【SIDE:吸血鬼カーマイン】カーマインの憂鬱 前編
【SIDE:吸血鬼カーマイン】
聖騎士でありヴァンパイアであるカーマインは、困惑していた。
時は、オゾン層に近い上空ゆえに謎。
場所は、大空に聳える邪聖剣エデンと呼ばれる天空の城。
庭園に仮設された円卓会議場。
エルフの王国で起こった事件も、休戦という形で――ひとまずの落ち着きをみせたが。
主君への報告書を認める義務ある騎士。
カーマインは赤い瞳を光らせ、マネキンフェイスをぞっとさせる。
――この方々は、いったい……っ。
そんな感想が浮かんでしまうのも無理はない。
ここは正に人外魔境のカオス。
伏魔殿。
英雄として名を連ねる聖騎士の彼が、霞むどころか空気にさえなれていないのだから。
陶器のような肌に浮かぶのは、脂汗。
彼の目の前には、神話領域の上位存在が並んでいる。
荒ぶる魔力のせいだろう――瘴気と闇の霧が発生していた。
アリが巨人を見上げるような、圧倒的な威圧感が彼を包む中。
呼吸さえ意識しないとままならない現場に、コミカルな声が広がる。
ブニャハハハハハハ!
魔猫が、場違いなほどに軽い嗤い声を上げているのだ。
『じゃあ、軽くだけど状況を説明するよ――!』
声の主は、ふてぶてしい顔をしたドヤ黒猫。
会議テーブルの上で、どでーん!
お腹を出して寝そべり、こし餡グルメを味わう魔猫だった。
彼の名は大魔帝ケトス。
底知れぬ力を持った異界の大邪神である。
その目の前にいる人間は見かけこそ美しいが――明らかに異常な超越者。
かつて世界を救った英雄で勇者。
平和になった世で追放された悲劇の少女、ヒナタである。
こちらも尋常ならざる力を持っている。
「あー、そっか。カーマイン君やカグヤちゃんは知らないんだもんねえ。はははは、ごめんごめん! こっちで勝手に話を進めちゃってたもんね。あ! でも、あたしのせいじゃないわよ?」
「そうであるぞ、我が妻は何ひとつ悪くはない!」
そして――コレ。
美しき黒髪勇者の髪の毛先までねっとりと眺める、褐色肌の男が一人。
道楽と贅。
そして好色を愛していそうな不敵な笑みが特徴的な、角の生えた神。
黄金と長ターバンを纏う、垂れ目ワイルドな美青年である。
名をシュラング=シュインク。
人類に愛想を尽かし滅亡の道を選択。
魔竜を新たな人類として登録しようとしている、この世界の創造神だった。
カーマインは、じっと神を睨みつける。
神は少女を眺め続けている。
性的な垂れ目と泣きボクロを妖しく輝かせ、舌を覗かせていたのだ。
「ふふふふ、ふはははははは! 照れずとも良い……ほれ、もそっとこちらに寄るが良い! 我が腕に抱かれる至福、そなたにはそれを享受する権利があるのだからな!」
『言っておくけど、この会議ではセクハラ禁止だからね……?』
魔猫ににらまれ、畏怖しているのか。
褐色肌に薄らと汗を浮かべた主神は、顔をそむける。
「こ、これはセクハラではなくてだな! と、ともあれ! この我が知らぬ間に突然顕現した天空城の連中にも、説明が必要であろう! はよう、説明をせい。待ってやるからな!」
「あらあら~、主神様ったら超ウケるんですけど~! もしかして、ケトスっちにビビっていらっしゃるのかしら~!?」
勇者、大笑いである。
不遜に腕を組んで、主神は意趣返しなのか。
ぼそりと、くっきりとした口の端をつり上げる。
「そうは言うが、我が妻よ。そなたとて……この邪神を前にすれば、のう? ビビること山のごとしではないのか?」
「う……っ、なにが山なのか分かんないし、妻じゃないけど。そ、そりゃあまあね……」
二人は、会議テーブルの上でドヤる黒猫を見て。
はぁ……。
妙な連帯感が生まれている。
こんなコミカルな存在が――あの主神なのか、とカーマインの顎を汗が伝う。
旧人類と敵対するモノ。
今回、かつての勇者に助力を願う事となった原因である諸悪の根源。
ようするに、世界を支える主神だ。
なにやら勇者にご執心のようだが。
大魔帝ケトスの睨みが効いているのか、今の神には敵意が見えない。
もっとも、ただの英雄ごときに敵意を向けるまでもない――そう判断されている可能性もある。
敵対する主神がこの会議に参加しているという時点で、奇異。
かなりの異常事態なのだが。
そんな主神を諭すように睨む、謎の存在も気になる。
「ケトスくん。そしてシュラングよ。これでは話が進まない。俗世に生きるこちらの方々も困っておいででしょう。話を進めてはいかがかな?」
と、穏やかな声音で語るのは、恐ろしい程に美しく。
そして冷たい顔の男。
明らかに次元の違う神々しい存在が、一柱。
溢れる聖光を身に抱え、背後に聖炎を纏う静かなる異界の神がいるのだが。
こちらは本当に、詳しい素性も事情も分からない。
カーマインは唯一、心落ち着く存在であるドウェルグ族ことウサギフォルムのカグヤを腕に抱き。
二人して、異形なる者たちの会議を。
じぃぃぃぃぃぃい。
なんで、わたしたちはここにいるんだろう?
そんな。
間抜けな顔をしてしまっているのである。
一応、あとオマケ程度にいるのが新たなモフモフ。
耳の長いネコが数匹、ここに存在しているのだが。
彼等も一応関係者か。
彼女達はついさきほどまではエルフだった、騎士団。
フォレストエルフキャットに進化したローラが、肉球で頭を抱えているが……。目の前の、恐ろしき神々の降臨と比べれば、猫になってしまった程度は些事だろう。
カグヤ兎と聖騎士カーマインは頷き。
見なかった事にした。
そんなウサギさんと吸血鬼の間にも、妙な連帯感が生まれる中。
テーブルの上。
くはははははははと哄笑を上げる魔猫が語り続けた。
成り行きが語られたのである。
◇
語り終えた魔猫が、他人事のような声を上げる。
『とまあ、そんなわけで! 女王を除くエルフはみーんな、ネコ魔獣と化した。あくまでも結果的、言葉遊びになってしまうかもしれないが――エルフ族は全滅さ。平和的に解決できたと、現段階の私はそう考えているけど、どうかな?』
魔猫の言葉に、フォレストエルフキャットのローラがコクリと頷く。
彼女はまだ、猫語を上手く使えないのだろうが。
意思疎通はできているようだ。
主神を名乗る偉そうな美青年が、しゃらんと黄金のアクセサリーを鳴らし。
顔の前で指を組む。
「我も大魔帝ケトス、そして聖父クリストフとこれ以上の事を構えるつもりはない。幾ばくかのシコリも残るが、まあエルフ達がフォレストエルフキャットと化した事で神罰は終わり、その変貌を許容するのも主神の器。神たる我の度量であろうな。なあ、妻よ。どうだ? 我に惚れ直したか!?」
話を振られた勇者だったが、その言葉はまったく届いていない。
無視をした、というよりも集中していたからだろう。
「ちょっとちょっとケトスっち! こっちのあんぱん! クルミも入っててめっちゃ美味しいわよ!」
『あ、やっぱり!? 私もそれはイチオシなんだよねえ! いやあ、ネコ化に慣れてきたらもう一回作って貰わないと、ダメだね、こりゃ!』
ネコと少女勇者は、バクバクバク♪
こし餡グルメをこれでもかと体験中。
それが気に入らなかったのか。
主神を名乗る男が、ずいずいずい♪
褐色の肌を敢えて覗かせるように前のめりになり、少女に甘く問いかける。
「ヒナタよ、それほどに照れずとも良い。我には分かっておる。ああ、分かっておるとも! 我の寵愛を受ける価値が己にはない、素晴らしき我とは釣り合わぬ! そう、嘆き! 現実逃避に浸っておるのだろう!」
主神の力なのか、周囲に青いバラが咲き乱れる。
月光を数十年浴びることで、ようやく一輪の花を咲かせる砂漠の薔薇なのだが。
少女にとっては興味のないアイテムらしい。
ドウェルグ族の給仕が、素材だぜ!
ウッサァァァァァッァ!
と、回収しているが――、誰もそれにツッコもうとしていない。
ウサギを優しく撫でながら、六対の翼をばさり。
ナデナデもふもふ。
大天使がウサギを可愛がりながらも微笑を湛えたまま、主神の背後にゴォォオオっと聖火を灯す。
「シュラング=シュインク。確認したいのですが――あなたは何故、聖父の孫娘たる彼女に手を出そうとしているのですか? 理由を説明していただいても?」
「そ、それは……! か、彼女が世界を救った勇者であり? その褒美として、素晴らしき我と婚姻と契りを交わすのは当然であるというか? その、アレだ。なんだ、場の勢いというか……」
言葉を遮り、ゴォォォォオオオオォォォ!
聖なる炎で周囲を覆いつくした大天使が、穏やかに瞳を伏す。
「セクハラは、よくない。かつて楽園でそう説いた筈ですが?」
かなり離れているのに。
聖なる業火が、カーマインの肌をじりじりと嬲っている。
本来なら浄化されてしまっていたのだろうが、黒猫が肉球の先から暗黒結界を張っていたようだ。
察したカーマインが頭を下げると、魔猫はふふんと喉周りのモフ毛を目立たせるように。
ドヤアァァァァァ!
撫でよ! 褒めよ! とアピールしているので、カーマインはおずおずと黒猫を撫で始めた。
そのやり取りを薄目で見て、ふぅ……。
大天使を彷彿とさせる男はようやく、聖炎を引っ込める。
「悪心ロキの悪戯に魂を引かれているのでしたら、次こそは――その場で滅してしまってもよろしいのですよ。黄昏のシュラング。気をつけなさい」
ふんと悪態を堪えた主神は、黄金を揺らしながら吠える。
その目線にあるのは、なぜかカーマイン。
「そこの吸血鬼よ! 汝の発言を許す! 疾く話題をすり替えよ! このままだと我がこの鬼畜スマイルに、け、消されてしまうではないか!」
「鬼畜スマイル? よく分からない言葉ですが……そもそも、この背に炎を纏う御方は何者なのですか? 説明されてないのですが……」
当然と言えば当然な問いに、カグヤ兎も顔をモコっと持ち上げる。
彼女も興味はあるが、この会議には関わり合いたくない。
そんな複雑な空気を察したのだろう。
答えたのは本人ではなく、黒きもふもふ猫魔獣。
大魔帝ケトスだった。
『この人は我が主君である魔王陛下の父君にして、かつて在りし楽園の住人。その中でもそれなりに偉い立場にいた大神だよ。色々と事情も複雑なんだけど、んー……一応、魂の繋がり的にはヒナタくんのお爺ちゃんになるのかな。ああ、油断はしないでおくれよ。これでもかつて敵だった存在、私とそれなりに本気で戦った間柄さ。完全に味方っていう訳じゃない』
この魔猫の語るそれなり。
その規模はカーマインには正直判断できないが、敵に回してはいけないのだとは理解できた。
聖父は穏やかに瞳を伏したまま、漏らす吐息に言葉を乗せる。
「おや、それは悲しいですね。こちらは味方のつもりなのですが――」
『君はあくまでも魔王陛下の部下である私の味方、っていうだけだろう? まあ私が三千世界を統べる統一神になるって言いだしたのなら、また話は別なんだろうけど。そんな気はないからね?』
ジト目を受けて穏やかなる男は言う。
「今はそれでもかまいませんよ――我等の時は悠久。あの子が再び表舞台に立ってくれるのが先か、あなたが新たな秩序を作り出すのが先か。ただそれを待つというのもまた、悪くない心境なのですから――」
静かな野望を語る男が気に入らなかったのか。
魔猫は諫めるように、ククククっと悪い笑みを浮かべる。
『新たな秩序ならば、冥府の世界でも築かれている。知っているだろう、冥府を治める力強き冥界神を。あの男の存在も考慮した方がいいんじゃないかな』
「それは――……」
聖父が、口籠る中……魔猫の咢がギラりと輝く。
『レイヴァンお兄さんとは会ったのかい?』
「……。会う資格が、ないでしょう」
それはここにきて、初めて聖父が見せた動揺だった。
魔猫はしたり顔で、笑みながらもくるりと向きを変える。
『そんなわけで、信用は出来ないけど頼りになる大神ってことさ。あ、ちなみにマジになると、この世界の生きとし生ける者を軽く絶滅させることができる存在だから。一応気をつけてね?』
「その、すみません。根本的な話なのですが……そもそも楽園とは……?」
神々連中が間の抜けた顔をする。
『あー、そっか。普通は知らないんだっけ』
「俗世ではあまり伝わっていないのですね。シュラング……その理由は?」
「ふん! 楽園の事を伝えるだと? なぜ我が下等世界に伝えねばならぬのだ。知りたくば、いや、力を求めるモノならば自ずと楽園の知識へと辿り着くであろう。別に、我が伝承をサボっていたわけではない!」
黒猫はシッポをくねらせて、んーっと考え込むように上を向く。
『まあ、魔術発祥の地。全ての始まりの地といったところかな? この世界の残念主神シュラングくんもそうであるように、世界を支え治める柱、魔術世界の主神のほとんどは――各地に散った楽園の住人なのさ』
「各地に散った? 派遣されているということでしょうか……」
魔導ペンを走らせるカーマインの手を眺め。
ジャレそうな猫顔をぐっと我慢し、大魔帝は言う。
『違うよ。楽園はもうないんだ』
「え……?」
突如として発生したのは、闇。
魔猫の影が広がる中。
昔話を語るネコの口が、チェシャ猫のように裂けていく。
『詳細は省くが――ある日、楽園の住人がとある大罪を犯してね。その報復に滅ぼされたのさ――。それが楽園の崩壊であり、三千世界に神が出現した理由の一つ。逃げるように散った楽園の神々は、それぞれの旅の果てに世界を得た。故郷を失い、衰えた力を蓄えるために信仰という手段を用いたのさ。神の力の源は心だからね。時に他人の世界を奪い、時に自らで世界を作り出し、主神システムを利用し――主神は信仰を糧とした。繰り返すようだけど、そこのシュラングくんのようにね』
黙祷するように聖父クリストフが瞳を閉じる中。
主神シュラングの顔が引き締まる。
蛇にも似た鋭い美しさを見せた顔から――くくくく。
低い薄ら笑いが刻まれ始める。
シュラングが褐色の肌を赤らめさせ、恍惚と両手を広げた。
「あの方の罰により楽園は滅んだ。なれど! 我等は滅びはせず! できる事ならば、今一度あの方の元へ馳せ参じ! この狂おしいほどの熱と愛を語り掛けようぞ! そう、我が愛する妻、ヒナタと共にな!」
黄金装飾がシャララランと鳴っている。
が――。
魔猫はジト目で主神を睨み。
『あのさあ、魔王様はそういうのが嫌だから表舞台にあんまり立ってくれないんだよ? ちょっと自重して欲しいんですけど』
「なに? どういうことだ!? 魔王陛下は勇者との戦いで眠りについていると聞いたのだが!?」
チッチッチっと魔猫はドヤって、ニヒヒヒ!
『情報が古いね! とある魔猫の大活躍によって、もうとっくに起きているさ! とは言っても、君に会わせるつもりはないけれどね』
「くぅぅぅっぅ……っ、やはりここはヒナタ嬢との婚儀を進め。身内となるのが最適か……ッ」
チラッチラッと神が少女の黒髪に目をやる中。
勇者ヒナタが、ズズズっと強固な結界を張る。
そんな小競り合いを睨みながら魔猫が言う。
『なんでヒナタくんの存在を知っていて、こっちの事情には詳しくないんだか……まあいいけど。あー、ごめんごめん。カーマインくん、話を戻すね。この聖父クリストフは、まあ今は私の眷属に近い状態になっている。君の大陸にも分霊端末が待機しているから――もし、君や君の上司がなにかをやらかしたらすぐにこちらに伝わる。一応、留意しておいておくれ』
見張られている、ということだろう。
おそらく報告書も途中で中身をみられるか。
その点を踏まえて、カーマインは頷いた。
「ありがとうございます。それで、今回の会議の内容は……いったい」
『決まっているだろう。この世界のこれからの話さ』
魔猫の声は、まるで人が変わったように静かで清廉だった。
対するこの世界の主神。
シュラングの顔もセクハラ大魔人から、聖人へと切り替わり。
王者の覇気を滲ませ始めている。
「我は主神シュラング=シュインク。信仰と引きかえに秩序を保つ、神としての役目をはたしているだけの話。異神に深く介入される謂れはないと、そう思うのであるがな」
そのまま男は褐色の肌に、反射する黄金の輝きを浮かべて。
静かに語る。
「大魔帝ケトス殿。貴殿も見たであろう? この地は正に腐敗の温床だ。この世界は一度リセットせねば再生は難しいだろうと、我は考えておる。むろん、これほどに腐るまで手をつけなかったその責任は、我にもあると承知しておるがな」
『とはいっても、ミドガルズ大陸のニンゲンは全員吸血鬼化して絶滅。このアーレズフェイム大陸の人類に該当する種……エルフは私の手により進化し、絶滅。ドウェルグ族はみな、我が魔王軍の配下となりこの世界から独立した存在となっている』
魔猫もまた静かな声で朗々と続ける。
『もはや二大陸の人類が絶滅しているんだ。滅びや罰を与える事により腐敗を取り除こうとしているのなら、もう十分なんじゃないかな? 何事もほどほどにってね。ま、君の言い分も分かるつもりだが、やり過ぎじゃないかい?』
「それは貴殿が最後まで見ていないからそう思うのだ。まだ足を踏み入れておらぬ、最後の大陸が残っておろう? あの地は古き原初に近い巨人が治める地。あそこも他と並ぶ程に腐っておってな、処分が必要だと我は考えておる」
魔猫の眉間に、ぎゅぎゅっとしたシワが刻まれる。
『最後の三大大陸……グルメ……じゃなかった、かの地を支配する巨人達か。ま、確かに見てみないとなんともね』
「そうであろう? 我を諫める前に、実物を見て欲しい――そう思うておるが。いかがか?」
ここだけを切り取ると神々の高尚なる会議なのだが。
実際はセクハラ美青年と、食いしん坊魔猫である。
「ねえ、ちょっと待ってよ!」
話に割り込んだのは、静観を決め込んでいた勇者のヒナタ。
彼女も真剣な表情で周囲を見渡し、意見を述べる。
「さっきから……っていうか、そこそこ前から気になってたんだけど。純粋な人類種。ニンゲンはどうしちゃったのよ? あたしが世界を救った二百年前は、普通に一大勢力だったわよね? いつのまにかエルフが人類種扱いだし。あっちの大陸でも、こっちの大陸でもニンゲンと一度も出会ってないんですけど」
大魔帝ケトスは既に察しがついていたのか。
その口は何も語らない。
自分の世界の事は自分で語るべき。そう判断したカーマインが、狼狽した様子で勇者に目をやる。
「まさか、ご存じないのですか?」
「ご存じって、なにがよ?」
勇者のオウム返しが、知らないのだと物語っている。
カーマインが言葉を悩む中。
シャララランと、黄金を揺らす主神が――動く。
主神たる高潔な顔で、ゆったりと告げたのだ。
「この世界の純粋な人類種、ニンゲンは既に絶滅しておる。勝手に滅びおったのだよ。本格的に我が手を下す、その前にな」
「な……っ!」
誤解をされたくはなかったのか。
それとも愚者たちに割く心がなかったのか。
主神は冷徹な統治者の顔と声で、ハッキリと言葉を口にする。
「勘違いはするでないぞ、我はさほど関与しておらぬ」
「どういうことよ」
「人間の敵は、人間。遠き異界から流れてくる逸話でも、よく耳にする話ではあるまいか? それがこの世界でも起こっただけの話。ニンゲンとは、平和を楽しむ心を知らぬ種族であったのだろうて」
よくある話。
ありきたりな物語。
ヒナタの心には、どんな答えが浮かんでいたのだろうか。
主神の言葉に、偽りはない。
絶滅寸前だった人間を守る事をしなかっただけ。
そう悟ったのか。
ぎゅっと拳を握り、勇者はぼそりと呟いた。
「そう。せっかく救ったのに……もう、いないんだ」
動揺に揺れる勇者の声は、静寂に満ちた円卓の空気を揺らし始めた。
影も揺れていた。
異形なる神々の会議は――まだ続く。