終わりを望むモノ ~トトメスの願い~後編
静かな終わりを望んだ帝王。
異世界からの転移者だった巨獣人族の王、ホムンクルス帝トトメスの願いを断った私――。
大魔帝ケトスは邪悪な笑みを浮かべていた。
既にグルメは回収済み。
女子高生勇者のヒナタくん。
そして、主神のシュラングくんが「こいつ……何をやらかすつもりなんだ?」と、見守る中。
女性ファラオっぽいアヌビス仮面の下!
トトメスさんが、くわっと犬歯を覗かせる!
薄着で包む肉厚ボディを揺らし、魔術紋様を輝かせてコミカルに口を開いたのだ。
「ちょ! えぇぇぇ!? なんなんすか! ここは、はい! いいですよ! って、快諾なり、納得するなりして、破壊神の名のもとに全てを壊してくれる場面じゃないんすか!」
先ほどまでのシリアスは既に散っている。
さらばシリアス!
また会う日まで!
聖職者のストラをぶわぶわっと揺らす私は、ふふんと口元をニヤつかせる。
『そうは言うけれど、巨獣人族達の一部は既に私の眷属となっているからね。もし力を貸すとしても、彼らを回収した後になる。だから君の提案は受け入れることができない。彼らとの約束を破ってしまう事になるからね』
「眷族になっているって……いったい、なにをしたんすか?」
問われる事は既に分かっていた!
なので!
黒の聖書を開き。
バササササ!
魔王様像を王宮全体にセット! 勝手に模様替えをしながら私は言う。
『何って、単純な事だよ。魔王様信仰を広げたのさ――! 彼等は既に魔王様の信奉者! 希望者には至高なる種族ネコ魔獣への進化を促したからね、信者のほとんどがジャイアントワイルドキャットになっている』
そしてだ! と続け。
『ホムンクルスたちにも自我を与えて、ワイルドキャットへと進化させた。もう、彼らは君の部下じゃない。私の部下! これからの命を魔王陛下へと尽くす、新たな人生を手に入れたというわけだよ。理解していただけたかな?』
この応接室の内装もチェンジ。
魔王様信仰の神々しい部屋へと様変わりできたので、大満足♪
トトメスさんが、えぇ……と疑問を浮かべ。
私の後ろの二人に目をやる。
ヒナタくんとシュラングくんは互いの顔を見て。
警戒するように腕を組んでいたシュラングくんの方が、はぁ……と動く。
事実であると呆れた顔で頷いたのだ。
「ちょ!? え! いつのまに宗教侵略してたんすか!? そんなこと、アンネちゃんから聞いてないんすけど!」
『そりゃあ、彼女がこのグルメ会議をセッティングしている期間。三日ぐらいで、一気に進めたからね。だいたい……戦闘員ギルドの半分ぐらいはもう猫になっているよ?』
これからも増やすつもりなのだが。
王としては見過ごせないのだろう、トトメスさんが覗くムチムチ肌から魔術紋様を輝かせ――。
再度、唸る!
「いやいやいや! 百歩譲ってホムンクルスたちは分かるっすよ!? あの子たちは大魔術師が自我さえ与えれば本来の性格を取り戻しますし。けど! あの自惚れ屋の巨人族が、新人神父の言葉に耳を傾ける筈ないっすよね! なにがどうなって、そうなってるんすか!」
聖書で口元を隠し、私は赤い瞳を輝かせる。
『まずは、扇動の能力で私の言葉に耳を傾けさせる。それでほとんどの仕込みが完了。後は簡単だ。私が神父としての説法スキルを普通に使えば、もう分かっただろう?』
「わかんないっすよ!?」
『おや、そうかい? ならば説明しよう!』
猫耳とネコ尻尾を神父モードのまま揺らし。
朗々と語る。
『私の説法は神からの誘惑。宣教師としての職業レベルも当然カンストを超えているからね。大抵の存在が私の魅力値に圧倒されて、信仰を切り替える。ついでのダメ押しで、滅びの未来を回避できる手段を紹介したんだよ。ようするに心の底から魔王様を信じさえすれば、滅びの前に約束の地――天空城への扉を開いてあげるとね』
これは古典的だが、有効的な手法。
ようするにだ。
助かりたければ神を祈るしか道がない!
と、終末を煽っただけなのである。
実際、この大陸の巨獣人族は主神の加護を失っている――終わりを知っている者は多かったからね。
危機感は大いにあったのだろう。
そこに私は手を差し伸べたというわけだ。
天空城も目視で確認できる。
たまに――ウサギさんや、耳の長いネコが空から地上をのんびりと眺めている姿も、魔術で確認できた。
それも大きかっただろう。
ちょっとデリカシーな話題なので、具体的な言及は避けるが――。
終末論からの救済煽りはコンボ攻撃。
宗教ではよくある常套手段といえよう。
『まあ、そんなわけで。これがこの世界から独立したモノ達の名簿だ。彼らは既にネコ化した、それは私の眷属の証。終末の本番になったら私が連れていってしまうからね、一応確認しておいておくれ』
言って私は名簿を開く。
そこには既に、それぞれの肉球印が捺印されている。
この世界から独立した存在となっているのだ。
混乱しているのか、トトメスさんがアヌビス仮面をバタバタさせる。
「こんな未来! 一つも予知されてなかったんすけど!?」
『君、本当に神クラスの存在との接点があんまりなかったんだね。確定した未来を改変できる禁術領域の魔術の使い手が行動すれば、未来はどんどんと変わっていくのさ。この私をこの世界に招いた時点で、たぶんこの未来はほとんど無意味になっている筈だよ?』
告げた私は指を鳴らす。
そこにあったのは、終わりしか示していなかった未来。
その筈だった。
けれど天井の光が、一斉に赤く切り替わる。新たな未来図として更新されたのだ。
「これは……っ。なななな! めっちゃ書き換わってるじゃないっすか! つか、世界ごと消えるパターンの未来とか、隣の世界を巻き込んで連鎖消滅する未来だったり、前より酷くなってる未来が大量にあるんすけど!?」
ビシっと指差されるが。
『未来を蹴飛ばす私がいれば、まあこんなもんだろう。ネコの気まぐれは多種多様。私自身ですら、猫モードの私が何をしでかすか見当がつかない。まあ、未来が良くも悪くも、無限ともいえる数に膨れ上がるわけだからね。前より悪化している未来もあるだろうさ』
よーし、開き直ったのでたぶんセーフ!
目をゆったりと閉じた私は、手の中の聖書をパタンと閉じる。
周囲が魔王様崇拝神殿フィールドに変換された。
暗澹とした闇の中。
私は告げた。
『さて、トトメスくんだっけ。長きにわたり、自惚れに溺れし種族――巨獣人族達を支え続けた帝王よ。統率と継続を強制されし、哀れな王よ。この大陸のホムンクルスと巨獣人族達を苦痛なく終わらせてほしい、それが君の望みだったね』
けれど――もはや世界は変わった。
私の背後には、黒く蠢くネコの影がニヤニヤしている筈。
他者を導く者の声を意識し、私は甘く問いかける。
『未来が変わっている以上、終わりが確定したわけじゃない。本当に道がなくなってしまったら、私は安らかな終焉を与える事とて、厭わなかっただろう。けれどそうはならなかった。道は開かれた。切なる君の願いを叶える事は出来ない。君は王として、新しい正解を探すことも可能な筈だ』
そう。
この時点でもう、新しい未来を観測できる。
滅びを歩まぬ道も、発生しているのだ。
だから、苦痛ない終わりにこだわる必要もなくなっている筈。
けれど。
自我をコピーされ、延々と国の奴隷となっていた王は――アヌビス仮面の耳を下げる。
「そ、そりゃそうなんですけど」
力なく拳をぎゅっと握り、彼女は言う。
「もう疲れたかな……って。ははははは……はぁ……、なんつーか、この無限の可能性の中から、正解を探しだすのも勘弁して欲しいっていうか……。諦めたら、ダメっすか?」
『ダメじゃないさ。それだって君の選択だ。悩んだ末、苦しんだ末にもう諦めたのだったら……それも答えの一つ。誰からも責められるいわれなんてない。諦めて何が悪いのだろうね。もはや疲れ切った他人に、もっと頑張れと無責任に語る必要などない。私はそう思っているよ』
少女の仮面が揺れる。
闇で弱音を抱きしめるように、私が優しい言葉を掛けたからだろう。
実際。
彼女はもう十分働いた。
それを責める資格があるものなど、少なくともこの世界には存在しない筈だ。
『さて――そろそろ本題に入ろうか。迷い疲れた君に提案だ。魔導契約をしないかい?』
発生させた闇のオーラが、私の足元を回り出す。
ラスボスっぽい赤と黒のモヤモヤを想像して貰えばいいだろう。
闇の中から――ぎしり……。
光を照らすように、私は手を差し伸べる。
『この私が君に手を貸せなかった最大の理由は、私の中のルールさ。今回は魔竜の側に非がないこと、そしてあくまでも魔竜こそがこの世界では人類で、キミ達が寄生虫。言葉は悪いけれど、侵略者といっても過言ではない存在となっている。だからね――手を貸すことができない。けれどだ』
心を掴むように、私の言葉は周囲を揺らす。
『君はおそらく、地球から転生、または転移してきた異世界人。つまり召喚されてきた存在だ。だから私に大義名分を与えるべく、こう言えばいい。助けて欲しい、と』
ヒナタくんの眉が跳ねる。
シュラングくんも、眉間に大きな皺を刻む。
この私に大義名分を与える。
その危険を察知したのだろう。
空気が変わった。
「ケトスっち、ちょっと待ちなさい!」
「何をするつもりだ、異界の邪神よ!」
止めようとした勇者と主神が、不意に武器を掴むが――私は指をパチン。
声も音もなく、その影を侵食し。
呑み込む。
ズズズズゥゥゥゥゥ……。
勇者も主神も、一瞬で消えてしまった。
為すべきことを為すまでは、眠っていてもらう。
ドリームランドの中に封印したのだ。
気付かずトトメスさんがムチっとボディを輝かせる。
「そ、それだけでいいんすか!?」
『ああ、だって君――今までもう、十分に頑張っただろう? だから、もういいんだよ。一言、言ってごらん。”この世界に召喚されて”酷い目にあっている自分を、私に助けて欲しいってね』
そう、この世界に転移してきてから時間は多く経過している。
なのに、ずっと――私は今まで部外者だった。
けれどだ――。
かつて地球出身者だった私が、地球出身かつ、拉致され奴隷のように仕事を強制されているトトメス帝に助けを求められ。
応えたなら――。
その時点で私は部外者ではなくなる。
地球人として助けを求める彼女と、地球人としての私。
二人の間に魔導契約が結ばれ、私の行動の正当性が証明される。
つまり――やりたい放題ができる。
なぜなら私はこう言えばいいのだ。
奴隷として使役されている仲間を助けるために、この世界にやってきたのです。
と。
相手はこの世界そのものになる。
いままで干渉しにくかった部分にも、堂々と干渉できる!
正義という大義名分も、確保!
魔竜と人類。
どっちが主神に認められた存在かなど、細かい制約を無視することができるのだ。
言葉遊びのようなモノだが、それこそが魔術の基本。
曲解こそが魔術の真理。
そこを悪用するのが、賢いニャンコの知恵なのだ。
『どうせ滅んでしまうと思っていたのなら、試してみたらどうだい?』
「そうっすね……じゃあ」
すぅっと息を吸って、彼女は呼吸を整え。
頬をぽりぽり。
「地球から召喚されたワタシを、どうか、助けてください! なんつって!」
ははははっと、彼女は頭の後ろを掻きながらコミカルに笑っているが。
私の貌はシリアスそのもの。
言葉は得た。
歯車は――動き出す。
『喜びたまえ、哀れなる同胞よ。契約は交わされた。此れより私、魔王軍最高幹部大魔帝ケトスは同胞の命と心を救うため、この世界、そして全ての事件の関係者となる』
言って、ニヒィィイイイイ!
邪悪な魔力を解き放った私は、既にやる気満々。
足元から、螺旋を描く十重の魔法陣が次々と解き放たれていく。
その瞬間!
影から無数の影猫眷属が!
黒マナティーも! 栄光の手くんも世界へと解き放たれた!
それはさながらラスボスの降臨。
そして、闇を纏う大魔族の進撃シーン!
『ふふふふ、ふはははははは! さあ――宴の始まりだ!』
トトメスさんはようやく、事の重大さを理解したのだろう。
慌てて外の様子を魔術で映し――背を跳ねさせる。
「ちょ! なんなんすか! このいかにも邪神の眷属ですみたいな連中は!?」
『血塗られた栄光の手。異界の主神を取り込んだ大魔族から生まれた、ハンドオブグローリーの亜種と。黒マナティー……次元の狭間に取り残された勇者の魂の残滓、まあいわゆるブレイヴソウルだね』
存在を知っていたのだろう。
帝王のアヌビス仮面がグギギギギとコミカルに軋む。
「なんでそんな危険なもんを、影の中に大量に潜ませてるんすか!? なんなんすか!? 歩く空母なんすか!?」
問われて私は、考えて。
『まあ、私はダンジョン猫魔獣。影使いだからね?』
「そういう意味じゃないっすよ! って――」
ビシ――っとモニターを指差し唸り始めてしまった。
「あぁああああああぁぁぁ! 街を襲ってるじゃないっすか!」
『平気さ、あれはタッチマナティー。ただの同族化の状態異常だよ。死にはしないし、むしろ永遠の存在になれる。褒めてあげたまえ、黒マナティー化した今の彼は生存が約束された。滅びから免れる事が確定したわけだね』
手をパタパタとさせて褒めてあげて欲しい。
そう言うと。
私の影がボワボワボワ!
願いを聞いたのか。
私の影からヨイショヨイショ♪
よじ登ってでてきた眷属猫達が、肉球で――。
パチパチパチと拍手喝采♪
ポテチやジュースを持参して、モニター前で既に寛ぎ始めている。
モフ毛をぶわぶわさせて、黒マナティー達の活躍を見守っているのだ。
まあ、いつもの光景である。
「ちょっとぉぉおおおおおおぉぉ! これ! 下手するとミドガリウムによる滅びより酷い事になるんじゃないっすか!?」
『んー……解釈次第では……そうかもね?』
びぎし!
アヌビス仮面の下から覗く、彼女の唇が硬直する。
魔族との契約だし。
しょーがないよね。
「うぎゃぁあああああああああぁぁぁ! ワワワワ、ワタシ……っ! これ、完全にやらかしたんじゃないっすか!? 頼んじゃいけない邪神に、頼んじゃったんじゃないっすか!?」
ま、そもそもだ。
この私を連れ帰ってしまったカーマイン君が、一番悪いんだよね。
あくまでも目的はヒナタくんを連れ帰る事――たぶん、私の同行はまったくの偶然だったんだろうし。
帝王さんは、もはや手段など選んでいない私に気付いたようだが。
もう遅い!
既に、私は止められない!
『クククク、クハハハ、クハハハハハハハハ! 誘拐犯アッシュガルドの民よ! そして今も私を眺めし者よ! この私を利用した、そのけじめはつけて貰うよ!』
黒幕の存在に、釘をブサッと刺して。
私はふふーん!
今回は良いトコロで肩透かしが多かったからね!
私の中のドヤ猫が、とっとと無双をさせろと叫んでいた!
うっぷんが溜まっているのである!