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ドヤ猫魔帝とエルフの王国 ~菜食主義もたまにはね?~



 耳の長いエルフたちが、ヒソヒソ話を続けている。

 大事件が起きたばかりだからか、警備も厳重。

 街のあちこちで、槍や剣を持った門番エルフや憲兵エルフが走り回っていた。


 そんな中を歩くのは、一匹の優雅で美しい魔猫。

 そして、口を開かなければ可憐な美少女。

 私、大魔帝ケトスと女子高生勇者のヒナタくんである。


「それにしても、凄い騒動ねえ」

『まったくだねえ』


 二人して他人事みたいな顔で、露店で売っていた焼き林檎を――。

 がじり。

 ほんのりと焦げた林檎の皮を、むしゃむしゃ♪ 甘味と酸味、いわゆる甘酸っぱいカラメル味が口の中に広がっていく。


 ネコと女子高生のダブルかわいいが目をやるのは、エルフの国家だった。


 エルフたちの街は騒然としていたのだ。

 原因は――ひとつ。

 先週に起こった謎の怪事件、ドウェルグ族の地底王国消滅現象だろう。


 地下に棲んでいたウサギに似た種族が、突如として――失踪。

 王国の空間ごと、いなくなってしまったのである。


 ……。


 まあ、私のせいなんですけどね。


 そんなわけで!

 人工ではない太陽が私のモフ毛を温める、ぽかぽか陽気な正午。

 私は連れと一緒に、エルフの王国をのんびりと散歩していたのだ。


 この世界の関係者、聖騎士カーマイン君はこの大空を飛んでいる天空城で待機中である。


 一応英雄らしい彼は有名人だからね。

 すぐに正体がバレてしまう。

 という事情もあるが、一番の事情はもっと単純。彼の主である吸血鬼、ヴァージニア伯爵に提出する報告書作成に頭を悩ませているのだ。


 ウワサの的になっている天空城への喧騒とは裏腹、私はのんびりと周囲をチラリ。


 樹々や自然と共に過ごす種族なのか、街中だというのに一帯は自然で満ちている。

 森林大迷宮都市。

 そんな言葉が浮かんでしまう街は、まあそれなりに静かで悪くない場所なのだが。


『それにしても、本当に君……信仰されてるんだね』

「何が信仰よ……っ、ぐぐぐぐぐぐぐ!」


 至る所にある美人さんな女神像が、ちょっと景観を台無しにしている。

 鑑定アイテム名。

 《――女神ヒナタの神像――》

 そう、かつて追放された勇者、ヒナタくんを祀る像である。


「がぁああああああああああああぁぁぁぁ! もう、一体何なのよこの像は!? バカにしてるの!」


 うん。

 今となりで美少女顔に般若を浮かべている女子高生勇者。

 かつてこの世界を救った英雄、ヒナタくんの像でもあるんだよね。


 ブニャハハハハと笑い。

 焼き林檎をガジガジしながら肉球を振ってやる。


『信仰対象にされることは良い事じゃないか、たぶんそのうち君にも……神属性が追加されるんじゃないかな?』

「冗談じゃないわよっ……一刻も早くやめさせないと!」

『そうは言ってもねえ。今の君が女王陛下に謁見して、勇者だって名乗った所で……信じて貰えないんじゃないかな』


 言って私は美化されまくった清楚な女神像をチラリ。

 ヒナタくんもげんなりした顔で、聖女様ですって感じの女神像をチラリ。

 本物女子高生勇者の瞳が、ギリリリリッと邪悪に尖る。


「つーか。いったい誰がこんな女神像を作ったのよ……まあたしかに美人さんだし? 微妙にあたしの特徴を捉えてるあたり、当時の関係者がかかわってるとは思うけど。さすがのあたしも、この聖女化にはドン引きだわ」

『えーと、制作者か……ちょっと待ってねえ』


 ボヤくヒナタくんの言葉に耳を揺らした私は、観光ガイドを開く。

 ……。

 茸の焼き串を銜えながら、私は言う。


『あー……建設協力と女神ヒナタ様考証に、当時の関係者をお招きしたってガイドには書いてあるね――。その者の名は……かつて世界を救った英雄の一人、ヴァージニア伯爵、だって』

「あの腐れ商人っ……知ってたくせに黙ってたわね!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ!


 思わず魔力を込めた怒声を放とうとするヒナタくんに、私はサイレンスタッチ!

 肉球による、発動された魔力の封印である。


『お怒りはごもっともだけど、一応、まだ正体を明かすつもりはないんだろう? 魔力を出すと、バレるよ?』

「そ、そうだったわね。サンキュー、ケトスっち!」


 と、にこやかな笑顔を作ってヒナタくん。

 エルフたちは大空を飛び続ける天空城の事ばかりが気になっているようで、こちらには気付いていないが。


 曰く、あれは異世界に住まう大邪神の侵略である。

 曰く、あれはドウェルグ族の最終兵器か。

 曰く、あれは主神が発動させた人類滅亡計画だ。

 曰く、あれは女神ヒナタ様の居城であり、ついに帰還なされた。

 などなど。


 噂が一人歩きをしているようである。

 さて。

 せっかくエルフの王国までやってきたのだ、そろそろヒナタくんに聞いておこう。


 私はぴょこんとジャンプして、噴水の縁に乗る。

 女神ヒナタ像が掲げた水瓶から聖水を流す、その前で。

 黒猫の口が動く。


『一応、ここの観光も終わったけど。これからどうする? そろそろ君の意思を確認したいんだけど』

「意思って何よ?」

『私はこの世界にとっては完全に部外者――気まぐれに救うし気まぐれに放置する。魔王軍にとって有益な者と判断したらあのウサギみたいに救いの道を用意するけど……この世界の全員を救うつもりはないって事さ。でも君は――どうするつもりなのかなって』


 しばし考え、苦笑して彼女は言う。


「そうねえ。正直これ以上関わるべきなのかどうか、悩んでるってのはあるんだけど。見捨てるってのも、ちょっとね? あの時は本当に腹が立ったんだし! まあそれでも、決まっている事が一つだけあるわ」


 ニィっと口の端をつり上げ、邪悪な笑みを浮かべ。


「この世界の主神。調子に乗ってるアイツだけは確実にぶっ倒してやるのよ!」

『まあ魔竜に力を貸して眷族化してる時点で、ろくな神じゃないだろうしね』


 私も邪悪なネコスマイル!


 おそらく諸悪の根源はその主神。

 結果として世界を救う事になるのなら、ヒナタくんの心のモヤモヤも誤魔化せるか。

 まあ、ヒナタ君本人が許していても――周りがどうなるか、どう思い、どう行動するかはまた別だろうが。


 それにしても。


 大空を舞う邪聖剣エデン。

 あの天空城建設なんて、この世界の主神への明らかな挑発なのだが――いまだに相手に反応はなし。

 もしかしたらここのロリコン主神、実は結構慎重な性格……なのかな?


 ともあれ。

 私は噴水のモニュメントに書かれている碑文に目を通し。

 頬をヒクつかせる。


『罪ある我等をお許しください……か。たぶんこの女神ヒナタ信仰は君への贖罪の一つだろうね。原罪――この世界に生きる存在は皆、生まれた時から罪を背負っている。それは女神を追放した先祖の罪。今、この世界を生きる民は生まれた時点で罪人であり、それでも生が許されているのは女神ヒナタ様の慈悲の賜物……だってさ? どう思う? 女神様?』

「あんた、次に女神っていったら――ワンコが楽しみにしてた冷蔵庫のプリンを食べちゃった、あの鮮血のプリン事件の犯人がアンタだってこと、バラすわよ?」


 顔が整っているだけあって、クールな睨みがちょっぴし怖い。

 う……っ!

 本気で世界神話大戦に発展しそうな脅しをかけてきたな。


 寝ぼけてゴロゴロしてたらついうっかり、食べちゃったんだよね。


 目線を逸らした私は、のび~っと腕を前に伸ばし。

 しぺしぺしぺ。

 ゴロンと床に転がって、るるるにゃーん?


 必殺、おなかと肉球をみせてバンザイのポーズ!

 魅了とごめんニャさい判定は――もちろん成功である。


「アンタたち三柱って本当に似てるわね。都合が悪くなる時だけ――タダの可愛いアニマルのフリをするし……」

『まあまあ、いいじゃないか。崇められるなんて誰にでもできることじゃないし、信仰は力となる。そして君は実際に信仰されるほどの功績を残している。別にこのままでもいいんじゃないのかな?』

「ケトスっち、あんた他人事だからって楽しんでるっしょ?」


 両脇から抱き上げられてしまったのである。

 尻尾とあんよが、空でぶにゃ~んとする中。

 私は歯の奥に刺さっている焼き林檎の欠片を、くっちゃくっちゃ♪


『心配もしているけどね』

「アンタの場合は遊んでるのも、心配なのも本気ってのが困るけど……まあいいわ! あたし達の次の目的はエルフの女王との謁見よ! この腐れ神像をどうにかするように直談判するわ!」

『謁見は……まあ聖騎士のローラさんを探してお願いすれば叶うだろうけど。どうやって信じて貰うつもりなんだい?』


 相手にとってはいきなり女神ですけどー!

 って、女子高生がやってくるわけだし。

 ふつう、信じないよね?


「あたしはこの世界に伝わっていた伝説の聖剣を所持してるから、それをみせればいいんじゃないかしら? あれ、剣に認められた勇者であるあたしにしか使えないし」

『ふむ、なるほどねえ』


 まあ証拠があるなら大丈夫か。

 あくまでも信じて貰えるだけで、話し合いができるかどうかは別の話だが。

 ともあれ目的は決まった。


『まずは……ローラくんを探すのが手っ取り早そうかな。ちょっと省略しちゃっていい?』

「いいけど、何を省略するって言うのよ」


 了承を得たって事で、私はニヒィっとチェシャ猫スマイル。


『こうするのさ!』


 言って私は、女神像に登り頭の上で肉球を掲げる。

 輝くプニプニから、光がギラーン!

 エルフ王国全体に、魔猫の影が広がっていく。


 ラスボスが空一面に自分の影を飛ばし、偉そうに終末宣言する。

 あんな感じのシーンを作り出したのである。


『やあエルフの諸君、こんにちは。私はケトス、異世界の大邪神ケトスさ。あの天空城の主といってもいい存在、といえば、どれほどの力ある存在かは、分かってくれるかな?』


 今、国家の上空には大空を泳ぐ天空城。

 そして、ドヤ顔でふんぞり返る私の幻影が見えている筈。


『ドウェルグ族は我に下った。繰り返す、ドウェルグ族は我に下った。この世界を支配する神と敵対せし我に、汝等も従え。これは警告である。くくく、くはははははは! 聞こえる、聞こえるぞ! 汝等が我に怯え、平伏す姿さえ見えるわ!』


 言って両手を開いて、哄笑を上げたのだが。

 実際は――。


「な、なんだーあの偉そうな黒猫はっ!」

「も、ものすごいドヤ顔じゃ……っ! なんと偉そうな、ドヤ! 口の端っこに、キノコの焼きダレがついておるぞ!」

「ママー! あたち、あのドヤネコちゃん、欲しい!」

「指差しちゃダメよ、変なドヤ顔が移ったらどうするの?」


 ひ、平伏しては……いないねえ。


 空を指差すエルフさん達はあまり恐怖していないが……気にしない。

 えぇ……。

 エルフ族達って、結構のんびりしてるのかな?


 まあ長寿の種族って、生き急ぐ必要がないからか。

 けっこうこういう、ぼんやりした所があるからなあ……。


 ともあれ、口の端のタレをギュギュっと拭って。

 私は再び、ニヒィっと邪悪な笑み!


『こ、こほん……。ともあれ、警告はした。我は神を滅ぼす者、大邪神ケトス! エルフの女王よ、我に従うというのなら、許そう。く使者を派遣するが良い。我は中央噴水にて待っている! 極上なるグルメと共に、迎えに来ると良かろうなのだ! もし献上品がアンコなら――粒あんより、こし餡が好きであるから留意せよ!』


 くくく、くはははははは!

 と、哄笑を上げた私の幻影が消えていく。


『と、まあこんな感じで挑発したから。迎えが来るんじゃないかな?』

「上手くいくのかしらねえ。あたし、ケトスっちのこういう作戦って大抵、変な方向に進むと思うんだけど。本人的にはどう思う?」


 そんなことはない。

 そう言い切ってやろうとしたのだが、その言葉を止めたのは周囲に発生した転移陣のせい。

 街の中のみを自由に転移させる、汎用首都防衛魔術だろう。


 大地を走る転移陣から顕現したのは、やはり例の巨乳エルフ。

 聖騎士ローラさん。

 金髪碧眼の美女エルフは――噴水の上で遊ぶ私を見て、はぁ……と息を吐く。


「やはり道化師のケトス殿であったか」


 おや、さすがに私の力が幻術ではなく本物だとは気付いてくれたのかな。


『悪かったね。場所が分からない君を呼ぶには、これが手っ取り早いと思ってね。来てくれて嬉しいし。またあえて嬉しいよ、ローラさん』

「アタシも貴殿と再会できて嬉しいが、いささかこれは趣味が悪い。冗談もほどほどにしないと、身を滅ぼすぞ?」


 ……ん?

 冗談?


『あれ? 君、私をエルフの女王様の所に案内してくれるために来てくれたんじゃないの?』

「貴殿がまーた、幻術を使って騒がせているから……諫めにきたのだ。安心せよ、貴殿の幻術と口先三寸のおかげで魔竜の部隊を追い払った事は皆、知っている。今の幻影も、あ! 例のネコちゃんの悪戯だ! と、子どもたちにまで喜ばれていたからな」


 ふふふと、ローラさんは美しい気丈な笑み。

 ……。

 私とヒナタ君は互いに顔を見て。


「あの、ローラさん? もしかして、本当にケトスっちのことを道化師……というか、ただの扇動の能力者だと思ってる?」

「ふふ、言わずとも良い。分かっておる、ケトス殿は異世界の邪神なのだろう。道化師の種を暴くなど不粋の極み、そういうことにしておこう」


 あ、これ。

 マジで信じて貰えてないな。

 ええ、じゃあさっきの全国脅しもただの幻影ショーだと思われたっぽい?


 実際、もう街の反応は薄くなっている。


『ああ、だからあんなにドヤったのにあの反応だったのか』

「この世界のエルフって……二百年前よりもっと平和ボケしてるのね……」


 一応、本物の大邪神である私が警告までしたのに。

 エ、エルフたち……。

 こいつら、呑気過ぎない?


 あれ?

 評判の悪いエルフの女王だけど……これって、まさか――。



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― 新着の感想 ―
[一言] 下手するとエルフの女王って常識的な苦労人枠になり兼ねんのか そして黒兎達に貸してた土地ごと勝手に独立して 空高い所に逝っちゃって、メッチャ胃痛起こしてるかもしれんと
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