぶすっとネコ顔を尖らせる。
「なあ異界の僕。なんか兄さんにこう、押されてるっていうのは多少、いや、かなり癪じゃないかい?」
「ああ、そうだね。ワタシ達ももっと反撃をしようか」
言って、赤い瞳を尖らせ。
お二人は、こうおっしゃった。
「兄さんが僕・ワタシより強いなんて、解釈違いじゃないか!」
と。
……。
解釈違いって、なに?
新しい魔術用語、新時代の魔術体系か何かだろうか。
魔王様も三毛猫陛下も、こちらの書物を読み漁っていた。
そこに私も知らない知識の奔流があった、という事だろうか。
なにはともあれ。
兄弟対決はまだ続く。