ジャネコ降臨 ~主神って実は偉いんだよ?~ 後編
魔竜達の勢力が伸びてるっぽい、このムースベース大陸。
かたや、神の加護を失いジリ貧な巨獣人族。
負債ともいえる長年の蓄積の結末は、種族存続の危機。
すなわち。
それもまた絶滅である。
これも一連の滅びを知るモノと、繋がっている事件なのかもしれないが。
ともあれ!
様々な歴史が重なってこんな事態になっていると知った私。
大魔帝ケトスは、モフ毛を膨らませて……んーむ。
複雑な顔で唸ってしまっていた。
種族としての終わりが見え始めている、この現状をじっと見て。
思う事はただひとつ。
こりゃ、説得は無理だろうなあ……っと。
そう他人事ながらに思っているのだが。
はてさて。
シリアスな顔でクリームシチューに黒パンを浸す私は、じっと周囲を見渡す。
主神のシュラングくんは、どこか遠くの方を見ているし。
聖職者アンネさんと、ギルドマスターの百獣さん。
彼らの表情も曇っている。
会話も進みそうにないし。
仕方ない――。
魔術師としての顔を作った私が、皆に向かってネコ髯を揺らす。
『さて、じゃあちょっと――現状のまま進んだ場合の、この大陸の未来を占ってみようか』
食堂のお箸を複数握って、ジャラジャラジャラ♪
肉球で魔力を付与して、それ!
転がる箸の角度や魔力分散の量、重なり合う本数から魔術式が構築されていく。
古典的な箸占いである。
『ヴァージニア伯爵の守るミドガルズ大陸は安泰だろうが、エルフの国は猫化で休戦状態。おそらく……エルフがエルフとして生きる未来はたぶん、もう来ないだろう。そしてこの地の未来は――』
言って私は、深刻なネコ顔で皆を見る。
主神も、聖職者もギルドマスターも注目しているわけだが。
ここで素直に語らないのが私という、魔猫。
にへぇ~!
と悪いネコの顔をして、トントン♪
机を叩きお代わりを催促。
『聞きたいなら? 分かるよね?』
「え!? いや、はい……構いませんが、まだお召し上がりになるのですか……?」
動揺に山羊角を輝かせ応じるアンネさんに、私は肩を竦めてみせる。
『伝承にもある通り、私は憎悪の魔性。ニンゲンへの憎悪を食欲に変換し、この穏やかさを保っている。代償として、常に何かを食べていたい……そんな欲求に支配されているのさ。至高のグルメを欲するこの感情は私にも止められない。全てを破壊してもいいというのなら、まあ話が別だが。それも困るだろう?』
「そう、なのですね――それは、なんと申し上げたらいいか……」
ここで同情を買ってみせるのもポイントだ。
おそらく、グルメのランクが上がるからね!
さすが大魔帝! 我ながら策士である!
さて、冗談はさておき。
今度こそ真面目に、私は……すぅっと鼻梁に影を落とす。
『シュラングくん。わざわざ私が占いなんてしなくても――君にも見えているんだろう? このままで本当にイイのかい?』
「なにがであるか」
とぼけているのか、興味がないのか。
敢えて現実を直視させるように、映像を投射。
巨大な蛇竜を映し出し、静かに私は語りだす。
『この大陸。正確には巨獣人族がだけど……もう、そう遠くない未来に魔竜王ミドガリウムに呑み込まれて――滅ぶんだろう? こんな風にね』
私が映し出した未来視。
近い未来の映像に、百獣さんとアンネさんがごくりと息を呑む。
そこには……抵抗虚しく魔竜に滅ぼされる、巨獣人族の姿が見えていた。
シュラングくんが、わずかに顔を逸らしたのだろう。
ターバンを擦る音。
そして、黄金装飾の揺れる音が食堂に響く。
『これが主神としての選択なら私は止めないが……こうやって話し合いに立っているって事は、まだ迷っているんじゃないのかい?』
「迷っているかだと? 大魔帝殿よ、これは異なことを言う。そのようなこと――当たり前ではないか」
未来を映す私の予知映像が流れる中。
こちらでも巨大な蛇が揺れる。
そそり立つ大蛇の影が、食堂の中に広がっていく。
影はもちろん、シュラングくんから伸びている。
そして。
その影の持ち主の顔にあったのは――、神たる者の責務を感じさせる表情だった。
顔の前で指を組み、神は唇を動かした。
「我は主神。この世界を支えし神。黄昏の悪神シュラング=シュインク。いつ何時でも悩み、心を砕いておったわ。なれど、かような我の心は既に移って消えた。そうさな。一言で言ってしまえば容易いか――我はもう疲れた。疲れたのだよ、ケトス殿よ」
疲れた笑みを漏らすその表情にあったのは――愁い。
まるで苦心の果てに民に裏切られたエルフの女王、エメラルドくんのような表情だったのだ。
その疲れを知るモノの唇が、悲しい音色を奏でだす。
「我はふと思うのだ。我が作る世界も、生物も、魔術も……全て何かが欠けておる。美しくない、綺麗ではない、そこにはナニかが存在しない。醜く歪んでしまっているとな。それはまるで写し鏡。己が闇を覗く行為にも近しいと悟ったのはいつの頃か――。どうやら我にも心というモノがあったようでな。我はもう、己の醜さなど見たくなどないのだ。もうよい。本当に……よいのだよ。我はほとほと疲れ切った。すまぬが巨人族よ。もはや汝等に期待することなど、なに一つない。そう、何一つな……」
う、うわぁ……。
こいつ、マジでシリアスモードだとまともでやんの。
しばらく重い沈黙が続く。
私は部外者だし。
なんというか、黙ったままでも問題ないが。
空気は死ぬほどに重い。
ネコの尻尾が不機嫌に揺れる中。
やがて、ぽつりと語りだしたのも、シュラング=シュインク神だった。
「まだ期待を持っていた時代、あれは亜人類の誕生だったか――はじめは嬉しかったさ。我が創造した人類はニンゲンのみ……神の姿と心を真似た生きたゴーレムどもだ。なれど汝等は我が与えた一つの悪戯で、その種類を増やしていった。ニンゲンという枠の中から外れ、それぞれが独自の文化を手に入れ、我も知らぬ存在へと進化を遂げていったのだ。エルフ、吸血鬼、ドウェルグ族に巨人族。それは我も知らぬ知識。我も知らぬ未来を歩む筈だった者達。我は見た。我はずっと眺めていた。見守っていた。誕生せし汝等の道を照らしておった。けれど、その結果はどれも同じ。結局、人間と何も変わりなどなかった」
「わたくしたちは……失格であったと?」
信徒であるアンネさんの言葉に、神は苦く微笑する。
「よもや山羊巨人の娘よ。自分たちが常に正しき行動をしていたと、そう思うておるわけではあるまい?」
正直。
私もこの大陸でいきなり面を喰らったからね。
吸血鬼たちも、エルフ達も、ドウェルグ族は……まあセクハラぐらいだが。巨獣人族も、やはりどこかが歪んでいた。
それらは八つの悪徳。
おそらくは、創造神たるシュラング=シュインク神の心の歪みが、滲んでしまっていたのだろう。
彼自身は自らの心の悪徳を知っていたからこそ、そうではない人類を欲していたのかもしれない。
溝は深い。
けれど、ここで諦めたら後がない。
ぎゅっと杖を握り、アンネさんが言う。
「それは……そうでありますが。皆も事情さえ知れば……まだやり直せる、いえ、やり直してみせる。そう強く願うモノも多くいる筈だと、わたくしは信じております!」
「その心意気だけは評価しよう。なれど所詮は、鳥のさえずりよ。我一人の心さえ動かせぬ娘の言葉に、奴らが心を動かすとは我には思えん」
諦めを知った神は言う。
「もう、済んだ話という事だ。我が人類を諦めた、その決定的瞬間は、そうだな。おそらくはあれだろう。勇者ヒナタ。世界を救ったあの者を、汝等が追放した事だ」
「それは……」
彼女が言葉を止めたのは、言い訳になってしまうからだろう。
おそらく、その件に関して巨獣人族はあまり関わっていない筈。
人間と、かつて人間だった吸血鬼、そしてエルフ達が中心となって動いていた――と、私は推測している。
神の口が、あの日の真実を語るように動き出す。
「なぜ、我があの娘を妻にと所望した時。誰も止めようとしなかったのだ?」
それは存外に重い言葉だった。
欲しておいて、止めなかったと責める。
それはまさに神の裁定だ。
おそらく、人類を試していたのだろう。
世界を救った勇者を、神から助ける心を持っているかどうか――。
その時、勇者への恩に応え全力で神に抗議していたのなら――未来は変わっていた筈。
そして、シュラング=シュインク神。
彼もまた、そうであって欲しいと願っていたのではないだろうか。
神と聖職者の交渉が続く中。
ブワブワブワっと猫毛が膨らむ。
それは勿論、私――大魔帝ケトス。
ネコのもふもふ獣毛が感情と共に、ぶわりと膨らんでいたのだ。
興味が出てきてしまったのだ。
この男、シュラング=シュインクという神の過去が少し、知りたくなった。
これはきっと私の悪い癖だ。
知りたいと思ってしまったのなら、もはや諦める選択肢など。
ない。
私は――。
ネコの魔眼を発動させた。
◆□◆
本気となれば、未来も過去も直視できる私の瞳には見えていた。
シュラング=シュインク神の嘆きが、透けて見えているのである。
これはいつの記憶だろうか。
酷く、過去の彼の心は暗澹としていた。
世界創生の孤独の果て。
人類を生み出したシュラング=シュインク神。
彼は何度も唸っていた。
なぜ、醜い!
なぜ我が作るモノはみな、我に似てしまう!
我が見たいモノは、作りたかったモノは! こんな醜い世界ではない!
と。
天に栄える主神。
その足元から覗く大地には、醜い人間の戦争が映っていた。
様々な血を見たのだろう。
様々な愚かさを見たのだろう。
手を差し伸べても、救ったモノが今度は誰かを貶め、虐殺する。
優しき王に力を貸した。
王の息子は、その優しき王を殺し、地位を奪った。
優しき王がいなくなった国は滅び。
民は死んだ。
伸ばした手は、無駄になった。
いや。
滅んでしまったのなら、無駄に血を増やしただけだった。
荒野を眺め。
神は思う。
ああ、やはり醜い。
と。
それでも自分が作り出した世界。
見捨てることなどできる筈がない。
彼は責任感が強かった。
そう、この時はまだ――主神として、あろうとしたのだろう。
時代は流れた。
何度も救いを求める祈りに応じて、手を伸ばした。
何度も。
何度も。
けれど、結末はいつも同じ。
差し伸べた神の手を裏切るように、戦禍は広がる。
人は醜く嗤っている。
死を見た。
醜さを見た。
何度も見た。
それは終わらない呪いのようなもの。
そして。
いつの日だったか、彼はふと思ったのだ。
このような者達に、加護など必要なのだろうか。
と。
その心の闇が、三大魔竜を産み――三大魔竜は更に強大な一匹の魔竜を産んだ。
それこそが二百年前。
世界を滅ぼしかけた存在の誕生。
人々がニンゲン同士で戦争を繰り広げる中。
神より生まれた三大魔竜より生まれた、強大な魔竜。
暗澹とした闇の魔竜は、その力も魂も肥大させ膨れ上がっていた。
その闇が、世界を覆う程になっていたと最初に気が付いたのは、誰だったのだろう。
ある日、召喚されていた少女は気が付いた。
それは戦争のために呼ばれた少女だった。
けれど、異質だった。
人々の戦争に異世界人を巻き込むなと大暴れ。
敵も味方も関係なしに吹き飛ばし、ふふーんと微笑む変な少女だった。
けれど。
変人だったからこそ、だろうか。
明るさと傍若無人さを発動させ、人々の心を動かしたのだ。
神もまた、その中の一人だった。
なんだ、この変な娘は。
そう思った。
けれどこうも思っていた。
愉快な娘であるな――と。
疲れ切っていた主神は絶望の中で光を見た。
それは――確かに人間だ。
けれど、どこか他とは違う輝きを持っていた。
その名はヒナタ。
異界の勇者。
そして、シュラング=シュインク神の崇めていた男。
あのお方の魂の名残を感じさせる、不思議な娘だった。
神は思った。
なんと美しい魂の持ち主だろう、と。
けれど眩し過ぎる。我には届かぬ光ではないか。
くだらない。
けれど、どうしても気になってしまう。
こいつ自身は気に入らない。気に入らないが……この明るさは。
いや、この光こそが欲する光。
愚かなニンゲン達に求めていた、輝きそのものではないか。
主神はその時、ようやく。
欠けていたモノを掴んだような気がしたのだ。
神であった男は、世界を救う勇者の冒険を眺めた。
記録した。
眺め続けた。
勇者は邪悪な魔竜を滅ぼし、世界に平和を作り出した。
光への憧れが、別の何かへと変わっていたのはいつの頃だったのだろうか。
思わず神は腕を伸ばしていた。
触れたいと思った。光で、疲れた心を包んで欲しいと願った。
そして主神は恋をした。
初めて、人の魂の美しさを知った。
欲しいと願ったのだ。
光への憧れ。それを恋というのは違うかもしれない。
けれど、彼はこれこそが恋だと思う事にしたのである。
なぜなら。
彼は知らなかったのだ。
欠けていたのだ。
それがおそらく、シュラング=シュインク神に欠如した感情。
作りだすものすべてに感じていた欠損。
それを言葉にするならば。
やはり。
愛。
そう。彼は他者への愛を知らなかったのだ。
愛を知らぬ彼自身が作りだした人間の魂は、いつまでも醜いまま……。
平和となった世で、再び醜さを取り戻す。
時が僅かに過ぎた。
本当にわずかな間だったのに――。
ニンゲンは勇者を追放した……。
そして。
それこそが決定打だったのだろう。
神はニンゲンを諦めた。
世界をどうでもいいと思う事にした。
主神が最後に与えた機会を、ニンゲン自らが踏みにじった瞬間でもあったのだ。
時は流れ。
ニンゲンが滅んだ世界。
神はふとこう思った。
また、あの光に会いたい――と。
それは本当に独り言。
僅かに盛れた、かつての本音だったのだろう。
彼の部下である闇王が、赤き瞳を輝かせていた。
◆□◆
過去から戻ってきた私は、うにゃーんと項垂れる。
こいつ。
くっそ、重いでやんの、と。
視界に映るシュラングくんを見て、ついつい同情の視線を送ってしまうのである。
ただのロリコンセクハラ神だと思っていたが。
なんとも。
うん……なんとも、まあ。
ヒナタくんとの出会いは奇跡。
あの求婚も、おそらくは恋ではない。
不器用な男が、自分にはない光を見てしまった故に起こった……事故だったのだろう。
もっとも、今の彼の心にあるヒナタくんへの感情が何なのか。
ネコである私には理解できないが。
おそらく、今の彼は本当に……。
……。
つか、やっぱり……。
この主神って、この世界の民と似てる部分があるんだよなあ。
んー……長い間、見守っていたってのは本当っぽいし。
無責任なのかどうかは、微妙な所だね……。
矛先を変えて私は言う。
『ていうかさあ、アンネさんたち。君たちに言いたいんだけど――これは確定した未来ではないんだ。未来を乱す私という存在が、こうして未来を乱す禁術を使って未来を伝えた。その時点で変化も発生する筈だからね。君達がもうちょっと今からでもしっかりすれば、少しは違った結果になるんじゃないかな?』
結局、おせっかいな仲介役みたいな事をしているが。
気にしない。
今頃、どこかで見ているだろうロックウェル卿が、ほっとけばよいのに……と、呆れているような気もするが、気にしない。
私はやりたいようにやるのである!
言葉に反応したアンネさんが大司祭の宝杖をぎゅっと握り。
強い瞳で私に目線を寄こしてくる。
シリアスなシーンなので、私は急いでパスタを啜りきる。
どうやら、口元がケチャップまみれになっているようだが。
……。
口についた汚れを拭ってくれたアンネさんが、真剣な顔で言う。
「お聞きしたいのですが……ケトス様。あなた様の未来視でも安寧が確認されている唯一の大陸。ミドガルズ大陸では、いったいどのようにして、滅びを避けることができたのでしょうか」
隠す必要もないか。
私はそのまま真実を告げた。
『おそらくは、リーダーの存在だろうね。例のヴァージニア伯爵の活躍……というか暗躍さ。彼は私達に三大魔竜の一匹を葬らせた。私はうまいこと、誘導されていたんだろうね。で、シュラングくんさあ。君がニンゲン達に変化を与える……運命を変えるために、吸血鬼を生み出していたって言っていたけど。それってもしかして――彼の事かい?』
意外にまともな部分もあった主神。
垂れ目褐色ワイルド蛇男なシュラング=シュインクくんが、シャランと黄金の装飾を鳴らし。
こちらをじっと眺めて応じる。
「ああ、その通りだ。ケトス殿――我が贄……吸血鬼の王として選んだのは、当時もっとも強力で賢かった人間の個体。その名をブラッティ=マリアン=ヴァージニア。我は原初の力を用い、そのニンゲンの血と魂に変革を与えた。遺伝子と呼ばれし配列情報を改竄し、新たな魔術式を組み込んだのだ。それこそが始まりの闇王。真祖と呼ばれる、原初の吸血鬼の誕生となったわけであるな」
ということは、あの伯爵。
やっぱり強いんだろうなあ。
まあ勇者であるヒナタくんと冒険していたのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。
長老に分類されるヴァンパイアは伊達ではない、ということか。
……。
様々な可能性、様々な状況を計算する私の前で――。
ワシャワシャワシャ!
百獣さんが唸るようにたてがみを掻き毟っている。
『どうしたの? ノミでもたかった?』
問いかける私に、ライオンさんは私やシュラングくんへの恐怖すら忘れて。
クワワワワワ!
瞳を見開き、ライオン尻尾をぶわんぶわんに揺らす。
「ミドガルズ大陸の闇王ヴァージニア伯爵であると……ッ!」
「あの不浄なる者を誕生させたのは、神よ、あなただったのですか!?」
驚愕に揺れるアンネさんの顔を見て、私が言う。
『ていうか君達、ヴァージニア伯爵に関しても詳しいのか。最初の接触で彼の名前が通じなかったし――てっきり、こちらの大陸では無名なんだと思ってたけど』
のんびりとした私とは裏腹。
彼女が珍しく瞳を尖らせ、静かな声で語りだす。
「無名どころではありません。あの闇王はかつてこの大陸を経済面から侵略し、滅ぼしかけた豪商。勇者の追放と共に、手段を選ばなくなったと言われていますし……実際、五十年ほど前の戦い、三大大陸戦争ではわたくしたちも被害を受けております。巨獣人族にとっては今でも敵対者の代表として名のあがる、極悪人ですよ?」
つか。
五十年前に一回、三大大陸で戦争してたのかい!
『なるほどねえ……。あいつ、聞かれなかったからってその辺の事を私に教えなかったな』
あんの、腐れ商人。
いつの時代かは知らないが、そんなことをしてたのか。
まあ強欲な性質が強く出ているのだろうが……。
ふと偉い私は考える。
『じゃあ私達が王宮から追い出されたのって、ヴァージニア伯爵の右腕であるカーマイン君のせいだった可能性もあるのか。彼自身が悪いわけじゃないけど、やっぱり右腕が直接王宮に顕現しちゃったってのは、まずかったのかなあ……』
ネコ鼻についたパスタソースのケチャップを舐め取り。
んーみゅと、思考の海に入り込む私。
とってもかわいいね?
まあ結局は、私達のことも信用してなかったみたいだけど。
こんなカワイイ私を疑うなんて。
酷くない?
うん、酷い!
一人納得する私に、アンネさんが言う。
「あのぅ……偉大なる神父ケトス様。図々しい願いと提案とは承知しているのですが、……発言をお許しくださいますか?」
『ん? いいけど。なんだい?』
実は今の私は心が広い!
まるで超特大イチゴ大福のよう!
追加の食堂メニュー二周目が届いているので、気分がいいのだ!
おそらく。
彼女もギルドマスターの百獣くんも、気が緩むこのタイミングを狙っていたのだろうが。
そこはそれ! そういう強かさは嫌いじゃないしね!
「一度、わたくしたち戦闘員ギルドを通して――帝王陛下と御逢いになっていただけないでしょうか。さすがにわたくし達、ギルドの紹介ならば王も疑いにはならないでしょうし……事情はきちんと説明いたします。なにより、身近に迫った我等巨獣人族の滅びの予言を、ハッキリと伝える事ができるのならば――帝王の気持ちも動きましょう。最初の無礼への謝罪として、ケトス様のお望みになるグルメで歓待をしてくださるとは思うのです」
丁寧に私を説得するアンネさんの横でもライオンさんが、うんうん。
たてがみを揺らし、何度も何度も頷いている。
神との対話は平行線。ならば、とりあえず私を味方につけようという算段か。
まあ悪くはない手である。
が――!
これは諸刃の剣でもある!
『でもそれ、本当に大丈夫なのかい?』
「と、おっしゃいますと?」
『私達の力を直接知った今の君たちには悪意がない。その気が湧くなんて絶対にないとしてもだ――王宮だか、宮殿だかの連中が君たちの話を完全に信じるとは、限らない。グルメで誘い出した隙にヴァージニアの手のモノを一斉に襲ってやる! なーんてことになったら、私もさすがに反撃するよ?』
言われて彼らは想像したのだろう。
山羊さんとライオンさんが、じぃぃぃっと上を向き。
考え中。
しばらくして――。
う……っと、苦い顔をして項垂れてしまう。
会話を聞いていたシュラングくんが、ふはははははと愉快そうに笑いだす。
「たしかに! そのような事態もあり得るだろうな! 良いぞ、良い! それは愉快そうだ。我も同行しよう! ケトス殿が僅かでも反撃をすれば、この大陸の半分は吹っ飛ぶであろうし最後の花火、手向けともなろう。我はそれでも構わぬからな! そこの巨人族よ――疾く、我等に無礼を働いた王宮と話をして参れ」
『うわぁ……君、心の底から楽しんでいそうな顔をしているね』
享楽主義というか、なんというか。
まあ、悪戯好きなロキの原初を力とするほどの神だからなあ。
ひねくれ者なのだろう。
これ、過去の映像を見てなかったら。
ただの外道にしか見えんな……わりとマジで。
とりあえず、これで当初の予定、私を追放した愚か者どもへの嫌がらせ!
堂々と正攻法で王宮に殴り込む……!
じゃなかった。
訪問をするという目標は達成できそうかな?