討伐遠征その2 ~皇帝♂よりも白百合騎士♀~
遠征部隊が立ち止まったのは、女神の双丘と呼ばれる穏やかな平野。
普段は家畜の放牧や散歩に使われる共同地。
見渡す限り何もない、なだらかな広い土地なのだが。
よっ! と。
猫ジャンプで私は馬車から降り。
神の使途たる聖騎士の隊列と、怪しげなローブで身を覆い隠す修道士の軍団に目をやった。
『なるほど、ここで待ち伏せしていたということは』
「帝国軍と一戦交える気なのだろうな」
暴君ピサロも皇族馬車から降りてきて、偉そうに腕を組む。
いつかの森林隠者の衣ではなく、指揮官クラスの皇帝としての戦闘服である。
ピサロは皇族独特の魔術波動を纏い。
兵に向かい朗々と叫んだ。
「我が部隊は逆族となり果てた聖職者どもを屠る正しき矛なり! 聞け! 臣民よ! 汝らの恨み、骨髄までに徹している事だろう! ならば、その恨み、我の御旗の下で果たすべし!」
宣言は支援となって部隊を蒼い光で包む。
軍隊統率スキルである。
戦争にもなれているのか、正規の兵士達は落ち着いているが。
その横。
民兵たちは鬼の形相のまま。今にもとびかかりそうでちょっぴり怖い。
どんだけ恨みを買ってんだろ、教会。
というか。
じとぉぉぉぉっとした目で聖職者の群れを見てしまう。
人間が堕落してるのって、やっぱりこいつらのせいなんじゃ……。
そんな私の目線の先。
敵、教会軍。
神聖な魔術波動をまとったカバみたいな人間が前に出る。
「これはこれは、若き皇帝陛下ではありませんか。このような大軍をお連れになって、いかがなされたか?」
バカにした口調で挑発的な笑みを浮かべるのは、でっぷりとした悪趣味司教。今回の事件の張本人である。
皇帝ピサロはメイド長女メンティスを前に出させると、記録クリスタルを展開させ大義を主張するべく声を上げた。
「貴殿らがこの者の主に呪いを掛け、その命を奪おうとしたこともはや明白。それだけに飽き足らず、代理の当主に対し不当な請求を繰り返し、我が帝国を滅亡の危機に追いやった――その罪、万死に値するモノと知れ!」
「はてさて、呪いとはなんのことだかさっぱりと。どうだ、お前達、知っているか?」
修道士たちが首を横に振る。
なんかこの誤魔化しは前にも見た気がするが、ともあれ。
戯言を正面から受け。
メイド長女メンティスが怒気を孕んだ魔術波動を展開する。
声を平野に響かせているのだろう。
「お黙りなさい! 何が聖職者ですか、何が神の信徒ですか。やっていることはただの圧政ではありませんか!」
「メンティス嬢、いまならばまだ神の救いは間に合いましょう。さあ、あなたも妹さんと同伴でこちらに……」
げへへへへ、と司教は鼻の下を伸ばして懲りないご様子。
そんな。
下衆な司教の戯言にメンティスと民兵の目がギリっと尖る。
「もはや我慢の限界です。常に平和をお望み続けた主の頼みで剣を上げまいとしておりましたが、それも終わり。不当な要求に従うのを是とするのは違っていたのでしょう。戦う時は戦う。抗う時は抗う、それが正しき人の道とわたしは信じております!」
言って。
メイド長女メンティスは胸元に生み出した亜空間から白銀の剣を取り出し。円を描くように剣を振るう。
パァァァァァァ!
そこに現れたのは白百合の紋章を刻んだ女騎士。
メイド服は従者の戦闘着。その共通属性を転換させて、戦闘鎧である騎士の鎧に転化させたのだろう。
な、なんか超カッコウイイ!
いいなーこれ!
興奮で、もっふぁーと猫毛が膨らんでしまう。
「わたしと心を同じくする戦士たちよ! 今こそ共に、神の信徒を騙る不届き者を懲らしめるときでしょう! さあ、剣をとりなさい! それが剣である必要はない、矛である必要はない。あなたがたの信じる武器、そう心さえあれば必ずや力となりましょう。さあ志という名の武器を手に、いざ! 参ろうぞ!」
白銀の剣が、ビシっと司教に向かって伸びる。
白百合の魔術波動が空に咲く。
「神の名の下に、神を愚弄する反逆者に鉄槌を!」
民兵たちが、そうだー! そうだー! やっちまおうぜ!
と、白百合騎士メンティスの鼓舞に呼応する。
それは聖女か、さながらジャンヌダルクか。
民兵たちを統率する御旗としては最適だろう。
異常なまでの怒りと憎悪の魔力が民兵とメンティスに集まっていく。
人間という生き物は集団生物だ。
憎悪と怒りの心。この共通カテゴリーを魔術オーラで統合することで、一種の個体としての能力を得ているのか。
その力は魔帝クラスの魔族と闘ったとしても、いい勝負になるだろう。
まあまじめな話。
これはたぶん騎士の鼓舞スキルかな。
そういや、メンティス嬢。あの難関ダンジョンの最奥までは潜れていたのだ、レベルはなかなか高かったのだろう。
どうも私は人間のレベルや強さの把握が正確にできなくて困る。
なんかちょっと、扇動系のスキルに足を突っ込んでいるような気もするが。
その証拠に。
正規の軍人たちの瞳にも、スキルの光が灯り始める。
「あのように気丈で美しい騎士様は見たことがない」
「ああ、我らは正規の軍人なのに……彼女ほどの強き心があるだろうか」
「いや、なかろう。ふふ、仕方あるまい、我らも彼女に続け! 腐敗した聖職者どもに国を奪われてたまるか! バラン帝国の意地を見せてやるのだ!」
うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!
勝どきが、地鳴りの様に平野を揺らす。
あ、こりゃ正義の心のカテゴリーで同一個体判定されたな。
ますます強くなってやがる。
女騎士、やべえな。
魔族的にはこういうの、困るんだよねえ。人間は団結能力があるから、個体が弱くても集団でそれなりに力を持つから侮れない。
ああいうのが、時に、大いなる力持つ魔族を討伐できるほどの勇者とかになるのだ。
ま、今回は味方だからいいけど。
そんな猛進状態の軍をぽつんと眺める皇帝が一人。
たぶん、無駄に耐性が高かったせいでメンティスによる扇動系スキルをレジストしたのだろう。
勝手に進軍する隊に手を伸ばし。
「あの……、ちょっと余がこの軍団のリーダーなのだが? ……皇帝的に、超寂しいのだが?」
もはや、その声は届いていない。
物悲しそうな顔をした皇帝の脚を、ポンと叩いて。
私はにゃははと爆笑しながら言ってやった。
『まあ、後ろから軍隊支援バフでもかけてやるんだね』
「余の素晴らしき戦いを、あの可憐な乙女への武勇伝にせねばならんというのに……余、どうしたらいいんだろう」
賢者のお付きも皇帝を置き去りにメンティスと同行し、既に六重の魔法陣を展開している。
吹き荒ぶ雷鳴を帯びた魔力風が教会軍の列を崩す。
六重ともなれば人間としては限界を突破した強さなのだろう。
しかもこの魔術。
たぶんさっきの魔導書に記されていた異界魔術だな。覚えるの、はっや!
まあ……お付きが皇帝を放置していいのかって問題もあるけど。
ともあれ。
『君が本当に役に立っていたら私の口からあの娘に伝えておくよ』
「そ、そうか!? 本当か? 大魔帝殿だけだ、余を構ってくれるのは……っ」
完全に拗ねちゃってるよ、皇帝。
『さあ、戦いは始まっている……ウジウジしてないでとっととやらんか!』
シャアアアアア!
と威嚇し。
猫キックをその背に決めてやると。
皇帝は。
しぶしぶ。
誰も見ていない平野の後ろで、王者の魔術を展開し始めた。
ちなみに。
暴君ピサロの支援はすっごい地味だったが。
さすがに皇帝職の放つ支援スキルだけあって、効果はなかなかだったとだけ三女には伝えようと思う。




