エピローグ:ヴァンパイア編 ~朝陽~
天空城にて催される戴冠式。
この世界の新時代を象徴とする儀式には、多くの種族が並んでいた。
ヴァンパイアナイトキャット。
フォレストエルフキャット。
ジャイアントワイルドキャット
ワイルドキャット。
魔竜にカピバラにドウェルグ族。
ほとんどモフモフだね?
しかも、そのほとんどが私――大魔帝ケトスの手によるネコ化だね?
思う所は多々あれど、細かい事を気にしないのが私の美徳。
ともあれ!
朝陽を受けながら飛ぶ邪聖剣エデン。
その庭園フロアに新設された祭壇で、新王カーマイン君の戴冠の儀式が執り行われていたのである。
今回の事件を生き延びたモノ。
ネコ魔獣にカピバラ魔獣に魔竜に神。
様々な種族が集う式となっていた、というわけだ。
流れる雲の流れを目で追いながら、儀式祭壇の傍で私は思う。
いやあ、長かったなあ……と。
今回の冒険は三か所も制圧したようなもんだからね。
新しき王の証である帝冠を授けるのは、帰還せし神。
垂れ目美貌で褐色な男蛇神。
この世界の主神のシュラング=シュインク神である。
「皆の者、我こそが主神シュラング=シュインク。此度の災厄を乗り越えし者達よ――……」
神による啓示が始まった。
長い手を朗々と伸ばし、神の如く語るその姿は荘厳。
空から神々しく顕現しているので、まあ様にはなっている。
周囲のモノ達は皆、主神クラスの降臨の瞬間に圧倒されているのだろう。
恭しく頭を下げているのだが。
私とヒナタくんと聖父クリストフは式場の横。
この後で行われる宴のグルメを先に貪り、のんびりとしていた。
まあ言っちゃ悪いが、私達だけは部外者だしね。
女子高生と黒ネコとカピバラさんの咀嚼音が響く中。
式は厳かに進んでいるようだ。
『あー、ヒナタくん! 悪いんだけど、そっちのタルタルソースを取っておくれー!』
「ちょっとケトスっち! 口元がベチャベチャになってるじゃない!」
「グハハハハハハッ! 実に素晴らしき料理よ! 我がカピバラポンポンを満たすに相応しき供物であるな!」
カチャカチャカチャと、大量の皿が積まれていく。
新時代を象徴とする戴冠式。
あちらは時代の転換期の厳格ムードが続いているが、こちらはとっても穏やか。
空気の差が凄い自覚はある。
されど!
せっかくのご褒美グルメなのだ! 遠慮なんてしている余裕はない!
会場内の誰も文句を言わない理由は単純。
もう私達に慣れているからである。
いやあ、うん。
今回はほんとうに、頑張った!
感慨に耽りながら、もこもこに膨らむネコ手で腕を組み。
うんうん頷くカワイイ私の肩を、トントントンとするのは強大な存在。
それは、今回の冒険で新たに人員を補充した我が眷族。
モキュモキュ!
もきゅ?
モキュキュキュキュ!
『ん? ああ、君たちもいるねえ~♪ 頑張ってくれたね~♪』
そう! まだ黒マナティー化したままの者もいるのである!
うん。
私の部下として、眷族化したいっていうからそのまま私が連れて歩いているけど。
別にいいよね?
私達の前にグルメを運んでくれる血塗られた栄光の手、ハンドくんにも手を振って。
しみじみと私は言う。
『あぁ、平和っていいねえ』
祭壇周辺の全員が、邪神の眷属たる彼らにビビって冷や汗を浮かべているが。
まあいつものことなので、問題なし。
天空城エデンの周囲には、新たな黒マナティーが私に挨拶にやってきて、ぺこり。
顔のない頭を下げる。
私も頷き、彼らに眷族契約を発行。
晴れて正式な眷族となったのである。
そんな契約の儀を進める私達を見て。
美少女女子高生勇者のヒナタくんが、ご飯粒を頬につけたまま言う。
「随分と増えたわねえ、なんかちょっと前より数……増えてない?」
『そりゃあこの世界は異世界召喚を行っていたからね。次元と世界の隙間に黒マナティーが大量に詰まっていたんだよ。で、今は正式に私の眷属化の儀式が完了している。もう悪さはしないだろうけど……もしかしたらこの世界が不幸だったのは、その呪いのせいも多少はあったのかもね』
モチモチの五目おこわ御飯を口いっぱいに入れて、むちむち♪
ヒゲ先にご飯粒をつけながら頬張る私もカワイイわけだが。
ヒナタくんが眉を顰める。
「そういや、黒マナティーちゃん達って異世界召喚に失敗して漂ってる力ある魂。勇者になる筈だった者達のなれの果て、なんだっけ。うわぁ……下手したら、あたし、この中に含まれていたってことか。そう考えると複雑ねえ……」
『君ならカワイイ黒マナティーになってたかもね』
猫ウインクをしながら言ってやる私。
とっても凛々しいね。
炒飯用のレンゲをぴこぴこしながらヒナタくんがジロり。
「あんた……それ冗談なのか、本気なのか――微妙に分からないわよ……?」
『さすがにそんな事はさせないけど――まあ、君が可愛い黒マナティー化するっていうのは本当さ。魂の影響を受けるからね。君なら立派な黒マナティークイーン二号になれると思うよ?』
「ほ、褒められてるってことでいいのかしら……」
最高の賛辞だと思うのだが。
なんとも彼女は複雑そうな顔をしながら、スープにレンゲを通す。
そんな二人の横で、テーブルをばんばん叩きながらカピバラさんがクワ!
静かな口調で、モゴモゴと言葉を漏らす。
「ふぅぅぅぅむ、しかし。この世界、どれほどに異世界人を召喚しておったのだ。これほど大量の失敗……ブレイブソウルが溜まっていたとなると、誘拐された人数はどれほどになっていた事か。度が過ぎればさすがに看過できんぞ」
あ、聖父クリストフパパ。
カピバラモードなのに、聖炎を背に纏い始めてやんの。
「シュラングめ、後で管理不足を問い質してやらねばなるまいか」
ぶつぶつと言いながらも、その口は極上のステーキを丸かじりである。
齧歯類のタワシ毛に、肉汁がじゅわりと垂れていた。
そのハート型の肉球には、十重の魔法陣による強化の奇跡が展開し始めている。
あいかわらず、ギャグとシリアスの狭間で忙しいパパである。
おそらく、このカピバラさんが本気となれば主神シュラング=シュインクも太刀打ちできない。
今、あちらは丁度、儀式の最もいい場面。
神に忠誠を誓うカーマイン君の頭に、王冠を乗っけているのだが。
シュラングくんの頬にも肌にも、びっしりと汗が浮かんでいる。
かつての上司に説教をされるってのも可哀そうだし。
後でフォローしてやるとして。
しかし……。
『異世界召喚……か』
「どうしたの? 難しい顔をして。ご飯粒でも口の上にくっついちゃった?」
たしかに。
上顎についたご飯粒を取るのは結構、大変だが。
そうじゃない。
『いや、勇者召喚とか異世界から労働力をもってくるとか、そういう部分で……ちょっとね』
「トトメスさんも大変だったみたいだしねえ」
私は式の参加者に目をやる。
彼らは私が異世界からやってきたことで、助かった命ともいえる。
式に参加しているトトメス帝は穏やかに微笑んでいるが。
それは隣にいる聖職者アンネくんのおかげだろう。
耳長猫となったローラ君たちは……なんとか欠伸を噛み殺しているようだ。
ネコの口元が、プルプルと揺れている。
うん、よく耐えた!
前の彼女達なら、そもそも式に参加していなかった説もあるが。
真面目な場面ではちゃんと真面目になる。
ネコとしての務めを、ちゃんと果たしていると言えるだろう。
そして――。
かつて吸血鬼騎士だった者達。
ヴァンパイアナイトキャット達は、どうかなのだが。
モフモフ騎士フード装備をして、肉球をパチパチ!
戴冠の儀を見届けて、盛大な拍手を送っている。
なんかネコ化した影響か――ちゃんとした、騎士道精神に目覚めてるみたいなんだよね。
カピバラさんも聖父クリストフによる洗礼を受けたせいか。
つぶらな瞳にあるのは、聖なる波動。
みんな熟練のパラディンみたいな、見事な聖騎士になってるし。
この国。
騎士ばっかりだね……。
ともあれ!
式も終わりを告げようとしているのだろう。
冠を戴いた新王カーマインくんが、バサっとマントを翻し。
「我、紅の聖騎士王カーマイン=シュインク一世は神の勅命を受け、その名の一部を戴いた! 今この瞬間から、わたしがこのミドガルズ大陸の統治者――すなわち王の位を預かる事となる! 異論ある者は、名乗りでよ! 異論なくば、我を認める証に――その杯を掲げるがいい!」
ようするに、乾杯の合図である。
皆の肉球が、手元のグラスを握る。
そして、盛大な喝采と共に王を祝福すべく盃を掲げる。
ちなみに。
カーマインくん、実は緊張しまくりで――めちゃくちゃこの日の練習をしてたんだよねえ!
後ろに撫でつけた王者の髪型も。
尖るワインレッド色の瞳も。
凛々しく成長したそのクールな表情も、全部、まだ不慣れだったりするのだが。
まあ、一応は王としての貫禄を出す事には成功している。
天空城。空飛ぶ楽園の城主カーマイン=シュインク一世。
いやはや。
まさか聖剣中毒の不審者が、ここまで成長するとはね。
彼はその玉座で、民を見守る王となる。
……。
まあ、それはいいのだ。
しかし問題は――。
このエデンに建てられた神殿。
いつのまにかシュラングくんの別荘も、建設されてるんだよね。
実はこの後、というか今後。
カーマインくんは主神であるシュラングくんとお隣さん状態で、政治を行っていくことになるわけだが。
……。
たぶん、めっちゃ胃をキリキリさせる事になるだろうなあ。
カーマインくんの今の師匠でもある主神。
シュラングくんが、王の手首を握り。
神に認められし王だと誇示するように、その手を上げさせた。
「聞くが良い! 我が眷属、我が子らよ! 汝等の王は、我が定めし真なる指導者。だが所詮はまだ、百年も生きてはおらぬ未熟な若輩者。皆、よくこの者を導き、また導かれよ」
全員が、頭を下げる。
まあ、私達だけは頭を下げないで、ほへぇ……とローストビーフをむちゅむちゅしながら、見物しているのだが。
神としての言葉が続く。
「我はいつでもそなたらを見ている。そういつでもだ。同じ過ちを犯す者があれば、この者、カーマインが時に汝等に厳格なる罰を下す場合もあろう。その勅命、その言葉――主神の言葉と同格と心得よ!」
ネコ達と魔竜と、ついでにカピバラを見渡し。
神がゆったりと荘厳に、瞳を閉じる。
「我が祝福を受けし汝等の未来に、平和が訪れるよう。我も一応祈ってやるとする。勘違いはするなよ。一応だ。一応であるからな? 貴様らがまたくだらぬ争いを始めようものならば、我の心が変わるやもしれぬ。なれど、暇すぎるのはアレだ。我は好かん。つまりだ。あまり我を退屈させるなよ、たまには貢物でも持って、我が神殿を訪ねてくると良い。ふふふ、ふはははははははは!」
あ、笑ってごまかした。
こいつ。
実はちょっと恥ずかしがり屋だな。
王者モードで厳格な表情のまま。
カーマインくんが、ぼそり。
「あの我が主よ……そろそろ手を放していただいても?」
「おお、すまんすまん。そうであったな!」
モフモフなネコ魔獣達が、グルメをもってやってくる。
それはそれで神にとっては満更でもないのだろう。
その頬はニヤニヤとしているが。
ま、平和そうだから、いっか。
◇
式も終わり、グルメの宴も終わり。
時は既に深夜。
私はのんびりと夜風にあたるべく、トコトコトコ。
庭園フロアに肉球を進めたのだが。
そこには先客がいた。
風を受ける黒髪の下、ヴァンパイアの証である赤い瞳が輝いている。
神の名を受け継いだことで、真祖と並ぶ力を受けた王。
カーマイン君だ。
私達は話し合った。
色々な話をした。
彼が知りたがっているのは、王としての資質や仕事の話。
まあ、そりゃいきなり王と言われたら、仕方ないか。
語りつくした私は、大人ネコの顔を作り。
不安げな青年に向かい、眉を下げる。
『と、まあ――君主論はこんな感じだね。って……おや、どうしたんだい。せっかく式も成功したって言うのに、不安そうだね』
既にお酒がだいぶ入っているのだろう。
夜空を見ていたカーマイン君は振り返ると、ぐぐぐぐっ!
告げた私に、王ではなく若干ヘタレ気味ないつもの口調でクワっと叫ぶ。
「不安に決まっているじゃないですか! わたしが王だなんてっ、こんな事考えてもいなかったので……っ、これからどうしたらいいか」
『これからじっくり悩んだらいいじゃないか、君は吸血鬼。民の殆ども長命種――時間はたっぷりとあるんだから』
静かに諭す私に、彼はいう。
「ケトスさま、あなたはもうお帰りになるんですよね……?」
『ああ、私の居場所はここではないからね』
そう。
私達は明日になれば、元の世界に帰る。
ああ、なるほど。
それも……不安なのか。
「この世界に残っては、下さらないのですか?」
『答えを知っているのに聞くって事は、よっぽど私の事を気に入ってしまったのかな!?』
冗談めいて返す私に、カーマイン君は言う。
「だって、ケトス様! 一人で、ちゃんとモフ毛を拭けますか? わたしが居なくとも、ちゃんと朝起きられますか? ブラッシングだって……」
え、ええ……。
そういう意味?
これ、グータラ猫を見送る里親の顔だったりするんじゃ。
ま、まあ確かに……冒険の途中、そういう身の回りの世話を任せまくっていたが。
『私は五百歳以上の猫だよ? 大丈夫さ』
「本当に……大丈夫かどうかなんて、分からないじゃないですか」
それはきっと。
自分自身にも向けている言葉か。
だから私は言ってやる。
『君なら大丈夫さ。この私、大魔帝ケトスが保証するよ。なんたって君は私の試練を合格したんだからね』
「え? 試練など……いつのまに」
分からない。
そんな表情の迷える王に、私は言う。
『偶然か、それとも本当に意味があるのか。この私の世話をちゃんとできた人々はね、みんな大成しているんだよ。そして君も合格。文句なしのネコちゃんマイスターさ。一種の試練のようなモノだとは思わないかい?』
カーマイン君は一瞬、惚けた顔をしてみせて。
すぐに、その顔が苦い笑みを作る。
「なんですか、それ……すごい、ふわふわな試練ですよね?」
『ネコに何を期待しているのさ。テキトーぐらいが丁度いいんだよ』
お茶らけてみせて。
それでも、一応の逃げ道を作るべく。
私は魔猫の王の顔と声で、告げる。
『ただ――そうだね。本当に王の器に足りない。そう感じてしまったその時には、次の王を君が育てればいい。君自身ができないのなら、それを為せる次の良き王を探す。それだって立派な王の仕事だ。やらずにできないと決めつけるのなら、私も叱りつけるけど。やった後にできないと感じたのなら、私は責めるつもりはない。君の次の王を探す手伝いぐらいはしよう』
「いいんですか、代わっても……?」
漏らす言葉を肯定するように、私は微笑んだ。
『ああ、そうやって時代は繋がっていくんだ。国を導いていくのは王だけの仕事じゃない。君自身が優秀であり続ける必要もあまりないだろう?』
「そう、ですね――少し、気が落ち着いてきました。重荷がなくなったというか……」
カーマイン君は空を見た。
天空城からの夜空は、とても綺麗だ。
風が吹く。
明日に向かって、新しい風が吹く。
「わたしは……ボクは、ヴァージニア伯爵のいなくなったこの世界で。やっていけるのでしょうか」
わたしではなく、ボク。
そう告げる言葉の裏には、きっと私には知らない物語があるのだろう。
彼には彼の人生がある。
ヴァージニア伯爵の右腕となっていた彼の人生が……。
『さっきも言っただろう? この私の世話係ができたのなら、なんだってできるさ』
私の言葉が、私の知らない彼の心を撫でたのだろうか。
カーマイン君は言った。
「もし、本当にどうしようもなく、辛くなったら……あなたを呼んでもいいですか」
言わずとも分かっている筈だ。
呼ばれれば、お節介な私は必ずやってくる。
けれど、確かな言葉が欲しいのだろう。
私はその背を押すように、言った。
『ああ、その時はたっぷりとグルメを用意しておくれよ?』
ウインクしてみせると、彼は唇をぎゅっと結び。
笑った。
たぶん、彼は大丈夫だろう。
幸運を運ぶこの私が選んだ王だ、大丈夫に決まっている。
私達はそのまま、夜空を見た。
だんだんと朝焼けが空を満たしていく。
それはまるで赤い瞳。
私達、人ならざる者の目の色にも思えてしまう。
魔王様が綺麗だと言ってくれる、赤い色だ。
……。
私にとっての太陽。
あの方の言葉が、私の心を擽っていた。
もうそろそろ夜は明ける。
おそらく、カーマイン君の心も。
そして、この世界の未来も――。
一度、開け始めた朝は早い。
もう既に、夜は終わりを迎えていたのだ。
その一瞬の朝焼け。
濃い雲の隙間から太陽が、こちらを覗き込んだ。
突然の朝陽は眩しく、少し驚いてしまうが。
温かい。
天空城。楽園に入り込んだ光が――世界を優しく包み始めた。
(エピローグ、ヴァンパイア編:了)