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ジャネコ降臨 ~主神って実は偉いんだよ?~ 中編



 場所を変えて話し合いをすることになり、我等は食堂に足を踏み入れていた!

 ついに!

 念願の食堂である!


 まあ、夜だからスタッフさんもあまりいないんだけどね。

 で!

 メンバーは異界の大邪神こと素敵ニャンコな私! もふもふ大魔帝ケトス♪


 そして、その他さっきのメンバーに追加でもう一人。

 私の前で何も説明せずとも跪いている百獣の王、ライオン巨獣人のギルドマスターである。

 彼はシスターアンネに大事な話があるからと、呼び出されただけなのだが……。


 この全面降伏である。

 雄々しい獅子のたてがみに目をやって、私はふふーんと丸い口角をつり上げる。


『ふーん、どうやら既に分を弁えているようだね』

「隠し切れぬその魔力、その獣性。さぞや名のある神とお見受けいたします――あなた様はいったい……」


 ライオンさんなのに、口調がとても丁寧である。

 ただ今は、借りてこられた猫状態――その鼻先にも肉球にも、汗が浮かんでいる。

 緊張でガクガク震えているっぽいね。


 初対面でいきなり私の力の一端を理解したのだ、さすがはギルドマスターといったところか。

 瞳を細め、私は言う。


『いきなり呼び出してすまなかったね。名前は、まあいいや。えーと、アンネさん。頼めるかな?』


 アンネさんに説明を促し――彼女が動く。

 事情を聞いたのだろう。

 ビシっと、百獣ライオンさんの顔立ちが凍り付いてしまった。


 ちなみに、私とシュラングくんは食堂で催促したグルメに食らい付き。

 耳と目と尻尾をピンとさせ、私は哄笑を上げる!


『くはははははは! 巨人サイズの蒸しパンケーキ! 食べても食べても減らぬ、スポンジの海! 絡み合うバター! ふはははははは! これこそ我にふさわしき贄よ!』

「ふむ、豪胆な味付けではあるが、なかなかどうして美味ではないか。これが巨人族のフルコースか。最後の供物になるやもしれぬが、悪くはないぞ? ふははははははは!」


 シュラングくんと大魔帝。

 二柱による高笑い大合唱である!


 百獣さんの目がシュラング=シュインク神に向く。アンネさんから、彼について説明を受けたのだろう。

 ライオンさんはグワワワっと目と口を見開いて。

 ペチンと強面に肉球を当てた直後――頭の上にモヤを浮かべ、俯いてしまったのである。


「シスターアンネよ、その話は……その、なんだ。マジなのか?」

「マジなので御座います……はい」


 ライオンさんが、膝の上でギュッギュっと肉球を握っているが。

 気にしない!

 空気はどんよりしているが、こちらの食欲は止まらない!


 項垂れる彼らに向かい、私は皮肉を込めて言ってやる。


『ま、話し合いのテーブルに立てただけでもマシじゃないか。せいぜい、うまいこと交渉するんだね。せっかく私がこんな二度とない席を用意したんだ、頑張りたまえよ』


 そんなわけで!

 ギルドマスター百獣ライオンくんを、話の立会人とし――。

 神と聖職者シスターとの話し合いが、ここで開催される事となった。


 ある意味で中立である私は、シュラング神が話し合いを実力行使で終わらせないための監視役。

 報酬は食堂メニュー、一式。

 今頃、ギルドマスターの命令で食堂は大急ぎだろう。


 別にだ。

 ギルド食堂へ合法的に入り込む理由にしたわけでは、ないよ?


 ◇


 話し合いは厳かに進められていた。

 神は魔竜こそが正当なる後継者だと告げ、巨獣人族達へこの大陸からの退去を命じている。

 まあ、おそらくそれが無理であるとも承知はしているだろう。


 対するシスターアンネは、なんとか巨獣人族を認めて貰おうと必死だった。

 しかし、分が悪い。

 私もシュラングくんも、この大陸の惨状を知ってしまっているからね。


 力こそが正義。

 弱者は虐げられて当然で、差別されるべき存在。

 力なき者が悪いだけの話。


 それがこの大陸の不文律。

 ある意味で、もっともシンプルなルールと言えよう。

 それ自体は野生の獣と一緒なのだ、悪いと断定できるほどの事ではない。


 けれどそれは――だ。

 巨獣人族自身にも帰ってくる強制規則。

 今まさに、巨獣人族達よりも強い魔竜と、そして魔竜を眷族とする主神に力で脅されているわけだからね。


 ある程度の事情を知ったシスターアンネが、シュラング=シュインク神に頭を垂れ。

 祈りを捧げる。


「――それでもわたくしはまだ、巨人族も、わたくし達に使役されるホムンクルスもやり直せる。そう考えているのです。お怒りはごもっともです……けれど、お願いで御座います! どうかもう一度。もう一度だけ、わたくし達に機会をいただけないでしょうか?」


 ちなみに、ホムンクルスとはかつて存在したニンゲンの細胞を元に作られた、魔導人形。

 培養された人の肉で動くフレッシュゴーレムのようなもの。

 食堂で働いている人間が見えるのだが、彼らがそのホムンクルスなのだろう。


 人間を元にした人造生物、そこにある倫理観の有無はとりあえず割愛。

 私は口を出す立場にないだろう。

 労働家畜の一種ともいえる存在であるが、それは漆黒牛とて同じこと。


 牛はオーケーなのに人間はダメ。

 それもこっちの価値観の押し付けになっちゃうからね。

 線引きって結構難しいのである。


 ともあれ、シスターアンネの主張はこうだった。


 まだ間に合う。

 どうか、もう一度だけ加護とチャンスを与えてくれないか。

 帰還した神の怒りを知れば、必ず考えを改める筈だ――と。


 言葉を噛み締めるように瞳を閉じていた男。

 シュラング=シュインク神が、言う。


「ふむ、なるほどな。貴様の言う事も分からなくもない。全ての巨獣人族が醜き心に汚染されているわけではないだろうからな。なれど――」


 シスターの真剣な顔を眺め、神もまた真剣に向き合ったのだろう。

 ぎしりと椅子を鳴らし、神は眉を下げた。

 厳格な声を漏らしたのである。


「できぬ点が大きく二つある」

「と、おっしゃいますと?」


 ごくりと息を呑むシスターアンネ。

 そして、ギルマス百獣くん。

 ごくりと、分厚い熱々ベーコンを噛み千切る私の前で、神は語りだす。


「まず一つは、我は既に後継者を選んでいるという点だ。既に滅びし人間、その心の隙間より生まれし存在、魔竜をな。奴らを次の世代……すなわち、正しく進化した新人類として認定しておる」


 大地全てを締め付けるほどに巨大な存在、蛇竜の姿が映し出される。

 それが三大魔竜の一匹。

 この大陸の支配を担当する邪竜、ミドガリウムか。


 おそらく、これは原初神ロキの子――世界をぐるりと巻き付くほどの超巨大な竜、ミドガルズオルムの力を宿された魔竜王だろう。

 映像だけなのだが、その力の強大さが伝わってくる。


 ……。

 まあ、身も蓋も無い言い方をしてしまうと、私やヒナタくんにかかれば雑魚なのだが。

 この大陸を支配する実力があるのは、間違いない。


「これは長きにわたりこの世界を管理し、監視した我。シュラング=シュインクが神として下した裁定。熟慮した末の、正しき選定である。魔竜側に大きな過失がない以上、今更にそれを覆すことなどできぬ」


 シュラング神の赤い瞳が、ギィィィっと輝く。

 それは敵を睨む蛇の瞳。

 魔竜に対して、一定の慈悲の心を持っているようだ。


「我は主神、シュラング=シュインク。腐っても神は神。眷族を守る義務もあるからな」


 まあ、その眷属の王の一匹。

 三大魔竜の邪竜ニドヘグルは私の手の中。

 こっそり冷凍保存して、確保してあるんですけどね。


 たぶん私が所持している限り、三大魔竜が揃う事はない。

 ニドヘグルは冷凍肉状態。

 再生も輪廻の輪に戻る事もできずにいる筈。


 ミドガルズ大陸の安全は確保できたと言えなくもないのだが。


 ともあれ――。

 私は食堂の追加メニューが届く合間に召喚した、持参のアイテムをクッチャクッチャ。サラミとウインナーがたっぷりと乗ったピザを食べながら。

 ぼそり。


『ええ……いいじゃん、別に魔竜なんだし』


 私、魔竜ってどうしても好きになれないんだよね。

 くわぁぁぁぁっと欠伸をし。

 肉球の凹凸に入り込んだピザのおいしい脂を、チペチペチペ♪


 外野である私のツッコミに、シュラング神は頬をピクっとさせるも。

 コホン……。

 わざとらしい咳払いをし、話を続ける。


「そして第二の問題は、貴様たち自身にある。聖職者よ、汝は……アンネといったか?」

「はい……そのような洗礼名を戴いております」


 あー、本名じゃなくて宗教系の別名なのか。

 本名とは別に神聖な名を授ける事で、神の加護を得るのだが……。

 まあ、この大陸の巨獣人族にはもうほとんど加護がない状態なので、意味があるかどうかは不明である。


 聖職者を眺めて、神は言う。


「アンネとやら。キサマも高名な聖職者であるのなら、多少は理解しているのではないか? 昔から変わらぬ、そなたら巨獣人族の欠陥をな。ニンゲンに吸血鬼、エルフ、ドウェルグ族にそして巨人族。汝等には八つの悪徳が刻まれたまま。己が不遜を顧みることなく、今まで生きている。それは神として到底看過できる問題ではない。巨人族よ――汝等の高慢……自惚れは実に醜い。見るに堪えぬわ」


 魔術的概念を感じる言葉に、ネコ眉がビビビ!

 割り込んだ私がシリアスに言う。


『八つの悪徳? 七つの大罪とかじゃないのかい?』

「七つの大罪よりも原初に近い、想念の総称だ。貪食どんしょく、淫蕩、強欲、怒り、悲嘆。怠惰に虚栄に高慢の八つ。巨人族よ――汝等に刻まれている悪徳は、虚栄に高慢の二種。虚栄は自惚れを産み、高慢は他者への嘲りを産む。思い当たるフシがあるだろう?」


 アンネさんがこくりと頷く。

 聖職者による肯定に眉を下げ、神は朗々と語り続ける。


「人間は全ての悪徳を備えた醜き存在。そして人間より派生した汝等亜人族には、それぞれ一部の性質が色濃く発生しておる。吸血鬼には強欲と怒り。ドウェルグ族には淫蕩と貪食。エルフ族には怠惰と悲嘆。巨人族には虚栄と高慢がな」


 私は魔術師としての顔で、淡々と語る。


『それってつまり――創造の時に君が抱えていた悪徳。欠点が彼等旧人類にも反映されていた……そういうことかな?』

「さあ、それはどうだろうか。まあ否定はせぬよ――創造物は創造主に似るともいうからな」


 主神の顔に浮かんでいるのは、憂い。

 どこか遠くを見るような、寂しげな表情だった。

 その端整な唇が、ハッキリと言葉を紡ぎ出す。


「我は長きに渡り、汝等の行動を眺めていた。楽園の崩壊と共にこの世界を生み出してから、ずっと……ずっと、ずっとな」

『君がまだ人間をはじめとした旧人類に、加護を与えていた時代か』


 肯定するように目線を下げ。

 神は語り始める。


「はじめに我は人間を作った。奴らは神を模した外見でありながら、その心は実に酷い生き物だった。まるで我自身を見ているようで、実に不愉快な存在であった。強欲で、怠惰で高慢で……数えきれぬほどの欠点を抱えた失敗作。自らの種族で戦いあう、いや……それだけでは飽き足らず、自らの血族とさえも争う欠陥品であったのだ。我は失望した、ああ、失望した。このような生き物を生み出してしまった、我自身の愚かさを悔いる程にな」


 シュラング神は悲しい笑みを浮かべていた。

 そこに、あの残念神の空気はない。

 ギャグキャラが生み出す嘆きの苦笑は、この私の心さえも僅かに揺らしていた。


 綺麗な笑みだったのだ。

 本当に、哀れで残酷なほどに……優しい諦めの笑みだった。


「シュラング様の聖典にある人間への不信、神の嘆きの一節、ですわね」


 言って、アンネさんが聖書を開く。

 そこには戦争を繰り返す人々を嘆き、泣き崩れる神の姿が映っている。

 零れる命を救おうと伸ばした神の手に、更なる武器を、血を要求するニンゲン達の姿が見えるのだ。


 聖書もいわゆる逸話の書。

 グリモワールに分類される魔導書ともいえる。

 おそらく……実際に、この神は泣いたのだろう。


 アンネさんが祈りを捧げながら、吐息に言葉を乗せる。


「やはり、実際にあった出来事……なのですわね」


 自らが信仰する神の逸話を確認する。

 それは聖職者にとってはわりと重大な事件なのだろうが、私は全然、シュラングくんの逸話を知らないからね。

 ああ、そうなんだ、程度の感想になってしまうのも仕方がない。


 なんつーか、滅んだ人間族……達さあ。

 わりと自業自得しまくってない……?

 いや、だからこそ滅んでしまったのだろうが。


 ともあれ私は、この世界の神に目をやる。


 実際、人間を作り出してからどれほどの間、観察していたのかは知らないが……。

 少なくとも国同士が戦争を行うには、ある程度の文化レベルが必要な筈。

 それこそ何百年と、人間を加護し気長に待ち続けていた可能性が高い。


 これは……交渉決裂かな。

 アンネさんは言った。チャンスを与えて欲しいと。

 けれど、既にチャンスは何度も与えられていたのだ。


 その結末が、これ。

 ニンゲンと、人間からの派生種族。

 旧人類を諦め――人の心より生まれし新たな種、魔竜を新人類と定めたのだ。


 神の口が続きを語る。


「それでも我は……心醜き我と似たニンゲンを諦めきれなかった。人は人。加護を与えるべき存在、人類として定めるにはオーソドックスな生き物であったからな……。失敗作とはいえ、我は彼らを愛そうと思い、加護を与え続けた。いつか反省を覚え、その心を変えてくれると信じてな」


 ターバンから投影されたのは、記録クリスタルに似た映像。

 創世記の映像が浮かび上がっているのだ。


 その映像と聖書の記述が一致しているのか。

 アンネさんは十字を切った後、深い祈りを捧げ始めている。


 ライオンさんは……あんまり聖書に詳しくないのか、頭を下げているのみ。

 ま、聖職者じゃないならこんなもんなのだろう。

 神の声が私のモフ耳を揺らす。


「なれどだ――我はニンゲンと呼ばれる存在の醜さを甘くみていた。我の作りしニンゲンは、本当に残念なことに我によく似たイキモノであったのだろうな。ろくに……反省などしなかったのだ。奴らを愛せなくなったのはいつの頃だったか。いや、今となって思えば――初めから愛せてなどいなかったのやも知れぬ。まあ……それはいい。ともあれ我は人間に変化を与えるべく、天より悪戯を贈った」


 悪戯?


『神話再現アダムスヴェイン……ロキの力を使ったという事かな?』

「神が創造物に変化を与えるために奇跡を齎す。よくある創世の一ページであろう」


 肯定するように、シュラング神は頷く。


 悪神ロキの性質はトリックスター……。

 搔き乱す力。

 人間という存在の運命を乱し、変化を与えるには、たしかに最適な力ではある。


 魔術的に解釈すると、禁術を用い運命を捻じ曲げたのだ。

 手段や方法は違うが、私が定められた運命を乱してしまうのと同じである。


「我が行った悪戯はただ一つ。かつて楽園が栄えた時代、女神リールラケーから拝借した原初の力を使用したのだ。ケトス殿――あの者を滅ぼした貴殿なら知っておろう? リリスの力、他者を誘惑する性質……それは吸血鬼と通じる力でもある」


 魅了の力……。

 インキュバスやサキュバス。リリムといった存在の他に、魅了を司る存在は確かにある。

 それこそが吸血鬼。


 魔術体系としての呼び方は様々。

 原初や始祖。トゥルーヴァンパイアやオリジンヴァンパイア。ともあれ他者を支配下に置く、強大な存在である。

 ニンゲンという種だけでは反省できぬと知り、次に、吸血鬼を生み出したという事か。


「リリスとは、アダムとイヴの伝承に連なる存在。人類創世神話に関係するきわめて強力な神性でもある。そこを悪用することにより、ヴァンパイアへと人間を進化させる特異な魔術式を作り出せたというわけだ。我は吸血鬼の核としてリリスの力を発動させた。魅了リリスの力をアダムスヴェインとして認識させ、新たな進化を促すことにしたわけだ。結果は……ミドガルズ大陸を見れば分かるであろう?」


 そこで生まれたのが、今あの大陸を支配する存在か。

 まあ結局は、神の裁定でNGを喰らったわけだが。

 話を聞いていた私は言う。


『ていうかさあ、あくまでも力の一部なんだろうけど……。よくあの露出狂女神からそんなもんを盗めたね。原初の力なんて、神として最も大事な神性モノだろう?』


 ツッコむ私に返事はない。

 ……。

 まあ、楽園にいた頃のリールラケーは男と女をとっかえひっかえ遊んでいたみたいだし。

 火遊び相手の一人だったのかな。


 そう思った私に、主神の男が困ったような顔で真実ことばを漏らす。


「かつて楽園の地を這うただの蛇であった我は、リールラケーに拾われた存在。眷属であった。それだけの話だ」

『え? そうだったんだ……なんつーか、にゃはははは! ごめんねえ、私……君のご主人様、倒しちゃってたってことか』


 や、やべえ!

 これ、下手すると仇なわけじゃん!

 動揺する私に反応したのか、影から私の眷属が出現し始める。


 リールラケーが使役していた、楽園の蛇神達である。

 リーダー蛇が、長い舌を見せつけ――。

 唸る。


「かつての同胞よ。兄弟よ」

「我らの中で最も幸運を掴み、原初神の力さえ有した蛇の大神よ」

「我が主、大魔帝ケトス様は正々堂々と女神と戦い勝利した」

「それは聖戦の果ての結末」

「貴様が今更に介入するべき問題ではあるまい?」


 もし、それでも許せぬというのなら。

 そう呟いた彼らは鱗を輝かせ。

 蛇神達が並列した九重の魔法陣を展開!


「兄弟よ。我等は義に従い――汝を討つ」


 シャーアァァァァッァァァァっと、威嚇の音が響く。

 当然、それなり以上の魔力が発生している。


 アンネさんと百獣さんの顔に浮かぶのは、ぞっとした様子の恐怖。

 下を向いて、ぷるぷると震えている。

 まあ、この蛇神達も強力な神性をもつ私の眷属。二人にしてみれば、またやべえ神がでてきやがったとなっているのだろう。


 だが、シュラング神は穏やかな顔で言う。


「貴殿らは……そうか。ケトス殿に拾われておったのか。生きておったのなら、それ以上は何も望まぬわ。我も楽園崩壊の際に、かつての主であったリールラケーを見捨てたのだからな。それはすなわち、汝等をも見捨てたと同義。今更に過去の事で揉めようなどとは思うておらぬ」


 蛇の共鳴でその記憶を共有したのか。

 シュラングくんは静かに目を伏せる。


「滅んでいたのは知っておったが――そうか、やはりあの女神おんな。最後まで愚かな死に方を選んだのだな。ああ、本当に、愚かな主であった……哀れと思う程に」


 その言葉には憐憫が含まれていた。

 彼がいつ、どうやって女神を見限ったのかは知らないが、彼と女神にも私の知らない物語があったのだろう。

 過去を懐かしむ蛇色の魔力には、それなり以上の想いが感じ取れてしまう。


 敵意がないと判断したのか。

 かつて女神の眷属だった蛇神達が、私に礼をし影へと戻っていく。

 テーブルの上の林檎を銜えたまま……。


 こいつらも、最近は私に似てきたのか。

 けっこう食いしん坊だからなあ。

 あの林檎だけじゃ足りないだろうと――影の中にピザセットを送ってやると、キラキラキラっと瞳を輝かせている。


 もうとっくにシリアスな空気は抜けていた。

 反面。

 目の前の褐色神は愁いを帯びた表情で、瞳を閉じたまま。

 まるで思慮深い神のように、その翳ある美貌を輝かせている。


 こりゃあ……私の影の中は見せられそうにないな。

 ピザパーティを始めて、もうすっかり宴会気分だし、うちの蛇神達。

 このギャップが、すんごい。


 なんつーか。

 ウチの蛇神くん達だって、ちゃんとシリアスをやろうと思えばできるんだからね!

 と、言いたくなってしまう。


 ともあれだ。

 このシュラングくん……。

 残念主神のくせに、色々と背負ってるもんがあるでやんの。


 しかし問題は……大きい。

 それは、シュラングくんの性質……意外にまともな面があるということだ。

 どう考えても、熟慮の上で古き人類を諦めたのだろう。


 既に何百年と考えたのであれば、いまさらシスターアンネの説得も私の説得も通じる筈がない。


 決断に正当性があるのなら、おそらく……私の武力介入を魔王様は反対なさるだろう。

 それになにより。

 私もその気になれそうにない。


 そんな絶望的な状況の中。

 神との対話は、まだ続く。



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― 新着の感想 ―
[良い点] う~ん…。これは根が深い問題ですね(´д`|||) [一言] なるほどね…。(´д`|||) もう何回もチャンスを与えてたのねシュラングさん。(。-∀-) 交渉の余地はゼロではないにし…
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