エピローグ ―新世界の光―
始まりもあれば終わりもある。
朝焼けが終わり、既に時刻は正午過ぎ。
場所はエデンに新設した転移門。
皆の見送りを受けながら、私、大魔帝ケトスは荷物を一杯抱えてご満悦。
そう!
巨大もふもふ、ジャイアントワイルドキャットのシェフ達から受け取ったのは、亜空間一杯の超特大プリン!
通称、プリン風呂である!
女子高生勇者のヒナタくんが、クールを気取るヴァンパイアナイトキャット達からラブレターを受け取って、微妙に困っている中。
モフ毛をぶわっとさせ!
私は、ぶにゃははははは!
『いやあ、悪いねえ! こんな伝説のオヤツを貰っちゃって!』
キャラメル部分の輝きを思い出しながら、じゅるり♪
ついついヨダレが垂れてしまいそうになるも、我慢できた私。
とっても偉いね?
プリン風呂の発案者。
新王カーマイン君が、王の儀礼服を纏ったまま苦笑する。
「伝説? なのかどうかは分かりませんが、気に入っていただけたなら何よりです」
『いやいやいや、本当に伝説になると思うよ? 世界を救った私達への供物なわけだからね、この世界に起こった転換期の物語を語る時に、必ず話題となるだろうさ』
そうやって。
祭りの際にプリンを作るとか、大魔帝ケトスを崇める際にはプリンを必ず用意するとか。
そういう伝承が作られていくのだ。
まあ、稀に――。
特に好きでもないモノを好物と伝承されて困ってしまう。
そんなパターンもあるらしいが。
ともあれ!
これで本当にお別れだ。
私は見送りに集まってくれた者達に目をやる。
シュラングくんだけがいないが、まあ彼は主神の身。
普段から姿をみせるとレア感が下がると、神殿で眠っているのだろう。
まあ、本当は――。
私はヒナタくんをちらり。
きっと、彼女との別れがつらいのだろう。
ま、別れといっても付き合ってるわけじゃないし、大イベントってわけでもないんだけどね……。
ちなみに――。
聖父クリストフはどこの世界とも繋がっている迷宮を使い、先に帰還している。
今頃、漆黒牛の農場建設追加の指示を行っている筈である。
いやあ、あの牛さん達。
美味しいけど、異世界産のウシさんだから火とか噴くからねえ。
増えすぎて群れとなったら一大勢力となってしまうので、その対策も必要らしいんだよね。
『さて、これでお別れだ。と、いってもこの世界とは転移門で繋がっているし、既に時間の流れも同期している。今度来るときは二百年後ってことは、ないはずだよ』
巨獣人族を代表してか。
トトメスくんとアンネさんが前に出る。
アヌビス仮面を外したトトメスくんの顔は、やはりあの女鹿獣人のモノ。
その肉体も魂も、既に普通の人間のモノに戻っている。
むろん、この私による奇跡である。
あのままだと本に残された人格も、ホムンクルスの肉体もそのうち崩れてしまうからね。
その感謝もあるのだろう。
聖職者アンネさんの方が宝杖を鳴らし、スッと頭を下げる。
「ケトス様。このご恩は一生忘れません」
「はははは、マジで感謝してるんすよ? いつでも遊びに来てくださいっすね! 最近、料理を練習してて! いろんな人に食べさせたい系なんすよねえ!」
と、微笑むのはかつての帝王トトメスくん。
そのセリフは私をグルメに誘う魅惑の言葉なのだが、何故だろうか。
私の危機センサーが、ビビビっと警鐘を鳴らしていた。
『へえ、王様みたいなもんだったから、いままで作ってなかったんだよね? 君って料理、できたんだ』
「バッチリっすよ! 一番得意なのは、サカナのこんがり焼きっすね!」
ん?
サカナの種類ではなく、名称がサカナで。なおかつこんがり焼き?
アンネさんが、タラタラタラと汗をじっとりと浮かべている。
その横で。
ジャイアントワイルドキャット達が、うっぷと口元を押さえて……耳と尾を垂れさせる。
心を読まずともなんとなく分かってしまった。
アンネさんと目線を合わせ、ごはん作るの……めっちゃ下手?
と、無言の通信を送る。
私の直感は的中していたのだろう。
アンネさんはそれはそれは悲痛な顔で、こくりと頷き。
プリン作りの時も、手伝うのを止めるのに大変でした……と。
苦笑い。
ま、まあこれも平和になったからこその問題、かな?
アンネさんが言う。
「と、とにかく。来て下さったら皆で料理を作っておもてなしさせて頂きますわ。いつでもいらしてくださいね」
『あ、ああ。必ず君がいる時にするよ』
二人の間で行われた秘密のやりとり。
これは結構重要な事なので、ちゃんと記録しておこうと思う。
フォレストエルフキャットのローラさん達が、ズズイっと寄ってきて。
「アタシ達からもお礼の品だよ。森の恵みが詰まった、あんまんさ」
『へえ! こりこりっとしたクルミがこし餡の中に入ってるんだね』
魔性としての赤き瞳を輝かせ鑑定する私。
その魔力を眺め、ローラさんがネコ眉を下げる。
「おや、食べた時のお楽しみだったんだけど。見抜かれちゃってますね。でもご安心を、アタシはちゃんと料理ができますから。安心してください」
『うん、またこの世界に来た時には、必ず君たちの所にも寄るよ!』
銀杏の茶わん蒸しとかも食べたいしね!
その時は――エメラルド女王も一緒に……。
なーんて、これは口にしない方がいいだろうね!
きっと今のエルフ達ならば、大丈夫だとは思うが――。
いやあ、気配りもできてある程度の内政も任せられるエメラルドくんは、魔王軍でキープしておきたいし。
それぞれにお別れの目線を送って。
私とヒナタくんは転移門の前に立つ。
『それじゃあ、またね。今度遊びに来た時にはまた世界が大混乱してました! っていうのは、勘弁しておくれよ』
「それじゃあね! もうこの世界の英雄はあたしじゃなくてケトスっちだし! あたしの像を建てるんじゃなくて、ケトスっちの像を建てなさいよ!」
冗談を残して、ヒナタくんが転移門の中に消えていく。
私もその後を追い。
ザザザ、ザァアアアアアアアアアアァァッァァ!
全盛期モードの姿になって。
魔力を滾らせ、振り返る。
『さらばだ、異界の民よ。我はケトス。大魔帝ケトス。我が従者の資格を有するもの、カーマイン。彼の王をあまり困らせるでないぞ』
一応、釘を刺しておいて。
ニヒィ!
『なんてな! では――また近い内に会おうではないか!』
くははははははは!
くははははははは!
哄笑が、天空城からこだまする。
カーマイン君が。
叫んだ。
「本当に……っ、本当にありがとうございました! ケトス様、ヒナタ様!」
その声は少し震えていた。
王としてはきっと、威厳ある見送りがいいのだろうが。
その揺れて濡れる赤い瞳をじっと見て、私はこう思っていた。
人前で泣くことができるのも、強さなのだろう。
と。
転移門が、起動し。
私達はアッシュガルドの地を去った。
◇
転移亜空間には先客がいた。
当然、相手は分かっている。
この世界の主神、シュラング=シュインク神だ。
組んでいた腕を隆起させ、神は親しげに息を漏らす。
「待っておったぞ、大魔帝殿、そして我が……初恋の君、ヒナタよ」
『おや、我が妻じゃないのかい?』
告げる私に、彼は言う。
「あまりしつこいと本当に嫌われますよ? と、新王カーマインに諭されてな。いや、なに。すまぬなヒナタよ、我が妻の座を欲するならば――」
「いや、悪いんだけど……わりとマジで興味ないから……」
頬をぽりぽりしながら告げるヒナタくんに、シュラングくんは肩を落とす。
「我、これでも本当に偉大な神なのだが?」
「んー……、こう言っちゃなんだけど、ただの美形じゃねえ?」
言って私の方に目をやり。
「せめてイケおじかつ、ケトスっちぐらいカワイイモフモフにゃんこになれるとかさあ。そういうオプションがないとお得感ないし? そもそもよ」
こほんと、真面目な顔をしてヒナタくんが言う。
「あんたがあたし好みのイケおじになる頃には、あたしはとっくに死んでるか御婆ちゃんでしょ? 看取られるなんて、いやよ?」
「すると、一応は真剣に考えてはくれた――そういうことか」
ま、たしかに。
ほんのちょっと考えてみた事はある、ということか。
それで満足だったのか、案外に落ち着いた様子でシュラングくんが微笑を漏らす。
「ならば、もはや言うまい。さらばだ、我が世界を二度も救った勇者よ。あの者らも言っておったが、いつでもまた来るが良い。次元の扉は接続したままにしておく、たまには奴らに顔を見せてやれ。べ、別に我が寂しいとか、そういうんじゃないのだからな!」
「あんたも今度こそ、ちゃんと上手い事やりなさいよ?」
シュラングくんも、心の整理がついたのだろう。
自分にはなかった光。
輝きを恋と錯覚したのか、或いは本当に恋だったのか。
それは分からない。
けれど、今の彼はとてもいい顔をしていた。
紳士的な別れを演出しているようだが。
『ヒナタくん、悪いけど先に戻っていてくれないかい? ちょっと彼と話がある』
真面目な空気を察したのだろう。
ヒナタくんは頷き。
「それじゃあね。ケトスっちも、早く戻ってきなさいよ!」
「勇者よ、またいつかな――」
亜空間を飛ぶ彼女を眺めた主神は……感慨深い顔をして。
……。
いま、太もも部分を見ていた気もするが……とりあえず気付かなかったことにしよう。
さてと。
私は主神シュラング=シュインクと目を合わせる。
姿を再び全盛期モードに戻し。
私の咢が、ぎしり。
闇の中で輝きだす。
『シュラング=シュインクよ。最後に、キサマに確認しておきたいことがある』
空気を変えた私を察し、相手もまた空気を変える。
『此度の事件、いや――長年に渡り暗躍し続けていた英雄。真祖ヴァージニア伯爵を、貴公はどうするつもりか? その答えを我はまだ聞いてはおらぬ』
「我のために尽くしたその献身。その心を拾えずして神は名乗れまい。今すぐに解放するというわけにはいくまいが……十分な罰を与えた後に、転生させるつもりだ」
その答えを聞き、私はゆったりと瞳を閉じた。
『そうか――それがキサマの選択ならば、我も何も言うまい』
主人を想う故に。
……。
その心だけは本当に、分からないでもなかったのだ。
たぶん。
私は少し、ホッとしていたのだと思う。
あの男に同情を禁じ得なかったのだろうか。
神が語る。
「かつて人間同士の醜い戦争で死にかけていたヤツを拾った。実験として、戯れとして救い……真祖としての力を授けた。本当に、それだけの話だった。ニンゲンに変化を与える一石を探していた時期であったしな。吸血鬼の王を生み出すために、死にそうな英雄を選定しただけの話。いわば我はただ気まぐれに……世界の中の強者からヤツを選んだだけであったのだが」
神は哀れなものを見る目で。
いや、同情と憐憫を隠しきれない目で、言葉を押し出す。
「やつめ……それを勘違いしたのであろうな。よもやあれほどまでに我に尽くしていたとは、さすがの我も想像してはいなかった。人の心とは、実に……儚くも不思議なモノなのであろうな」
そう。
気まぐれの救いであっても、それは本当にうれしくて。
私の猫の頭と口は、あの日の救いを思い出していた。
『死の淵に差し伸べられた手。その温もり、その光と輝き……我にはよく理解ができる』
おそらくは。
たとえ気まぐれであっても良かったのだ。
救ってくれたのなら、それは恩人。
たとえどんな理由であろうと、汚泥の中に伸ばされた手は――心に残り続ける。
「さて大魔帝殿。貴殿には大変世話になった。此度の出遭いと勇者ヒナタの働きに報いて、これを授けよう」
語る男の目の前に、黒い渦が生まれる。
魔力流の中から出現したのは、一冊の魔導書。
いま、この瞬間生まれたばかりの新しき、魔導書だ。
「我の新たなる逸話と力を宿す魔導書よ。悪神ロキ、世界を乱すこのトリックスターの力、そなたならば使いこなせよう。本当に困ったその時には、我を呼べ。汝の敵、汝の障害全てを遊興の檻へと誘おう」
その書のタイトルは――。
《原初ノ悪邪蛇神譚 ~ネコの世界の蛇竜神~》
……。
新たに生まれたシュラングくんの魔導書のタイトルが、これってことは……。
あ、あれ!?
もしかしてあの世界って、魔導書的には猫の世界判定されてるの!?
いや、たしかに。
ふと思い返して見ると……。
そういや、大量のネコで溢れてるしなあ。
客観的に見ると、ネコに支配された世界になるのか。
前の世界のままだった時の魔導書名は……。
《原初ノ悪邪蛇神譚 ――世界を見捨てた蛇竜神――》
うわ。
ちょっと違うだけなのに、だいぶイメージが違うね。
魔導書を受け取った私は、変化を得た神を見た。
シュラング=シュインク神。
彼もまた、逸話魔導書のタイトルが変わるほどに、大きく進化があった筈。
『たしかに頂戴した。貴公の力を借りる程の事件など起きて欲しくはないが、そうは言ってもいられぬからな』
そう。
今まで積み上げてきた時間。
冒険散歩の成果が必要となる事件は、もう間近に迫っているのだから。
別れの気配の中。
シュラング神は、言う。
「それでは、またいずれな。我は下界にて、冬の準備をせねばならぬのでな!」
『あまりカーマインを困らせるでないぞ』
苦笑し、私は亜空間を進む。
「案ずるな。あの者は――我が新たな光。新たな輝きだ――今度こそ、逃がさぬよう。壊さぬよう、大切に育てていくと決めたからな」
告げる神は、それはもう凛々しい美青年顔を浮かべていた。
それはまるで。
乙女ゲームというか、BLゲームの登場キャラの……ような顔。
なまじ美青年神なだけに、うん。
そっちの道が好きなお姉さんには、非常に……。
いや、まあ人の趣味は色々だけど……。
『……のう、新たな光とは……いや、やはりいい。聞かなかったことにするとしよう』
私はそのまま、振り返らずに転移門を抜ける。
……。
何故私が、こう、微妙な顔をしているのか。
その理由は単純。
笑いごとや冗談ではないのだ。
古き神々って、魂を見るから……性別とかにあんまりこだわりないっぽいからなあ……。
ヒナタくんを素直に諦めた理由。
その辺の事を深く考えると、なんか、色々とダメな気がするし。
まあカーマイン君……聖剣中毒もどきが抜けたら、まともな存在だったしなあ。
よく考えたら、ほとんどがネコと魔竜とカピバラだし。
人型の存在って、アンネさんとトトメスさんがいるけど、あの二人は仲良く暮らしてるし。
……。
私は、ちょっと未来視を発動する。
……。
え、このオチって語らない方がいいよね。
後のことは、この記録クリスタルを見たモノの想像にお任せするが。
なんつーか。
あの世界、後に年取らぬ吸血鬼の王と、偉大なる主神の下。
めちゃくちゃ平和に発展するみたいだという事だけは、記載しておこうと思う。
長い冒険のオチがこれって。
どーなのと思いつつも、私は他人事なので気にせず。
お土産プリンに思いを馳せ――。
亜空間を悠然と駆けたのだった。
裏ステージ5
追放の代価 ~異世界魔猫、三大大陸を駆ける!~
―完結―