表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
572/701

邪教祖 ~言葉遊びは魔術師の領分~



 聖職者シスターアンネたちと神との対話が行われたあの日。

 歴史的話し合いから三日が過ぎていた。


 王宮に連絡を取ると約束したギルドマスター百獣ライオンさんが、大慌ててで駆けまわっていたり。

 大規模通信奇跡を扱うアンネさんが、大陸全土のギルドと連絡を取っていたり。

 まあ、それなり以上の大騒動が起こっていたようだが。


 大魔帝ケトスこと、素敵獣人な私には関係ない!

 礼拝堂でいつも通り!

 魔王様像に向かって、信者たちと共に祈りを捧げていた。


『祈りなさい、唱えなさい、念じなさい。さあ、願いなさい。滅びはもう間近。願うモノだけが、約束の地へ誘われるでしょう』


 で!

 今日は王宮からの遣いが来ることとなっているのだが。

 ふと、賢い私は黒の聖書を広げながら周囲を見渡す。

 そこにいるのは当然、巨獣人族……。


 ではない!

 モフッとした毛玉が、私に授けられた黒の聖書を開き。

 ネコの丸口を蠢かす。


「全ては偉大ニャる御方のために!」

「猫こそが、御方に愛されし至高ニャる種族!」

「魔王陛下こそが、我等の主人ですニャ!」


 なんということでしょう~。

 たった三日の間で、魔王様信仰を心に決めたネコ信者たちがズラリ。

 山のように並んでいたのです♪


 かつて巨獣人族だった信者たちは既に、ジャイアントワイルドキャットに進化しているが。

 ……。

 まあ気にしない!


 労働ホムンクルスに自我を与えて、ついてくるかと問いかけた結果。

 全員が、ネコ化を望み。

 ジャイアントじゃないワイルドキャットに進化しているが。

 気にしない!


 いやあ!

 どうせ滅んで消えちゃう種族なら、魔王様信仰を心から願うモノのみを、ネコちゃんに変化!

 ドウェルグ族やエルフの女王エメラルドさんみたいに、そのまま連れて帰ろうと思ってるんだよねえ!


 実際にこれは救済ともいえるだろう。

 だから私は、堂々と、なにひとつ悪くない顔で――ペラペラペラ。

 聖書を捲る。


 朝陽と後光に満たされたステンドグラスに影が広がる。


 私の憎悪の魔性としての影……巨鯨猫神ケイトスの影が蠢いていたのだ。

 ぶわぶわに膨らむ影猫が、まるで洗脳するように信者たちを包んでいる。

 それを傍から見て言葉にすると、おそらくこうなるだろう。


 邪教祖による洗脳。


 だが!

 滅びゆく種族を救っているのも事実! だから当然、気にしない!

 故に私は堂々と巨鯨猫神の影を膨らませ、言葉を発する。


『さあ、どうか我が声に耳を傾けてください』


 扇動の力があると知っていながら。

 礼拝堂に声を響き渡らせたのだ。


『ノアの箱舟に切符だいきんは要りません。ただあなた方が本気であのお方を崇める、ネコを信じる、ネコと和解する。それだけでいいのです。さすればあなた方は至高なる種族、猫への進化を遂げることができる。邪聖剣楽園てんくうじょうへの扉が開かれるのですから』


 言って私は両手を広げ、天に聳える邪聖剣エデンを仰ぎ見る。

 巨人ヤマネコに進化した巨獣人族達も、でっかいモフモフボディで天を見上げ。

 うにゃにゃにゃ!


「あれがエデンにゃのですニャ~」

「アーレズフェイムのエルフ達は、既にフォレストエルフキャット? に進化し、あそこで平和に暮らしていると聞きます」

「約束の日は近い。さあ、我等も祈りを捧げますのニャ!」


 もこもこモフモフでワイルドな巨大ネコたちに、頷き。

 私は教祖たる清廉な声で、告げる。


『魔王様、万歳! 魔王様に祝福あれ!』

「魔王様、ばんざい!」

「すばらしき魔王様に、我等の信仰を捧げますニャ!」


 きぃぃぃん!


 光の柱が天を衝く。

 ネコの祈りが、街を揺らすほどの力を放ったのである。

 祈りが私を通じて、魔王様へと送られていく。


 ふっふっふ! 別にこれは悪い事をしているわけじゃない!

 一応、許可をとってある。

 それは先日の対話で事情を知った、アンネさんと百獣さんの言葉だった。


 ギルドは王宮との打ち合わせに慌ただしくなっていたからね。

 神との交渉ともなると、王宮にもギルドにも準備期間が必要だったのだろう。

 時間がかかる事を気にして、彼等は私に言ったのだ。


 待機している間は、自由にして待っていて欲しい。

 ――と。

 言葉であっても、それは簡易的な魔導契約。


 自由。

 自由。

 自由。


 そう!

 私は言葉通り! 自由に行動しただけの話なのだ!


 この私に三日間も時間を与えて。

 なおかつ自由にしていいと大義名分を与えた。

 そりゃ――こうなるのも仕方ないよね。


 ちなみに。

 堂々たる仕草で両手を広げる私。

 黒衣神父モードな邪教祖ケトスの肩には、白い蛇が乗っている。

 もちろん、蛇モードのあの蛇神男シュラングくんである。


 白蛇は信者たちを見渡し。

 じぃぃぃぃ……。

 蛇鱗をネラネラと輝かせ、赤い瞳をジト目に変えて耳打ちする。


「のう、ケトス殿」

『異界の神よ、どうしたのですか』

「巨人族を見捨てた我が……あまり、口を出すべきではないのだろうが――これはその、倫理的にどうなのであるか? 宗教汚染では?」


 瞳を閉じた私は、静かな口調……。

 神父としての声で応じる。


『違いますよ。彼らは望んで魔王陛下に忠誠を誓ったのです。これはあくまでも自由意志。強制は一切、行っておりません』

「いや、確かに我も見ておったから知っておるが。たぶん、アンネと百獣がこれに気付けば……絶対に動揺すると思うぞ、我。なんというか――あの自由にして欲しいという言葉は、こういう意味ではないだろう……」


 シュラングくんって、やっぱり根はまともな神っぽいんだよねえ。

 こんな反応だし。

 反面、私の根底にあるのは憎悪と魔王様への忠誠。


 チャンスがあるなら利用させて貰う。


 確信犯である私は邪悪な笑みを浮かべ。

 あくまでも静かに、穏やかに――信者たちを見渡す。


『何故でしょうか? 彼らは言いました、この私に自由にしていいと。私は魔族。魔王陛下の臣下にして最高幹部。自由にしていいと言われたのなら、その範囲内であの方のために動く。ただ、それだけですよ。私を異界の邪神と知っていながら言葉を選ばなかった、彼らの方に問題があるのでは?』

「うわぁ……。悪びれもなく、堂々と……さすがの我でも、これは――」


 淡々と告げる私は、一切、悪いとは思っていない。

 その言葉に嘘がないと知っているのだろう、肩のシュラング蛇が、はぁ……。

 深い息を漏らす。


「ケトス殿。我も奴らの不敬には少々思う所があったが……まだ恨んでおるのか?」

『別に、王宮から追い出されたことを恨んでいるわけではありませんよ。私はそこまで狭量ではありません。当然、嫌がらせをしているわけでもありません。私怨などという言葉とは無縁です。ええ、まったく。これはあくまでも救済なのですから』


 ネコは執念深いからのう……と。

 白蛇さんがボヤいた、その時だった。


 巨大ヤマネコたちが魔王様への祈りを捧げる中。

 突如として現れたのは、周囲を囲む気配。

 おそらく準備を終えたアンネさん達が、私達を迎えに来たのだろう。


 まだ入ってこないようだが。

 たぶん誰が最初に声をかけるか、相談しているのだろう。

 開かぬ扉を目にして――シッポの先をシュルシュルっとした白蛇シュラングくんが言う。


「どうやら、やっとのようだな」

『そうですね。まあ私達を迎えるのですから、支度に時間がかかってしまうのは仕方がありません。こちらとしては退屈しのぎもできたので、問題ないですけどね』


 心の広さを見せる私に、白蛇さんのジト目が襲う。


「宗教的侵略を、退屈しのぎ……のう」

『何か問題が?』


 もはや彼は何も返さなかった。

 トントントン。

 礼拝堂の扉を叩く音と共に、聖女を彷彿とさせる声が響く。


「ケトス様、アンネでございます。お祈りの時間だと伺っておりますが――失礼いたします。準備が整いました。とりあえず中に入らせていただいても?」

『ええ、構いませんよ。開いていますので、入ってきてください』


 礼拝堂の扉が、ギギギギギイィ……。

 ゆっくりと開かれていく。


 私の信奉者となっているヤマネコ達も、周囲の気配に気付いたのだろう。

 毛を逆立て、うなななな?

 アンネさん達から見ると――狭い礼拝堂の中にネコの瞳が、ギラっと並んでいる筈。


 ざわつきが起こる。


 礼拝堂に詰まったヤマネコに睨まれたアンネさんが、眉間にものすっごい濃い皺を刻み。

 バタン。

 怪力で扉を閉めてしまう。


 白蛇さんが言う。


「ほれ見ろ、ドン引きしておるではないか」

『現実逃避、ですかね』


 しかし、これでは話が進まない。

 私はパチンと指を鳴らし、強制的に礼拝堂の扉を開く。


 気付かぬアンネさんが、なんか偉そうな騎士姿のハイエナ耳のオッサンに向かい言う。


「ですから! 行方不明になっていたギルドスタッフたちやホムンクルスたちが、全員ネコ化してこの中に……って! 扉があいてますの!? え!? ちょ! ふぇぇぇえええええぇぇぇぇ!? もう! ケトス様! なんなのですか、この騒ぎは!」


 あ、メチャクチャ混乱してるな。

 山羊の角は興奮すると光を放つのか、ギラギラになっている。


 大司祭の宝杖を手から零れ落としたのだろう。

 カシャンカシャンカシャンと、落ちた杖がコミカルな音を立てる。

 当然、ネコ化している信者たちは落ちた杖で遊びだす。


 わりとカオスな光景である。


 まだ巨獣人族のフォルムを保っている信者たちが、私を守るように来訪者たちを睨む中。

 次は百獣さんが入ってきて。

 パン……と肉球で強面を覆い、それでもやっと押し出すように言葉を絞り出した。


「ケ、ケトスさま? これはいったい……」

『御言葉に甘えて自由にさせていただいた、それだけの話です。この国での布教は禁止されていない。そうでしたよね? 彼等は自らの意思で、私と共に歩む道を選んだのです。何か問題がありますか?』


 まあ、ギルド関係者の半分以上を、たった三日で宗教的洗脳状態にしちゃったら。

 うん。

 驚くよね。


 さすがに見かねたのか。

 白蛇さんが肩から、呆然とする彼らに告げる。


「諦めよ。主神クラスの神とは、だいたい、こういう連中ばかりだ。言葉を選ばなかった汝等にも非がある。これから王宮に向かうのであろう? その前の良い勉強になったと心得よ」


 彼は意外にお節介なのか。

 更に神としての助言を与えた。


「そもそもだ。そなたたちは何か勘違いしておったようだが……我を説得できないからといって、大変危険な賭けにでているのだぞ?」


 百獣さんが言う。


「神よ、それはいったい……どういう意味でしょうか」

「やはり理解していないようだな――ケトス殿は異界の大神。主神クラスの神と話し合いをしようと、交渉のテーブルに誘ったわけなのだぞ?」


 シュラング神は神たる声で続ける。


「それはすなわち、神との儀式。契約の儀だ。ハッキリといってやろう。この大魔帝ケトスは危険な神だ。我よりよほど邪悪で、何をするか分からん気まぐれな神であるぞ? 失敗したり、不興を買えば……この先は言わずとも分かろう? そもそもだ。気分で動く獣神タイプとの交渉は、最も困難な交渉カード。まともな契約は難しいのだ。ちゃんと理解しておるのか?」


 そう。

 実はこれ。

 かなりの大事なんだよね。


 私、冗談抜きで獣タイプの大神なわけだし。

 会話選択を間違えれば、その場で何もかもが終わるのだ。


 ようやく今回の交渉の危険性を理解したのか。

 あちらさんの空気は重い。


 私達は頭を抱えるアンネさん達の案内を受け。

 王宮に向かった。


 私、悪くないよね?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あなたがたに、予めこのたとえを伝えておく。 聞く耳があるものは聞きなさい。 【危険な大魔帝のたとえ】 あるところに、二人の男がいた。 一人の男は愚かで、もう一人の男は聡明だった。 そして…
2024/02/04 23:01 退会済み
管理
[一言] ケトス様とってもカッコいい❤️
[良い点] …。フォレストエルフキャット以外にまた、猫が増えましたねぇ( *´艸`) [一言] まぁ、あの未来通り死ぬよりはマシだよね…。多分 ((o(^∇^)o))
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ