説得(魔術) ~だって、(あの)魔猫の主人だもの~
準備を終えた我等が希望の星!
魔王陛下と三毛猫陛下!
そして配下たる私、大魔帝ケトスは楽園手前の転移門に到着していた。
魔王様達にはまだ、転移門の中でお待ちいただいて。
私が安全確認のために先行している――。
そんな状況なのだが。
ただ何もない空間だった筈なのに。
うん……。
事前に魔王陛下による説得作戦を行うと、伝えてあったからだろう。
豪華絢爛な闇の城が顕現している。
『おう! ケトスよ! やってきたか! どうであるか、麗しの余が作りしこの魔城! 陛下のお出迎えにふさわしき荘厳さであろう!』
と、私の目の前で白き羽毛をモコモコに膨らませるニワトリさんが、ドヤ顔をしている。
まあ、その嘴の偉そうな事……。
どうやらロックウェル卿が、一夜の内に陣地作りをしたようだ。
亜空間だというのに、建設された城の中。
楽園へと繋がるゲートはまるで大神殿の祭壇。
暗黒祭壇。
そんな名を彷彿とさせる闇の泉が、ニャンコな私の目の前に存在していた。
クリスタルに触れるとラスボスの場所へ飛べるエリア。
そんなイメージである。
陛下の御到着を、今か今かと待ち詫びているニワトリさん。
その輝く羽毛をじっと見て。
呆れた声が、私の猫口から漏れていた。
『いつのまにこんな城を作ったんだい? いや、そりゃ凄いけどさ』
『コケケケクワワックワ! 陛下をお出迎えするのだ、何もない空間というのも味気なかろう?』
ん? ん? と、こっちを見ている所を見ると。
褒めて欲しいのかな。
肉球で、金刺繍が施された赤絨毯を確認し――プニプニ。
『うわぁ……この絨毯も高そうだねえ、いくらかかったんだい』
『さあ、値段であるか……それは余の知るところではない。なにしろ、グルメ帝国の皇帝、その玉座の間から拝借しただけであるからな』
ニワトリさんは、悪びれもせずに言い切り。
コケっと首を横に倒す。
連動して揺れる尾羽のなんと美しい事……って! そうじゃない!
時間がなかったからって、あのかつて暴君と呼ばれたピサロ帝の城から拝借。
おパクリあそばされたのか。
こいつ、人間相手にはあいかわらず容赦ないなあ。
よく見たら、あの帝国名物の唐揚げセットの空き箱が転がってるし。
まあ、あの皇帝君と賢者の爺さんなら問題ない。
むしろ、私に貸しができたと喜んでいる筈だろう。
『後で謝りの一報を入れておくよ。費用も……まあ魔王様の威厳を保つための予算から落とすからいいけどさあ。ここまでの城を作るなら、一声かけてくれれば良かったのに』
ムスっと腕を組んで、尻尾をびたんびたん……っ!
私も一緒に作りたかったのである。
そんなニャンコの複雑な心を察したのか、ロックウェル卿がトサカを翼でカキカキ。
『なんと!? そうであったか。すまぬ、なにしろ急な話でもあったので、異界の余と大急ぎで作ったのだ。友である汝の願いを察してやれず、済まぬ。許せよ、ケトス。これも陛下のためなのだ』
『まあ、陛下のためだっていうのは分かるからいいけどさ』
言って私は城をじっくりと見る。
中央広間には、魔王様お二人の玉座が設置されている。
おそらく楽園との戦争となったら、ここでお二人が演説や鼓舞をなさるのだろう。
更に床には、私も知らぬ魔術式による複雑怪奇な魔術紋様が刻まれている。
これはロックウェル卿の紋章だ。
卿も私と違ったベクトルの魔術探究者。頼りになるんだよね。
さて安全は確保されている。
もし陛下になにかあったら、そんな心配はなさそうだ。
『それじゃあ、陛下をお呼びするけど、いいかい?』
『承知した。おーい! 異界の余! 唐揚げを貪るのもいいが、陛下の出迎えであるぞ! 降りてくると良かろう!』
バッサバッサと唐揚げを銜えた黒ニワトリさんがズバっと着地!
見張りについていた二柱。
神鶏ロックウェル卿と、魔帝ロックが恭しく礼をする。
その赤き瞳の先にいらっしゃるのは、纏う魔力さえも威厳に満ちた皇帝風の美丈夫。
外行きモードの魔王陛下。
そして、その肩に乗る麗しモフ毛な三毛猫魔王陛下。
ダブル陛下の降臨である!
この亜空間魔城を管理するロックウェル卿が、臣下の礼をもって出迎える。
『お待ちしておりました、我が君、我等が魔王陛下。そして異界の魔王陛下。我等、神鶏監視部隊――心よりの……』
言葉を遮るように、スゥっと私の魔王陛下が腕を上げる。
髪の隙間から、赤い瞳を覗かせ――魔王陛下は微笑みになられる。
「そういう畏まった礼は今は省略しようじゃないか。そちらの黒いロックウェル卿もね。ご苦労様、ここまでの環境を整えるのは大変だっただろう」
『陛下にふさわしき地にする必要がありました故、どうかご容赦を。さて、畏まった態度はこれくらいといきたい所ではありますが――そうは言っていられないでしょう』
ロックウェル卿が珍しくガチシリアスモードである。
それもその筈。
顕現した魔王様も、三毛猫魔王様も厳重装備。
あれ?
今回は結界の外から、ロックウェル卿みたいに顔だけを出して説得。
失敗したらそのまま帰還する、そういう約束になっている筈なのだが。
説得に来たはずなのに、二人とも……。
いや、ロックウェル卿コンビも、結界を維持しているホワイトハウルもブラックハウル卿も、ガチモード。
なぜか対最終戦争用の神器で、全身を固めているのである。
三毛猫魔王様は、魔王様の肩からウニュ。
静かに周囲を見渡し、優雅な声で猫口を動かしてみせる。
「裁定の神獣――僕の古き友よ。ブラックハウル卿、そしてホワイトハウル、そこにいるんだね? 結界の維持、本当に助かっているよ。そちらの二柱の神鶏も見張りをありがとう。とても感謝している」
『結界の維持に集中しております故。我等は次元の狭間での挨拶にて失礼いたします。どうか――ご武運を』
私の魔王陛下も戦闘モードである、明らかにいつもと顔つきが変わっている。
三毛猫魔王様が次元の狭間。
大魔王ケトスが隠れている闇の中に、じっと目をやり。
「出ておいで僕のケトス。少し話がある」
『ニャニャニャニャニャ! どうしたんですか? 魔王様?』
静寂の空間。
相手に取り込まれないように、ズレた次元にいた魔猫。
お眠りニャンコモードだった大魔王ケトスが、顕現!
さすがに空気がおかしく、私は眉間にうぬ? っと猫ジワを刻む。
『え? 魔王様、説得に来たんですよね?』
「んー、だってケトス。キミはたぶん、兄さんとの戦いへのワタシの参戦。それを全力で反対するだろう?」
『そりゃあ、まあ……』
相手は何をしてくるか分からない存在。
なにしろ、数多くの世界――命と魂を吸った冥界の神。更に、心を肥大させた暴走魔性状態。
危険度で言ったら、たぶん今までで一番高い。
「だからね、うん。説得はするけど――失敗したらそのままワタシと三毛猫のワタシで兄さんと戦ってしまおうかなって、そう思っているのさ!」
『え!? いや、私、聞いてないんですけど!?』
三毛猫魔王様が申し訳なさそうに、ゆっくりと瞳を閉じる。
「君も僕のケトスも反対するだろうからね。他のモノ達には伝えていたのだが――すまないケトス。僕も異界の僕と一緒に楽園に入り、説得。もしダメなら、まあ……力を合わせてなんとかしてみせるさ」
苦笑する三毛猫魔王様に続き、皇帝風魔王様が言う。
「というか。あの兄さんに説得が通じるとも思えないしね。あれで結構頑固なところがあるから……それに兄弟喧嘩? とはちょっと違うか。ともあれ説得というのはこういう力尽くってことも、間々ある事だろう?」
言って、魔導書を広げ――魔王様は私に魔導契約書を発動。
ぶにゃ!?
私と大魔王ケトスの周囲が、睡眠用クッションで埋まっていく。
「使った事はなかったけれど――絶対命令権だ、しばらく休んでいてもらうよ」
『えぇ……私が居なくても、本当に大丈夫なんですか?』
と、苦言を呈しつつも、誘われるままにクッションを肉球でチェック。
……。
ズボッとクッションとクッションの狭間に入り込んで、ニヤリ!
おお! 極上クッション!
肉球が、中のもふもふにフィットするのである!
くはははははははは!
大魔王ケトスも既にクッションに抱きついて、クークーと寝息を立てている。
さすがに私が寝る事はないが。
これは主従契約、使い魔に分類される私達に与えられた強制命令。
抗う事はなかなかできない。
この魔城。
そうか――ここは魔王様を迎えるための城ではない。
私達をしばらくの間、留めておくためのキャットハウス。
結界だったのかな。
ワンコとニワトリさんが、陛下に頼まれてのう……と、尾を下げ。
瞳をきゅるんとさせている。
彼らに私は怒っていないと、ウインクをし。
今度は主人である魔王様を、じぃぃぃっと見る。
『言っておきますけど、契約による拘束はあくまでも一時的なモノ。あまり長い間私を留めておく事はできませんよ?』
「様々な冒険と出会いを果たし、心身ともに成長した今の君は、ワタシよりも強いからね。分かっているさ」
仕方がない、主人の顔を立てるのも使い魔の務め。
私は――理解のある猫のフリをして、恭しく礼をしてみせる。
『それでは、そちらの四柱までお使いになり、ここまでしたのです。ご自分の手で兄をどうにかしたい、その心は理解できました。けど――ちゃんと私に良い所をみせてくださいね』
し、仕方ないから我慢してるんですからね!
と――私はガッツリ釘を刺す。
後で、目一杯のナデナデとお膝抱っこを要求するべきだろう。
魔王陛下は肩に乗せた三毛猫魔王様と共に。
楽園へと足を踏み入れた。
◇
さあ、これから説得が始まるのだろう。
楽園内の映像をヴィジョンで眺めながら、私は唐揚げをクッチャクッチャ♪
ロックウェル卿が用意してくれた、塩こうじとニンニク醤油の唐揚げセットである。
図にすると!
眠る巨大白猫、大魔王ケトス!
その横で、クッションでご満悦! 契約の拘束でのんびりと待っている大魔帝ケトス!
更にその横、二柱のニワトリさんが唐揚げセットを無限召喚!
おそらく、グルメ帝国と空間を繋げ、ピサロ帝たちに唐揚げを調理させているのだろう!
ふわふわクッションと唐揚げによる包囲網。
まさに天才の罠である。
魔王様達の顕現に、楽園が気付きだす。
黙示録の天使と悪魔。
そして大罪を司る悪魔や、楽園をモチーフとした大天使。
まさに神話の傑物たちが、一斉に魔王陛下の侵入を察知していた。
「おーい! 兄さん、聞こえているかい!」
呼びかける魔王陛下の声に反応はない。
ダウナー神、ラスボスレイヴァン兄は眠っているのだろう。
こんな状況で眠っているっていうのは、正直……相手も、随分とアレだなぁと思うのだが。
暴走している魔性だからね。
本当の意味で、正気ではないのだ。
魔王様が肩を竦めてみせる。
その足が、樹林に沈む楽園の砂利を踏みしめ――キィィィン!
足元から、赤い魔力の柱が天を衝く。
目覚ましに、大魔術をぶっ放すおつもりのようだ。
三毛猫魔王様のスマホを用いた科学魔術式も併せて展開。
ダブル魔王様による合成魔術……か。
「世界の始まり、世界の終わり。其は終焉を紡ぐもの――汝の名は世界。膨張せし創世の紐を繋ぎ、重ね、十一の次元を駆ける音無き疾風。さあ、終わりをはじめよう。今――ここに真なる世界が始まろう」
「そして我等は汝を観測するモノ也や。紡ぎ、弾け、掻き毟れ。我等は魔王! 魔を統べる、常闇の覇者なり!」
詠唱が、世界の法則を書き換える。
魔王様と三毛猫魔王様が、手と肉球を翳す。
――合成魔術。
《終わる黄昏のビッグバン》が発動!
シィィイイィィイイン……。
と、静寂が辺りを包んだ、その直後。
楽園の上空。音も消えた空から、白いゲートが顕現――その魔術は蒼白い爆発となって再現された。
宇宙創世のきっかけ。
それは――壊れた世界から噴き出される圧縮された光、ホワイトホールから放出される魔力そのもの。
ボボボゴゴゴゴッガァァガガガアァァァグィィィガッァァ!
宇宙誕生自体を神話と解釈することによる神話再現。
始まりとされるビッグバンを再現した、アダムスヴェインだろう。
音のノイズが、凄い……っ。
膨張するダークマター……暗黒エネルギーが限界を超え、内部で崩壊する衝撃音か。
惑星誕生の魔力現象を、そのまま暴走させているようだ。
吹き荒ぶ魔力の奔流に、映像が乱れる。
破壊力も、術構成も――何度か私が使っている天体魔術よりも上。
映像が再開した、その時。
私の猫喉が、ごくりとニンニク味の唐揚げを飲み込んでいた。
噛むと弾ける豊潤な肉の香り。
更に追撃で飲みこむジュースの香りが、ネコの鼻孔を揺らす。
楽園が、一瞬にして荒野に変わっていたのだ。
これが楽園というフィールドでなかったら、文字通り全てが崩壊していただろう。
それでも、魔兄レイヴァンは無傷。
生命の樹を彷彿とさせる林檎の大樹に凭れ掛かり、寝息を立てたままだった。
ダブル魔王陛下による魔術が効いていない!?
三千世界の死者を吸ったお兄さん、魔性として暴走しているお兄さん。
その力は絶大とは思っていたが、まさかこれほどのモノだったとは。
崩れた楽園が再生していく。
ここは元より終わった世界、死んだ場所。冥界として機能するフィールド。
浄化ではなく破壊によって受けたダメージの無限再生もまた、死者たちの能力。
この楽園自体がアンデッドみたいなものなのだろう。
厄介な楽園を見渡し、魔王陛下が口の端をぎしりとつり上げる。
「退屈だね――そろそろ起きておくれよ、兄さん。こんな神話のコピー人形でワタシの相手が務まると? 本当にそう思っているのなら――心外だね」
「構えたまえ――神話生物が、来る!」
三毛猫魔王様の頭のネコ毛が、ぴょこんと立つ。
「分かっているさ、異界のワタシ。それじゃあ、たまにはワタシも本気を出そう」
魔王陛下が亜空間から陛下の神器、燭台の杖を顕現させる。
七つの燭台の先端から、七つの魔術を同時に放つことのできる、祭具である。
七種の異なる魔術属性を這わせた魔王様は、燭台を浮かし。
無数に分裂。
更に魔導書を取り出し――バササササ!
魔導書から迸る赤い魔力で、鼻梁を灯らせ。
「さあ、話し合いをしようじゃないか!」
魔術を灯す自動砲台――燭台の谷となった空の下。
両手をスゥっと広げ、微笑するダークスマイルなお姿は美の化身。
それはまさに、魔王と呼ばれるに値する貫禄。
しかし。
たまーに暴走する私が言うのもなんだけど。
これ、さあ……。
説得を開始するっていう空気じゃないよね?
どう考えても。
殴り込みだよね?