終わりを望むモノ ~トトメスの願い~前編
ネコと少女と、蛇さんがトコトコトコ♪
戦闘員ギルドの二人から案内され、やってきました最終目標地点!
既に私達は巨獣人族の王宮へと、足を踏み入れていた。
労働用ホムンクルスの執事とメイドが並ぶ宮殿内。
特設された人間サイズの応接室。
高級ホテルのディナー空間を彷彿とさせる部屋では、豪勢なグルメが待ち構えていたのである!
香り豊かな湯気が室内に充満している。
並ぶのは――焼きそばやカラアゲや、フライドチキン!
ステーキにお寿司に、特大ケーキ♪
狐印がついているので、これはおそらく異世界産のグルメアイテム。
召喚通信系の儀式魔術を用い、フォックスエイルの商店から購入してきたのだろう。
そう!
まずは誠意を見せるのが先!
アンネさんの提案で、顔合わせよりもグルメ提供を最優先にしたらしいのだ!
むろん、大正解である。
これから延々と、むずかしい顔でじぃぃぃぃ。
チンタラチンタラ相談やら交渉をするんだからね。
実にすばらしいアイディアなのだ。
さて! そんなわけで!
私はトテトテトテ!
聖職者のストラを靡かせて、テーブルに直行!
『プリン風呂がないのは残念だけれど、これは……うん。いいね。悪くない!』
だんだんと美丈夫顔が、まるーいネコの顔になっていく。
神父モードだった筈の私――。
大魔帝ケトスの姿は霧となってポン!
即座に黒猫モードに変身!
これは例のアレをするしかない!
ネコちゃんから見れば巨人族サイズのテーブルによじ登った私は――赤い瞳をギラ!
獣の牙を輝かせ――!
反射する銀お盆の前に立って、臨戦態勢!
『くくく、くはははははははは! これぞ華麗なる大魔帝の食事! 畏れよ、巨人どもよ! そして我の蹂躙を目にし、自らの脆弱さを悟るが良かろうなのニャ!』
「すごい邪悪な顔をしてるけど――ちょっと、あんた……なにするつもりなのよ」
と、ツッコむのは女子高生勇者のヒナタくん。
並ぶ食事!
偉いニャンコ! ここまで条件が揃っているのなら仕方がない!
『決まっているだろう!? テーブルの上に登っての、お皿からの直食いさ!』
さあ、いざ勝負!
ネコのお鼻をヒクヒク♪
鼻息荒く目を輝かせる私に襲い掛かるのは、邪悪な魔の手。
「だぁああああああああぁぁぁぁ! あんた、なに直接乗ってるのよ!」
『うにゃ!? なんか、身体が浮いて……って、なにするんだい!』
ルンルンな私を抱き上げ、ゴゴゴゴゴゴ!
背に炎を纏う美少女が唸る。
「それはさすがに行儀が悪いってレベルを超えてるでしょうが!」
『ええぇぇぇぇ、いいじゃん別に――私は大魔帝だよ!? レベル限界突破の権能を所持しまくってるし、行儀が悪いってレベルを超えても問題ない筈だろう?』
正論を述べる私を、彼女の保護者顔が睨んでいる。
ちなみに――。
今日、宮殿にお招きされたのは――私と彼女。
そして白蛇になっている主神シュラングくんだけ。
この大陸と遺恨のある闇王ヴァージニア伯爵――その部下であるカーマイン君は、残念ながら天空城でお留守番である。
するとやはり、私へのツッコミ役は彼女になるのだろう。
「あのねえ――! ここって一応、巨獣人族の帝王さんとやらの御屋敷みたいなもんなんでしょ!? さすがに弁えなさいよ!」
『だって向こうはこっちに借りがあるんだ、少しくらい行儀が悪くても問題ないって~♪ ねえ? 執事さん達もそう思うだろう?』
労働ホムンクルスである給仕さん達に問いかけ。
バタタタタっと腕を伸ばす私。
とってもかわいいね?
けれど反応は薄い。
彼らはただ静かに、にっこりと微笑むのみ。
「あれ? 反応うっすいわねえ。なんつーか。この人たち……自我がないのかしら? ちょっと、魂が変な感じになってるわよね」
『どうやら、魂のコピーまでは正確にはできなかったんだろうね』
シリアスな声が私の口からは漏れていた。
視線を彼らに向け――鑑定の魔眼を発動させる。
《労働用ホムンクルス》
見た目は、まあ人間そのもの。
男とも女ともみえる、容姿と体型。中性的な顔立ちの無機質フェイスである。
同じ魂を何度もコピーしているせいで、劣化が始まっているようだが。
んーむ……。
『元となった人間の情報を魔術式に転写。錬金術として使用。人間の元となる素材との合成で、アイテムとして生み出されている……か。別の魂を付与してあげないと、こんな感じの無反応になっちゃうんだろうね』
「これも一種の魔道具――人の材料から作るフレッシュゴーレムに分類されるのかしらね」
むろん。
普通の世界でやったらかなりの外道である。
ヒナタくんもホムンクルスを眺めて、ちょっと眉を顰めてみせているしね。
シリアスな空気になった。
なのでついでとばかりに私は言う。
『避けられない滅びの原因は、このホムンクルスたちにもあるようだね』
「どういうことよ?」
『この巨獣人族の大陸では、労働に彼らを多く用いている。けれど、そう遠くない未来にホムンクルスたちの魂のコピーが不可能になってくる筈なのさ。コピーを繰り返すとだんだんと劣化していくってのは、なんとなく理解できるだろう』
目線で頷く彼女に、私は瞳を細める。
『で、本当なら次のニンゲンを捕まえるなり、頼むなり、まあコピー元を連れてこないといけないんだけど。ここまで言ったらもう伝わったのだろう?』
「なるほどね、既にニンゲンは絶滅してる。補充ができないってことか。すると次の手段は――ああ、もう最悪じゃない」
ヒナタくんも思い至ったのだろう。
苦い顔で、げんなりと言う。
「異世界から召喚。まあ、言い方を変えれば魂の素材となるニンゲンを、誘拐してくるって所かしらね」
「左様。よくぞ答えに至ったな! さすがはヒナタ、我が妻よ!」
不意に声を上げたのはシュラングくん。
白蛇モードのまま、彼の蛇口が蠢いていたのだ。
「妻じゃないっての……」
「では、妃と呼ぶとするが。構わぬな?」
無言のジト目に負けたのだろう。
器用に蛇鱗に浮かべた汗を滴らせ、彼は続ける。
「真面目な話をするとしよう。我がこの大陸を見捨てた一番大きな理由、それこそがこの異世界召喚での拉致なのだ。ヒナタよ。そなたのように全ての異世界人が、強力な存在というわけではない。この地に召喚され使役され、最後にはホムンクルスの元とされる。そんな哀れな犠牲者も多くいたということだ。実に外道であろう?」
『ま、その話が本当なら――主神としての君の判断は間違っていなかったのかもね』
肯定する私に、彼は言う。
「残念ながら真実だともさ。実に醜い、実に悍ましき血の宴がそこにはあったのだ。この我を呆れさせるほどのな。それゆえに、我はこの世界への異世界転移を禁止し、魔術式も座標も封印した。二度と愚かな行いをできぬように――道を閉ざしたのだ。だが……なあ」
言って、蛇の眼から記録クリスタルに似た映像を投射。
当時の様子を私に見せつけてくる。
「ミドガルズ大陸……ヴァージニアの傍に忍び込ませていた大臣とやらに、転移を封じさせておったのだが。どこかの誰かのせいで、転移妨害の結界を破られてしまったからな。我も多少は焦ったぞ?」
『う……っ、つまり、私達が無理やり転移した衝撃で、その結界も破壊しちゃったわけか』
聖騎士カーマイン君。彼と共に、無理やり転移しようとした時の事件を思い出して欲しい。
私達、実は強引にこっちにきちゃってるんだよね。
御城も半壊させちゃったし。
もし、転移召喚の犠牲者をださないために大臣とやらが動いていたのなら。
あれ?
私、実はけっこうマズい事しちゃってたんじゃ。
心を読んだのか、神が神たる顔で言う。
「まあ安心せよ、大魔帝殿。ヴァージニアに葬られた大臣とやらの魂は、既に回収しておる。しばらくしたら安全な場所、この地ではないどこか遠くの世界で特典をつけて蘇生させてやるさ。それくらいのアフターサービスも、主神の務めであろうからな」
偉そうにしているが、まあ良かった。
こういうパターンで神の加護と特典をゲット!
異世界転生し無双をする、なーんてパターンもまあよくある話なのだ。
しかしだ。
外道な手段を止めるため。
異世界からホムンクルスの元となる人間の誘拐を防ぐため。
あくまでも善行として――名前すら知らない大臣とやらが、動いていたのだとしたら……。
……。
そもそもだ。
転移禁止状態だったのだ……カーマイン君は、どうやって私達の世界に来ていたのだろう。
巫女の力を借りて転移したみたいなことを言っていたし、彼の言葉に嘘はなかった……。
彼と行動を共にしていたから知っている、カーマイン君は善人かつお人好しだ。
おそらく私を裏切るような行動も取らないし、取れないだろう。
すると考えられるのは――。
だんだんとパズルのピースが揃っていく。
「どうしたのよ、ケトスっち。難しい顔をしながら焼きそばを啜ってるけど。なにかあったの?」
『いや、なんでもないさ』
真剣な表情を作った私は、思考を切り替えるために。
パチン……!
肉球を鳴らし神父姿に戻る。
白蛇だったシュラングくんもシュルンと変身。
アラブのハーレム王子様みたいなモードにチェンジ!
林檎を齧りながら声を漏らす。
「さて、大魔帝殿。我がここが滅んでも構わぬと言った理由、これで少しは理解していただけたかな?」
『まあね。君がちょっとはまともな神だっていう事も。まあなんとなく癪だけど、もう理解しているさ』
でも、こいつもこいつで――天然バカ神っぽい部分があるからなあ。
普通に、誤解するっての。
私、悪くないよね?
「しかし、客を招いておいて――主人は不在。ここにいるのは魂無き自動人形のホムンクルスのみ……か。些か無礼ではあるまいか」
『そうだね。じゃあグルメを回収したら、ここのガサ入れでも始めちゃう?』
王宮から異世界転移の証拠を見つけたら即終了。
さすがに他所の世界の民間人に手を出していたのなら、放置はできない。
この大陸はジエンドとなるわけだが。
『というわけだ! そろそろ出てきておくれよ!』
私の言葉を合図としたのか、転移魔法陣が発動する。
当然ながら、誰かが見ていたのだろう。
室内に淡々とした声が響く。
「これは失礼いたしました、ゲストの皆さま。まずは邪魔者がいない方がいいと思ったのですが――すぐにそちらに参ります」
魔力波動の規模からすると……。
まあ、七重の魔法陣を扱える存在か。
五重を超えていたらそこらの一般英雄よりも上なので、けして弱くはない相手のようだ。
まあ、身も蓋も無い言い方をしてしまうと、普通の強者。
私達には遠く及ばない、常識の範囲での強さである。
シュウッゥゥゥウウゥゥゥッゥン。
転移陣からやってきたのは仮面のニンゲン。
アヌビス神……ジャッカルの仮面帽子を装備した人間サイズの存在だった。
おそらくは女性だ。
◇
高級ホテルのグルメ空間を思わせる部屋。
並ぶご馳走テーブルの前に転移し、やってきたのは――。
アヌビス仮面をつけた女性。
イメージを口にすると、女性ファラオ……そんな言葉が浮かんでしまう。
おそらく彼女こそがここのボスだろう。
肉感的な身体を薄い布で包む彼女は、じぃぃぃぃ。
私達を一瞥すると、跪いて頭を垂れる。
「よくぞお越しくださいました、異世界の偉大なる御方。憎悪の魔性、巨鯨猫神ケイトス神。そしてあなたが主神シュラング=シュインク様ですね。残るは――勇者ヒナタ様……あぁ……、本当に……こんな破天荒な大物が三柱、しかも同時に顕現してくるなんて、ふつう……思わないじゃないですか」
ちなみに、あぁ……の部分からは小声のボヤきであるが。
私の地獄モフ耳にはバッチリと届いている。
シュラングくんにも聞こえているし、ヒナタくんも聴覚増強系のスキルを持っているのだろう。
全員の耳にお届けされている。
ジト目を向ける三人を代表し、咳払いをした神父な私が言う。
『一応忠告しておくよ、それ、全部聞こえているからね?』
「え!? ウソでしょ! だって、超小さい声でしたよ!」
心底驚いた様子の彼女には可哀そうだが、私は更に追撃してみせる。
『もしかして、神との対話は初めてかな? なんなら心の中まで読めてしまうから、うわぁ……面倒くさいなあとか、どうせ滅びるんでしょうし、いまさら出てきて欲しくないんですけど? みたいな事を思っているとこちらも困ってしまう。事前に心を操作する魔術を使うか、心をガードする技術を身に付けた方がいい』
先輩魔術師としての指摘である。
アヌビス仮面女は、コミカルな動作でう……っ、と唸り。
「マ、マジっすか!? 全部、聞こえてるんですか!?」
あまりにも動揺しているのだろう。
太ももに汗まで浮かべちゃっているが……その肌には魔術紋様が刻まれている。
魔術師である私が効果を読み取っているうちに、ヒナタくんが動き出す。
「あー、あたしには小声の方しか聞こえてないわよ? 心とか読みたくないし」
「読みたくないって事は……アナタ! 人間のくせに、他人の心を読む能力まで身につけているんですか!?」
まあ今の彼女なら可能だろう。
なかなか大胆に質問されたヒナタくんが、ぞっと顔を青褪めさせて。
「お願い……あの地獄のニワトリ特訓を思い出させないで」
「うわぁ、美人さんなのに、すごいかお……何があったかは分かりませんが。分かりました」
トラウマになってるでやんの……。
話が逸れそうだったので、こほん。
咳払いと共に私は言う。
『それで、君の自己紹介はしてくれないのかい?』
「そう、ですね――初めまして皆さん。ワタシはトトメス。こう見えてもホムンクルスです。一応、滅びしニンゲン族、最後の生き残り……の、残滓という事になるのでしょうね。この巨獣人族の長ともいえる魔術師、帝王と呼ばれている地位にある者。この大陸を契約に従い守り続けているモノ――そう言えば、ご理解いただけるでしょうか」
ようするに帝王さん。
やはり、この国で一番偉い存在なのだろう。
太ももから覗く魔術紋様は、魔導契約書の亜種だった。
彼女はこの宮殿に魔術的に縛られているのだ。
おそらく。
労働用ホムンクルスとして。
なぜ王様がホムンクルスなのか。
その理由は簡単だ。
王とはもっとも忙しく動き続けるモノ。そんな面倒な労働を巨獣人達は放棄したのだろう。
《この国をできる限り、長い間存続させろ》
そんな命令が刻まれているのだ。
きっと、自由も無いこの宮殿で独り。
延々と内政を行い続けているのだろう。
巨獣人族達を長く生かし続けるためだけに。
伝承が正しいのなら、かつてヒナタくんと共に旅をした仲間の血族。
英雄魔術師の子孫の筈だ。
このホムンクルスシステム自体、その魔術師が組み上げた永久機関だった可能性は高い。
シュラングくんは事情をとっくに理解していたようだし。
ヒナタくんも、私の貌から何かを察知。
トトメス帝の肌を縛る魔術式を辿り、なんとなく状況を察しているようだ。
私もじっと目の前のホムンクルス帝トトメスを見る。
『なるほどね――君は幻影系の魔術を得意とする魔導士なのか。本来なら仮面の効果で、巨獣人族に見えているってわけだね。実際。今、この瞬間も他のモノには、君がジャッカルの顔をした巨獣人族の男性に見えている……そんなところかな』
「うひゃー、マジぱないっすね。完全に的中っすよ! さすがは出会いたくない異世界の魔神、ベストスリーのトップを飾る、暴走獣神っすね!」
ビシっと笑いながら指差されてしまったのである。
たぶん、あまり褒められていないだろう。
ともあれだ。このままギャグにされても困る。
小細工は通じない。
そんなアピールのためにも私はあえて、仮面の目線にあわせて唇を動かした。
『さて、まずは私に言うべき言葉があるんじゃないかな?』
帝王ちゃんは仮面姿のまま――首筋を掻き。
「そうでありました。では帝王モードで失礼させていただきます」
言って、アヌビス仮面を深く被り彼女は幻影を発動。
貫禄あるジャッカル巨獣人の幻影が浮かび上がってくる。
「いつぞやは大変失礼いたしました、まさかあのような言葉が真実だったとは思わず……追い返してしまった無礼を、深くお詫び申し上げます」
ここまで言って、本体の肩がプルプルと震えだす。
シュラングくんが、その揺れる胸の谷間を凝視していたりするが、気にしない。
こいつ、本当に淫蕩の悪徳をばっちり発動させてやがんの……。
アヌビス仮面をバサっとさせ、薄い布に包まれた肉感的ボディと強制契約魔術紋様も輝かせ。
彼女が唸る。
「だあぁあああああああぁぁぁ、堅苦しいのは嫌いなんすよ! もう正体がバレてるんでいいっすよね!? いいってことで、続けます! 後で揉めそうになっても困るんで、はっきりと言っておきますけど、本当にあの時は偽物だと思ったんですよ? さすがにアレを信じろって言う方が無理だった。そうご理解していただきたいんですけど、どうっすか?」
なかなか砕けた口調だが、まあ嫌いじゃない。
『こっちのネズミ達の件は、どうかな』
言って、私はネズミ化させている聖十字軍の籠を取り出し。
静かに語りかける。
『まさか全く知りませんでした、ってことはないのだろう?』
「敵いませんね――ええ、その方々はワタシが放ったモノですよ? 理由は二つ。あなた方が本物だったのかの確認と、そしてもう一つはワタシに刻まれた自国防衛システムのせい。……あのぅ、大変申し上げにくいんですが。ケトス様? なんでウチの縄張りであんな洗脳活動をしてたんすか!? こっちも魔術で巨人のふりをしてなんとかやってるんすから、営業妨害みたいなもんすよ!」
んーと、顎に指を当て考える神父な私。
とってもクレーバーだね?
『理由かい? まあ一番大きな理由は暇つぶしだね』
「はぁああああああああああぁぁっぁぁぁ! 暇つぶし!? 暇つぶしで、人がせっかく作り上げた組織を搔き乱してくれちゃったんすか!? なんなんすか! あなた! 暇つぶしで世界をメチャクチャにするつもりなんすか!?」
ヒナタくんが、あんたなにやってたのよ……って目線でこっちを見ているが。
気付かなかったフリで対処!
「こっちは契約に従って、何代も何代も、ホムンクルスの記憶を引き継いで! この国を存続させようと必死なんすよ! なのに! なんなんすか!」
プンスカプンスカとする彼女に私は苦笑い。
おそらく、こういうやり取りも……彼女自身は生まれて初めてなのではないだろうか。
話を戻し、私は言う。
『なるほど。もし私が本物の大魔帝ケトスだとしたら――最大の危険因子といえる我々と、こうして接触を図る機会を作れる。偽物だったら、邪教を広める異邦人として処分。どちらにしても、この国を維持し続けるという、君に刻まれた契約を遂行できるというわけか』
「ええ、そうっすよ? 本物のあの大魔帝ケトス様でしたら、この子たちでどうにかできる筈ないっすからね。かといって、国を守る契約のせいで偽物も放置はできない。我ながら最善の手だと、思いますよ!」
私は声のトーンを切り替える。
『しかし、君は考えなかったのかい? 一度敵対行動を取ったら終わり。この大陸ごと吹き飛んでいたという未来だってあった筈だ』
「いやだなあ、バカにしないでくださいっすよ。ワタシ的にはそれもグッドエンドなんすから!」
仮面の下はおそらく、笑顔を作っている筈だ。
ヒナタくんが、息を漏らす。
死を望む行為だと知っていたからだろう。
トトメス帝は言う。
「ワタシがこの国の呪いから解放されるには、それしかないっすからねえ。で、どうっすか? このままお前を許さんって、ホムンクルスシステムごと消し炭にしてくれると、帝王的にはめちゃくちゃ嬉しいんすけど」
『消えたいのなら自分でやるといい……と、言いたい所だが。きっとそれも禁止されているのだろうね』
言葉を肯定するように、トトメスは頷く。
「そういうことっすよ! いやあ、察しが良すぎて怖いっすね。で、だったらちゃんと国を維持したい! って思う所なんですけど、もうムリゲーで。いやあ、これでも頑張ったんですよ? でも諦めたんすよ。だって、見てくださいよこの未来の数々」
彼女は魔術師としての力を発動させたのだろう。
天井に星々の輝きが生まれ始める。
これはおそらく、未来視の一種。
あの星、ひとつひとつがこの大陸の分岐する運命なのだ。
『全部の道が途絶えて消えているね。まあ、神の守護を失った人種なら仕方がない結果だろうけど』
「ええ、このままではどうやっても巨獣人族達は滅びる。けれど、ワタシはホムンクルスとして再生し、この国を守るために動き出す。自動的に、永遠にです。ワタシの目的はただひとつ。滅びが避けられないのなら――せめて安らかに死ねる運命を民たちに授ける事。そのためにワタシはこうして、死んでも尚、動き続けているのですから」
彼女の足元――そこに浮かんでいたのはグリモワール。
書の名前は、やはり。
契約魔術式名と同じ。
《この国をできる限り、長い間存続させろ》
あまり愛のない魔導書名である。
彼女も――魔道具のようなもの。
強力な魔導書に魔術式として保存された人格をコピーした、疑似人格で動くホムンクルスなのだろう。
彼女は時期がくると、この魔導書を発動させていた。
ホムンクルスに儀式魔術を行使し、魔術式として保存されていた記憶やパーソナリティなどを、コピーし固定。
自我の移し替えを行っていたと思われる。
巨獣人族達からすると、アヌビスに似た巨獣人族の王が――ずっと、この国を支えているように見えたのだろう。
おそらく、その手を多くの血で染めている筈。
シュラングくんに転移召喚を禁じられるまでは、彼女は契約に従い――国の存続のために行動を強制されていたと推測できる。
転移召喚をし、ホムンクルスを維持していたのだろうが……。
もし他のホムンクルスと違い、彼女自身の自我が残っていた場合。
彼女は望まぬ外道を、延々と強制され続けていた事になる。
そして彼女にはこうして、明確な自我がある。
『王という仕事までホムンクルスに任せた世界、か。とても残酷だね、巨獣人族達は――』
「けれど、あくまでも子孫である今の彼らには罪はない。ワタシはそう思う事にしています。なにしろ、ワタシがシステムに取り込まれたのは約二百年前。ヒナタ様が追放されてから数年後ですしね」
言って、トトメス帝はブスーっと頬を膨らませる。
「まあそりゃあ彼らは高慢ですし、あんなですけど……あれでも良い所もあるんですよ。親バカみたいなもんかもしれないですけど、ほら、アンネちゃんなんて、ワタシのお気に入りですし! 気分転換に降ろしたワタシの幻影巨獣人が、受付対応を失敗したり、無理を押し付けてもいつも笑って……って、あの子の自慢はこれくらいにして――っと」
帝王としての立場に戻ったのか。
彼女は頭を下げ、言った。
「異界の破壊神ケトス様。あなたに依頼があるのです。どうか――この大陸に等しく滅びをお与えくださいませんか? 蛇竜ミドガリウムに恐怖し、絶望の中で滅ぶのではなく。ただ一瞬。痛みも恐怖も無い滅びをお与えくださるあなた様を、王として、ワタシはお待ちしていたのです」
言葉は王たる威厳を放っていた。
死が避けられないのなら。
せめて――苦しむことのない終わりを授けてやりたい。
それも終わりを知った王の務め、なのだろうか。
それこそが王の決断。
熟慮した結果の答え。
一つの選択肢だったのだろう。
察した私の神父としての唇が、動く。
『どちらにしてもホムンクルスを維持できなくなったら、巨獣人族は終わる……生活基盤のほぼ全てをホムンクルスに任せていた彼らは――もはや後戻りができない種族。いまさら自分では、ほとんど何もできないだろうからね。けれど、もう召喚はシュラング神に封印されてしまったし、追加のホムンクルスは手に入れられない。そもそも異世界人を巻き込みたくはない。そんなところかな?』
「ええ。ホムンクルスになる前の最初のワタシも、どうやら異世界にいたらしいですから」
もう覚えていないですが。
彼女は苦笑しながらそう言った。
そういえば彼女はムリゲーという単語を口にしていた。
いつかの転生者もそうだった。
やはり……本当に彼女もまた、異世界召喚の被害者なのだろう。
英雄の子孫。
それはあくまでも二百年前、世界を救った英雄魔術師が作り出したホムンクルス。
という意味だったのか。
やはり異世界召喚とは様々な悲劇を生む魔術なのだと、私は思う。
そんな心を察したのか。
彼女は空気を変えて、疲れた笑みを浮かべる。
「ワタシも少々疲れてしまいました。きっとここにいるホムンクルスたちも、みんな……だから、お願いします。我等を終わらせていただけませんか? 我等の存在に失望しながらも、その揺らぐ心から直接に手を掛けぬ主神様ではなく。二百年前、世界を救い……この世界のためにと去ったヒナタ様ではなく。他ならぬ貴方の手で――どうか」
それは。
終わりを願う、疲れた魔道具の言葉。
いや、魂も心も自我もあるのなら――もはやマジックアイテムとはいえないだろう。
「ワタシを、終わらせてください」
彼女の真剣さを受け止めた私は、言葉を噛み締めるように息を吐く。
その願いを聞き。
そして、言った。
『え? 嫌だけど?』
ふつうに、断ってやったのだ。
物語は、終わりに向かい進み始めていた。