邪教祖 ~言葉遊びは魔術師の領分~
聖職者アンネたちと神との対話が行われたあの日。
歴史的話し合いから三日が過ぎていた。
王宮に連絡を取ると約束したギルドマスター百獣さんが、大慌ててで駆けまわっていたり。
大規模通信奇跡を扱うアンネさんが、大陸全土のギルドと連絡を取っていたり。
まあ、それなり以上の大騒動が起こっていたようだが。
大魔帝ケトスこと、素敵獣人な私には関係ない!
礼拝堂でいつも通り!
魔王様像に向かって、信者たちと共に祈りを捧げていた。
『祈りなさい、唱えなさい、念じなさい。さあ、願いなさい。滅びはもう間近。願うモノだけが、約束の地へ誘われるでしょう』
で!
今日は王宮からの遣いが来ることとなっているのだが。
ふと、賢い私は黒の聖書を広げながら周囲を見渡す。
そこにいるのは当然、巨獣人族……。
ではない!
モフッとした毛玉が、私に授けられた黒の聖書を開き。
ネコの丸口を蠢かす。
「全ては偉大ニャる御方のために!」
「猫こそが、御方に愛されし至高ニャる種族!」
「魔王陛下こそが、我等の主人ですニャ!」
なんということでしょう~。
たった三日の間で、魔王様信仰を心に決めたネコ信者たちがズラリ。
山のように並んでいたのです♪
かつて巨獣人族だった信者たちは既に、ジャイアントワイルドキャットに進化しているが。
……。
まあ気にしない!
労働ホムンクルスに自我を与えて、ついてくるかと問いかけた結果。
全員が、ネコ化を望み。
ジャイアントじゃないワイルドキャットに進化しているが。
気にしない!
いやあ!
どうせ滅んで消えちゃう種族なら、魔王様信仰を心から願うモノのみを、ネコちゃんに変化!
ドウェルグ族やエルフの女王エメラルドさんみたいに、そのまま連れて帰ろうと思ってるんだよねえ!
実際にこれは救済ともいえるだろう。
だから私は、堂々と、なにひとつ悪くない顔で――ペラペラペラ。
聖書を捲る。
朝陽と後光に満たされたステンドグラスに影が広がる。
私の憎悪の魔性としての影……巨鯨猫神の影が蠢いていたのだ。
ぶわぶわに膨らむ影猫が、まるで洗脳するように信者たちを包んでいる。
それを傍から見て言葉にすると、おそらくこうなるだろう。
邪教祖による洗脳。
だが!
滅びゆく種族を救っているのも事実! だから当然、気にしない!
故に私は堂々と巨鯨猫神の影を膨らませ、言葉を発する。
『さあ、どうか我が声に耳を傾けてください』
扇動の力があると知っていながら。
礼拝堂に声を響き渡らせたのだ。
『ノアの箱舟に切符は要りません。ただあなた方が本気であのお方を崇める、ネコを信じる、ネコと和解する。それだけでいいのです。さすればあなた方は至高なる種族、猫への進化を遂げることができる。邪聖剣楽園への扉が開かれるのですから』
言って私は両手を広げ、天に聳える邪聖剣エデンを仰ぎ見る。
巨人ヤマネコに進化した巨獣人族達も、でっかいモフモフボディで天を見上げ。
うにゃにゃにゃ!
「あれがエデンにゃのですニャ~」
「アーレズフェイムのエルフ達は、既にフォレストエルフキャット? に進化し、あそこで平和に暮らしていると聞きます」
「約束の日は近い。さあ、我等も祈りを捧げますのニャ!」
もこもこモフモフでワイルドな巨大ネコたちに、頷き。
私は教祖たる清廉な声で、告げる。
『魔王様、万歳! 魔王様に祝福あれ!』
「魔王様、ばんざい!」
「すばらしき魔王様に、我等の信仰を捧げますニャ!」
きぃぃぃん!
光の柱が天を衝く。
ネコの祈りが、街を揺らすほどの力を放ったのである。
祈りが私を通じて、魔王様へと送られていく。
ふっふっふ! 別にこれは悪い事をしているわけじゃない!
一応、許可をとってある。
それは先日の対話で事情を知った、アンネさんと百獣さんの言葉だった。
ギルドは王宮との打ち合わせに慌ただしくなっていたからね。
神との交渉ともなると、王宮にもギルドにも準備期間が必要だったのだろう。
時間がかかる事を気にして、彼等は私に言ったのだ。
待機している間は、自由にして待っていて欲しい。
――と。
言葉であっても、それは簡易的な魔導契約。
自由。
自由。
自由。
そう!
私は言葉通り! 自由に行動しただけの話なのだ!
この私に三日間も時間を与えて。
なおかつ自由にしていいと大義名分を与えた。
そりゃ――こうなるのも仕方ないよね。
ちなみに。
堂々たる仕草で両手を広げる私。
黒衣神父モードな邪教祖ケトスの肩には、白い蛇が乗っている。
もちろん、蛇モードのあの蛇神男くんである。
白蛇は信者たちを見渡し。
じぃぃぃぃ……。
蛇鱗をネラネラと輝かせ、赤い瞳をジト目に変えて耳打ちする。
「のう、ケトス殿」
『異界の神よ、どうしたのですか』
「巨人族を見捨てた我が……あまり、口を出すべきではないのだろうが――これはその、倫理的にどうなのであるか? 宗教汚染では?」
瞳を閉じた私は、静かな口調……。
神父としての声で応じる。
『違いますよ。彼らは望んで魔王陛下に忠誠を誓ったのです。これはあくまでも自由意志。強制は一切、行っておりません』
「いや、確かに我も見ておったから知っておるが。たぶん、アンネと百獣がこれに気付けば……絶対に動揺すると思うぞ、我。なんというか――あの自由にして欲しいという言葉は、こういう意味ではないだろう……」
シュラングくんって、やっぱり根はまともな神っぽいんだよねえ。
こんな反応だし。
反面、私の根底にあるのは憎悪と魔王様への忠誠。
チャンスがあるなら利用させて貰う。
確信犯である私は邪悪な笑みを浮かべ。
あくまでも静かに、穏やかに――信者たちを見渡す。
『何故でしょうか? 彼らは言いました、この私に自由にしていいと。私は魔族。魔王陛下の臣下にして最高幹部。自由にしていいと言われたのなら、その範囲内であの方のために動く。ただ、それだけですよ。私を異界の邪神と知っていながら言葉を選ばなかった、彼らの方に問題があるのでは?』
「うわぁ……。悪びれもなく、堂々と……さすがの我でも、これは――」
淡々と告げる私は、一切、悪いとは思っていない。
その言葉に嘘がないと知っているのだろう、肩のシュラング蛇が、はぁ……。
深い息を漏らす。
「ケトス殿。我も奴らの不敬には少々思う所があったが……まだ恨んでおるのか?」
『別に、王宮から追い出されたことを恨んでいるわけではありませんよ。私はそこまで狭量ではありません。当然、嫌がらせをしているわけでもありません。私怨などという言葉とは無縁です。ええ、まったく。これはあくまでも救済なのですから』
ネコは執念深いからのう……と。
白蛇さんがボヤいた、その時だった。
巨大ヤマネコたちが魔王様への祈りを捧げる中。
突如として現れたのは、周囲を囲む気配。
おそらく準備を終えたアンネさん達が、私達を迎えに来たのだろう。
まだ入ってこないようだが。
たぶん誰が最初に声をかけるか、相談しているのだろう。
開かぬ扉を目にして――シッポの先をシュルシュルっとした白蛇シュラングくんが言う。
「どうやら、やっとのようだな」
『そうですね。まあ私達を迎えるのですから、支度に時間がかかってしまうのは仕方がありません。こちらとしては退屈しのぎもできたので、問題ないですけどね』
心の広さを見せる私に、白蛇さんのジト目が襲う。
「宗教的侵略を、退屈しのぎ……のう」
『何か問題が?』
もはや彼は何も返さなかった。
トントントン。
礼拝堂の扉を叩く音と共に、聖女を彷彿とさせる声が響く。
「ケトス様、アンネでございます。お祈りの時間だと伺っておりますが――失礼いたします。準備が整いました。とりあえず中に入らせていただいても?」
『ええ、構いませんよ。開いていますので、入ってきてください』
礼拝堂の扉が、ギギギギギイィ……。
ゆっくりと開かれていく。
私の信奉者となっているヤマネコ達も、周囲の気配に気付いたのだろう。
毛を逆立て、うなななな?
アンネさん達から見ると――狭い礼拝堂の中にネコの瞳が、ギラっと並んでいる筈。
ざわつきが起こる。
礼拝堂に詰まったヤマネコに睨まれたアンネさんが、眉間にものすっごい濃い皺を刻み。
バタン。
怪力で扉を閉めてしまう。
白蛇さんが言う。
「ほれ見ろ、ドン引きしておるではないか」
『現実逃避、ですかね』
しかし、これでは話が進まない。
私はパチンと指を鳴らし、強制的に礼拝堂の扉を開く。
気付かぬアンネさんが、なんか偉そうな騎士姿のハイエナ耳のオッサンに向かい言う。
「ですから! 行方不明になっていたギルドスタッフたちやホムンクルスたちが、全員ネコ化してこの中に……って! 扉があいてますの!? え!? ちょ! ふぇぇぇえええええぇぇぇぇ!? もう! ケトス様! なんなのですか、この騒ぎは!」
あ、メチャクチャ混乱してるな。
山羊の角は興奮すると光を放つのか、ギラギラになっている。
大司祭の宝杖を手から零れ落としたのだろう。
カシャンカシャンカシャンと、落ちた杖がコミカルな音を立てる。
当然、ネコ化している信者たちは落ちた杖で遊びだす。
わりとカオスな光景である。
まだ巨獣人族のフォルムを保っている信者たちが、私を守るように来訪者たちを睨む中。
次は百獣さんが入ってきて。
パン……と肉球で強面を覆い、それでもやっと押し出すように言葉を絞り出した。
「ケ、ケトスさま? これはいったい……」
『御言葉に甘えて自由にさせていただいた、それだけの話です。この国での布教は禁止されていない。そうでしたよね? 彼等は自らの意思で、私と共に歩む道を選んだのです。何か問題がありますか?』
まあ、ギルド関係者の半分以上を、たった三日で宗教的洗脳状態にしちゃったら。
うん。
驚くよね。
さすがに見かねたのか。
白蛇さんが肩から、呆然とする彼らに告げる。
「諦めよ。主神クラスの神とは、だいたい、こういう連中ばかりだ。言葉を選ばなかった汝等にも非がある。これから王宮に向かうのであろう? その前の良い勉強になったと心得よ」
彼は意外にお節介なのか。
更に神としての助言を与えた。
「そもそもだ。そなたたちは何か勘違いしておったようだが……我を説得できないからといって、大変危険な賭けにでているのだぞ?」
百獣さんが言う。
「神よ、それはいったい……どういう意味でしょうか」
「やはり理解していないようだな――ケトス殿は異界の大神。主神クラスの神と話し合いをしようと、交渉のテーブルに誘ったわけなのだぞ?」
シュラング神は神たる声で続ける。
「それはすなわち、神との儀式。契約の儀だ。ハッキリといってやろう。この大魔帝ケトスは危険な神だ。我よりよほど邪悪で、何をするか分からん気まぐれな神であるぞ? 失敗したり、不興を買えば……この先は言わずとも分かろう? そもそもだ。気分で動く獣神タイプとの交渉は、最も困難な交渉カード。まともな契約は難しいのだ。ちゃんと理解しておるのか?」
そう。
実はこれ。
かなりの大事なんだよね。
私、冗談抜きで獣タイプの大神なわけだし。
会話選択を間違えれば、その場で何もかもが終わるのだ。
ようやく今回の交渉の危険性を理解したのか。
あちらさんの空気は重い。
私達は頭を抱えるアンネさん達の案内を受け。
王宮に向かった。
私、悪くないよね?