騒乱の果てのエデン ~神話となる日~
騒動は終わった。
主のためにと暴走した家臣。
かつての英雄ヴァージニア伯爵の悪事は、ここに潰えた。
世界を闇で覆いつくした闇竜。
二百年前、勇者ヒナタくんの冒険のラスボスであった魔竜――。
最大の敵までを復活させようとしていたのだ。
なかなかどうしてスケールの大きな敵だったのだろう。
まあ、解決したのはかつての勇者ではなく!
この私!
大魔帝ケトスこと最強魔猫のおかげなんですけどね!
後は報酬代わりにグルメを貰ったり、皆から感謝されて終了。
と、言いたい所なのだが。
天空城こと邪聖剣エデンの庭園で、私は耳を後ろに下げていた。
目の前にいるのは、私ほどではないが強者の二人。
『だーかーらー、あの時は仕方なかっただろう? 二人と相談してたら、絶対にチンタラチンタラ無駄に時間がかかってただろうし。黒幕にも逃げられていたかもしれないじゃないか』
そう。
ドリームランドから自力で脱出した主神シュラング=シュインクくん。
そして、女子高生勇者のヒナタくんに事情説明を求められていたのである。
「で? なんでエルフも吸血鬼も巨獣人族もホムンクルスも、全員がネコ化してるわけ?」
いつもの如く。
腕を組んで背後に炎を纏い、ゴゴゴゴゴゴゴ!
鬼の形相である。
そんなヒナタくんに向かい、私はモフ毛を輝かせ。
にひぃ♪
肉球をみせる形で手を振ってみせる。
『全員じゃないよ? カピバラ化したヴァンパイアもいるし、黒マナティー化した巨獣人族もいるし』
「そういう意味じゃないっての! あんた! 種族を三つ以上も根絶させちゃって、どうするつもりなのよ!」
まあ、ごもっともな意見ではある。
しかし、私が言い訳をするより先に。
斜に構えてみせた褐色銀髪、ターバン姿の垂れ目主神が苦笑を漏らす。
「まあそう怒るでない、ヒナタよ」
ジト目でヒナタくんが言う。
「シュラング! あんた、ドリームランドではメチャクチャ腹を立ててたくせに、何をいきなり物分かりのいい顔をしてるのよ……」
「我は思うのだ。これもまた一つの結末。我の見た未来にはなかった新たな道だ。狭量では神は務まらぬからな、多少の事は目を瞑るとしよう。そう思うておるだけだ」
庭園に控える旧人類の成れの果て。
ヴァンパイアナイトキャット。
フォレストエルフキャット。
ジャイアントワイルドキャット。
ワイルドキャット。
そして、一種族だけそのままなウサギ姿のドウェルグ族。
ほぼ全てが、もふもふネコ化した彼らに目をやり、ふっ……。
シュラング神が鼻梁に穏やかな微笑を浮かべ。
眉を下げる。
「それにだ――そのままの旧人類どもは好かぬが、幸いにもこやつらは進化を遂げた。モフモフネコ魔獣と化した、こやつらならば――うむ、悪くない! 悪くないのである! なかなかどうして愛らしいではないか! このモフモフと輝く肉球、愛でる価値があるというものだ」
「たしかに、可愛いには可愛いのよねえ……」
ヒナタくんも目線を送る――と。
モフモフ猫軍団がビシ!
敬礼するように頭を下げる。
かつて世界を救った勇者への礼儀だろう。
そう、この世界の彼らは変わった。
ネコ化した影響で、だいぶまともになっているのである。
「同じ性格破綻者でもネコであるのなら、ギリギリ許されよう?」
「そりゃあまあ……あのエルフのままならイラっとするけど、ネコの姿なら多少は……」
まあ、極端な話。
可愛いネコちゃんやワンちゃんが、花瓶を落として割ってしまうのは、まだ許せるが。
いかにも山賊の親分で~すってオッサンや。
ネコの鼻にツンとくる化粧水を撒き散らす迷惑マダムが、ついうっかり花瓶を落として割ってしまったら。
許せない。
そういう部分でも、この変化は最適。
効果的だったのだろう。
シュラングくんは、まんざらでもない顔でネコを眺め。
「大魔帝ケトス殿。こやつらに我が加護を与え直してやっても、問題あるまいな?」
『君がそれを望むのならね。ただ魔竜達はどうするつもりなんだい? あいつらは君が眠っている時も比較的まともだったし、旧人類を戻す代わりに新人類を追放する。なーんてことになったら、さすがに私も気になっちゃうけど』
魔竜は嫌いだが。
それとこれとは話が別である。
「案ずるな。ミドガルズ大陸は健在のままなのだ、そちらに旧人類を移動させればよかろう」
『……。ってことは、なにがあったのかはもう把握しているんだね、君』
ヒナタくんとシュラング神にはまだ事の顛末。
長年暗躍し続けていた伯爵の大暴走を伝えていなかったのだが。
もし、知っていて放置していたのなら。
ギロっと睨む私に、ヒナタくんが言う。
「違うわよ。こいつ、もうあの世界をちゃんと見てなんていなかったから、何も知らなかった筈よ。あたし達、ドリームランドでエルフのエメラルド女王と御逢いしたのよ」
『エメラルドくんと?』
たしかに彼女には年間フリーパス。
いつでも入る事の出来る許可証を発行しているが。
「彼女、魔王陛下の命令で挨拶をしに来たって言ってたわ。どうせあんたじゃ今回の事件の裏も事情も、ちゃんとした説明もしないまま――有耶無耶にしちゃうだろうからって……。魔王さんがあんたの杖から見ていた様子を彼女に伝えて。それをあたし達に伝えに来てくれたってわけ」
ということは。
『ヴァージニア伯爵の目的も知ったという事か』
何を犠牲にしてでも、主のために……。
そんな哀れで愚かな男の計画も。
「まあねぇ……あたしもそこそこ長い間一緒に旅をして、闇竜まで倒したっていうのに、ぜーんぜん、気付いていなかったんだから。ちょっと、まあアレよ……ショックは受けてるのよ? 今でもまだ、本当の意味では信じられないっていうか……」
困った笑みを浮かべて、かつての勇者は言った。
「本当に、バカなやつだわ……」
このバカという言葉には、きっと。
多くの想いが含まれているのだろう。
わずかに濡れる唇から零れた吐息。
その息の中に込められた魔力――。
そして魔術式。
涙消しの魔術が密かに使用されたと気付いたのは、おそらく私だけだっただろう。
旅の仲間としてのヴァージニア伯爵を、彼女は信用していたのだろう。
おそらく、私よりも長い間旅をしていたのだろうから。
既にこの世を去っている仲間にも、思いを馳せているのだろうか?
彼女の瞳が揺れていた。
涙消しの魔術がそれを覆い隠しているので。
答えは誰にも分からない。
シュラング神が欲した自分にはない光と輝き。
異界の勇者ヒナタ。
彼女に惹かれてしまった、不器用な主神の恋。
シュラングくんには悪いが、そんなことのために世界を混沌へと導いた。
巻き込まれただけとはいえ。
その当事者のヒナタくんにとっては、複雑な心境を抱いてしまう筈。
二百年以上前からの暗躍。
狂った忠義の道程。
灰と血に覆われたその道の中で、多くの人が死んだのだ。
私は顔をシリアスに切り替えて。
神父としての声で言う。
『すまなかったね――黙っていて』
「まあ、いいわよ。あたしの事を心配してくれたんでしょう? その気持ちは嬉しいわ、ありがとう」
今までの彼女ならば。
へへへぇー! 良いってことよ!
ビシっとピースでも作って笑っていたのだろうが。
事実を受け止めて、苦く笑ってみせるのみ。
彼女は出会ったときよりも大人になっている。
その成長はとても良い事だ。
けれど、少しだけ寂しくもある。
彼女は心身ともに成長しているのだろう。
そんな。
弟子や義理の娘を眺める顔で少女を見る私に、シュラング君が言う。
「ところで大魔帝殿、これからどうするかだが――」
『ん? ああ、そういえば君とは一時的な休戦、って形になっていたんだっけ』
忘れてたけど。
最終的にはこっちの世界に介入しまくったからね。
影を伸ばし。
モフ毛に魔力を滾らせ、私は主神に目をやる。
『この場で休戦を解除。君と戦う、それもまあ一つの選択。答えといえるだろうね――!』
暴れ足りない私は、シャドーボクシングのごとく。
ぷしゅぷしゅ♪
肉球を構えるが。
「まあ待つが良い。我にその気はない。なれど、我の世界で好き勝手してくれた――その後始末ぐらいは手伝ってもらえるのであろうな?」
ようするに、ちゃんと後片付けをして行け。
そういうことか。
『了解。まあ魔王様もこの件を眺めていらっしゃるだろうし、もう少し安定するまでは力を貸そう。ヒナタくんもそれでいいかい?』
「ええ。問題ないわよ」
私達の言葉に、ホッとしたのか。
少し離れた場所で待機していた、関係者が安堵の表情をみせる。
紅の聖騎士カーマイン君。
ドウェルグ族の長、カグヤくん。
ネコ化した聖騎士ローラくん。
巨獣人族の聖職者アンネさん、そしてトトメス帝。
彼等は皆、知っていたのだろう。
いやあ……私さあ。
自分で言うのもなんだけど、気まぐれで何をやらかすか分からないからね?
ここで気に入らないから主神とバトル!
なーんて展開があったとしても不思議ではない。
そう思われていたのだろう。
安堵した様子の彼らを見てヒナタくんが、んー……と言葉を漏らした。
「ところでさあ。ミドガルズ大陸に移るのはいいけど、王様とか代表はどうするつもりなのよ」
「ふむ、あの中の誰かにやらせれば良いのではないか? 発言を許す、この際、多少の無礼も不敬も気にはせぬ。汝等の考えを申してみよ」
主神の言葉に彼らが反応する。
まずはドウェルグ族のカグヤくんだった。
「ドウェルグ族は既に魔王陛下の傘下、この世界と直接に関わる事は、もうあまりないでしょう。我等は新しき主君を定めました。ですので……」
「で、あろうな――ではトトメス帝よそなたはどうだ?」
神に問われ、ビクっと背筋を跳ねさせるも。
彼女は神に頭を垂れる。
「無礼を承知で申し上げます。ワタシは少々疲れました。休みを戴ければ……と」
「であろうな……そもそもそなたは異界のモノ。こちらが召喚してしまった被害者なのであるからな」
告げて、何を思ったのか偉そうな男は腕を組んだまま。
じっと、トトメス帝を見て。
豊満な胸からなんとか目を逸らし、瞳を見据え――唇を動かした。
「この世界の主神として、そなたに謝罪をしよう。すまなかったな、異界の民よ。もはや見捨てた旧人類どもが行ったことであったとしても、それは我が律し、止めなければならなかった蛮行。我が頭を下げることなど、もう二度とないやもしれぬ。心して我が謝罪を受け入れよ」
随分と不遜だが、主神が頭を下げる。
あのシュラング=シュインク神が謝罪をする。
それは奇跡――民たちにとっては驚天動地だったのだろう。
ネコ化した旧人類も、ざわめく。
まあ主神も今回の事件で成長した、ということか。
しかしだ。
これは……。
揶揄うチャンス!
『って! 謝る側がなんでそんなに偉そうなんだい! もっと、こう地面に頭をこすりつけてだねえ!』
「ほほぅ? ならばケトス殿。汝は自らの失態をそうやって詫びていると?」
相手の皮肉に、私はニヒィ!
強制的に地面に頭を下げさせるように、肉球圧力をベベン!
魔力を解放!
『ああ、そうさ! いつもちゃんと、四つの手と足を地面につけているからね!』
「それは、猫が普通に座っているだけであろうが……っ!」
強制土下座に抗い、ぐぬぬぬと唸る主神を見て。
皆が騒然とする中、ヒナタくんと私だけは大笑い。
「やっだー! ぷぷぷー! あんた、あんなに偉そうな事ばっかり言ってるくせに、やっぱりケトスっちには敵わないのね!」
『ねえねえ! このシーンを後の神話とするように、ちゃんと壁画か宗教画として保存しておこうよ!』
強制土下座に膝をつき始めるシュラングくん。
その前で。
ヒナタくんが自撮りする女子高生のごとく、私を腕に抱いて――にゃんスマホを装備。
「いいわねえ! はい、チーズ!」
『こういう写真は鮮度が大切だからね、魔王様に送っておこうかな♪』
血管をバキバキに浮かべて、肉球重圧に耐える神が唸る。
「な……っ!? 魔王陛下にこんな姿を見せられるわけが、なかろう!」
『じゃあ、ちゃんと謝っておくれ。他の皆はともかく、労働ホムンクルスにされていた彼らは被害者なんだからね? 今の内に、この機会にさ。それでスッキリさせておくっていうのも、大切だと私は思うよ?』
必殺、正論攻撃である!
もっと揶揄ってやろうとも思うのだが、慌ててトトメス君が言う。
「あ、あのうぅ……! ケ、ケトスさま!? ワ、ワタシはもう別にじゅうぶんっていうか、これ以上の謝罪をなさっていただく必要もないというか、これ以上、混乱を増やさないで欲しいっていうか! もう! だ、大丈夫なんすけど……!?」
『ええ、もう許しちゃうのかい?』
もうちょっと遊びたかったのだが。
まあ仕方がない。
心を切り替え、私はシリアスな顔と声で――告げる。
『それでは――主神は自らの怠慢を謝罪し、それを帝である君が受け入れた。主神の謝罪として公式に残される事実……おそらく神話になるだろうが、二人とも、それで構わないね?』
「我はそれで構わぬ、だから……っ、とっとと術を解かんか!」
シュラング君は、ぐぬぬぬっと重圧に耐えながらも頷く。
トトメスくんが困った顔で頷く。
「え、ええ……でも、これ本当に神話になって残るんすか?」
『ああ、この私が降臨したんだ。多少の誇張や美化はあるだろうが――間違いなく、永久に語り継がれる事になるだろうね』
強制土下座を解除し、私は周囲を見渡す。
ミドガルズ大陸の新たな統治者として残る候補は……。
ローラ君は、猫化しているからダメだろう。
いや、まあネコ化している方がまともなのだが……ネコに王を任せると、たぶん怠惰が加速する。
アンネさんはおそらく前に出るタイプではない。
と、なると――。
私は聖騎士カーマインくんを見て、ニヤリ。
『そういえば君にはまだ、約束のモノを渡していなかったね』
「な、なんですかケトス様……その企み顔は……」
応じるカーマイン君を眺める、悪戯ネコが一匹。
彼の者の名は大魔帝ケトス。
好き勝手に行動する偉大な魔猫だ。
この世界のために、私はだいぶ動いただろう。
だから多少の我儘を言っても、問題ない筈!
なので! 私は告げた。
『聖剣を譲渡する約束を今こそ果たそう。この邪聖剣エデンを君に授ける! さあカーマイン君! 君が、この世界の新たな王になっちゃいなよ!』
王を選定する魔猫神。
大魔帝ケトスの言葉が、庭園……邪聖剣エデンにこだました。
ちなみに。
直後に、はぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?
と、カーマイン君の間抜けな叫びもこだましたが。
細かい事は気にしない!