またまたピンチ!? ~世界の終わりに鳴く魔猫~
授業を終えて、やってまいりました!
ヒナタくんの家!
既に勝手知ったる邸宅。
大いなる光や私達、大魔帝ケトスとワンコとニワトリさんの三獣神も出入りする、転生魔王陛下の家。
お呼ばれされた私は、ダイニングキッチンのテーブルで大人しく鎮座!
耳と鼻をヒクヒクさせていた♪
部屋に広がるのは、炒める玉ねぎと豚肉の音。
動く私のネコ耳は、ジュワジュワ鳴っている調理音に興味津々。
カレーの音と香りで満ちていたからである!
夕食はカレーなのである!
人数はとりあえず三人。
大魔帝たる麗しニャンコな私と、かつての宿敵ヒナタママ。
そして、女子高生勇者のヒナタくんなのだが……。
彼女は現在、部屋の片づけ中。
ダンジョン領域日本は現在もまだ、時間軸がズレたまま。
ソシャゲ化状態。
休眠状態になっていない住民は、ちゃんと普通にこのゲーム生活を満喫しているのだが。
その様子を眺める基地の一つになっていたからね、ヒナタくんの家は。
だから、様々な資料や魔道具が散らかって……。
いや、すぐに使えるように家中に転がっていて。
うん、今、文字通り神速バフを使って猛ダッシュで片付けてるんだよね。
そんな事も気にせず、ダイニングキッチンに立つ女性が一人。
彼女に向かい。
私は肉球をみせる形で、身振り手振りの説明をうなんな!
『――と、まあ簡単に説明したけど。これがいままでの話さ。後で記録クリスタルのコピーを渡すから確認しておくれ。君の娘さんは、ちゃんとやってたって事も記載されてるからね』
夕飯を作りながら、鼻歌を嗜むのは獅子風な美女。
かつての勇者。
ヒナタママが私の事情説明を聞きながら、豪胆な笑みに言葉を乗せた。
「へえ! それで、日本を結界で覆ってゲーム化してるってことか。地球の滅びの予知を察知して、娘だけでも回収に来てくれたって、わけでもあるわけだね。なるほどねえ、ボク達が海外に行っている間に、そんな大規模な事件を起こしていたと」
木べらでシャカシャカ、フライパンを回す姿は主婦そのものだ。
これが……。
あの無機質殺戮人形の勇者の転生した姿ねえ。
人は変われるっていうけど、本当だね、こりゃ。
『しょうがないだろう? 転移帰還者を誘拐する……、まあ犯人の事はいいんだけど、事件があったり。色々と大変だったんだって。それに、私が地球で活動するとなると、普通の世界のままじゃ問題があったし……。さすがに私のうっかりで、そのまま地球を壊してしまいました~♪ ってなったら、ミイラ取りがミイラになるようなもんだろう』
実際、この世界はわりと脆い。
ソシャゲ化していなかったら、もう何度か滅んでいた筈だからね。
「しかし、あの殺戮の魔猫が地球を救っているって言うんだから。色々と考えてしまうよ。時代は変わった――今の知的なアンタを見ていると本当に、そう実感させられてしまうね」
『私も大人になったという事さ。魔王陛下が君との戦闘でお休みになられ百年、本当に、色々とあったんだよ……』
私の猫口から漏れた、魔王陛下との言葉に。
ヒナタママは苦い笑みを漏らす。
「まさか、あんたと自分の娘が仲良くやってるだなんてね」
『あのさあ、確かに仲は良いけど。本当にそういう関係じゃないよ? この家には女神の大いなる光も滞在しているからね?』
昔を思い出したのだろう。
ヒナタママの木べらが一瞬、止まる。
「あの主神、本当に改心したのかい?」
『ああ。おそらく君も……私達の世界と異なるが似ている、大魔王ケトスの世界を知っているんだろう? あちらの世界の大いなる光は、白銀の魔狼ホワイトハウルに裁定され、消滅している。あのワンコは自らの主人さえ天秤にかける程に厳格だからね。けれど、私達の世界ではそうはならなかった。私の介入のおかげでね』
ヒナタママにとって。
あの女神はおそらく、自分を助けてくれなかった神と認識している筈。
思いは複雑なのだろう。
『異世界での冒険の話だけれど、彼女は無辜なる一般人の犠牲者に涙を流し、慈愛の心を見せていた。あの涙に、嘘はないと私は信じているよ。ま、それだけじゃなく色々と協力もしてくれるしね。今の彼女は人間からも、魔族からも私達の世界の主神として強く認められている。もう道を踏み外すことなどないだろうさ』
「あーあー。なんだろうねえ、ボクが死んだ後で平和になったってさ! なんかボク的には、ちょっと引っかかるところもあるんだけど?」
そのセリフはシリアスとは真逆。
言葉は軽く、まるで今の私達の世界を祝福しているようだった。
ただ、その直後。
彼女は口調を切り替え、シリアスな顔で告げる。
「日本……いや、この世界からまだ滅びの予知は消えていないのかい?」
『ああ、だからまだ私はこの世界に滞在している。文字通り、魔王陛下の膝下から離れてね』
「そうか――」
彼女は勇者たる声で言う。
「ボク達もね、地球の滅びを察知して世界各地を飛んでいる。今回だってそうさ。ま、さすがに日本全体が、このボクでさえ破れない結界に覆われていた事には……素直に驚いたけどね。そしてその結界を張った犯人が、キミだなんて。あの人から教えられた時は、血の気が引いたよ」
あの人。
それはおそらく転生魔王様。
北の賢者の事。
彼について、詳しく聞こうとした――その時だった。
『やあ、娘がいつも世話になっているね異界のケトス。我が愛しの魔猫』
声は背後から突然聞こえた。
モフ耳を、濃い魔力の吐息がぶわっと揺すったのだ。
その声は間違いない。
魔王様だ。
けれど私の魔王様とは気配が違う。
ならば。
私が振り返るより先に、ヒナタママが頬を赤くして眉を下げる。
「お帰りなさい、今夜はカレーだよ。ナデシコも帰ってるから、早く行っておやりよ」
『ふふ、そうか――カレーはいいね。実に良い』
飄々とした声に、ごくりと私の喉が鳴る。
恐る恐る振り返り。
そして――。
……。
椅子の上に私、乗ってるんですけどね?
誰もいないんだよね?
で、椅子から下を見るとね……。
ジト目で私は言う。
『異界の魔王陛下……なんで猫の姿になってるんですか?』
そう、私の目線の先にはモフモフの毛玉。
したり顔のドヤ猫。
妙に美形な三毛猫が、肉球をみせる形で手を振って。
『ははははは! なんでと言われても、この姿に転生したからに決まっているだろう? 君が人間から猫に転生したように、僕は人間から魔王に、そして魔王からネコに二度目の転生を果たした。それだけの話だよ』
するってーと。
私はかつての宿敵を見て、猫口をうなんな。
『え? もしかして君……、ネコと結婚したのかい?』
「ま、まあ……色々とあってね。いいじゃないか! ボクたちのことは!」
んーむ……。
異界の魔王様は、人間に転生していたと思ったのだが。
魔王様なら基本的になんでもできる、人間に変身する事も可能だろうし……。
ここはファンタジー世界ではなく地球。
私はジト目のままで、現実的な問題を問う。
『戸籍とかってどうしたんだい?』
「そこはほら、この人の魔力でチョイチョイとね」
ようするに。
役所のニンゲンに暗示をかけて、偽造したのか……。
……。
まあ! 魔王様だから、いいか!
私は椅子から降りて、顔を引き締める。
臣下とは異なるが……大事な取引先への態度を真似て、キリリ!
新魔王猫陛下に頭を垂れたのだ。
『お久しぶりです、いえ、初めましてと言った方が正しいのでしょうか。私は貴方の軌跡、あなたが残された想い。世界に蒔かれた布石、黒の魔導書をたくさん知っていますが……。異なる世界の魔王陛下。私はケトス、大魔帝ケトス。あなたとは異なる世界の、あなたの愛猫です。以後、お見知りおきを』
恭しく礼をする私。
とっても凛々しいね?
三毛猫魔王様は、ちょっと残念そうな顔をして。
『おや、前みたいに飛びついてきて、僕にスリスリはしてくれないのかい? それにその落ち着き。まるで本当の魔王軍最高幹部みたいじゃないか、ちょっと寂しいねえ』
『それは私の役目ではないでしょう。というか、ダンジョン領域日本に貴方が無理やり侵入した時点で、おそらく――異なる私も、私の魔王陛下も遠見の魔術で観察なさっている筈。おそらく、すぐに来ますよ』
私の言葉が終わったと同時に。
世界に、いままでにないほどの衝撃が襲った。
ドガドガゴゴガガガオッォォォォオオォォォォォ!
ズドドドォォォォッォォォン――ッ!
それは――全ての事象を超越させた、空間転移。
犯人はネコ魔獣。
かつて、世界を本当に滅ぼしてしまった白きネコが一匹。
ぶわぶわぶわっと毛を膨らませ。
彼は、瞳を揺らしていた。
肉球が、ぶびゅん!
と空を駆ける。
『魔王様! 魔王様! 魔王様!』
『やあ僕のケトス! イイ子にしていたかい……って! そんな魔力で飛びつかれたら世界が……げぶふぅ!?』
そう、それは大魔王ケトス。
闇落ちして、毛皮を白く染めたもう一人の異なる世界の私。
私の魔王様に甘えていたのだが、その心にあったのは――ずっと。
白いモフモフネコ魔獣が、スリスリスリ。
三毛猫魔王様に頭をこすり付けて、鳴いている。
『魔王様……っ! 魔王様! 魔王様……ッ!』
『分かった分かった。悪かったね、まさかキミがいるあの世界と、地球が繋がっていただなんて知らなくて。驚かせてあげようと思ったのだけれど、こっちが驚かされてしまったね』
ちなみに。
大魔王ケトスは冒険の中で成長した私でさえ、手を焼く存在。
かつての最終決戦――憎悪大暴走状態の時よりも大幅に弱体化しているが、それでも今の私の次ぐらいには強い存在だ。
当然。
そんな大魔王ケトスが、本気で泣いてスリスリゴロゴロしているのだ。
地球のピンチなわけで。
猫目石の魔杖を本気で翳す私と、火を止めて聖剣を握る勇者ヒナタママが本気で結界を構築。
二人の再会空間を、魔力の渦で覆っていた。
ヒナタママが言う。
「この子があの人の世界のケトス。ボクたちの世界とは違い、魔王が勇者に滅ぼされた異なる世界の大厄災。三千世界、全てのモノを本当に滅ぼしちまったって言う、大魔王かい」
『そういうことさ。ずっと自分の魔王様に会いたがっていたからね。この暴走は許してやっておくれ』
言って、私はゆったりと瞳を閉じる。
もし私が同じ立場なら……。
きっと、鼻を濡らし、喉を嗄らし鳴いたのだろう。
泣きつき、抱きつき。
鼻をグズらせる白モフモフの頭を、三毛猫魔王様の肉球が撫でる。
『ごめんよケトス。本当はこっちが迎えに行くつもりだったんだけれど、これも運命か。ただいま、今、帰ってきたよ』
『はい、お待ちしておりました。ずっとずっと、待っていました。この瞬間、この時を。ワタシは……っ、ワタシは……っ』
世界を涙で滅ぼした、大魔王。
最愛の主を失った魔猫。
その本当の再会が、いま、ようやく叶ったのだ。
まあ、二人とも猫だが……別に問題ない。
いやあ、本当に感動の再会。
実に良いシーンなんだろうけどね。
結界を維持する私と勇者ヒナタママは、まるで筋肉痛に悩むような顔で。
ぜぇぜぇ……。
肩を揺らして、弱音を漏らす。
『ちょっと……き、きつくなってきたんだけど。そっちはどうだい……?』
「ボクもあと、五分ぐらいしか……っ。ていうか、魔帝ケトス。君はこれを一回倒したんだろう? いったい、どうやったんだい!」
散歩で出逢った人間とも協力し、関係者ほぼ全員集合状態で私にバフを盛り盛り。
大魔王をデバフ漬け。
最終的には、資格保持者にしか所持できない聖剣の呪いで倒した。
とは言えないよねえ。
『まあ、色々とね。仕方ない、ちょっと援軍を呼ぶから一分ぐらい一人で維持しておくれ』
「ちょ! こら! 魔帝ケトス! これ! 一分でもメチャクチャ大変じゃないか!?」
叫ぶ勇者に構わず、私はにゃんスマホをタタタタ♪
黒ニワトリと黒ワンコ。
魔帝ロックとブラックハウル卿を召喚し、なんとか再会結界を維持することに成功したのだった。
まあ、ちょっと再び地球の危機だったけど。
もう地球側も慣れてるだろうし。
大魔王ケトスも、やっと――最愛の人と再会できたのだ……。
別に問題ないよね?
にゃっふっふっふ!
これでもう遠慮することなく!
私は私の魔王様に、存分に甘える事ができるのではないだろうかっ!