▽魔猫は手段を選びません。 ~ラスボスはいねえがぁあああぁ!~
三毛猫魔王様との話し合いも終わり、翌日。
夜はすっかり明けていた。
早朝の内に既に動いていた私、大魔帝ケトスは現在いつもの学校で聞き込みを開始していた。
なんやかんやあって、既に時刻はお昼の時間になっている。
蒸かすジャガイモの香りが広がる校舎とは別。
今回の私は本気なので、色々な部分を省略して行動しているのだ!
私の肉球は闇ノ道を駆ける。
そうそう!
ちなみに――今、ヒナタくんは自宅で待機。
御両親と異界の三獣神、そして大いなる光の分霊体とお留守番中。
家族水入らずとはいえないかもしれないが。
まあ事情が事情だけに仕方がない。
打ち合わせ通り、三毛猫魔王様が事情を説明している筈だ。
ここ数ヶ月、私は彼女に内緒で動き回っていたわけで――。
たぶん、ちょっと怒ってるだろうなあ。
だぁああああああああぁぁぁぁ! なによなによ、ケトスっち! 水臭いわねえ! あたしのために動いてたなら、ちゃんと話しときなさいよ!
と。
自分のために私が動いていた事への感謝と同じぐらい、内緒にしていたことを気にするだろうからね。
保護者的な側面を持つ私に、こっそりと守られ続けていた事への気まずさがプラスされ。
結果!
グヌヌヌヌっとなることは目に見えている。
いやあ、だから説明を三毛猫魔王様に任せちゃったんだよねえ!
で、闇を駆ける私が何をしているかというと。
ラスボス探し。
生徒達――勇者たちをはじめとした、転移帰還者、リターナーズに話を聞いて回っているのである。
とりあえず、既に何人かに質問して異世界情報を把握。
大魔帝世界のロックウェル卿の《全てを見通す者》で未来解析して貰い、ラスボス候補をチェック!
私の時魔術で時間を止めて!
大魔帝世界のホワイトハウルの《次元超越獣神》の権能で世界移動をし。
最速攻略を繰り返しているのだが――。
今、ここも、そんなどことも知らぬ異世界。
学校から一瞬で転移した世界は、いかにもラスボスが住んでいます!
といった感じのラストダンジョン。
どうやらこの世界は丁度、最終決戦の真っ最中。
時間法則の異なる異世界なので、時間停止は解除されている。
剥き出しの焦げた荒野で、勇者と思われる男と――。
意思を失い「暴走する力そのもの」となった、現在のラスボスらしき「深淵の塊」と対峙していた。
小世界を壊せそうなほどの、黒い靄なのだが。
まあぶっちゃけ、ただの雑魚ラスボスである。
吹き荒ぶ終わりの風の中。
輝きの剣を翳し、勇者が叫ぶ。
「深淵よ! ぼくはけして諦めない……っ! たとえ――」
『はいはーい! ごめんよお! 勇者の君――っ! 君さあ! そのままソレに負けてー! 次に闇に落ちた君がラスボス候補になるからぁ! 悪いけど! その未来、変えさせてもらうよ!』
言葉を中断させ、華麗に顕現する私。
とっても神出鬼没だね?
勇者は目を見開き、深淵と私を見比べ。
喰いしばった歯を解き放ち、驚愕の声を上げる。
「深淵よりも強力な、異神――っ!?」
『我はケトス! 大魔帝ケトス! その通り、異世界の魔猫神である! っと、名乗り上げのビシ! なんてやってる暇はないね、この深淵を……殺したらまた復活するか。なら、封印で!』
言って私はモフ毛にネコ手をうにゃうにゃ♪
収納亜空間から闇色のランプを顕現させ。
ビシ――!
『魔力――解放! 神話改竄、アダムスヴェイン!』
《パンドラの畏れ箱》を発動――!
神話に出てくる神からの刺客、無自覚なるパンドラ。
開けてはいけない箱。
全ての災厄が詰まった呪いの箱を開けてしまう、不幸な運命を背負わされた悲劇の女性の逸話を改竄!
箱に見立てたランプの中に、逆に闇を収納し始める。
深淵が、唸りを上げる。
くおぉぉおおおおおおぉぉぉぅぅぅぅぅおうぉぉ!
『さてと、封印完了! ホワイトハウル! すぐに戻るから次元の扉を解放しておくれ!』
「待ってくれ! あなたは、いったい……っ」
勇者らしき男の言葉はカット!
私には時間がないのだ!
世界と世界を渡る、肉球による異世界転移は多少のタイムロスが発生する。
だが!
次元を得意属性とするホワイトハウルの力を借りれば、ロスなしで転移も可能!
『クワワワワワワワ――ッ! 見たか、余の素晴らしき未来視を! 深淵とやらと、その勇者のラスボス候補! どちらのラスボス化ルートも、完全に途絶えたのであるぞ!』
『グハハハハハハハ! 我のタイムロスのない次元跳躍のおかげで、もうケトスが帰って来とる! つまり、これは我の手柄であるな!』
白ワンコと白ニワトリさんが学校の屋上で何かを競っているが。
気にしない。
だって、手柄は私、大魔帝ケトスたる私のモノなのだから!
『じゃあ次の生徒に、ラスボス候補になりそうな存在を聞いてくるから。ロックウェル卿は未来視の準備! ホワイトハウルも次の世界へすぐに転移できるように、準備をしておいておくれ!』
告げて私は、瞳を閉じる。
ネコの直感を利用しているのだ。
現在座標は――。
校舎の裏。
私の秘密スポットの一つである。
花壇の脇のぽかぽかベンチに顕現し直した私は、にゃんスマホを装備。
幸運を運んでくるルートを、私の権能である《絶大なる幸運招き猫》の能力で検索。
ついでに、協力者の一柱である獣神にも連絡。
深淵封印ランプを、学校内に建設したラスボス対策祭壇に転送したのだ。
今頃、あちらの祭壇でも大忙し。
あちらの代表は二人――。
異能力者の巫女、黒髪美人な阿賀差スミレくんとその神である麒麟さんこと、キリンさん。
由緒正しい麒麟の力を宿したモノ達による、祈祷が行われている。
大いなる導きの力を借りた神楽舞の舞踏儀式で、ラスボス化キャンセル。
通称。
返品作業を行ってくれている筈。
『ふう、まあこれで一つ、ラスボス候補は消えたかな。さて……次は――』
首のモフモフ部分を膨らませて、私はキョロキョロ!
ここは校舎の裏。
たぶん、この辺に……おー! 次の質問相手は存在した!
この学校で出逢い、生徒同士でカップルとなった二人組である。
ランチタイムに悪いとは思いつつも、事情が事情だからこれも仕方がない。
私はシリアスな顔で……じぃぃぃぃ。
彼らのお揃い弁当から、甘味の卵焼きを貰いながら、猫口を動かしていた。
話術スキル:《かくかくしかじか》を発動――!
超高速詠唱による応用と話術師のスキルの合成スキル。
効果は――なぜか聞き手が状況を理解してしまう、超高速事情説明である。
『かくかくしかじか。と――いうのが、今日休んでいるヒナタくんの事情と、私が午前の授業を自習にした理由さ』
肉球で身振り手振り、更に詳しく私は事情説明を繰り返しながら。
うにゃなななな♪
いつのまにか清い交際を始めていた、生徒達に質問する。
『というわけで、君たち。こっちの世界でもいいし、転移先でもいいんだけど――なんかラスボスになりそうな存在に、心当たりはないかい?』
問われた聖職者の女生徒、委員長。
そして、獣人の闇番長は握っていた箸を止め。
「と、言われましても」
「つってもよー、なあ?」
闇番長お手製のお揃い弁当を食べながら。
光の委員長と闇の番長は、目線を合わせて。
「オレ達は世界が平和になったり、逆にもう滅んだから帰ってきた連中ばっかりなんだぜ? ラスボスみたいなやつがいるかって聞かれても、既にやっちまってるか。目的を果たして消えてる連中ばっかりだろうが。んなもん、思い浮かばねえっての」
「かつて存在したと伝承されている神や悪魔。そういった上位存在をいくつかは知っておりますが。困りましたわね。正直……ケトス先生がラスボスと認定するような存在に、心当たりは……すみません」
そりゃそうか。
『とりあえず行ける範囲で世界征服してる悪役とか、大ボスとかをぶっ飛ばして世界を救って回ってるんだけど……、ヒナタくんの運命に変更はない。んー……やっぱりただの時間稼ぎにしかなっていないんだよね。もっと根本的に世界の法則を捻じ曲げるか、世界を納得させる手段を取らないといけないか……』
尻尾を振って、腕を組み。
んにゅ~と考え込む私を見て、聖職者の力を発動させながら委員長が言う。
「少し、候補を探ってみますが……ケトス先生ほどの方ならば、解決策。いつものように、なにか裏技があるのでは?」
祈りを捧げる間も光の委員長は、動いていた。
闇番長のお弁当に、太陽を反射し輝くミニトマトを、サササっと移していたのである。
……。
委員長、ミニトマト、苦手なんだ……。
噛むと、ぷちゅっとして美味しいのに。
闇番長は獣人耳をそのままピョコンと立て、ミニトマトを丸呑みにする。
てか、付き合ったとは聞いていたけど。
仲いいなあ、こいつら。
『まあ、ないこともないんだけど。ちょっと乱暴な手段だからね、できたら避けたいのさ』
「先生が躊躇する手段とは……」
「やべえ空気しかしねえけど、一応聞くぞ? その裏技っていうのは、なにをやらかすつもりなんだ」
たぶん、おそらく。
絶対にやらないが――ヒナタくんを確実に救う手段を私は持っていた。
ネコ眉を下げて、私は重い吐息に言葉を乗せた。
『単純な手段さ。一度全ての世界、ようするに三千世界を私の魔力で破壊して、再構築。再生し直すんだよ。私は私の魔力で破壊したモノなら、よほどの存在ではない限り蘇生できるからね。もっとも、一定時間以内だとかの条件はつくけど。条件さえ整えれば、元に戻せるって事だ。つまり……まあ簡単にいうと、世界がヒナタくんを殺そうとする前に、世界ごと一度全てを破壊するっていう寸法さ』
以後、世界のルールの書き換えも可能。
私の魔力で思いのままにはなる。
むろん、この手段の弱点は明白。
後で直すとはいえ、一度、生きとし生ける者が死を迎えてしまう事にある。
世界を殺すわけだからね。
私の生徒は知っている。
いざとなったら、私はそれをやらかす可能性もあると。
委員長が頬に手を当て。
「それはさすがに困りますわね。番長。あなたは、なにか知りませんの?」
「つっても、ラスボスか……ああ、前の世界に……一応、封印されし地底王国の伝説はありやがったな。なんでもそこの邪帝が、勇者に滅ぼされて……今でも眠っているが、いつか目覚めるんじゃねえかって……! 駄猫教師がいねえ!?」
闇番長が漏らした情報を確認した私は、全力で時魔術を発動。
世界の時間を止めて、敵の存在を確認。
ホワイトハウルが展開した次元の狭間に、スマートな身体をねじ込んで……っと。
空間転移!
ラスボス候補とされた邪帝を封印して帰還。
止めていた時を再開させる。
「って!? おい! なんであんたの肉球の上に、邪帝封印のツボがあるんだよ!?」
『ちょっと本気で退治してきただけだよ』
何事もなかった風に言う事で!
逆にドヤ度を上げる、ドヤ奥義である!
これも麒麟さんセンターに転送っと。
巫女のスミレくんには悪いが、こうやって片っ端から芽を摘んで時間稼ぎをするしかない。
時間を稼いでいる間にも、裏で私の仲間が動いている。
世界のシステムや勇者の呪い。
ヒナタくんを襲う悲劇の回避方法を研究しているのだ。
「あいかわらず……、意味わかんねえほどの力だな、あんた……。てか、ラスボスってあんたじゃねえのか?」
「まあ、ラスボスがケトス先生なら。らしいといえば、らしいですけれどね。さすがにないと思いますわよ? だって、世界が運命を操りケトス先生をラスボスにしようと流れを変えても、先生ですよ? 絶対に、破天荒な能力ではじき返すに決まっていますし」
闇番長が続ける。
「まあ、そりゃそうか。それにしてもよ。おいおい、さっきのも一瞬で邪帝封印を完了してきたみたいだが。まさか本当に一瞬で世界を救ってきてやがるのか? マジならさすがに引くぞ?」
褒めてるんだか、けなしているのか――。
微妙なラインのカップルに向かい。
『今回の私はギャグやコミカルを抜きにして、本気魔猫モード! 迅速に駆けつけ、即対応! 普段ならグルメ巡りをしながらのんびり、一ヶ月前後かける冒険を――五分以内で片付けて回っているのさ!』
ビシっと空を指差し輝くのは、私のプニっと肉球!
にゃっふっふふ。
私、とっても働き者だね?
決めポーズをする私に、前よりも温和になった委員長がくすりと微笑む。
「それほど、ヒナタさんが大切なのですね」
『それもあるけれど、君たちだって大切だよ? 私の生徒だからね』
告げて私の猫口は、教師としての穏やかな言葉を発する。
『もし君たちが悩み、迷い、困ったのなら。手を貸そう。遠慮なく、私を呼ぶといい。私は君たちの教師ケトス。教え子は皆、大切な子ども。私は君たちを守ると約束しよう。君たちもどうか約束しておくれ。本当に無理だと思った時は頼ってくれると、私は嬉しいよ』
かつて神父だった私の声が。
校舎の裏に静かに広がっていた。
流れる雲。
晴れた空。
二人は私の貌を茫然と眺めていた。
なぜか委員長が、かぁぁぁぁぁっと頬を赤く染め上げる。
割れそうになるフラグを緊急治療するように、闇番長がクワッと叫ぶ。
「そ、そりゃ嬉しいがよ! こいつはオレ様が守るから問題ねえって!」
ガハハハハと笑う闇番長に、委員長がはぁ……と呆れた息を吐く。
もっとも、その呆れにはちょっとした感謝も含まれていたが。
ふと、思いついたように委員長が言った。
「思ったのですが……生徒の知識の中からラスボス候補を探すよりも、ケトス先生の関係者に聞いて回った方がよろしいのではないですか?」
『ん? ああ、まあちゃんと私の知人たちにも聞いているけど――どうしたんだい?』
聖職者である彼女。
委員長は天啓系の力持ち。
この能力者は――いわゆる上位存在の力や意識の一端を受信し、未来を読む力を持つ場合が多い。
その言葉には一定の未来変動の力が備わっている筈。
「いえ、ただなんとなく思っただけなのですが……普通の異世界のラスボスが雑魚に思えるほどの事件と関係者なのですし。今回のラスボスは、ケトス先生やお仲間の方たちの誰か。またはその宿敵や因縁のある相手……そう思えてしまったのです」
あくまでも直感ですが、と彼女は付け足すが。
こういう状況での直感。
乙女で聖職者の言葉って、大概当たっちゃうよね……。
この後、私はラスボス狩りを続けたが大きな収穫はなし。
彼女の言葉に従って、私の関係者の周りで何か起こってないか――。
探してみるしかないか。