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箱庭ルートの乱入者 ~主神―対―勇者~ 後編



 エルフを滅ぼすべきと提案するのは、悪魔の角みたいなのを生やした主神。

 アラブのハーレム王様のような褐色銀髪の神シュラング。


 なかなかどうして。

 変態チックでセクハラ気味な男である。

 対するのは黒髪女子高生勇者で、求婚を拒否している聖剣使いのヒナタくん。

 その他、エルフの騎士団とエルフの一般人。


 そして!

 魔王様像の腕の中で、石像のフリをする私!

 モフモフにゃんこな大魔帝ケトスである!


 ビシっとはできないが。

 はてさて、今の状況は。


 主神シュラングの精神攻撃が周囲に広がっている真っ最中。

 エルフの騎士団はそれぞれ行動不能状態。

 武器を支えに膝をつく状態で、ぐっと奥歯を噛み締めている。


 話術スキルをレジストできずに生まれた、ヒナタくんの心の隙。

 その影響だろう。

 張っている精神耐性向上フィールドの効果を貫通しているようだ。


 ルーン文字を刻んだ長ターバンをバサバサさせ。

 主神はキリリ!


「ふははははは! さあ、エルフどもよ。終焉の時だ!」

「だから、守り切ってやるって言ってるでしょ!」


 と、ヒナタくんが黒髪をぶわっと浮かべて魔導書を召喚。

 攻撃を仕掛けるつもりのようだが……。

 おそらく、エルフを守りながらだとそのうちに限界がくるだろう。


 さて。

 私は石像のままペカーっと輝き。

 遠隔操作で天から声を出す


『くははははははは! 怠惰で愚かなエルフどもよ! 我を崇めよ! 我を讃えよ! 生き残りたくば、我に供物を捧げよ!』

「ん? なんだこの偉そうな声は――」


 主神シュラングがヒナタ君から距離を取り、角を縮ませ周囲を警戒する。

 私の声に危機感を覚えてるのかな?

 ともあれ、今ので精神攻撃が弱まった筈。


 その隙に、シュシュシュン!

 ヒナタくんの神速突撃!

 荒ぶる魔力を内包する女子高生が、石畳みを薙ぎ倒しながら駆ける。


「サンキュー! ケトスっち! だぁあああああああぁぁぁぁ! 滅びなさい、変態主神!」

「ふははははは! 甘いわ」


 ヒナタくんの聖剣による斬撃。

 更に浮かべる魔導書によるデバフ乱撃。

 二重三重の攻撃なのだが――それを華麗に回避し、主神はふふんと口角をつり上げる。


「先ほどより力が低下しておるな。ふふ、そなた、さては我に見惚れて能力を低下させおったな?」

「アンタが話術スキルで精神攻撃をしてきたせいでしょうが……っ」


 聖剣とターバンによる鍔迫り合いが発生する。

 ……。

 エルフ達が奉納するこし餡グルメを堪能しながら、私はじぃぃぃぃっと二人の戦いを見る。


「主神たる我とここまで対等に戦えるとは、さすがは我が妻! ふふふふ、我等の子が今から楽しみで仕方がないな!」

「うざったいわねえ! せめてイケおじになってから出直してきなさい!」


 あ、今のセクハラでまた絶対悪に再認定が行われた。

 さっきの会話ターンで悪認定が揺らいでいたのだが……。

 これはヒナタくんの勝ちかな。


 彼女の足元から、ぶわぁぁぁぁぁっと聖なる魔力があふれ出す。

 光の中で瞳を尖らせ、まるで勇者のような顔でキリリ。


「剣よ! 承認なさい! あれは敵――倒すべき悪。我、勇者ヒナタの名のもとに盟約を交わす、顕現せよ、悪を討つ……だぁぁぁぁぁまどろっこしい! もう省略よ、省略! 何度もやってるんだから、付き合いなさい!」


 うわ、無理やり聖剣の力を解放する儀式を省略した。

 そのまま全魔力を引き出した彼女は、黒髪に赤雷を纏ってバリバリバリ!


 地を踏み込んだヒナタくんが空間転移。

 主神シュラングの背後に顕現し、その背を切り捨てる!

 斬撃を受けた主神の身体が、大きく崩れる――が、致命傷ではない。


 さすがにここまでの能力は想定外だったのか。

 初めて狼狽した様子で、男はワイルドな余裕を崩す。


「そなた……っ、なぜここまでの成長を!」

「地獄の特訓の成果ってね! って、思い出させるんじゃないわよ! これで……っ、おしまいよ!」


 追撃するヒナタくんの身体が三重に分身。

 ダダダダ――ッ、ガガガ、ズジギィィギキン!


 先陣が突進し、主神の身を斬撃の衝撃で打ち上げ。

 上空の一人が結界で叩き落とし、落ちた男の喉に剣を突き立てる。

 そのまま最後の分身が、トトトトトト――!

 割れた石畳に拘束するべく、主神の周囲に針の結界を穿つ。


 分身状態を解除したヒナタくんが、そのまま詠唱を開始。


 片手を天に向けて上げ、魔導書を回転させ。

 封印の術式を展開。


「雷鳴よ、神を滅す業火となりて……もう、これも省略! ちゃちゃっとやんなさい!」


 魔導書が詠唱省略を強要されて、大慌てで効果を発動。

 神の身を焦がし、焼いていく。

 詠唱を強制的に最終段階まで進める、ヒナタくんの固有能力なのだが……これもけっこうエグイよねえ。


 流れるような三連撃。

 更に封印の結界陣を受けても尚、主神シュラングの肩は揺れていた。

 嗤っているのだ。

 封印を強引に破ったその身が――蛍の光のように散って、空に浮かぶ。


「ぐぅ……っ、ふふふふ、ふはははははは! この痛みもまた、愛! 契りのごとし、肉の戦いよ! と、油断は出来ぬな――怠惰なりしも、いと慈悲深き者! ヒレ肉を贄に我の傷を癒し給え!」


 あー……。

 これも私の力を借りた回復魔術……だねえ。

 なんなのこいつ? 私のファン?


 相手の治療を確認したのか。

 ヒナタくんがズザザっと回避のステップで後ろに下がる。


「ケトスっちの力を借りた回復魔術? なかなかレアな魔術を……っ」

「異界の邪神大魔帝ケトス。かの面白き神の逸話を綴った、この魔導書の効果は絶大! グルメの贄さえ用意すれば容易に魔術効果を高めることができる、実に汎用性の高い魔導書だからな!」


 分厚い魔書を抱えるアラブ王子様な神の言葉に、ヒナタくんが空を睨み。

 ガルルルルル!


「ケトスっち! ちょっとアンタ! 魔術の供給を止めなさいよ!」

『いや。こういう魔術って力を貸そうとして貸すんじゃなくて、勝手に引き出されて発動するものだからねえ? こっちじゃコントロールできないよ?』


 って、しまったぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ!

 思わず突っ込んでしまったのである!


 当然、全員の視線が私の方に向く。


「あんた! そこで見てたのね! 手助けしなさいよ!」

『だって、君の成長も確認したかったし。ほら、私は今、奉納され続けてるこし餡グルメを食べるのに忙しいし?』


 言って私はブニャハハハハハ!

 おはぎをむっちょむっちょと味わって、お茶をズズズズ。

 石像状態を解除し、ぴょこんと荒れている戦闘空間に顕現してやる。


『それにほら、サボっていたわけじゃないよ? 君が主神とやりあってる間に、ちゃんとエルフ達を強化しているわけだしね?』

「強化って……なによその、禍々しい装備群は」


 既にエルフの騎士団にはかなりの装備をレンタルした。


 呪われし魔槍に、呪われし剛弓に、呪われし魔剣。

 呪われし魔鏡に、呪われし勾玉に、呪われし宝剣。

 様々な呪いの神器をエルフの騎士団に強制装備!


『しょうがないじゃないか。やっと反省を覚えはじめたとはいえ彼らは皆、道を踏み外していた。聖剣は持ち主を選ぶって君も知っているだろう? 今の彼らじゃ聖剣の装備はたぶん拒絶される。強い装備だと制限も厳しいからね。自分より強い魔竜と戦うなら自然と呪われた装備になっちゃうのさ』


 迫りくる魔竜対策もこれでまあ大丈夫かと私はゲプゥ。

 餡子の吐息を漏らしたのだが。

 あまりにも美味しく、いっぱい餡子を食べたせいか――。


 ターバンを揺らし、瞳を見開いた変態主神がこちらをちらり。

 その唇が震える。


「その姿、その魔力。まさか、そなた……ッ」


 ……。

 あ、まずい。

 変態主神シュラングと目が合っちゃった。


 正直、関わり合いたくないんだよね。

 んーむ。

 どーしよ。とりあえず再度石像のフリをして、無視!


 どうでもいいけど。あのブワブワひらひらターバン。

 めっちゃジャレたい。


「よもや、貴殿は大魔帝ケトス!? モフりたい獣神ランキング、ベストスリーにランクインせし、我がモフモフの君!」

『なに、その微妙なランキングは……』


 あー……またツッコんじゃった。


 今さら存在を誤魔化すことも無理だろうから。

 仕方ない。

 石像の中から、ぶにゃは!


『ともあれ! くははははははは! 我を見たな! なんかきっしょい異界の主神よ! そう、我こそがケトス! 大魔帝ケトス! 思うがままに生きる混沌と殺戮の魔猫とは、我の事である!』


 ででーん!

 呪われ装備のエルフ達の前に顕現し、華麗にビシ!

 ふ……っ。登場シーンもかっこうよすぎる……!


 ヒナタくんがこの隙にエルフの住人をシュシュン! と緊急転移。

 長ターバンのシュラングは横目でそれを眺めるも、こちらへの注意を逸らすわけにはいかないのだろう。

 くっきりとした王子顔をニヤっとさせ。


「遊興とシリアスの狭間で揺蕩たゆたう破壊神にして殺戮者。あの方の弟子にして、比類なき魔猫の王。大いなる輝き、そして女神リールラケーを滅ぼした真なる強者……か。ふふふ、ふははははははははははは! まさかこのような下等世界で貴殿との邂逅かいこうが叶おうとは、このシュラング、あまりの歓喜に昂り、身も心も、頂きの果てへと上り詰めてしまいそうであるぞ!」


 私の背筋とモフ毛が、ぶるぶるっと震える。

 相手が強い。

 からではない、きしょいからである。


 グギギギギギっと、モフ顔を固まらせたままの私はヒナタくんを向き。


『ねえ、なにこの……なんつーか。コレ?』

「ね? すっごい気持ち悪いでしょ?」


 ネコと女子高生。

 二人は同じような顔で、ドン引きなのだが。

 肝心の変態男はグイグイっと腰をくねらせ、両手を広げ賛美するように天を仰ぐ。


「ああ! あの方の娘に、あの方の弟子! 二つの玉体が我が眼前に揃っている! なんという歓喜! なんという僥倖ぎょうこう! 昂る! 昂る! あぁぁぁぁ! 失礼、あまりにも昂り過ぎて鼻血が……御身の肉球で拭かせていただいても?」

『いや、いいわけないっての。とりあえず、そのきしょい変態行為。止めて貰っていいかな? 記録クリスタルが汚染されそうで、すんごい嫌なんですけど……』


 告げる私に、シュっと拭った血を大地に飛ばす変態神。

 敵を切り捨てた後に返り血を拭う仕草なのだが、騙されてはいけない。

 ただの鼻血である。


「これで良いか? 殺戮の破壊神よ」

『え? あ、うん。まあもうどうでもいいけど。あの方って魔王様の事かい?』


 私の問いかけに、褐色肌を赤く染め上げ。

 うっとりと男は言う。


「当然であろう。我等が楽園の主となるべき孤高な御方。魔兄の死に絶望せし、心優しき御方。楽園を滅ぼした我が君。我は一時も忘れたりはせぬ、あの方こそが我が生涯の主。我が魂の滾りも! 迸りも! 全てはあの方のためにあるのだからな!」


 天を仰ぎみるその垂れ目が、恍惚の色に染まっていく。

 唇を濡らすように、舌なめずりまでしてるし。

 その気持ち悪さから目を逸らし、私は猫の丸口を動かしてみせる。


『な――なるほどね。聖父クリストフと一緒で、当時のあの楽園で魔王様に魅了されていた旧神ってところか』


 狂信者なのだろう。

 相手の瞳は赤い光を灯らせている。

 魔王様に心の奥までぞっこん、心酔しているようだ。


 魔王様、種族も性別も問わず魅了するからなあ……。

 ヒナタくんを花嫁に選んだ理由の一つも、そこにあるのかもしれない。

 こいつは色んな意味で危険だ。


 影を伸ばした私は、シリアスにネコの鼻梁を尖らせる。


『さて、警告だ。私はこの子の保護者みたいなもんでね、悪いけれど勇者ヒナタに手を出そうというのなら、私は今ここで君を滅する。力の差は、まあ分かってるよね』

「存じておる。ああ、そうだ。存じておるとも! 狂おしい程にな!」


 狂乱する男の上擦った声が、私のモフ耳をドン引きさせる。


「無邪気で静かなる殺意! 我が肌を撫で、切り裂くような鋭き憎悪の魔力。あの方とはまた異なる覇者の波動! ああ、たまらぬ! 我を昂らせる! っと、すまぬな――少々興奮してしまった。我はこの世界の主神ゆえ、この程度の失態は許されるな?」


 どうやらバカだが馬鹿ではないらしい。

 いや、自分で言ってて矛盾してるのは分かってるけど。

 話し合いができないこともない、か。


『私はね、このどうしようもないエルフ達からこし餡を奉納された。その対価に、まあ最低限の保護は行うつもりなんだけど――君はそれを見逃してくれるかい?』


 すぅっとシリアスに垂れ目を細め、男は顕現させた葉巻を口にし。

 煙を流し、呼吸を整えた。

 存外に筋の通った、神々しい声が響く。


「それは出来ぬ相談であるな。我はこの世界を治める主神。ウジを放置した結果がこの腐敗。これ以上の放置は神として、示しがつかぬ」


 主張はごもっとも。

 てか。

 こいつもギャグとシリアスの落差が凄いな。


『どうしてもエルフを滅ぼすつもり、か。ま、気持ちは分かるけどね』


 猫口をうなんなと蠢かし、私はエルフの騎士団をじぃぃっと見る。

 既に暗黒騎士と化したローラさんが瞳を伏せ。

 頭を下げる。


「アタシたちは……失敗を続け過ぎた。それは分かっている」

「反省、か。それが百年早ければ、我も考えを改めただろう。なれど、我は見た。そなたらの腐敗も汚染も、全ては我の管理不足。許せよエルフ。よもや我が裁定は覆らぬ」


 エルフの反省を神の瞳が眺めるも――心は変わらないのだろう。


 筋骨の隆起が目立つ長い手を伸ばし、ターバンをバササササっと揺らし。

 男は毅然と、神たる声でこちらに告げる。


「異界の神、ケトス殿。これは我らが世界での混乱。できればこの場は引いて貰いたい。貴殿には勝てないと自覚はしておる。なれど、我が肉体を用い時間を稼いでいる間に、我が配下の魔竜達にこの国を滅ぼさせる事は可能。脆弱なる者たちを守りながら戦う事の難しさ、それは貴殿も存じておりましょう?」


 玉砕を覚悟でエルフを滅ぼすつもりか。

 まあ主神だから滅んでも時間が経てば再生するだろうし、悪くない手ではある。

 なら、今の内に魔竜を殲滅しようと気配を探るが。


 それより先に、竜族に踏みつぶされハラワタを喰われた死体が複数、目に入る。

 それは、見たことのあるエルフ。

 そそくさと国から逃げ出した、重鎮エルフ達の死体が転がってるけど……、こいつらは魔竜に寝返ろうとしてたのかな。


 すんごいどうでもいいけどね。


 一回目はエルフの女王を裏切った事。

 そして今回はエルフの情報を売ろうとしてたっぽいので二回目。二回もやらかしたのだ。

 無惨に殺されたとしても心は痛まないし。


 一応、肉球で合掌!

 さて、魔竜の群れは……。

 あれ?


 魔竜がいない。


 私の心を読んだのか――。

 ニヒィっと褐色主神は勝ち誇った顔を黒く染め。

 瞳を赤く輝かせる。


「存在認識阻害の結界は既にご用意させていただきましたよ。我よりも上位存在である貴方にはすぐに暴かれてしまうでしょうが、エルフを滅ぼす方が早い。伝承通り未来視ができるのならば、真実であるとお判りでしょう」


 うっわ。

 変態なくせに、シリアスだとマジでそれなりに美青年神に見えるでやんの。

 その差が、更に普段のキモさを倍増させている。


『ねえ、ヒナタくん……私、コイツ苦手なんだけど……。どうにかできない?』

「あたしだって苦手よ!」


 あー、なんか色々と考えるのが面倒になってきた。

 ……。

 ていうかさ。私がここまで親身になってやる必要もなくない?


 うん。

 ないよね。

 身も蓋も無い解決策が、ないわけでもないのだ。


『んじゃ、エルフがいなくなればいいんだろう。もういいや、私がやるよ』


 言って私は四つの肉球から十重の魔法陣を展開する。

 大地を揺らし、空を裂き。

 空間を憎悪の魔力で満たしていく。


 ゴゴゴオゴゴォォォォォォォオォォォォォン!

 大規模な魔法陣が四つ、並列に配置され。

 ゴキンゴキンと音を鳴らし、まるで組み合わさった歯車のように回転する。


「ちょ! 待ちなさい! なんでそうなるのよ!」


 ヒナタくんが慌てて手を伸ばし、私を抱き上げる。

 だが!

 影分身でヒラり! 制止に構わず私は、うにゅにゅにゅっと眉間に皺を寄せて。

 ブニャハッハハハハ!


 モフ毛をぶわっとさせて、バタバタバタと魔風に尾を揺らす。


『大丈夫さ! ようするにだ。エルフという種がいなくなって、なおかつ性格も改善されて生き残っていればいいだけだろう? なら簡単じゃん!』

「ほう! 異界の大邪神、あの方の弟子は我に何を見せてくれるというのだ!」


 興奮気味に瞳を見開く変態神に構わず。

 私は魔術を発動!


『こうするのさ! 邪術展開! 魔力解放!』


 世界の法則を捻じ曲げるほどの魔力流が、因果を破壊し吹き荒ぶ。

 台風の目に似た、魔力渦の中心でルーン文字が輝きだす。


 ルーン文字はひとつひとつに魔力が凝縮されている。

 一文字で魔術効果を発揮できる、圧縮効果もあるのだが。その組み合わせ次第で効果を捻じ曲げる事も可能。

 組み合わせた文字は――。


 《汚染せし、邪猫侵食》


 膨らむ闇猫の獣毛が、現実世界を包み込む。

 荒ぶる影が大陸を呑み込んだのだ。


 ザザザ、ザァアアアアアアアアアァァァァ!

 濃い影の霧が、エルフの身体を包み込み。

 影がエルフの身体を書き換えていく。


 対象範囲は大陸全土。

 効果は――勘の鋭い者なら、すぐに察した事だろう。


 エルフの騎士団の身体が縮んでいき、ぶわん!

 なんということでしょう~♪

 そこには! 耳の長いニャンコの群れが顕現していたのだった!


 そう、これは最上位に属する呪い。

 眷族ネコ魔獣化で全土を呪ったのである。


 エルフはある意味で全滅したのだ。

 まあ、ありきたりな――いつもの手である。


『さあ、これでエルフは滅んだ。フォレストエルフキャットに進化したのさ。シュラングくんだっけ? 君と直接戦う理由が私にはないからね、ちょっと話し合いをしないかい?』


 私はそう、提案していた。


 ◇


 とりあえずの休戦状態になった後。

 時間にして一時間ほどか。

 私達は話し合いをするために一度、上空に帰還したのだが。


 天空城で待っていたのは、紅の聖騎士カーマインくん。

 そして。

 ドウェルグ族の長カグヤくん。


 ウサギさんがのどかに過ごす庭園フロアに、続々と耳の長いネコが増えていく。

 もちろん、例のネコ化したエルフ達である。

 とても魔王様がお喜びになりそうな空間の出来上がりである。


 そんな素敵空間に動揺しているのは吸血鬼の騎士とウサギの長。

 二人は困った顔で顔を見合わせて、はぁ……と大きなため息。

 呆れを隠した様子で、カーマイン君の方が赤い瞳を輝かせ言う。


「えーと……滅ぼす滅ぼさないの対決を避けるために、エルフ全員をネコ化、ですか。経緯は分かりました。分かりましたが……、いえ、いいのです。どうせケトス様の事です。ある程度の斜め上は想定しておりました」


 まあヒナタくんは慣れていたので、予想していたようだし。

 私の冒険散歩を知っているモノなら、ありきたりな手段と知っているんだけどね?

 ともあれカーマイン君が疲れ切った顔で、ぼそり。


「それはいいのですが……そちらの異装を纏った方はいったい……?」

『シュラング=シュインクくん。この世界の主神だってさ』


 カグヤくんとカーマイン君の空気がビシっと固まる。

 近くのウサギさんもビシっと固まり、警戒気味に地面を足で叩きだした。

 そりゃ、敵対する神がいたらこうなるか。


『あ、悪いんだけど今から主神会談を行うから、君にもミドガルズ大陸の代表として参加して貰うよ』


 告げて私は、騎士団キャットエルフを引き連れて。

 トテトテトテ。

 ネコ化したエルフ達には敵意がないのか、主神シュラングはふふーんとドヤ顔をし。

 ネコをナデナデナデ。

 くわっと偉そうにカーマイン君に振り向き、神たる声で言った。


「そういうわけだ、我は大魔帝ケトスの客人ぞ? 小賢しきヴァージニアの眷属よ。我を存分に崇め、奉るように、な!」


 グギギギギっと顔を引きつらせ、カーマイン君が積んでいた報告書の束を崩し。

 縋るように私を睨む。


「え? あの! これ! 陛下になんとご報告をしたら……っ!」

『ええ、そのまま伝えればいいんじゃないかい? 報告書ってそういうもんだろう?』


 私はたまに改竄するけど、気にしない!


 会議テーブルを召喚し、お茶のセットを顕現させる私はフンフンフン♪

 こし餡グルメに心を躍らせているのだが。

 なぜかカーマイン君が興奮気味に叫びをあげる。


「というか、なんで連れて来てるんですか! この神は、我等を滅ぼそうとしているのですよ!?」

『それはそっちの事情だろう? 私としてみれば、ちょっと気持ち悪いけど……まあ敵対する程の理由はないんだし』


 はっきりと言い切る私に、褐色主神は腕を組んだまま。

 ふはははははは!


「まあ主神クラス同士が争えば、世界など軽く崩壊する。戦いを避ける事は愚策ではあるまい? それとも何か、吸血鬼よ。世界のことなど構わず、熱き契りともいえる聖戦を繰り広げても良かったと? 貴様はそう申すのか?」

「そ、それは困りますが……」


 ヒナタくんはできるだけ、この主神と関わり合いたくないのだろう。

 カーマイン君に助け船を出すつもりはない様子である。


 異界の邪神と、主神と、勇者。

 そして二大陸の代表となる吸血鬼騎士とウサギの長。

 それぞれに思惑はあるのだろうが。


 参加者はもう一人。


 ふと、会議テーブルに座って草ダンゴを頬張るカピバラさんを見て。

 シュラング神が、じぃぃぃっ。


「なんだこの齧歯類は、どこか懐かしい香りもするが――そこのネズミよ。名乗るが良い、神の御前であるぞ!」

「ほう、随分と出世をしたようであるな。鼻たれ坊主の小童が、よくも吠えたモノよ」


 対するカピバラさんは怯まず、むしろ。

 モキュモキュ!

 偉そうに、ネズミ口をモゴモゴさせている。


「グハハハハハハ! まあ良い、この姿では分かるまいて。どれ、真なる姿でも見せてやるとするか。吠え面を掻くなよ、青二才!」


 ようやく、カピバラさんの異常性を察知したのか。

 シュラングくんは褐色肌に濃い汗を滴らせ、ごくりと息を呑む。

 変態な空気を鎮め、主神は言った。


「ケトス殿。この溢れんばかりの聖光を内包せし、炎を背に抱く御仁はいったい……」

『再誕した聖父クリストフだよ?』


 言われたカピバラパパは、主神をちらり。

 聖光を纏い、変身。

 息を呑むほど威光溢れる美丈夫聖人になり、六対の翼をバサリ!


 直視さえ躊躇う姿は、神話の大天使そのもの。


 ネコちゃんな私以外の全員が神聖さに圧倒される中。

 大天使はシリアスモードな声を発する。


「久しいですね、ロキの原初を授かりし黄昏のシュラングよ。楽園の崩壊以来、でしょうか?」

「え、あ、はい。聖父に置かれましては、その……」


 たじろぐ褐色変態神の言葉を遮り、聖父は指を鳴らし。

 ゴォオオォォォゴォォォオオォ!

 聖なる炎で周囲を包み。

 瞳を閉じたまま、穏やかな笑みを浮かべる。


「よもや、かつて我が諫めた咎を忘れ……楽園の信徒にあるまじき――下品な振る舞いをされていたわけでは、ありませんね?」


 カピバラモードの我が身を棚に上げ。

 スゥっと唇を引き締める聖父クリストフ。

 穏やかなその瞳にも。

 美しき顔にも、神聖で侵し難い聖人の空気を纏っている。


 ま、その穏やかな裏の中身は、狂気。

 魔王様信仰の狂信者一号なんだけどね。

 静かなる狂信者っていう、けっこうヤバイ存在でもあるのだ。


 ぐぎぎぎぎっと変態主神はこちらを向き。


「ケ、ケトス殿! 我、こんなこと、一切聞いていなかったのだが!?」

「話は終わっていませんよ、シュラング。何を畏れることなどない。ただ確認をしているだけなのですから――答えなさい」


 むろん、私は構わずあんこをチペチペ♪


 主神は聖父クリストフが苦手なのだろうか。

 人が変わったように顔を青褪めさせているが、気にしない。


 この天空城。

 なかなかカオスな事になってるよね。



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― 新着の感想 ―
[一言] ハラワタを加工せずに食っただぁ?! いや、まあ過程さえ飛ばせばおんなじだけど流石に、ねぇ? ポンポンに入れば同じ理論は、私達にはわからない高度な理論なのでしょう。 ……ケトスさまはもちろん…
2024/02/03 22:46 退会済み
管理
[一言] お義父さん通り越して義祖父と対面ってのはそうそうないぞ(スットボケ
[良い点] まさかの魔王様狂信者!Σ( ̄□ ̄;) そしてエルフはフォレストキャットに! !Σ( ̄□ ̄;) [一言] …。うん…。確かにエルフは滅んだね(。-∀-) 猫になるって形だけど…。((o(…
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