集いし強者 ~仲間フラグの乱立って怖い~
時は正午――陽射しが眩しい時刻。
場所は、学園の秘密散歩スポット。
美味しいランチを味わうには、絶好のタイミングなのだが。
目の前に対峙していたのは。
「どうしたんだい、魔帝ケトス。ボクの姿がそんなに不思議かい?」
そう。
学園内に突如転移してきたヒナタくんのお母さん。
その正体はかつての宿敵。
魔王陛下とも戦った正真正銘の勇者、その転生した姿なのだが。
大魔帝ケトスこと素敵ニャンコ。
最強ネコ魔獣の私はついつい全盛期モードで、モフ毛を逆立てたまま。
じいぃぃぃぃっと、勇者ヒナタママを見てしまう。
この魂の色、たぶん本物っぽいのだが……。
確証が得られない。
私の巨大な咢がギシリと蠢く。
瘴気の吐息と共に、ゲフゥ。
巨大もふもふネコちゃんモードのまま、言葉を漏らした。
『キサマ、かつての姿とだいぶ容姿が異なっているようだが――』
「そりゃそうだろうさ。魔帝ケトス。アンタだって猫に生まれ変わる前は全然違う姿だったんだろう? それと同じだよ」
女社長のようなスレンダースーツな腰に、手を置いて。
ふふん!
「ボクはこの姿も気に入っているのさ。今の生活も、あの人との……その、け、結婚生活とか? それと当然! 我が娘、ナデシコとの暮らしもね!」
カッカッカと豪胆に笑う勇者は、獅子のようなオーラを保ちながら。
にひぃ♪
まるでヒナタくん二号といった様子で、太陽のような笑みを浮かべている。
う、うーむ……。
あの人ってたぶん、少しだけ異なる別世界、大魔王ケトス世界の転生した魔王様のことだよね。
滅びる直前か、滅びた後かは分からないが――。
北の賢者と呼ばれた者。
残滓を世界各地に飛ばし、魔王様を失い暴走した大魔王ケトスの魂を救うべく、布石を蒔きまくっていた人物。
全世界干渉魔術を使っただろう、偉大なる御方だ。
私はあの方の残した布石を辿り、冒険を続けた。
様々な出会いと魂の共鳴を果たし、あの平和な未来を手に入れたのだ。
そして、話の断片をかき集めた結果。
どう考えても、ヒナタくんのお父さんがその転生魔王様であり。
そして、お母さんが私の世界で動いていた勇者。
しかし、納得できない私は巨大肉球を顎に当て。
ぎしり……っ。
どーみても、外見や性格があの勇者と同一人物とは思えない。
『一度、女神の末裔ダイアナといったか、キサマの仲間と対峙した時にその姿を真似たが……、まったくというか、もはや別人であったと思うのだが?』
「ダイアナって……あの子はどうしたんだい」
勇者の顔が、かつて殺戮人形だった時の名残をみせる。
……。
なるほど、この殺気。
本物か。
ならばこそ、あの日の記憶が憎悪となって赤く染まり始める。
まあ、暴走はしないけどね。
『ダイアナか。あの者も実に哀れな娘であった――』
「あった? 過去形かい?」
苦い思い出を辿り。
私は告げる。
『ヤツは死した後に主神、大いなる光にその力を認められ天に召し上げられた。天界の幹部となっていたが……。どのような運命の巡り合わせであったのだろうな。我と邂逅し。我と対峙し。我が滅ぼした』
「そうか――」
空気が変わる。
その手に握られていた聖剣が形状を変える。
それは――おそらく、あの方の力。
大魔王ケトスの世界の死した魔王様……その転生体の手により製造された聖剣。
握る剣を眺めながらも、私は静かに語る。
『奴はキサマを失った世界で暴走した。無辜なる者達を虐げ、キサマの再召喚を暗躍し――そしてその流れの中で我と出会った。全てはもう過ぎた話。終わった歴史の一頁。これ以上を語る必要はあるまい?』
たしかに。
私は勇者の仲間である二人を手にかけている。
女神の末裔ダイアナ。
そして魔竜の宣教師。
まあ司書ウサギだけは、今でも普通に付き合いがあるんだけどね。
「確かに、ボクはあの世界に疲れていた。いや、最後にはもう自我なんてほとんど残っちゃいなかった。あの娘にもね……疲れていた。けれど――もしアンタが私利私欲や逆恨みで惨殺したのなら、許してはやれないね」
百年前の血の滾りが、私の瞳を輝かせる。
『正論であるな。だが――世界を捨てたモノが語る言葉ではあるまい。我は汝との因縁とは異なる理由でヤツと敵対した。そして滅ぼしたまでの話。キサマが仇討ちを望むのならば付き合おう。なれど――今度は手加減せぬぞ』
天変地異の前触れか。
世界が悲鳴を上げる。
周囲に赤雷を纏った魔力が、荒れ狂い始めていた。
それはさながら映画のラストバトル。
なのだが。
これは私達の魔力ではない。
ヒナタくんが叫ぶ。
「ちょっと!? 二人とも……っ!? こんな所でやるつもりじゃないでしょうね!?」
弟子と娘に言われ。
私と勇者は目線を合わせて、互いに首を横に振る。
魔力風に髪を靡かせ、ヒナタママが手を横に振る。
私達による影響ではない。
「いや! この魔力はボクじゃないよ! アンタがこんな近くにいるのに、本気を出すわけないだろう?」
『我もこのような場所での戦いは望まぬ――宿敵との因果を断ち切る聖戦を起こすつもりはない。我等の魔力ではないぞ?』
私も尻尾を横に振る。
横、横、横の三連携である。
いつでもどこでもやらかす、暴走ネコと思われたくない。
のだが。
ゴゴゴゴゴゴっと聖炎を背に纏うヒナタくんの額に浮かんでいるのは、怒りマーク。
ビシっと指差し、まん丸な目を尖らせ唸っていた。
「アンタたちは両方共! どこでもいつでもやらかすでしょうが……っ!」
あれ?
似た者同士扱いされてる?
いつもの声に戻す私とヒナタママは、コソコソコソと内緒話。
『ねえ、君……娘のヒナタくんにここまで直球で言われてるって……いままでなにやらかしてたんだい?』
「あ、あんたには言われたくない気もするけど……? どうする、この子、怒ると結構怖いから……謝っとく?」
さすがに、女子高生にマジ説教されるのは御免である。
勇者と私の百年ぶりの和解。
その歴史的な瞬間が今、始まろうとしていた。
その時だった。
なぜだろうか、周囲に五つの主神クラスの魔力が満ちる。
空が聖光で満たされて――。
白き羽根が、ばさり……。
朝陽の如き聖光と共に、天から朗々たる声が響く。
「お聞きなさい――かつて我が世界の勇者だった者よ。わたくしは世界を眺め、照らし続ける光の女神。あなたたち人間が、大いなる光と呼んでいた主神」
白い鳩が、バササササっと大量に集まり。
その中心に現れたのは――って、大いなる光じゃん……。
しかもこれ、本体じゃん。
「勇者よ――女神の末裔、あのダイアナの暴走については大魔帝に非はあらず。むしろ、わたくしの目が届かぬ所で行われていた蛮行を止めた、英雄ともいえるでしょう。あの件は全て、このわたくしの責……。大魔帝ケトスを責めるのはどうかお止めください。もし、それでもなお、この件を追求するというのならば――残念ですが、わたくしは貴女を看過できません」
聖光を纏い、まるで私を守るようにバサリ。
大いなる光のマジ降臨である。
校舎内が、めちゃくちゃざわついている。
まあ、異世界の主神の降臨だからね……。
生徒達。
転移帰還者達も、その歴史的瞬間を見て驚愕しているのだろう。
当然、勇者なママヒナタも、ぎょっとした様子を見せて。
眉間にものすっごい皺を作って、グギギギギっと首を私に向ける。
「本物の大いなる光!? あのサボリ女神がなんでアンタの味方をしているんだい!」
『う、うむ――まあ色々とあってな。今は天界とも友好な関係を築いておる。むろん、その眷属となる人間ともな』
「天界と和解!? 人間とも!? なにをどうしたらそうなるんだい!?」
そりゃあまあ。
驚くよね。
しかし驚くのはまだまだこれから。
続けて、校舎の中から赤い魔力がドバババババっと天を衝き。
キュキィィィィイィィィン!
空を黄昏色に染め上げて、畏怖の魔力を滾らせながら飛べない鳥軍団が出現。
分身端末に黒いモヤモヤを発生させながら。
ビシ!
イワトビペンギンこと、アン=グールモーアが顕現し。
ペンギン足をパタパタさせて、朗々と唸った。
『ペギギギギのグガガグワアァァァァ! 笑止! 光の力を帯びた異界の勇者よ! 吾輩の縄張りでもある学園へのこれ以上の狼藉。新時代の魔性! 恐怖の大王、このアン=グールモーアが許さんでありまする!』
ふふーん!
飾り羽を気障に翼で撫で。
『大魔帝ケトスは我が友人! それを守るのも、また我が世界の選択! 異界の勇者よ、覚悟するといいのであーる!』
エプロン姿のまま、ペンギンさんがビシっと勇者を翼で指差して。
更に追加とばかりに。
黄昏に満ちた空の隙間から、一条の煌めきが降り注く。
さすがに勇者ヒナタママはドン引いて、私をジト目で見ている。
「こ、今度はなんなんだい……」
『え? いや、我に聞かれても……』
光に導かれてやってきたのは、舞踊を愛するラスボス系女神。
大いなる導き。
普段は温和でおっとり、あらあらまあまあ系ののんびりさんなのだが。
「わたくしはいつも招かれ、導かれ――誘われるままに踊る者。なれど、此度の降臨は、我が意志による顕現」
まるでゲームの最終戦闘直前の神々しいエフェクトを発生させ。
シャラン……っ。
厳かな空気の中、装飾品を鳴らし女神が静かに降臨する。
「我が世界の恩人であり、わたくしの恩人でもある大魔帝ケトス様。わたくしと共に、冒険もしてくださった偉大なる魔猫の君。この方と本気で戦おうというのなら――どうかご覚悟を」
武装モードなのだろう。
大いなる導きは円月輪を装着した状態で、冷たい美貌を尖らせ。
チャリン……っ。
せ、世界が揺れ始めている。
「また世界を支える事が可能な、最高神レベルの女神の降臨だって? しかも、あんたに味方するって――魔帝ケトス。どうなってるんだい? あんた……」
そりゃあ、うん。
……。
濃い脂汗を浮かべて、ママヒナタが唾を飲み込んじゃうよね。
『い、いや――まあ成り行きで味方をしてくれているとは、思うのだが。どうなっているかと聞かれると……うん。我が、どうしてこうなった!? と、思ってるくらいなのであってな? これ、どうしたらいいのか、我が聞きたいのだが?』
主神クラス三柱が、私を守るように顕現。
当然、学園の生徒達にとってはいい迷惑であり。
まーたケトス先生がなんかやらかしてるよ、と若干冷たいジト目を私に送っている。
えぇ……今回、私は悪くないのだが。
ともあれ。
さしもの転生勇者も、困惑しきった様子で私を眺め。
冷たい汗を浮かべたまま、責めるように言う。
「いくらなんでも非常識だろう……!? この、ラスボス格を集めましたっていう混成パーティ? このペンギンもあの恐怖の大王、本人だろう!? まさか本気で世界征服しようって言うんじゃないだろうね!?」
たまーにいるんだよね。
私がそういう世界征服を企んでいるんじゃないかって、勘違いする人。
実際、やろうと思えばできてしまう戦力なのは事実だが。
『またその手の話であるか……そのような面倒な事を、ネコがするわけあるまい?』
「本当かい? さっきまでは冗談でアンタと戦う! みたいな流れもあったけど、これほどの仲間がいたんじゃ、疑うなって言う方がおかしいだろうさ。なにをどうすると、こんな異常事態が作れるのか――本気で意味が分からないよ」
う……っ。
ガチで危険視されてるし。
誤魔化すように、私は遠い目をして語る。
『勇者よ。遠き青き星、地球にキサマが帰還した後。汝も知らぬ道を我は歩んでいた、それだけの話よ』
必殺!
なんか物分かりのイイ人っぽい演出攻撃!
実は隣接した次元の隙間には、全盛期モードのホワイトハウルが。
そして、校舎の屋上には風見鶏に扮した本気モードのロックウェル卿が。
それぞれこちらを眺めて、かな~り怖い顔をしていたりするんだよね。
おそらく。
全員が全員、私を守ろうとしてくれているのだろうが。
これだけの大物が集まっていると、問題が発生してしまう。
全員の力がぶつかり合って、周囲の魔力が荒ぶっているのだ。
女子高生勇者のヒナタくんが、慌てて間に割り込んで。
混沌とした魔力を魔導書に吸収。
発生していたラスボス空間も、霧を払うように散っていく。
「だから! ちょっと待ちなさいよ! アンタたちが本気になったら、周りが迷惑なのっ! とりあえず解散よ! 解散! 本当に何もないんだから! 力を抑えなさいっての!」
娘の成長に、ヒナタママの片眉が跳ねる。
今の魔術だけで理解したのだろう。
今のヒナタくんが、並の腕などとっくに超えている事を。
落ち着いた周囲を見渡し。
ポンと、姿をいつものスマートにゃんこに戻した私は言う。
『あのさあ、確かにヒナタくんの家には出入りしているし。よく泊まっているけど、婿とか、そういうんじゃないよ?』
「何を言うか! ボクの娘だぞ! あんなに可愛いんだぞ! 絶対に狙っているに決まっているだろう!」
まーた親バカを発動させている。
ヒナタくんが、肩を落とし……。
「悪いわねケトスっち……お母さんって、いつもこうなのよ。昔っから、あたしに寄ってくる人を、誤解して、やれ試練だ、やれ恋人としての資格がうんたら。人の話をぜんぜん、聞かなくなっちゃうのよね……」
「ナデシコ! あんたは世界で一番かわいいんだから、心配になるのも当たり前だろう?」
言って、ヒナタママはぎゅっとヒナタくんを抱きよせる。
頬を合わせて、スリスリする姿はまるで、アレだね。
嫌がるネコを無理やり抱っこして、頬をスリスリ。ネコちゃんに、めちゃくちゃウザがられる、空気の読めない飼い主そのもの。
「魔帝ケトス! 娘が欲しいのなら、せめてこのボクを倒してからにするんだね!」
え、えぇ……。
そりゃヒナタくんは、世間一般では文句なしの美少女にはなるだろう。
喋らなければという条件付きなら。
しかし。
『私、ネコだよ?』
「それがどうしたというんだい?」
……。
『いや、ネコと人間はそういう関係にならないじゃん?』
何故かお母さんは、んー……と考え込んで。
こほん。
なにやら頬を赤くして。
「まあ、それはいいじゃないか。さて冗談はこれくらいでいいか。挨拶が遅れたね、ウチの娘が世話になっているようだ、そこだけは感謝するよ。今は大魔帝ケトスなんだっけ? ウチに寄って行きな、聞きたい話がたくさんあるんだよ」
『それはできないね』
静かに返す私に、勇者ヒナタママが眉を顰める。
「へぇ、何か企んでいるのかい?」
『いや。これでも私はここの教師でね、午後の授業があるからすぐにって訳にもいかないのさ』
大人ネコの顔で言ってやったのだ。
ふっふっふ!
校舎の中から、あんたつい最近も一ヶ月以上留守にしてただろう!?
と、ツッコミが入っているが。
気にしない!
とりあえず授業終了後に、ヒナタくんの家で話し合いをする事になり。
双方納得。
この場は無事に、解散することとなった。
◇
あ、ちなみに私のピンチと認識して顕現した彼らも、事情を察し。
素直に解散してくれたので、とりあえずの聖戦は回避された。
今回は勇者への牽制の意味も含めて、彼らがわざわざ本体で姿を見せに来たのだろうが。
これ……。
もしかしてさ?
私が本気でピンチになった時って。
ものすごい事になるんじゃないだろうか……?