本拠地探索 ~ワンコとニャンコのダンジョン散歩~前編
ラスボスの潜む地を求めて、早一週間。
我々は、とある迷宮国家に足を踏み入れていた。
麗しにゃんこな私――大魔帝ケトスとホワイトハウルが亜空間を駆けたのだ!
先日、魔王陛下がイナゴ退治に参加した事件を覚えているだろうか。
あの案件がきっかけとなったのだろう。
状況に変化があったのだ。
ラスボス本拠地捜索隊のニワトリコンビが未来視で、一瞬の歪みを検知したのである。
どうやら隠れていたラスボスお兄さんが、魔王陛下顕現の気配を察したらしい。
かなり離れた亜空間に、一瞬だけ反応が生まれたのだ。
本当にごくわずかな観測だったらしいのだが。
まあ……こっちの捜索隊は全てを見通すあのロックウェル卿が二柱だからね。
一瞬たりとも見逃すはずもなかった。
弟を想う故に、つい反応をしてしまったというのが……うーむ。
まあ。
なんともあのお兄さんらしいのだが。
ともあれ――!
その反応こそが罠という可能性は捨てきれない。
まずは偵察を、となって――選ばれたのが私達。
最強戦力である私。
そして、次元を駆けるホワイトハウルのコンビが誕生したのである。
ロックウェル卿も行きたがっていたが、まあ回復の達人は基地に残しておきたいしね。
正直、この探索で私達が負傷する可能性はかなり低い。
よほどのことがない限り、敵を返り討ちにできるし。
なにより自力で治癒も可能!
それよりも問題なのは、いまだに湧き続けるイナゴ軍団。
ダンジョン領域日本に住まうモノ達の方が、大怪我をする可能性が高い。
そこで治療神の側面もある卿には、お留守番をして貰っているのである。
私を背に乗せる白きモフモフ。
見た目シベリアンハスキーなホワイトハウルは、まるでロックウェル卿に勝ったような笑みを浮かべまくって。
ワオオンオン♪
『おう、ケトスよ! 久々の散歩は楽しいのであるなっ!』
『それは分かるけど、まだ準備中なんだって! 落ち着きなよ!』
自分のもふもふ尻尾を追って、駆け回るワンコの背から降りて。
ふぅ……。
私は現地協力者の王様に、苦笑してみせる。
『悪かったね、突然準備をお願いして。敵の本拠地を目指すには、ここが手っ取り早かったし。君とは知り合いだからね、頼み事もしやすかったんだよ』
感謝を述べながら獣毛を輝かせる私も、当然カワイイわけだが。
そんな私に首を横に振ったのは――、人間の君主。
ダンジョンと寄り添う国家の王。
かつてモンク僧だったカイン王が、深いお辞儀で返してくれる。
「頼っていただけて恐縮です。こちらもケトス様のお役に立てるとなって、民も信者たちも大変に喜んでおりますよ。なにしろ、あなた方に救われた者は多い。灰から蘇ったモノ達などは、それこそ――あなたの御帰還を望んでおりましたから」
辮髪が特徴的な、接近戦を得意とするモンクだったのだが。
今はすっかり王様って感じである。
そう!
迷宮国家クレアリスタにお邪魔していたのだ。
迷宮国家の名は伊達ではない。
ダンジョン探索に必要なアイテムを、というか――主に食料を国から援助して貰っているのである。
ここの迷宮は聖父クリストフこと、魔王陛下のお父さんが死霊群だった頃に作った大迷宮。
悪さをしていた時の名残で、どこの世界とも繋がっているからね。
お兄さんが隠れていそうな場所を発見したので、とりあえずこの迷宮の性質を利用して、様子を見に行く事にしたというわけだ。
先ほども述べたが、私の連れはワンコのみ。
探索メンバーも、ホワイトハウルと私の二柱。
白ワンコの上に私が乗って、ビュンビュンとダンジョン次元を駆けるつもりなのだ。
荷物の詰まった亜空間収納バッグを奉納するカインくん。
彼は私とワンコ両方に頭を下げ、辮髪を風に靡かせる。
「それではケトス様。こちらがご注文の品です、しかし本当にお二人だけで平気なのですか?」
『私の強さは知っているだろう? こっちの神獣……我が友、かつての同僚ホワイトハウルも同格の存在だ。心配してくれるのはありがたいけど、ニャハハハハ! まったく問題ないよ! まあ、ちょっと敵も厄介だし、今回は偵察だけだから小人数が良いのさ』
口にはしないが、共に冒険をしたカインくんには分かってしまったのだろう。
「なるほど、あなたがそこまで仰るほどの案件。我等は足手纏いになってしまいますからね。分かりました」
『悪いね、守りながら戦うっていうのは、その……アレじゃん?』
私が得意とするのは破壊。
手加減とか、巻き込まないようにっていうのは、ねえ?
モンク王は口の端を上げて、眉を下げる。
「はい、あなたの破壊魔術は範囲も大きいですからね。我々はまだ、貴方様への恩を返しきれておりません。巻き込まれて恩を返せなくなってしまうのは、困ります」
『ふん、人間がケトスを語るか。生意気だのうぉぉぉう。我、なんか面白くないのぉぉぉおおぉ』
と、微笑する王を睨むのは、ガルルルウゥっと唸りそうな神獣の瞳。
ザ・嫉妬ワンコ。
今回の相手が強力だということで――魔性としての力を発揮してくれるのは良いが、その反面、いつも以上にヤキモチ焼きになっているようである。
ホワイトハウルがなんか微妙に嫉妬しているのは、うん。
たぶん。
我を置いてケトスと冒険だと!?
と、ワンコ特有のズルイズルイズルイのだ! モードの片鱗を見せているのだろう。
しかしカイン君も既に王。
そういう場面の対処法も身に付けているのだろう。
「力及ばない我等は冒険についていけませぬ――なれど我々はあなたから受けたご恩を決して忘れません。その大恩あるケトス様が友と仰るホワイトハウル様。あなたがとても羨ましいです……我等にはケトス様を守る力がありませんから。どうかお願いで御座います――弱き我等では叶わぬ願い、我等クレアリスタの恩人である魔猫神ケトス様を御守りください」
『ふん、キサマに言われんでもケトスは我が守る』
告げるワンコだが、その尾が微妙にフリフリし始めている。
おそらく、羨ましいと言われ満足しているのだ。
「時間に余裕ができたらぜひ宮殿にもお寄りください、良い漆黒牛が育っていますから。お二方に奉納させていただきますよ」
漆黒牛と聞き、ホワイトハウルの口元がじゅるりと緩む。
おー、しかし我慢したようだ。
神獣としての貫禄を滲ませ、ワンコはヨダレを飲み込み言い切った。
『ケトスの事は任せておけ、グハハハハハハ! 我はケトス一番の友であるからな!』
「一番の、ロックウェル卿様もたしか同じことを……」
言って、カイン君はなんとなく二柱の関係を理解したのだろう。
モンク僧だった頃にも見せた、修行僧のポーズ。
胸の前で手を合わせる仕草をし、王は深々とワンコに頭を下げる。
「いえ、『ケトス様一番の友』でいらっしゃるあなた様がいれば、百人力なのでしょう!」
『その通りである! ふむ、汝はわりと話が分かる男のようだな。ならば我の知らぬ場所で、ケトスと散歩していたその罪を許そう!』
うんうんと、頷いているワンコだが。
こいつ。
今のやりとりがなかったら、とりあえず天秤による裁定魔術をかけるつもりだったな……。
いや、たぶん問題なく裁定もスルーされるとは思うが。
ともあれ!
ダンジョン探索の支度品を受け取った私達は、ダンジョン探査を開始した。
目指すはラスボスお兄さんの隠れ家!
魔王陛下も三毛猫魔王様も、報告を待っているだろうからね!
◇
本来ならレベル一から開始される迷宮だが、今ここはダンジョン内に都市が建築されている。
聖父クリストフの加護と恩寵が与えられているフロアは問題なし。
そういったペナルティは発生していない。
そもそもここは、ダンジョンの裏側。
座標をわずかにずらした別次元を通っているからね。
ホワイトハウルが神速で亜空間を駆けながら、げぷぅ。
既に漆黒牛ステーキを味わった――その咢を開く。
『しかしこの迷宮。本当に様々な世界と繋がっておるのだな――ケトスよ、オマエが暴走せし聖父クリストフの陰謀を止めていなかったら、面倒な事になっていたやもしれぬな』
『まあねえ! もっと褒めてくれてもいいよ?』
彼の背に捕まる私はドヤ顔を披露しているのだが。
『ふん! 我がおらん場所で活躍しても、ぜーんぜん、褒める気にはならんわ!』
『ええ……、けっこう頑張ったんだけどなあ』
雑談をそのまま継続しようと、口を開いたその時だった。
私とホワイトハウル。
両者共に、瞳の色が夕闇よりも赤黒く染まっていく。
敵の気配。
いや、イナゴの気配を察知したのだ。
ダンジョンの裏側。
というか、バグみたいな異次元空間にイナゴの群れが侵入できているってことは……。
相手も、空間のバグを利用して潜んでいたということか。
ワンコ鼻梁を、ぐぐぐぐぐ。
シリアスモードになったホワイトハウルが瞳を尖らせる。
『どうやら。あの反応――正解であったようだな』
『反応があった場所からの迎撃か。こりゃ確定だね――どうする、このイナゴどもは私がやってもいいけど』
今のホワイトハウルだと、私が活躍したらそれはそれで嫉妬しそうだからなあ。
『ぐわははははははは! 我に任せよ!』
言って、ワンコは絶対不可侵聖域化された……ようするに許可がないと入れない聖なる結界の壁を作り。
肉球前脚で投射!
続けて犬歯を覗かせる程に咢を開き。
ワオオォォォオオオオオオオオオオオォォォッォォォオォォン!
投げた聖域結界の反対側からも、聖域結界を展開し……。
って。
おい、まさか――。
『グハッハハハハハハ! 逃げられぬ領域に挟まれ、塵となるがいい!』
両手のぷにぷに肉球を合わせるように。
ワンコがパンと手を叩く。
結界もそれに対応して、手を叩くように重なって――。
べぎょ!
なんというか。
単調な音を立てて、異次元空間の敵が一掃されていた。
迎撃に来たイナゴ軍団は壊滅。
侵入できない結界に、両サイドから挟まれ。
更に圧縮された状態を想像してみて欲しい。
ふつうは、生き残れないよね。ホワイトハウルの結界の腕は、私以上だし。
『凄いけど……嫌なサンドウィッチだね……』
『無限に湧くというのなら、湧く空間さえ圧縮してしまえばいいだけの話。しかーし! まだこれだけではないぞ! このまま空間を凝縮させ、重力を崩壊させてだな――』
自慢げに鼻頭を揺らしフフンと息を漏らすワンコだが。
『あぁ、重力崩壊で魔術的ブラックホールを作り出すんだろう? で、そのまま更に圧縮させて……プチ超新星爆発はつい最近、私がやっちゃったよ?』
ワンコが口をあんぐりと開けて。
『我、二番煎じは嫌なのだが?』
『そんなこと言われてもねえ、とにかく――これで邪魔者は居なくなった。座標を登録するためにも、一度敵の本拠地に顕現するよ!』
両手をモフっと広げた私は、発生する重力崩壊の力を利用。
ラスボスお兄さんが隠れているだろう空間に、強制接続!
『わ、我はそなたがこの重力の力を利用すると見越して、今の御業をだな!』
『はいはい、そういう自慢は後でいいから、行くよ!』
繋がった場所の名は――ノイズが酷くて読み取れない。
けれど、間違いない。
ラスボスお兄さんこと、闇落ちレイヴァン神はこの空間を抜けた先にいる。
亜空間を駆けるワンコの背で、私は言う。
『懐かしいねえ、前もこうやって大いなる光がつくったダンジョンを散歩したよね』
『おう! 懐かしいのう! あの時に食べたヤキトリの味、今でも覚えておるぞ!』
そういや、私が持ってきたヤキトリパック。
食べられちゃったんだよね。
ま、こいつならいいけどさ。
話しながらも相手の妨害は続いている。
遅延魔術や、空間そのものの隠匿。
様々な魔術式が飛び交っているが、全てホワイトハウルの権能によって無効化。
次元の隙間を自由に渡り歩く、ワンコの本領発揮といったところか。
私もホワイトハウルももはや尋常ならざる存在。
本来なら年単位でかかる筈の、この空間転移ももうすぐ終わる。
そして。
私達は、空間を抜けた――。
◇
出現した場所は――空飛ぶ廃墟。
雰囲気は……私が最近作り出した天空城エデンに少し似ているだろうか。
廃墟となった都市に、膨大な草木がまとわりついている。
滅んだ世界の天空城。
そんな言葉が浮かんだ。
これで今回の作戦は成功。
深追いはしない方がいい。
『とりあえず座標は登録した。空間も固定したからこれで相手も逃げられない筈。いったん、帰還するよ……って、どうしたんだいホワイトハウル。珍しくシリアスな顔をして』
『なるほど――レイヴァン神め、ここに隠れておったのか』
ワンコが訳知り顔で、瞳をスゥっと閉じていく。
いつもと違う友に、私の猫口は語り掛ける。
『知っている場所なのかい?』
『ああ、よく知っておる。かつて、我もこの地、この森、この世界に棲んでいたことがある』
瞳を開き。
まるで過去の思い出をなぞるように、遠い目をした後。
ホワイトハウルは告げた。
『ここは在りし日の故郷。かつて魔王陛下に滅ぼされた聖地――楽園だ』
楽園!?
魔王陛下が転生なさった、場所。
魔術発祥の地。
ホワイトハウルが告げ終えたその瞬間、目の前で大きな空間の揺らぎが発生した。
なにかが――くる!