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昔話の魔竜は大抵せこい ~狩れ! ドラゴンステーキ~


 沈黙が戦場を包む。

 私とホワイトハウルはにゃふん、と首を傾げて魔竜を見る。


 戦が終わったのかと勘違いした蝶々さんが、ヒラヒラと静けさに満ちた平野を通り過ぎていく……。

 ハッと我に返ったのか。

 ようやく、魔竜がその咢を持ち上げた。


「えぇ!? いや、オレ様こそがかつてこの地を支配していた魔竜。貴様たちに滅ぼされ、長き眠りについていた偉大なるドラゴンの王なのだが……!? どういうこと! 魔竜を滅ぼしておいてなんで覚えてないの!?」


 じぃぃぃぃっとその貌を見る。

 一対の翼に硬そうな竜燐、どっかの国のエンブレムにでもなっていそうなオーソドックスなドラゴンである。

 最近、どこかで見た記憶があるような、ないような……。


 ふと、賢い私は思い出す。

 今回の件の依頼人、教会に呪われ病にせっていた当主、クリーメストの昔話。

 ポンと肉球を叩き。


『あー、あー! いたいた、覚えてる覚えてる。あの魔竜か!』


 竜って基本傲慢だからよくぶつかり合うんだよね。

 んで、戦いになって即殺ってパターン多いからなあ。いちいち、個体を覚えていられないのである。


『こんな奴、いたかあ? 我はまったく記憶にないぞ、ケトス』

『ほら、私と君が散歩中に苺の樹を踏みつぶそうとしたバカな竜がいただろ。生意気にも私達に喧嘩を売ってきたから返り討ちにして、ドラゴンステーキにして食ったやつだよ』


 ホワイトハウルも思い出したのか。

 くわぁっと犬口を開いて。


『おー、おったおったわ! 確かに、そんな肉を食べた記憶が残っているぞ! 我にはちと味が薄かったからな!』


『いやあ、懐かしいねえ。あの時はまだ大魔帝じゃなくて魔帝だったんだよねえ』

『我もまだ魔王軍の傘下で魔王様に協力をしていたからのう』


 遠い目をして魔狼が唸る。

 私も懐かしさに、にゃふふと笑い。


『あの頃の君さあ。「たしかに我は魔王軍だが、貴様たちとは敵でないというだけだ、か、勘違いはするなよ! 一緒に散歩なんか、してやらないんだからな!」とか言ってたよね』

『そこを貴様が。「はいはい、分かったから。一緒に来たいならついてきなよ」と強引に我を連れて行ったのだな。覚えておるぞ』


 私は猫目でじとぉぉぉぉっと駄犬を見る。


『君、まだ恥ずかしがってるのかい? 素直じゃないねえ』

『わ、我は別に、そ、そんなんじゃないんだからな!?』


 昔話に花を咲かせる私とホワイトハウルに対し。

 何故か魔竜は、ぐぬぬと竜の牙を剥き出しに唸っていた。


「こらああああ、きさまらああああ! 積年の恨みを晴らすため暗躍していたオレ様を無視するなぁ!」


 ぜぇぜぇと肩で息を吐きながらなんかドラゴンごときが怒っている。

 はて。

 そういやなんでこいつ司教の中からでてきたんだっけ。


 ふと偉い私は考える。

 あー、なるほど。


『もしかして、人間に悪感情を植え付けて非道を行わせていたのは君なのかい?』

「その通りだ。もっとも、オレ様はただ一度、少しだけ聖職者どもの悪の感情を増幅させただけだ。後のことは知らん。勝手に様々な迫害を起こし始めたのは、人間どもの愚かな感情に過ぎん。司教と名乗る背徳者の心の闇の中、神の名の下で暴徒化する奴らを見るのは、まあわりと楽しめたがな」


 得意げに竜ひげを揺らし、魔竜は言った。

 なるほど。

 憎悪を魔力にするのは私も同じだから原理としては理解できる。


 司教という教会内の権力者に寄生し、感情をほんの少し操り……悪に走るように仕向けていたのだろう。魔竜が言った通り、人間の中には悪感情が存在する。普段は理性や倫理観で抑えているソレを一度だけでも解いてやれば――あとは勝手に人間たちは欲を満たすために動き出す。

 一度知った罪の味は、そうそう忘れられないものだ。


 たった一度、教えるだけ。

 後は。

 魔竜はただ見ているだけでよかったのだ。


 暴走する神の信徒。暴虐と陵辱。それらの罪を司教の中から観察し、虐げられた民の絶望や怒りを取り込み、魔力に変換するだけでいい。

 随分と楽な仕事である。


 そう考えると、この司教。

 いや、まあもう消し炭になったけど。彼は魔竜に寄生された被害者だったのだ。

 少しだけ、私は気分を害していた。

 人間はたしかに愚かで醜い生き物だ。

 けれど、悪の心を抑えていた聖職者の心を弄り、道を踏み外させていたのだとしたら。あまり好ましくない手である。


『じゃあ司教さんがロリコンだったのも』

「いや、それはあの男の素だ。オレ様はなんも関与しておらん」


『えぇ……』

「中にいたから分かるが。おそらくオレ様が関与する前から色々とやっていたぞ、あの男。だからこそ憎悪を簡単に効率よく集められるだろうと選んだのだからな」


 ようするに。

 この魔竜がいなくても暴走はしてたんだろうね。少なからず。

 ……。

 同情しようと思ったけど。

 ばかばかしくなってきた。


 はぁ……と猫のため息をついて。


『君さあ、よくそんなのの中にいる気になったね。憎悪の魔力を溜めて復活を果たすためだとしても、恥ずかしくないの? 魔竜として』

「あ、コラ! オレ様がもっとも気にしていることをズケズケと! そもそも、貴様たちに復讐するために人間どもは犠牲となったのだ、少しは悪いなあとか思わんのか!?」


 私と魔狼は目を合わせ。

 ニャーッハッハ! グルルルグワッハッハハ!

 大声で獣の笑いを上げてしまう。


『黒幕にそう言われてもねえ』


『だいたい、こやつらが神の名の下で行った暴虐は全て彼らの欲望。たとえ最初だけは貴様に騙されたのだとしてもだ。いついかなる時でも闇の声に備え、心を清らかにせよとの教えに反していたのは事実だ。我らはぜーんぜん、なーんも悪くないぞ!』

『お、いいねえその考え、乗った!』


 さて。

 ともあれ。

 教会の腐敗の原因の一部がこいつにあったのは事実だ。

 そして。その腐敗によって、何の罪もない人間が不幸になっている。

 それはとてもいけないことだ。


 私は、ふと魔竜を睨んだ。


『まあ、君のいう少しは悪いって気持ちも、ないわけじゃないんだ。だからさ』


 面倒なのはさっさと片付けるに限る。


 ザアアアアアアアァァァアアアアアアア!


 闇の瘴気が女神の双丘に広がっていく。

 肉球ステップで空にジャンプし。


『君、なんか嫌いだから消えちゃいなよ』


 言って。

 女神の双丘に広がる特大な八重魔法陣。

 竜を切り裂く闇の霧を魔法陣から放出した。

 霧の中に込められた魔力が刃の砂利となってその大きな体を包み。


 そして。

 肉を切り裂き、ドラゴンの細切れになる。

 筈だったのだが。


「あまいわああああああぁぁぁぁああ!」


 バリン!

 おや。

 破られてしまった。


『防がれてしまったではないか、ケトスよ』


『へえ、私達に抗うだけの力を手に入れて復活したってのは本当なのかもね』

『油断するな、こやつ……恐ろしい相手かもしれん』


 勘の鋭いホワイトハウルがこういう場合は――なにか悪い事が起きる前兆。

 少し、舐め過ぎていたか。

 魔竜はふふんと器用に鼻を鳴らしこちらを見た。


「調子に乗っているようだが、大魔帝ケトスよ。オレ様は貴様の弱点を知っている。時の流れの中、人間の闇の中に潜み、貴様の暗躍を見てきたからな」


 何を企んでいる。

 分からないが――。


『私に弱点ねえ。ぜひ聞かせてもらいたいものだ』

「それは、その甘さだ!」


 魔竜の咢が大きく開かれる。

 ただの竜の吐息、直線状の魔力放出だと思うのだが。


 これが弱点?

 はて。

 こんなもんどれほど魔力を込めようと、こちらも魔力を込めた肉球パンチでぺしりだが。

 なのに。

 魔竜が瞳を輝かせ、勝利の笑みを浮かべる。


「大魔帝よ、貴様は人間を恨み憎悪しながらもその心は――どうなのだろうな!」


 その咢が向かう先は。

 私ではなく。


『しまった――!』


 人間を狙っている。

 メイド長女メンティスや賢者。暴君ピサロではこの魔力を防ぎきる手段はない。

 彼らは急ぎ、多重結界を張るが。

 人間は詠唱が遅い。発動までにラグもある。

 英雄級のヤキトリ姫ですらあの速度だったのだ。


 間に合わない。

 反射的だった。

 肉球が地を駆ける。

 考える前に、身体が、魔力が動いていたのだ。


 思わず私は自らの防御を解き、帝国軍と戦意を失った教会軍に防御魔法陣を展開して。

 ホワイトハウルの叫びが猫耳を揺らす。


『待て、ケトス! それは罠だ!』


 ……え?

 人間たちの群れを守るため。

 今の私は完全に魔術的防御を解除してしまっている。


 何故魔族である私が人間を守る必要がある?

 そんな疑問を抱く前に、全てが反射的に動いていた。

 無意識に人を守ってしまう、自分の防御より優先しても。

 それが私の弱点だったのか。


 その一瞬を。

 魔竜は狙っていたのだろう。

 狡猾なドラゴンは狂気の叫びをあげた。


「滅びろ! 人の心に憧れもがく愚かな魔猫よ!」


 閃光が。

 私の視界に広がる。


 キィィィィィイイイイイイイッィィィイイン!


 完全に防御を失った私の身体を。

 竜の吐息が貫いた。

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