【SIDE:大魔帝ケトス】辿るルートの行方 ~幕間~
◆【SIDE:大魔帝ケトス】◆
特定条件を整えての時間逆行。
時魔術の枠を超えた大奇跡を起こしたのは、いったい誰なのか!?
きっと素晴らしい大魔術師に決まっている!
ああ!
そんな偉大なる天才に会えたら、なんて素敵な事だろう!
ではその魔術師の正体は誰なのか!?
そりゃあまあ、決まっているよね。
異界の大邪神。
大魔帝ケトスたるモフモフにゃんこな、この私である!
デデーン!
さて!
現在私はというと、例の邪聖剣エデンの中。
ウサギさんとネコ魔獣の楽園となっている、モフモフ庭園。
魔力豊富なオゾン層に待機させた、天空城の宮殿で――。
じぃぃぃっと、影に落とした地上を眺めていた。
草木の生い茂る楽園フィールドでは、ウサギさんとネコ魔獣がごろごろしながら。
スヤァ♪
のんびりお休みと、なかなか平和な光景になっているのだが。
地上はその反対。時間を戻したとはいえ、魔竜達は既にエルフの女王の消失を確認し、遠征準備を進めている。
遠見の魔術を発動させている泉の前で私は、どでーん!
寝そべって、でろ~ん♪
おせんべいをバリバリしながら、シッポをもふっと揺らす。
『大規模な時間逆行。ダンジョン領域日本のセーブポイント実験も兼ねたんだけど、いやあ、まさかこんなに見事に成功するとはねえ』
ウサギさん達が、時間干渉の魔術式を解析し記載する中。
その代表であるモフモフウサギさんが、私の横で腕を組みながら。
耳をぴょこん!
「てか! 妾! あの少女が伝説の勇者ヒナタであったとは、聞いていなかったのじゃが!?」
『あれ? 言ってなかったっけ?』
「たわけが! 知っておったら、二百年前の詫びに土下座の一つでもしておったわ!」
と、のんびり寝そべる私の横でピョンピョンピョン!
跳ねて回って混乱するのは、ドワーフラビットそっくりなドウェルグ族の長。
カグヤくんである。
ちなみに。
既に女王エメラルドくんの件も含め、魔王様へは報告済みなのだが――。
ドウェルグ族の、尻尾のモフっとした部分が魔王様的にはグッドらしい。
ともあれ!
肉球をパタパタと振って、私は猫スマイルを返してやる。
『だって、あの女神像と比較されたくないって……隠したがっていたからね。ていうか、なんでヒナタくんの偶像さあ、あんないかにも聖女様~。って感じの像になってたんだい?』
「さあのう。なにしろエルフの王国とは手を結んでおったが、妾らは巣穴から出る気などなかったからのう。あまり向こうの事情も知らぬのじゃ。まあ……女神考証に参加協力した異国の闇王……ヴァージニア伯爵の趣味と聞いた事もあったが、どうなのであろうな」
ウサギさんはお口をモキュモキュしながら、ハッ!
慌てた様子で二足歩行になり――モフっ!
ウサギ手で私を指差し、毛を膨らませる。
「というか! 時間を戻したとはいえ、数日もすればまた魔竜が攻めてくるのであろう? さっき映っておったのは、魔竜軍の長、三大邪竜のファフナールであっただろう!? 早く、エルフの民を救助せねば! なーにを、そんなに呑気にしとるんじゃ!」
言われて私は肉球についたお煎餅の欠片を、ちぺちぺ。
平穏そのものの声で応じる。
『今回の時間転移ではエルフ達の記憶を敢えて維持してある。成長や反省の兆しがあったら助けるつもりではいるよ?』
記憶維持の魔術式を提示してみせて、私はそのまま話を続ける。
『でもさあ。ま、こういう言い方もなんだけど、全員を助ける義務はないからね。いざとなったら子どもだけは天空城に回収するけど、ちゃんと反省できていないようなら――このままバッドエンド行きさ』
言って、私は猫目石の魔杖を握り――。
トントン♪
遠見の魔術の泉を切り替える。
映っていたのは、祭りが始まったばかりのエルフの王国。
記憶の維持が成功しているのだろう。
聖騎士のローラくん達が時間逆行に気付き、慌てて女神像に祈りを捧げている場面である。
ヒナタくんが祈りに応じる形で、顕現している真っ最中。
エルフ王国にとってみれば、女神降臨の儀式に成功したといったところか。
まあ、ここまでは想定通りである。
なのだが――なぜかカグヤ兎くんが、もふっとした顔でジト目を作り。
「ふと思ったのであるが……ちょっと良いか?」
『ん? もしかしてお煎餅を食べたいとか?』
「違うわ、たわけ! のう、ケトス殿。事情も説明されずに、いきなり女神像に封印されたヒナタ様。実は、めちゃくちゃ可哀そうではないか?」
ん?
言われて私は目線だけを上に向けて、ふかーく考える。
すぐにブニャハハハハ!
『ヒナタくんなら大丈夫さ。普段からもっとぶっ飛んだ修行を、私以外のアニマル神から受けているからね。お、ちゃんと出てきた。んーむ、って、あれ? ヒナタくんの頭にびっしり青筋が浮かんでるけど……女神像の中に待機させられて、ちょっと怒ってる?』
「それが普通の反応だと妾は思うぞ?」
地上に降臨したヒナタくんは空に向かって、ぐぬぬぬぬの、ガミガミガミ!
ローラくんが心配するほどに怒っているようだが……。
……。
まあ、後で謝っておけばいいか!
『さて、これからどうするかが問題なわけだけど……どうしたら良いと思う?』
「まさかのノープラン!?」
あ、ウサギさんが口をあんぐり開ける姿って、けっこうかわいいかも。
魔王様に写真を送りつつ、私はのんびりと告げる。
『いやあ、だってさあ。本当だったらこのまま見捨ててもいいかなって思ってたし。気まぐれで時間逆行の仕掛けを用意してあったけど、ちゃんと起動するかどうかも実験してなかったからね。ニャハハハハ! この後の事はそこまで深く考えてないんだよねえ』
「えーと……そなたのテキトー過ぎる性格は置いておくとして……」
長としての思考を働かせているのか。
カグヤ兎がニンジンをガジガジしながら考えて――カカカカ!
赤い瞳を輝かせ、答えを私に提示してみせる。
「ようするに、ケトス殿はエルフに反省を覚えさせたい……ということでいいのかえ?」
『まあ、そうなるのかなあ……ヒナタくんを追放して大変な事になったのに、今度は女王様を追い出して滅びが確定しちゃったわけだし。もしここで助けても、また百年後ぐらいに同じことを繰り返すだけだろう? そんなの助けても無駄だし』
ならば、とカグヤ兎が顔を引き締めキリリ!
民を束ねるモノの顔で言う。
「まずは時間逆行で蘇ったモノや、この襲撃前の祭りの時間に戻ってきた者達に、いったいなにがあってこうなってしまったのか……。何が間違っていたのか。どうするべきだったのか考えるべきではないか? と、その辺りの情報をしっかりと伝達させる必要があるのではないか? 何が悪かったのか理解できないままでは、一生反省などできんじゃろ」
ウサギさんの提案に、頬をぽりぽり。
賢き私は、んーと考える。
『一理あるけど。何が悪いのかっていうのは、自分で考えて答えを見つけ出すものじゃないかなぁ……』
別に……情報伝達。
という面倒な手間が増えるのが嫌、というわけではない。
過ちは自分で気づいてこそ意味がある。そういう考えだったのだが。
カグヤ兎は、眉間のシワを緩め――。
少し寂しそうな顔で言う。
「そうは言うが――よく考えてもみよ。そもそもじゃ。何が悪いのか……どんな過ちを犯したからこうなったのか。あの無責任で平和ボケしたエルフ達が自分で考えつくのならば、このような事態にはなっておらんだろう? 女王が今まで行ってきたこと、心が摩耗するほどに動き続けていた事。それらをちゃんと伝えねば結局、なにも反省などできんぞ?」
ウサギさんに諭されるネコちゃんの図である。
ふむ、なるほど。
『言われてみれば、そんな気もするけど……』
「その点はエメラルド女王も悪いのじゃ! あやつめ、いつかは分かってくれるなどと、甘い考えを貫きおってからに……! ずっとエルフを甘やかし、守り続けておったからな! 女王一人が支えるシステムなど、いつかは破綻すると分かっていただろうに!」
プンスカプンスカ。
地団太を踏むカグヤ兎に釣られ、周囲のドウェルグ族も足トントンをしはじめる。
これって、ウサギの習性なのかな……?
「言葉にせねば、きちんと伝えなければ――分からぬ事もあるというのに。まったく……いつまでも待ち続けてその心をすり潰したのじゃから、哀れな女王じゃ……ほんに、哀れな……娘じゃよ」
だから妾はあの女王を好きになれんのじゃ。
と。
おもいっきり気にした様子で、彼女は耳を後ろに下げる。
ようするに、もどかしく思っていたのだろうか。
好きになれないと、わざわざ口にして怒っているという事は――。
まあ、逆にそれなりに気に入っているって事なのかな。
嫌いな相手なら、こんな風に怒ったりしないからね。
今はドリームランドで休養してるエメラルド女王の様子を、やたらと気にしていたし。
知り合いだったのかな。
エルフの長と、ドウェルグ族の長。
地底王国という空間魔道具を貸して借りる、ビジネスだけではない関係が二人の間にあったのだろうか。
何か物語があったのだろうか。
分からないが……もしエメラルド女王がカグヤ兎に助けて欲しいとお願いしたのなら、もしかしたら少しは事態も好転していたのかもしれない。
けれどだ。
既に女王は疲弊していた。
他人を信用できなくなっていた、いや、信じる事に疲れきっていた。という可能性も十分にあるから――。
今更、部外者の私が口を出すべきことじゃないか。
まあ、ともあれ。
どう運命が転ぶにしてもカグヤ兎くんの言葉。
ちゃんと口にして伝えないと分からないという意見も、もっともか。
魔王様の前でごろんと転がって、撫でてもいいんですよ?
と、アピールすればすぐにあの方は分かってくれるが。全員が全員、それを理解できるとは限らないからね。
ちゃんと、我を撫でよ! と、言葉にする必要もあるという事だ。
答えを導いた私は――泉に向かって肉球を翳す。
『さてと、じゃあ反省を促すためにも――エルフたちに一連の女王の悲劇と苦悩の流れを、映像として脳に送っておくか……いや、面倒だし。ヒナタくんに任せるか、えーと、ヒナタくんの脳内に直接語り掛けて……、そういうことだから、よろしくニャン♪ と、よーし! 押し付けた!』
「そなた……わりと、というか――かなり勇者ヒナタに無茶ぶりをしまくるのじゃな……」
自分でやんなさいよ! と空に向かって怒鳴るヒナタくんを無視し。
私はゆったりと――教師の顔で告げる。
『それほど彼女を信頼しているという事さ』
「いや。どれほどにいい顔と声で言っても、煎餅を齧りながらだと……あまり説得力がないと妾は思うぞ?」
こんなテキトー魔神が、こんな膨大な力を持っている。
それってどうなんじゃ?
と、ウサギさんの心が語っていたが――もちろん、私は気にしない!
ともあれこちらも準備を進めよう。
私達は魔竜退治に必要な神器を用意しつつも。
遠見の魔術が発動されている泉に目をやった。
ここまでやってエルフ達が何も変わらなければ――。
まあヒナタくんと無辜なる子どものみを回収して、この大陸の物語はそこで終わる。
それもまた彼らの選択だ。
私が悪いわけでもない。
けれど。
とても興味をそそられた。
大陸から手を引くといっておきながらも、やはり気まぐれな好奇心は抑えられない。
悪い癖だとは分かっているが――。
ネコの獣毛がぶわっと広がり、私のネコ目がつぅっと細く締まっていく。
ネコの口が、遊びを楽しむように蠢いていた。
『さて、どんなことでもいい。せいぜい私の心を動かしておくれよ――それが君たちの運命を変える事になるのだから』
ボードゲームの感覚で、私の振ったサイコロが転がる。
それは因果に干渉できるほどの存在。
運命に影響を及ぼすほどの禁術を扱える、力強き勇者――。
ようするに、今回のダイスはヒナタくんなのだ。
彼女はきっと、私の知らない物語を作り出してくれる筈。
三獣神の弟子である彼女は、もはや既に勇者の枠を超えている存在だ。
きっと――定められた運命を搔き乱してくれるだろう。
私はそれを目にしたい。
こういう時の私は――やはり、悪戯好きなネコなのだと強く実感させられる。
ヒゲを、にひぃっとつり上げて。
私は煎餅を、がじり。
破片が空から地上へと降り注ぎ、霰となって落ちていく。
大きなつぶが、ごすん!
……。
尖兵と思われる魔竜の頭に直撃したけど、まあ気にしない!
あー、これ。
アーレズフェイム大陸そのものを、私の影世界に落としてあるからなあ。
煎餅の欠片を泉に零すだけで、低級の隕石魔術が発動したみたいになるのか。
……。
こんなの……我慢できるわけないよね?
面白そうだから魔竜の群れの上で、あえてバリバリバリ!
ぼりぼり、バサササササ♪
食べかす煎餅の隕石群である! ちょっとエルフの加勢になっちゃうけど、相手が魔竜だから別にいいよねえ~♪
くくく、くはははははは!
邪悪な哄笑を上げて、私は空から地上を見下ろし。
宣言!
『物語の再開だ――さあ、君たちはどう転がってくれるのかな!』
言葉が合図となったのか。
エルフ達の思考が、泉に映し出されていく。
ざざざざ、ざぁぁぁぁっぁあ……。
彼らの心を探る私の視界と思考が――切り替わった。
生と滅び。
運命の分岐点を揺蕩う、エルフ達の物語が再開する。