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神に仕えし白き獣 ~芳醇なるカラアゲの香り~


『へえ、百年ぶりだね。元気にしていたかい、白き獣。元大魔帝ホワイトハウル』


 私は思わず、懐かしさのあまりに声を上げていた。


 荒ぶる白き魔力。

 神の描いた尋常ならざる複雑怪奇な召喚陣から現れたのは、白き獣毛に身を包んだ四足の獣。

 通称、白銀の魔狼。名をホワイトハウルという。


 北欧神話で伝わるフェンリルを彷彿とさせる神に近しい聖獣であるが――外見はモフモフの白ワンコである。

 巨大なシベリアンハスキーを想像して貰えれば、まあだいたい合っているか。


 共に大魔帝としての位を授かったのは百年前。

 恩ある魔王様のいない魔王軍に付き従う義理はないと、袂を分かった犬をベースとした神獣なのだが。


 その貌を見たのは久しぶりだった。

 彼の性格は公明正大。

 それに怨嗟の魔性で猫魔獣である私と違い、由緒正しき神獣であり聖なる獣だ。本当の意味でこの世界の神聖な上位存在なのである。魔王様への恩を返したなら、確かに神の使いに就職していたとしても不思議ではない。


 ホワイトハウルは。フンと犬のため息をつきながら私をギロリ。


『大魔帝ケトスか、貴殿の貌を直接目にするのは百年ぶりだな。まあ、もっとも、こちらとしては二度と会いたくなかったのだがな』

『そうかい、じゃあ別の人を呼んでおくれ』


 私は冷たく返してやった。

 ……。

 しばし沈黙。


 ガルルルルルルルッルゥゥゥゥゥ。


 唸りを上げ。

 その貌がちょっぴり涙目になる。


『はぁぁぁぁぁ!? ちょっと人間が悪さしてるから見てみれば、おまえがいるから? この我が? 立候補して? せっかくきてやったというのに! おまえがそんな冷たい事を言うのか!』


 キャンキャンキャンうるさいせいで、私のネコ耳がピンピン跳ねてしまう。


『悪かったよ、君とまた逢えて嬉しいよ』

『そうであろう、そうであろう! ま、まあ、我は? べつに、おまえとなんて逢いたくなかったけれど!? 変な勘違いはするんじゃないぞ! 薄汚い猫魔獣ごときが! 会いたくなんてなかったんだからな!?』


 ホワイトハウルはそう冷たく言っているが、その尻尾はブンブン揺れている。

 庭駆けまわる勢いで、戦場と化した平野を駆けまわる。


 それはさながらバカ犬。

 相変わらず、素の感情を隠すの下手でやんの。

 昔、異界召喚で手に入れたじゅーし~なカラアゲを分けてやったら、めっちゃ懐いちゃったんだよね。


 ぐるぐる回る駄犬を目にして私は猫口を尖らせる。


『君さあ、元魔王軍のくせによく神の使いになれたね。神様ってそんなに心が広かったのかい?』


『それだけ我が優秀だという事だろうな。久しぶりの再会だ! どうした、ほれ、この我を褒め称えよ。麗しきこの毛並みを称賛せよ! 今日だけは共に散歩してやっても構わないのだからな!』


 くわぁっ! と、犬目を見開いて、誉めろ讃えよとキャンキャンキャンキャン、尾を振りまくる。

 うわぁ……こいつ、本当に昔と変わってない。


 ったく、これだから獣ベースの存在は困る。


 こう見えて彼は本物の神に仕える聖獣なのだ。今回こうして戦場に降臨したということはたぶん神罰を担当しているのだろうが――大物なのに、どうもギャグっぽくなっちゃうんだよね。


 私はとりあえず、巻き込まれない様にと暴君ピサロと白百合騎士メンティスに合図を送る。

 彼らも人間としては高レベルの存在だ。

 この白き獣がギャグ担当の聖獣ではないと気付いたのだろう、緊張した面持ちで、全軍を後退させている。

 民兵たちもこの白き獣の絶大なる力には恐れをなしたのか、頬に球の汗を浮かばせ、クワを片手に一歩、二歩と下がっていく。


 なんつーか、マジもんの戦士みたいでやんの。

 そんな実力を読み違えず下がった彼らとは裏腹。


 教会の信徒たちは、息を呑んだ。


「神の御使い、白銀様……だ」

「あれが伝説の! なら、われらをお救いに来てくださったのか!」

「勝てる、これなら勝てるぞお!」


 あーあ。

 やっちゃったよ、これ。

 ホワイトハウルは公明正大なだけに、融通きかないからなあ……。


 ギィィィィィィィィイイイイ。


 聖獣の瞳が輝き、牙が唸りで揺れる。


『ほう、汝らが神の信徒を名乗る暴虐者どもか』


 活気だつ信徒たちに向かい白き獣は唸りを上げた。


『図に乗るなよ人間! 眷族の分際で。我が主、神の名を穢した愚か者がぁぁああああああ!』


 神の牙が、大地を抉る。

 解き放たれた神聖な魔力が信徒たちの群れを襲った。


「な、なぜ! 神の使いである白銀が、我らを!」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!」


 まあ。

 そりゃそうなるよね。

 今回、こっち悪くないし。

 なんか、教会軍を全滅させるほどの咆哮がこの平野に轟き始めちゃってるし。


 神に教会の愚かさを確認させ、神罰を与える。確かに、これが目的だったのだが。

 なんか。

 世界、ヤバくね?

 私との再会でテンションがマックスになっているのだろう。

 犬だし。

 このまま暴れたら――。


 ちょっと、まずいな、これ。


『おーい! 白いの! 待ってよ、君。今回は神の使いとして召喚されたんでしょ。さすがに全員皆殺しはまずいんじゃないのかい。たぶん、本当に無関係で悪いことをしていない信徒もいるはずだけどお!』


 猫口に手を添えて大声を上げる私に目をやって。


『関係あるまい』


 白き獣は、教会軍を見下し獣の息を吐いた。


『一度皆殺しにし、罪なき者は蘇生させればよいだけの事。同じ信徒でありながら暴虐を止められなかったその怠惰は罪である』


 いや。

 おまえさあ。人がせっかくさっきの戦いで善良な信徒は殺さない様にしてやったのに。

 ジト目で見てしまう。

 まあ神獣で聖獣なのに、人間の非道に心を痛め、公平さを重んじで魔王軍の幹部とまでなっていた犬なのだ。聖職者といえど悪人ならば容赦なく噛み殺すのだろう。


 この戦場は全世界の空に中継している。

 神の使いである白き獣に葬られる教会軍を見たら、どちらが悪だったか、もう十分伝わっただろう。

 これで教会が無駄に権力を持ちすぎることもなくなったはずだ。


『さてと、じゃあ後はゴミの処理だけど』


 私は今回の騒動の原因である司教をぎろり。

 暴れる白ワンコに向かい声をかける。


『ねえ! ホワイトハウル! とりあえずぅ、元凶のこいつをとっちめようと思うんだけどお! 君も手伝ってくれるかなあ! 君がいてくれると、すっごい助かるんだけどおおおお!』


『そ、そうか!? ふん、仕方ないな!? そこまでいうなら協力してやろう!』


 相変わらず単純なやつである。

 まあ、制御しやすくて助かるけど。

 こんなのに神罰担当させるなんて、神、テキトーだよなぁ……。


 怯える司教を睨むホワイトハウル。

 その瞳が、僅かに揺らぐ。


『待て、ケトス。こやつ、なにかがおかしいぞ』

『え? 私には別に、違和感はないけど』


 鑑定をしても特におかしな点はない。

 ただの愚鈍で傲慢な人間である。


『我は白銀の魔狼。審判を司る神の眷属。正体破りのプロであるからな!』


 言って。

 ホワイトハウルは開いた咢から魔力波動を直接、司教に叩きつける。


 並以上の人間でもこれなら即死だろう。

 そう、思っていたのに。

 司教という人間の皮が剥がれた、その内側。


 歪に蠢く魔力の塊が、声を漏らし始めた。


「ふふ、ふははははは! まさか大魔帝ケトスに神獣ホワイトハウル、忌まわしくも悍ましき二獣に再び相まみえるとはなあ!」


 そこに現れたのは。

 巨大な……魔竜。

 魔力煙の渦巻く、その中。

 鋭い牙を見せつけ、蠢く魔竜は言葉を紡いだ。


「この時を待っていたぞ。長く、長く、ただ長く待ち続けた。人間の内側に憑依し、その魂を悪に染め。力を溜め続けていたのだ。そう、全ては貴様たちに対抗できる憎悪の魔力を手に入れるため! 貴様たちを滅するため! さあ、あの時の復讐を今こそ、果たそうではないか!」


 言って。

 この世に、おびただしい憎悪の魔力を孕んだドラゴンが顕現した。



 人間たちが息を呑む。

 帝国軍も、教会軍も、その魔竜の並々ならぬ魔力に気圧され唖然としていた。


 司教の中に、司教の知らない闇が隠れていたのだろう。

 もしや、今回の暴虐は全てこの魔竜の仕業か。

 確かに、憎悪の魔力を溜める手段として人間を迫害するのは悪くない手ではある。


 いわゆる、黒幕か。


 魔竜は言っていた。

 私とホワイトハウルに復讐をするのだと。

 大魔帝たる私は神の御使い、白銀の魔狼と目を合わせる。


 彼は頷いた。

 おそらく、同じ心だ。

 二人は、声を合わせて。

 思わず口にしていた。


 首を傾げ。


『誰だっけ?』


 と。


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