魔王陛下の弱点 ~裏ステージの真実~
食後に三毛猫にゃん魔王様と会談を行うのは私。
もふもふ猫毛がブワブワな!
魔王軍最高幹部、大魔帝ケトス!
現在の場所はアンノウン。
時間と空間が「――?――」状態となっている亜空間での密談である。
まあ、記録クリスタルなどを保存してある私の暗黒空間なんですけどね。
闇の泉の上に、肉球型のお茶会ティーセットが浮かんでいる。
そんな場面を想像して貰えばいいだろう。
影猫達も、三毛猫魔王様に興味津々で――この暗黒空間と接点のあるドリームランドから、無数のネコの耳がぴょこっと浮かんでいる。
ただ、今の魔王様は猫状態ではない。
転生魔王様は闇の霧を発生させて、人間形態へと変化している。
外見のイメージは、神父モードの私と似ているだろうか。
道を歩けば、すれ違う人の大半が振り返るほどの魅力値。
まあ、ようするに。
イケおじ雑誌の表紙を飾っていそうな、異国紳士風美貌のおじ様。
さすが魔王様……いわゆる「さす魔王様」である。
転生魔王様は暗黒空間でも優雅に、ゴージャスソファーで長い脚を延ばし。
私と自分の目の前にティーカップを召喚し。
ズズズズズ♪
「さて、ケトス。君に依頼をする前に確認だ」
角砂糖が足りないようなので、私は砂糖を召喚。
肉球で掴んで、ボチャボチャ入れていく。
魔王様はいつものことなので、気にしていないようである。
「勇者の運命は知っているかい?」
『運命ですか――』
問われて私は肉球を顎に当て。
『世界生物説の観点からすると……、世界から英雄――つまり、物語の主人公としての役割を求められ、最終的には敵を求めて狂気に囚われてしまうモノが多い。呪いにも似た宿命の事でしょうか』
そう。
かつてのヒナタママのように。
正解だったのだろう。
魔王様はクッキーを召喚しながら、頬を緩めてみせる。
「ナデシコ……あの子が勇者であることは?」
『ええ、もちろん知っていますよ。事後承諾で申し訳ありませんが、私はヒナタくんの師匠の一柱。勇者としての修行もつけていましたからね』
ならば話が早い。
そう言いたげに、テーブルに両肘を置き――。
魔王様がアンニュイな瞳で仰った。
「僕たちはね、あの子が小さいころから勇者召喚を阻むために、世界各地を飛んでいた。娘自慢になってしまうが、あの子は才能や素質の塊だからね。なにしろ本物の魔王と勇者の転生体の子だ。ランダム召喚の候補に選別されやすい体質なんだよ」
『んー……。それでもヒナタくんは三回も召喚されているんですよね? その時は召喚阻止に失敗した、ということなんですか』
私が観測している限りで、ヒナタくんの異世界召喚は三回。
はじめの一回は、どこに行ったのかは把握していない。
二回目はアッシュガルド。
あの古き神でナーガラジャ、シュラング=シュインク神の世界。
そして三回目は――。
大魔王ケトスの手によって、全てが滅びかけた世界。
地球からも悪人が召喚されていた世界。
主神ブラックハウル卿が作り出した世界。
その人類の生き残りであった王によって、彼女は多数の勇者と共に召喚されたのだ。
その召喚の書の出所は、北の賢者。
つまり、目の前の転生魔王様だったりするのだが。
「いや、最初の召喚はあの子を鍛えるため、安全な世界と確信して敢えて召喚を許した。あの子は勇者として歓迎され、前向きな心を身に付けることができた。二度目の世界アッシュガルドはあの子に勇者としての辛さや、マイナス面を覚えて貰うため……絶対に無事に生き残ると確信があって召喚を通した。そして三回目、それが君の世界……大魔王ケトス、僕のケトスが暴走してしまった世界に繋がっていたわけだ」
『なるほど、三回目の召喚を通したのは……私の存在を察したから、ですか』
私ならば魔王様の面影を察し、彼女を守るとの確信があったのだろう。
なかなかどうして、危険な賭けである。
「ああ、その通りだ。僕はね、とても嬉しかったよ。ワクワクしたよ。生まれ変わる前の僕の残した無数の種が実り、君とあの子を出逢わせたのだから。勇者に殺される直前、最後の意志で放った無数の魔術。僕の人格を宿した、黒の書。大魔王ケトス、愛しいあの子が全てを滅ぼしてしまう運命……あの悲劇を変えるための布石。僕がしてきたことは無駄じゃなかった……そう、思ったらね、本当に、嬉しかったんだ。こうして、君と出会えたこともね」
魔王様が紅茶に口をつける。
その甘さを堪能しているのか、鼻孔が僅かに揺れていた。
「君への依頼だけど……僕のケトスよりも大人に成長した賢い君なら、もう分かっているのかな」
『近い将来、勇者の運命に囚われてしまう娘さんを救って欲しい。でしょうか』
答えに満足したのだろう。
穏やかな動作で頷き、魔王様は言う。
「今回の黒幕はね、おそらく僕より強いのさ」
『魔王様より?』
珍しい弱音に、猫毛がぶわっと膨らむ。
私のネコ眉が跳ねたのだ。
感情に揺れる私のモフ尻尾を目で追って、魔王様が続けた。
「ああ、かつて楽園を滅ぼした時の僕ならば話は別だけど――今の僕は、君よりもずっと弱いからね」
『謙遜……ではないのですね』
「ああ、僕はねケトス。とても弱くなったよ」
魔族にとって、弱くなったというのは悪い話だ。
しかし。
魔王様の口から零れていたのは、まるで弱体化を喜ぶかのような声。
「もしかしてだけど、君の魔王も未来視が発動できなくなっているんじゃないかな?」
『はい。前よりも見えなくなってきているとは』
確かに……以前の冒険の時、魔王様はそんな事を仰っていた。
そういった話がでていた。
あまり考えないようにしていた。
魔王様とは最強の存在で、なんでもできる神のような御方。
そう思っていた。
けれど。
そうじゃない。
魔王様にもできる事とできない事がある。
盲目的に魔王様を崇拝していた日々には見えていなかったモノが、今の私には見えていた。
それはきっと。
私が冒険散歩を通して、ネコとして、大人になったからだろう。
人間の私は前も大人だったが、ネコとしての私の心も成長したという事だ。
心を整理した私のモフ毛。
闇の泉の中で膨らむ私のネコの獣毛を眺めながら、魔王様は言った。
「僕はね、ケトス。幸せになったから弱体化しているのさ」
手にする黒猫模様のカップ。
揺れるその紅茶の波紋を眺めながら、魔王様の唇が動く。
「僕も、そして君の魔王陛下も絶念の魔性。絶望、失望、失意。諦め……世界全ての希望を断念してしまった故に発生した、力だ。勿論、魔性としての力がなくてもそれなり以上に最強さ。けれど、今の君や今回の黒幕には遠く及ばない。僕はね――」
遠い目をしながら。
魔王様は言った。
「幸せになったから、希望を思い出したから――弱くなってしまったよ」
それは、この方が望まれた平穏。
三毛猫に生まれ変わり、家族を得て……愛娘を育み、徐々に、徐々に……。
弱体化しているのだろう。
平和。
幸せこそが魔王様の弱点、か。
ならば、私の魔王陛下の未来視が弱まっている原因もおそらく……。
あの方は――今、とても幸せを感じている。
そういうことだろう。
『幸せだから、弱くなる。とてもロマンティックな能力ですね』
……。
まあ、それでも魔王様もこちらの三毛猫魔王様も。
私や三獣神みたいな例外を除けば、ぶっちぎりで最強なんですけどね。
「おそらく、僕はこれからもっと弱体化する。だから、どうしても君の協力が必要なんだ。別の世界の君に頼ってしまうのは、申し訳ないと思っているけれどね」
『別世界の魔王様とはいえ、かつての恩人に頼られるのは悪い気はしませんね。けれど、これからもっと弱体化するというのは、いったい……』
単純な疑問だったが、答えが見つからない。
けれど。
答えをレクチャーする魔術師の顔で、魔王様が仰る。
「はははは! だって、僕のケトスと再会できたからね。きっと、僕はこれからもっと幸せになる。希望を思い出すだろう、絶望を忘れるだろう。ほら、絶念の魔性としての力がますます消えてしまうという論法さ」
私と再会して、ますます幸せになる。
か。
まあ、これも……悪い気分ではない。
『なるほど、そうですね。大魔王を宜しくお願いします、彼は私に似て寂しがり屋ですからね――後でちゃんと抱っこしてあげてください』
苦笑すると、魔王様の姿が三毛猫状態に戻っていく。
魔力を帯びた声で、三毛猫魔王様がネコヒゲをピンピンと蠢かす。
『この姿だと――僕が人間形態のあの子に、抱っこされてしまいそうな気もするけどね。あまり長くは居られないから、ちょっと困ってしまうね』
『人間形態の維持が、困難になっているのですか?』
ヒナタくんの前では人間の姿でいたい。
そんな空気を察していたのだが、あのカレータイムでもネコのままだった。
そして、ヒナタママも無言で私に黙っててアピールをしていたし。
魔王様が紅茶をチペチペ舐めながら言う。
『ああ、僕のあの姿は魔王時代、前世の魂を前面にだしたもの。三毛猫の器に――魔王の魂が入り込んでいるわけだからね。少し、無理がでてしまうのさ。君は三つの魂を黒猫の器で自在にコントロールしているけれど、それはとても真似できない技術。僕にはまだ届かない領域さ』
私は三つの魂を三つ共に、憎悪の魔性として覚醒させている。
三つの魔性の力。
魔族としての私。
ネコとしての私。
そして、人間としての私。
一つの魂が魔性となっただけでも、絶大な力を引き出せる。
それを三つ、同時に抱えているわけだ。
それが私の強さの根底にあるのだろう――。
おそらく、ロックウェル卿もホワイトハウルも同様。
我等、三獣神が他のモノ達と別格の高みにあるのは、そういった裏技があるからなのだ。
私達は動物の器に三つの魂を抱え、それぞれを魔性化させても尚――グルメの力を用い存在と自我、魂を維持している。
もちろん、強さはそれだけじゃなく努力の賜物でもあるけどね!
そんな私達より強力な敵……、それがもし今回の黒幕なら。
……。
んー……、そんな敵。
いる?
正直思い浮かばないのだが、世界は必ずソレを用意する。
勇者としてのヒナタくんの運命。
勇者を勇者として活躍させるために、必ず……。
その対策のために、私はずっと動いていた。
はっきりとさせておきたい事がある。
と、いっても――もはや答えは分かっていた。
黒猫の私の口は確信をもって、三毛猫魔王様に問う。
『この地球が選んだ勇者は――日向撫子。あなたの御息女、そういうことでよろしいのですね?』
『ああ、間違いない。あの子が……この世界に選ばれた勇者だ』
勇者を活躍させるために。
世界が私達の敵となる。
それを止める、または妨害する。
それが今回の依頼、ということだ。
私が察知した地球の危機。
地球に帰還した後。
私も関わった事件のほとんどは、ヒナタくんを勇者として活躍させるための運命だったのだろう。
本来ならヒナタくんを物語の主人公として活躍させるための、破壊者達。
その事件に巻き込まれた結果。
ヒナタくんが死んでしまったとしても、世界にとっては問題ないのだ。
勇者は、旅の途中で死んでも問題ない。
悲劇であったとしても、それは英雄の冒険譚。
むしろ。
勇者の物語に悲劇を望む者も、多いだろう。
滅びの予知が終わらない理由もそれだ。
勇者ヒナタの冒険は、死で終わる。
それが地球に生まれた勇者の運命。
ヒナタくんの死という結論が、最初から定められているのである。
因果律の全てが、ヒナタくんの悲劇的な結末を作ろうと動き続けるのだろう。
世界各地を飛び回っていた夫婦。
転生魔王様。
そしてヒナタママは、ずっとそれを邪魔していたのではないだろうか。
何故そう思うのか。
それは単純だ。
私もまた、ヒナタくんの死の運命を捻じ曲げるほどに動き続けていたからだ。
ダンジョン領域日本を作ってからの冒険を思い出して欲しい。
本来ならヒナタくんが主人公となる筈だった冒険を、私は、ずっと盗み続けていた。
私が目立ち、私が活躍し、私が解決していた。
けれど、いつかそれも限界が来る。
勇者の死という結末を達成しようと、世界はまるで生き物のように襲い掛かってくる。
それがもう、間近に迫っている。
そういう事だろう。
けれど私は! そんな事を許さない!
今まで通り、何度でも邪魔してやるつもりだけどね!
なにはともあれ。
異界の魔王様と敵対する道は避けられそうだ。
無限に広がる可能性の中には、そういった未来もあった筈。
だから未来を視る力のある異界のロックウェル卿は、私と魔導契約をしてくれたのだろうが。
杞憂に終わってよかった。
今回の相手は――。
ヒナタくんを捕らえようとしてくる運命。
定まった未来さえネコパンチで吹き飛ばす私は、ある意味で特効持ち。
運命の天敵ではあるんだよね。
ネコ頭を回転させ、私は考える――。
おそらく、ヒナタくんに勇者としての使命を果たさせようと、運命により作られた黒幕が現われる筈。
世界が勇者の敵を作り出しているのなら。
その世界のシステムを破壊するしかない。
のだが!
ふっふっふの、ニャフフフフフ!
三毛猫魔王様に、私はドヤ顔で言う。
『安心してください。私は壊すのが得意ですからね。今回もちゃーんと、全部破壊してやりますよ!』
『おや、そのドヤ顔は昔のままだね――』
そう!
それも! 破壊神である私の得意分野なのだ!
運命なんて、ネコの前では無力! それをきっちり、教えてやるべきなのである!
『くくくく、くはははははははは! 我はケトス、大魔帝ケトス! 異世界の魔猫! 世界よ、我を畏れるといいのである!』
ビシ!
ズバ! 超カッコウイイポーズ!
ネコ手をぐっと上げて、くははははははは!
不安も不穏も吹き飛ばすように。
ドヤァァアアアアアアァァァ!
笑う私に、魔王様は安堵の息を漏らした。




