叫びし者と神父の奇跡 ~答え合わせ~
神父モードで神父服の裾をバササササっとする私。
大魔帝ケトスの目の前に、敵がいた。
目の前で微笑み空に浮かぶ、邪悪なるメモ帳である。
混乱した世界で暗躍していた血の伯爵。
吸血鬼の真祖にして、神の下僕ヴァージニアの人格を宿した書。
俗にいう黒幕だった。
と、いっても。ここにいるのはあくまでも分霊のようなもの。
上位存在がたまに使う、本体と切り離して動くコピー人形なようなものだ。
歪に開いた本の口が、紳士な言葉を発する。
「大魔帝ケトス。定まった未来さえも破壊してしまう、憎悪の魔性――やはりあなたを連れ帰ってしまった、それが失敗だったのでしょうね。このようなシナリオ、未来の可能性は一つも存在しなかったはず。ただ、嬉しくも思いますよ。あなたの存在さえシュラング様に捧げてしまえば、もはや――あの方に敵はいなくなるのですからな」
『この私を強化素材にでも使うつもりかい? 大きく出たね』
戯言を一蹴する私の嘲りが、周囲にこだまする。
影も膨らませたのだが、これはただの演出ではない。
ついでに情報を盗もうと、私の影を相手の影に接続したのだ。
私の影を見て動いたのは、伯爵の部下であるカーマイン君。
影からの侵食を、バレないようにする意図があるのだろう。
私は――。
珍しいものを見た。
あのカーマイン君が肩を震わせ、空気を裂くように怒声を上げたのだ。
「陛下! どういうことなのですか! 説明を、説明を要求致します!」
魔書ヴァージニアの注意が逸れた、その隙に情報窃盗を開始。
察したカーマイン君は役割を果たしたと悟ったのか。
今度は本気で――。
強く魔書を睨みつけた。
「あなたには、わたしに説明する義務がある筈です!」
「説明も何も、ケトス殿が語ったではないか。二百年前の勇者召喚、いや、それよりも前から今に至るまで、全て――そう、全てを計算し、あの方が望み欲するものを献上している。それだけの話だ、我が忠実なる従者カーマインよ」
赤き瞳を輝かせ、従者が血を吐くような叫びを漏らす。
「二百年以上も前から……っ? ならば! 人間が滅んだのも、我等が皆、吸血鬼になり果てたのも。三大大陸を残し、他の大陸が滅んでしまったのも。陛下……、貴方のせいだというのですか!」
「あえて滅ぶ方向に誘導することが罪となるならば、そうなるのであろうな」
悪びれもなく語る魔書ヴァージニア。
その魔力の源は、カーマインくんが綴った報告書の記述か。
カーマインくんはこれでも英雄。
力ある吸血鬼で聖騎士なのだ。彼が文字を刻むたびに魔力を吸い上げ続け、蓄積し、自立し稼働。暗躍する力を維持し続けている。
そんなところか。
カーマイン君の魔力や血が吸われると面倒そうだ。
彼を守るように、私は空間転移――。
黒の聖書を翳しながら手を伸ばす。
『残念だよ、伯爵。まあ、最初からこうなることを、警戒はしていたのだけれどね』
「ほう? 最初から――それはハッタリですかな?」
このまま魔書を消し去ることは容易い。
しかし、情報は引きだしておくべきだ。
影を操り、情報を入手。
……。
まあ情報入手といっても見た目は、けっこうファンシー。
太々しいフォルムの影猫が、相手の影を本代わりにし――バサササササ♪
くはははははっと、読み進めているだけなのだが。
ともあれ。
『さあ、どうだろうか。そもそもだ。大魔帝たるこの私――魔王軍最高幹部で自惚れではなく最高神クラスの邪猫神。この私ですら、ノイズのせいで君の心を正確には読めなかった。その時点でどう考えても、歪。君はおかしな存在だったということさ』
「それは失敗でしたな。ええ……そうですね。あえて偽の心を用意して、心の奥まで読ませる――それが正解だったという事でしょう。感謝いたしますよ、大魔帝殿。次回の参考に致します」
魔書の牙が奏でる言葉に、私の瞳がギラリと光る。
『次回? この私を前にして、よくも吠えたモノだ』
とりあえず警戒して行動していたので、最悪な未来は防げるはず。
狂信者の精神を宿した魔書。
吸血鬼ヴァージニアの牙を生やした書が、ひときわ大きく。
ぐしゃり――血塗られた口を開く。
「それで、ケトス様。ワタクシをどうなさるおつもりで?」
説得など通用しないだろう。
そもそもこれは本体ではないのだ。
だからこそ、情報は引き出しやすい。
扇動スキルを発動させた私の口が、甘く蠢く。
『聞きたいことがある。私をエルフと魔竜の戦いの中央に転移するように仕向けた。あれはどちらの意図だったんだい?』
「どちらとは?」
『私に魔竜を殺させるつもりだったのか、それともエルフを滅ぼさせるつもりだったのか。それが私には分からなかった』
魔書はくだらない質問だとばかりに、退屈そうな息を漏らす。
しかし、既に扇動の効果内。
本がバサリと語りだす。
「大きな騒乱さえ起こしてくだされば、どちらでも良かったのですよ。本来ならあなたを招くつもりはなかった、イレギュラーな存在でしたからな。けれど、既に降臨なされたのでしたら話は別。利用しない手はない。勿体ないと判断させていただきました」
『この私を勿体ないからと利用する――か』
なかなかどうして、生意気が過ぎる。
「あなたが暴れてさえ下されば、我が主は再びご降臨なさる。見るに堪えぬくだらぬ世界だと一蹴し、見て下さらなくなったこの世界に、もう一度……ええ、もう一度、目を向けてくださる。実際、あの方はあなたの行動により再臨なされました。エルフどもの国での大暴れ、やはりあれが決め手でございましたな。ありがとうございます、エルフ達と戯れてくださって――とても感謝しているのですよ」
長い耳を尖らせ、ローラさんが唸る。
「貴様……っ! 我等エルフ族を利用したのか!」
『利用とは人聞きの悪い。実際、あなたがたは生き延びた。その大半をネコとすることによって、新たな未来を掴んだのです。滅ぶべき醜い心のエルフ達を、ケトス様という劇薬を投薬することによって、ようやく、救うことができました――違いますかな?』
劇薬という表現が若干気になるが。
まあいい。
『次に確認だ。二百年前、ヒナタくんを召喚させたのは……いや、それだけじゃない。この巨獣人族に労働力となるホムンクルスの元、つまり異世界人を召喚する技術を授けたのも――君だね?』
この世界に大きな変革を与えたのは紛れもなく、異世界召喚。
転移という誘拐。
そして、かつての人類ニンゲンが見捨てられる事となった最大の事件もそうだ。
勇者ヒナタの追放。
恩ある彼女を追放したことが、神の最後の慈悲さえも消してしまった。
全てを辿ると、やはり異世界召喚の影が見え隠れしている。
異世界召喚こそが、この世界にとって悪影響を与える技術なのだろう。
しかし。
魔書ヴァージニアは、まるでニンゲンのような皺を作り言う。
「神は孤独な方でいらっしゃいました。あの方は……自分自身で生み出す全てのモノを否定なさっていた。ならば……あの方の心を癒すため、あの方の欲するものを手に入れるには。外から招くしかありますまい? ならばこそ、必要なのは異世界召喚の技術。虚栄と高慢、自惚れに満ちた巨獣人族ならば必ず、動き出す。見栄により競い合い、その技術を発展させると確信しておりましたからな」
本は、いけしゃあしゃあと語る。
私の横。
ぎゅっと強く拳を握るトトメスさん。彼女が唇を震わせているのが分かる。
「ヴァージニア! オリジナルのワタシを……、ワタシを召喚したのも、あんただっていうんすか!」
空気を揺らす帝王の叫びにも、怯まないのだろう。
口を開く本の牙が、ギラつく。
「それは誤解ですよ。コピーにコピーを重ねたトトメス帝――。たしかにワタクシが授けた技術ではあります。ですが、いいですか? かつての巨獣人族がワタクシの知らぬ所で、勝手にあなたを呼んだだけの話なのです。ワタクシが欲したのは召喚技術のみ。その後はそちらの事情でありましょう。恨まれても困ります」
トトメス帝――少女が唇をぐっと噛み締める。
「じゃあ……、なんで、ワタシが王に選ばれたんっすか……。ワタシはずっと聞こうと思っていたんすよ。オリジナルのワタシを呼んだ、名も顔も知らない誰かを恨んで……ずっと、ずっと。どうして、ワタシを王になんかしたんすかって!」
どうして自分が王に――。
それが彼女の聞きたい答えだったのだろう。
冷めた口調で本は語る。
「繰り返すようですが、それは既にワタクシの管理を離れた後の話。難癖をつけられても困ります――まあ推測にはなりますが、おそらく――あなたが選ばれたわけではない。王として勤勉に働き、なかなか壊れない強靭な精神の持ち主であれば――誰でも良かったのだと思いますよ?」
少女の肩が、揺れる。
きっと、仮面の下の瞳は……動揺で固まっている筈だ。
「そんな……っ」
床に向かい。
小さく唸る少女に、無機質な本は口をパラパラと蠢かす。
「召喚技術をどう使えなど、ワタクシが指示をしたことはただの一度もありません。逆に問いたいのですが――あなたは武器を売る時、いえ、褒賞として家臣に授けた時――その使い方まで事細かに指示をしましたか? 一度や二度は、部下が暴走しその武器で無辜なるモノを殺めた、そんな事もあったのではありませんか? それと同じことです」
ただの論点のすり替えだ。
それがトトメス帝にも分かっているのだろう。
こんな歪んだ男に何を言っても無駄だろう。
だからこそ。
異世界に拉致され、悲惨な運命を歩んだ少女が叫ぶように。
言った。
「ならば……っ、ならば五十年前! この大陸を攻めて来たのは、なぜだったのです! もはやここに用など、なかったはずでしょう!?」
王としての口調が、彼女の怒りを強く感じさせた。
けれど、対するヴァージニアの意識を宿した本は冷静なまま。
ただ淡々と、その経緯を語るのみ。
「それはそちらがいけないのですよ? ワタクシの想定を超える勢いで――技術を発展させていた。労働力を異世界に頼り続けたあなた方の、努力の賜物! それがいけなかった。あなた方の異世界召喚技術は、実に素晴らしい形へと進化しておりました。当時はヒナタ様をどう連れ戻そうか、そればかりを考えていたのですが。なんと! かつて散らした召喚技術を磨いた果てにあった、素晴らしき誘拐の技術が転がっているではありませんか」
シュラングくんが、ホムンクルスの元となる人間の誘拐を禁じた。
その時の話か。
「異世界召喚を神に封じられてしまったとはいえ、抜け道は多数存在する。その一つがあなた方の召喚技術。あなたたちは二度と召喚ができなくなったようですが、ワタクシは違います。その技術を利用すれば今一度、ヒナタ様を召喚できる……いえ、違いますな。地球に我が右腕カーマインを召喚し、ヒナタ様を連れ戻すことができる。そう考えたのですよ。そのために五十年前に、攻め込みました。授けた技術を返してもらうためにです」
我慢できなかったのだろう。
トトメス帝が仮面の下に一筋の光を零し、叫んだ。
「そんなことのために……っ、そんなことのために! ワタシの国を……ッ、巨獣人族もホムンクルスも犠牲にしたのですか!」
叫びがこだまする。
彼女はとても優しい王だった。
強制された王としての存在であっても、民には多少の愛があったのだろう。
零れた粒の涙は一滴。
けれど。
様々な想いが、そこには詰まっていた筈だ。
しかし、少女の叫びは届かない。
魔書は、何を騒いでいるのか理解できない。
そんな表情無き表情で、吸血鬼の牙を光らせていた。
隙をつかれたら問題だと――私はスゥっと前に出る。
裏技や抜け道を読み解き――。
魔術師としての顔で口を挟む。
『なるほどね。神によってこちらからの異世界召喚は封じられた。けれど、逆はできる。地球側からカーマイン君を召喚させればいい、そうだね? 送り出すことは可能ならばあとはどうにでもなる、うん……考えたね。どうやって向こう側のニンゲンに召喚させるか、そこが問題だが……まあ、吸血鬼を召喚しようとする変わり者もいた筈。そこに割り込ませたってところかな』
カーマイン君が動揺に白い肌を揺らす中――。
魔書がニヤニヤと笑みを浮かべる。
正解を導いた私に喜んでいるのだろう。
この男はとても計算高い。
そしてスキルとしてではなく、個人の能力として――扇動に近い状況を生み出せるのだろう。
おそらく、誤算があったとしたら私の存在くらいか。
もっとも、それこそが大きな誤算だったようだが。
ならば。
仕掛けるように――私は言う。
『主神が欲しがるもの、それは自分にはない輝き。彼は自分自身を嫌っていたからね。その光を与えるために、ヒナタくんを召喚した……か。そして供に旅をして、彼女を花嫁へと選ばせた。実際に……神は彼女に恋をした。なんてことはない。神が欲するモノさえ、君が先に用意していたってわけか。君は本当に、主人想いの優秀な部下だったのだろうね』
「部下だった? 今でも部下でありますよ」
心の隙をつくように、私の口が皮肉を漏らす。
『いいや、違うね。おそらくシュラング=シュインク神が事実を知れば、君は追放される。あれは悪神などと名乗っておきながら……善神だ。ただ不器用なだけの男なのだろうさ。おそらく、君がしてきたことを彼は許さない』
魔書が黙り込んでしまった。
悪口や事実を敢えて誇張し、故意に解釈を拡大させる――心の隙間に入り込んでの、嫌がらせ。
それも私の得意技だ。
「それで、真実に気付いたとして、部外者であるあなたがどうするおつもりなのですか? まさか、魔王陛下の部下たるあなたが一時の感情、義憤に駆られ異世界の事件に干渉なさると?」
ほぅ……。あの方の名を出すとはいい度胸だ。
『ああ、この世界は平和となってしまった。それを乱すのは、魔王陛下の御心に逆らう事となる。だから私は動けない。たとえどれほどに強い異世界の大邪神だとしても、戦う権利を剥奪してしまえば問題なく対処できる。それが君の作戦か』
「ワタクシもあなたと同じく主人を愛する従者。お気持ちは十分に分かりますよ」
勝ち誇った笑みさえ浮かべる魔書。
そのギザギザ牙に向かい、私は厭らしい笑みを浮かべて――ニヒィ!
言ってやる。
『ふふふふふ、ふはははははは! 残念だったね、伯爵。君が召喚技術を用い、トトメスくんを巻き込んだ時点でその論法は通用しない。君も警戒していたんじゃないかい? 私が転生者だったという可能性を。そう、君は私の故郷に手を出しているんだよ。君の用意した技術が、トトメスくんを浚った。私と同じ故郷を持ち、同じ世界の土を歩んだ彼女をね?』
「遠き青き星のモノだと……っ」
そう、私も彼女も故郷は地球。
既に私の心の故郷は魔王城だが、地球だって故郷といえなくもないのだ。
だから。
『運命とは皮肉なものだね、行った悪事が巡り巡って君の首を刎ねるのさ。かつての同胞から救援要請を受けた以上、私は君と敵対する事になるだろう――。大義名分がちゃんとあるのなら、私は好きなだけ暴れることができるのだからね』
実はこれ。
カーマイン君とローラさん。
そしてドウェルグ族の長、カグヤくんに対してのセリフでもある――。
こいつは私がぶっ潰すから安心して欲しい、と。
私の立場の説明も兼ねているんだよね。
さて。
情報はだいぶ引き出せた。
『分霊体には退場して貰おうか――!』
魔書に接続していた影を切断。
接触を断ち――。
私は翳した手でそのまま指を鳴らす。
パチン……!
魔力波を発生させるほどの衝撃音が、空間にこだまする。
「これは……――ッ! 影からワタクシの情報を抜き出して……。そう、ですか。なるほど、カーマインが声を荒らげて気を引いていた隙に……。ふむ――どうりで、あの冷静な若造が、普段は見せぬ顔をしていたわけです」
聖光によって生み出される魔猫の影が揺れる。
闇と光が交錯する中。
独り納得する魔書に向かい、冷厳なる声で私は告げた。
『君は――なにもわかっていないね。確かに気を引く意味もあっただろうが……彼が声を荒らげたのはきっと本心さ。ただ確信を得た。君のような性格破綻者は自爆装置やら、倒した相手への呪いやら。そういった仕掛けをしていそうだからね、このまま安全に浄化させて貰うよ』
指で鳴らした振動が、聖域となり。
祭壇が生まれる。
死者を眠らせる棺の如く、魔書ヴァージニアに鎮魂の場を与えたのだ。
在りし日の記憶を辿り――。
告げる。
『主よ、父よ――我等を憐れみ給え。静謐を叶え給え。精霊の御名において、安らぎを授けたまえ』
きっぃぃぃん。
きぃぃぃん。
きぃぃぃいいいいぃっぃぃぃぃん!
淡い聖光が、周囲に浮かび始めた。
光から発生する力が、神父の異装を纏う私の猫耳と尻尾を揺らす。
願いは歌うように。
祈るように――。
『かつての父。かつての主。かつて汝の信徒なりしケモノ。我は汝にその身を捧げし、子羊なり。我が代価を眺めし者よ。我が名はケトス。大魔帝ケトス。たとえ信仰揺らごうと、たとえ異神の信徒になり果てようと。我が殉教は偽らざる事実。故に。訴える。ならばこそ、汝等こそが耳を傾けよ。今一度、告げる。我こそがケトス! 我が願い。我が祈り。我が欲する奇跡を聞き届けたまえ――!』
こことは違う世界。
魔王様の住まう私の世界とも違う世界。
いつかの神の力を用い、最大深度の浄化の光を誘導する私――。
とっても神々しいね?
詠唱の途中で、私は耳長エルフにゃんこなローラさんをちらり。
浄化にカーマイン君を巻き込むと面倒なことになるから、カバーして貰いたいのだが……。
通じるかな?
「カーマイン殿! こちらへ!」
「す、すみません……っ」
叫んだローラさんの肉球には――餡子グルメと引きかえに私が授けた魔剣。
そして暗黒の盾が握られている。
ぎゅっと肉球を輝かせた彼女が――魔力を展開!
発生する魔の力。
そして、私による猫の加護で、聖なる浄化のエネルギーを相殺し始めたのだ。
長い耳を風に靡かせ。
牙を向け唸るローラさんの丸口が、朗々と宣言する。
「我はローラ! かつて聖騎士だった者! たとえこの身、冥府魔導に落ちようと仲間を守る心に偽りはなし! 唸れ魔剣、黒く輝け我が盾よ。我等に女神ヒナタの祝福を!」
聖なる属性をカットする、耐性結界である。
おお!
ローラ君! ネコになってからは優秀美人さんだぞ!
すかさず私は祈りを解放。
それは異神に於いて、多くの信者を獲得せし神話。
神の救済を再現する力。
それはすなわち――神話再現。
『始原解放――アダムスヴェイン! さあ、呪われし魂よ、救われるがいい! 汝に救済を!』
そして――。
奇跡は発生した。
□――《主よ! 憐れみたまえ》――□
魔術名が、世界に深く刻まれていく。
静寂が反転し、荒れ狂う光が――世界を衝くように吹き荒ぶ。
キキキィィィッィィィィィイキキキキキキィィィッィィィィン!
再現された聖書の力。
浄化の力が、静謐なる魔書の棺を貫いていた。
仰々しいエフェクトが発生しているが。
効果自体は単純。
神話クラスの、アンデッド浄化の奇跡である。
判定は成功。
相手はなにか魔書が滅ぶ際に、仕掛けをしていたようだが、全てスルーである。
……。
まあ、こんな仰々しい儀式を行っても、ただ分霊体を滅しただけなんですけどね。
本体は今頃、元気に活動している筈である。
おそらく、私への対策を考えて――。
ただ、目の前の魔書に写されたヴァージニア伯爵の、コピー人格は消滅する筈。
光が消えた後には、もはや消滅寸前となったソレがいた。
本来ならこのまま逃走。
面倒になる敵だった筈のモノだ。
逃がさず、一冊でも退治できたのだから文句はない。
塵となって天へと昇っていく魔書が、折れた牙を眺めながら言う。
「ひとつ、お聞きしても宜しいですかな?」
『ああ、構わないさ』
この魔書にとってはこれが最後の記憶となる。
あくまでもコピー人格に過ぎないが、ここには――似た技術を用いて生き続けたトトメス帝もいる。
それを否定してしまうのは避けたかった。
「どうして、ワタクシをお疑いに? 馬脚を露すような失敗はしていない筈でした。なぜ、疑われていたのか、なぜこのような結末、未来が生まれたのか。その理由だけが理解できないのです」
どうしようかと思った。
理由を言ったら、きっと拍子抜けをするか、なんだそれは? と、ガッカリするかもしれないからだ。
けれど、報告書を束ねる魔書として生きた彼の死、その手向けに私は言う。
『簡単な事さ。私の知り合いに優秀な商人狐がいてね。彼女が言っていたのさ。自分を含め、商人という人種を信用するな、特に優秀な商人なら猶更よ。ってさ』
「それだけの理由で……?」
本当にただそれだけの理由。
私がヴァージニア伯爵を疑ったのは、偶然だったのだ。
だから、彼の計算にも狂いが生じたのだろう。
『レディの忠告には耳を傾ける事にしているのさ、私は紳士だからね』
納得した吐息を漏らし。
塵となった魔書が、散っていく。
「左様ですか――それを本体のワタクシに伝えられないのは残念ですが、まあ、いいでしょう。腹の探り合いで負けたわけではなかったのなら、それで……十……分……。納得、でき……――」
納得できました。
それが、魔書ヴァージニアの最後の言葉だった。
塵も消えたそこには、何も残りはしなかった。
ここは私の結界内。
情報は遮断されている。
けれど魔書の喪失を本体も察したはずだ。
これから戦いが始まる。
私は、この事件を終わらせるために――行動を開始した。