異なる世界の三獣神 ~決意の魔導契約~
ニャンコの出遭いは突然で――興奮しても仕方がない。
一回目の世界崩壊の危機。
白もふもふニャンコによる大暴走は、既に収束していた。
四人の強者による結界の中。
大魔王ケトスがようやく落ち着いて、とりあえず平和は保たれたのだ。
時間にして、一時間ほどだろうか。
現在、たくさん鳴いて疲れ切ったのか。
大魔王ケトスは三毛猫魔王様の自室で、黒ワンコと黒ニワトリに守られながら毛布でムギュ~。
ようやく安心したのか、無防備にお腹を上に向けて眠っている。
世界の危機がまた一つ、回避されたのだ。
……。
ていうか、私、大魔帝ケトスはこう思うのだ。
地球、脆すぎじゃない?
と。
毛布を抱き寄せた大魔王ケトスは、無垢な寝顔でニャヘニャヘ~♪
『むにゃむにゃ、魔王様は魔王様で……ぶにゃ、ぶにゃはははっは……むにゃむにゃ♪』
まったく、呑気に眠ってくれちゃって。
まあ……これで大魔王も本当の意味で、救われたのかな。
ずっと会いたがっていたからね。
そんなわけで!
三毛猫魔王様の自室には、赤い瞳の魔性が四柱。
絵にすると、かわいい黒ネコと白ネコが一匹ずつ。
黒き羽毛のもこもこニワトリさんと、黒きモフモフシベリアンハスキーが一匹ずつ。
けっこう、ファンシーなわけだが。
その正体は大魔族。
もし世界を監視する者がいたのなら、ヤベエ奴が集まっていると大警戒中だろう。
ごろーんと転がり、スヤスヤと眠るデブ白猫に目をやって――。
私は安堵の息を漏らす。
『すまなかったね、二人とも。緊急召喚をしてしまって、私と勇者だけでは抑えきれなかったから、素直に助かったよ』
礼を言うもふもふニャンコな私も、とってもカワイイわけだが。
異界の三獣神。
魔帝ロックとブラックハウル卿が、苦い笑みを漏らす。
漆黒の翼をバサリと翻した異界のロックウェル卿が、貴族のような優雅な仕草で、舞った後。
クワクワリ♪
舞い散る羽根の中で、頭を下げた。
『いや、こちらこそ礼を言うべきであろうな。感謝するぞ、異界のケトスよ』
『よもや我が魔王陛下との再会が叶おうとは……。我等のケトスが先に暴走していなかったら、ふふ、我とロック、どちらかが暴走していたのやも知れぬな』
ブラックハウル卿も、落ち着いた様子を見せているがそのシッポは……。
ブンブンブン……ぶんぶんぶんぶんぶん♪
めっちゃ、尻尾振って喜んでるでやんの。
漏らす息に言葉を乗せ、私は二人の赤き目を眺める。
『私は君たちの魔王陛下と話がある。すまないが、異界の私が寝ながら嬉しさのあまりに大暴走しないように、見張っていてくれるかい?』
頼む私に、黒ニワトリとワンコはお泊りセットを顕現させ。
ニヒィ!
『グワハッハッハ! 我等のケトスは任せよ!』
『クワワワワワ――ッ! 今宵は、余とハウル卿とケトス。そして魔王陛下のもふもふ四柱で、お泊り会なのである!』
この二柱も、やはりかつて失ってしまった魔王陛下に御逢いしたかったのだろう。
もこもこな羽毛も、もふもふ犬毛も歓喜で膨らんでいる。
『そうだね。じゃあカレーを持ってくるから、ゆっくりと寛いでおくれ。と、ここは私の家じゃないから……私が言う言葉じゃないか』
苦笑する私にブラックハウル卿が言う。
『あの勇者のカレーか』
『おや、不服かい?』
まあ、彼らの世界は勇者が魔王様を滅ぼした事で、大変な事になっちゃったからね。
あの方の死で、全てが崩壊。
本当に世界が滅んじゃったわけだし。
『いや、ただ――信用できるのであるか?』
『少なくとも、敵意はないと思っているよ』
ただ、その行動目的が分からないと何とも言えない。
それはあの三毛猫魔王様も同じ。
二柱は私の考えを察したのか、声のトーンを変え告げる。
『もしもの話と、聞き流してくれるとありがたいが』
『我等はもし、貴殿と我等の魔王陛下が敵対する道を歩んだとしたら――』
言葉を遮り、私は言う。
『分かっているよ、魔王陛下につくんだろう?』
三獣神。
我等の魔王陛下への忠誠は、絶対。
たとえ、どんな事があっても揺るがないだろう。
しかし。
魔帝ロックとブラックハウル卿は、シリアスな顔――大魔族としての顔で。
咢を蠢かした。
『いや。大魔帝ケトスよ。我等は汝の側につこう』
『魔王陛下は偉大なる御方だ。我等の救世主だ、なれど――余とブラックハウル卿はそなたに大恩がある。その恩を蔑ろにすることを、あの方自身も快くは思わぬだろう』
意外な言葉に、ついキョトンとしてしまったのである。
『いいのかい?』
かなり驚いていたので。
素の言葉が出てしまった。
二柱は、笑みを浮かべ。
にやり♪
『なによりもそなたは――我等のケトスを救ってくれたのだからな』
『これが魔導契約書だ。受け取るが良い』
黒きツバサと黒き肉球から手渡された契約書。
その黒の書には確かに。
先ほどの言葉と同じ契約が、記載されている。
『ありがとう。おそらく、そうなることはないだろうが――もしもの時は、頼りにしているよ』
彼らの覚悟を受け取り。
私は静かに頭を下げた。
魔王陛下よりも私を優先してくれる。それがどれほどの決意なのか、私はよく知っていたからだ。
たぶん。
内心ではかなりホッとしていたのだと、私は思う。
もし、異界の三獣神が利害の不一致で敵対した場合。
それは大いなる脅威となっていたからである。
私の眷属化状態になっているとはいえ、三毛猫魔王様なら解除できちゃうだろうからね。
けれど、この魔導契約書があれば話は別。
何よりも優先されるのだ。
まあ、転生魔王様と敵対する事はおそらくないだろうが。
何があるかは分からない。
たとえばだ。
ヒナタくんを守るため、となった場合――あの勇者は何を犠牲にしてでも行動するだろう。
そして、その夫である今の転生魔王様もおそらく。
……。
二柱は頭を下げる私に向かい、顔を引き締めこう言った。
『だからケトスよ! カレーは大盛りで頼むぞ?』
これが本題だったのだろう。
……。
せっかくシリアスだったのにね。
◇
黒ワンコと黒ニワトリに完成したカレーを届けて。
現在は、ようやく本題!
私達はリビングで、食事をしながらの話し合いを続けていた。
メンバーは黒もふもふな私、魔王軍最高幹部ケトス!
異界の魔王陛下、北の賢者こと三毛猫魔王様!
かつて私の世界で勇者だった者、転生して三毛猫と結婚したヒナタママ!
そして、彼ら夫妻の愛娘である日向撫子こと、ヒナタくんである!
長い黒髪を後ろで束ね、自宅くつろぎポニーテール状態になったヒナタくん。
彼女はカレーを口いっぱいに頬張り。
喉をごきゅごきゅと鳴らして、冷たい麦茶をプハ~!
だん!
と、コップをテーブルに戻して、ジト目でぷっくら唇を動かしてみせる。
「で? お父さん、なんでまたネコの姿になってるの?」
わずかな沈黙が、食卓に広がる。
ん?
なんだろう。
一人だけ部外者気味な私は、構わず猫口いっぱいにブタさんを放り込み。
むちゅむちゅ♪
おお! ちゃんと下味たっぷり状態で、甘々タマネギと一緒に炒めてあるから!
美味しい!
三毛猫魔王様が、ちょっと鼻の頭に汗を浮かべて。
ネコスマイル。
『あ――ああ、この方が動きやすいし、なにより可愛いだろう?』
「んー、あたしはいつもの姿の方がいいと思うけどなあ♪」
あれ?
あー、ヒナタくんは人間形態こそが真の姿。
三毛猫魔王様状態は、あくまでも余興で変身してると思ってるのかな。
ヒナタママが、黙っててアピールのウインクを送ってきてるし。
そういう複雑な種族事情とかは、ご家庭の問題だろうし。
黙っておくか。
空気を読んだ私は無言のまま。
ヒナタママに空のお皿を、つぅっと手渡す。
口止め料のお代わりを受け取った私は、ニャハ~っとネコスマイル!
ヒナタくんに問う。
『ねえねえ! 普段のお父さんって、どういう感じなんだい?』
「あたしの自慢のお父さんよ! 高級スーツが似合うお父さんって感じで、近所でも結構評判イイんだから!」
ペカーっと太陽のような笑顔で、女子高生が微笑んでいる。
父を自慢する娘っていうのも、けっこう珍しい気もするが。
なるほど。
ヒナタくんのイケおじ好きは、このちょっとファザコン気味な所からの派生なのかな。
まあ、転生魔王様だからね。
素敵なのは間違いないだろう。
私はカレーのジャガイモをむちゅむちゅしながら、福神漬けをパクリ!
『良かったね、こうして家族三人で再び食卓を囲うことができて。ヒナタくんは召喚されやすい体質だから、大変だろう?』
「おや、魔帝ケトス。分かっているじゃないか。ほんと、誰に似たんだろうね。この召喚され体質は……」
そりゃ。
ヒナタママだろうなあ……。
それに父である、三毛猫魔王様も元は地球のニンゲンだったし。
ヒナタくんって、まさに召喚され体質エリートな血筋なんだよね。
コトンとスプーンを置き。
私は大魔帝ケトス、全盛期モードの魔性として……息を吐く。
魔族の声を上げたのだ。
『かつての宿敵、勇者よ。それでも、召喚されし汝の娘、勇者ヒナタの助力で大魔王ケトスは救われた。その友である、魔帝ロックもブラックハウル卿もな。奴らは我等とは異なる世界の三獣神。我等との繋がりはないに等しいが、それでも……我が友を救ってくれた、我はそれを感謝しているのだ。とてもな』
だからこそ。
私はヒナタくんが勇者の運命に負けないよう、道を作り続けた。
キリリと魔性としての瞳を輝かせる私。
とっても神々しいね?
そんな素敵な私をジト目で見て、ヒナタママが言う。
「口いっぱいにカレーを詰め込んで言われても、あまり説得力がないんだけど?」
『ぐはははははは! 汝のカレーはなかなかに美味! 宿敵とはいえ、その腕だけは認めてやっても良いのだぞ?』
まさか。
あの勇者とこんな風に冗談を言う時が来るとは。
私も想像していなかった。
平和だ。
とても平和だ。
けれど――きっと、平和はいつまでも続くわけじゃない。
三毛猫魔王様とかつての勇者の帰還。
それはおそらく、事件の前触れ。
三毛猫魔王様が、ゆったりと瞳を閉じてネコの咢を動かした。
『ケトス。君に依頼がある――食後でいい、後で二人きりで話をしよう』
とても凛とした、覇王のオーラさえ感じさせる美声なのだが。
むっちゃむっちゃ♪
その口には、カレーがいっぱい詰まっていた。
魔王様……。
やっぱり三毛猫になっても、魔王様なんだよなあ……。
福神漬けのお皿を引き寄せる、三毛猫にゃんこのお手々はとても愛らしい。
それはともかくだ。
私はにゃんスマホで、魔王様の肉球を撮影しつつも考える。
これだけの面子が揃っているのだ。
これからおそらく、大規模な事件が起きるのだろう。
……。
まあ、とりあえず。
話を聞いてみてから考えるしかないか。