いきなり戦禍! ~いまさら聖剣とか言われても、ニャンコ困る~後編
超カッコウイイ登場シーンを決めた私!
異界の魔猫。
大魔帝ケトスは玉座の上で、ふふーん!
肉球を覗かせる形で足を投げ出し、どでーんとふんぞり返ってやったのだ♪
ガパっと赤い目を見開き。
猫目石の魔杖も装備し、私は宣言する!
『さあ、異界の民草よ! 我が尊顔を拝した名誉を享受し、頭を垂れよ! 我を恐れよ! 我を讃えよ! くははははははは! 我に許しを乞うなら、今の内なのである!』
ビシっと掲げる魔杖も気分が乗っているのだろう。
ぺかぺかぺか~!
太陽の如き輝きがあふれ出す。
その姿はまさにネコの王者!
戦場で地を這うトカゲタイプの魔竜軍団も。
金髪碧眼のエルフ騎士軍団も、何故か困惑したまま。
間抜けな表情で私を見ている。
『あれ? おかしいなあ。私、大魔帝ケトスなんだけど?』
可愛く強い私が自己紹介してやったというのに、なぜか平伏しないのだ。
ちなみに、私は両軍の丁度ど真ん中に湧いて出たのだが。
ぶにゃん?
私は、モフモフ猫しっぽを揺らしながら問いかける。
『ねえねえ、魔竜もエルフも、なんでそんなに無反応なんだい? もしかして魔力による翻訳が届いてなかったりする? もしもーし! わたしー! 大魔帝ケトスなんですけど~!?』
玉座に座る私という壁で分断されているエルフと魔竜。
両軍とも、まだ動かない。
ようやく動き出したのは、耳も手脚もスラっと長い美男美女部隊の方。
「バカ者! 貴公は民間人……いや、民間猫であろう! このような戦地で何をしている!」
反応したのは、エルフ部隊の中で一番レベルの高い女騎士だった。
おそらくこのエルフ軍のリーダーである。
もっとも、リーダーといってもあくまでもこの軍隊の指揮者――中間管理職のようだが。
女騎士の軽鎧を着込む彼女は、長い腕をばっと振り!
鑑定を発動。
続けざまに、クールビューティーな顔を険しく尖らせた。
「鑑定結果は……邪神? いや、見間違えか……このような愛らしいネコ魔獣が、邪神の筈がない。再鑑定――! やはり……低級猫魔獣、レベルは二……っ!? 扇動のスキルは所持しているが――」
なにやら、ぶつぶつ。
自分の中だけで結論を見つけたようである。
おーい、鑑定ミスってるよぉ。最初の邪神で、あってるよぉ。
「誰の使い魔かは知らないが、すぐに戦場を離れよ! ここは危険だ! 貴公のような低レベルなネコ魔獣が、いていい戦場ではない!」
と、言い切ったのは――。
エルフの女騎士を想像してみろ!
と言われたら八割ぐらいが想像するだろう、幻想的で気丈そうな騎士エルフである。
いかにも聖なる属性で戦います! といった感じの!
なのに無駄に露出度の高い装備の、モデル体型な神秘的な女性でもある。
まあ肌の露出はおそらく、周囲の魔力を肌に直接取り込み防御力に転化するため――いわば機能美なのだろうが。
ともあれ!
『へえ、凛とした、部隊指揮に向くよく通る声だね。けれど、私を低級ネコ魔獣としか判断できないってことは――まあ、その程度の力量しかないのかな。悪い人じゃないみたいだけどね』
ニヤニヤ、てかてか。
瞳を細めたネコスマイルを授けてやる。
玉座を回転させた私は魔竜に背を向け。
にひぃ!
半壊状態のエルフ軍団に向かい、微笑みかけてやったということだ!
エルフが金の細眉をぎゅっとしながら、魔力のこもった声を上げる。
「浮いた玉座を魔力で動かすだと? なるほど!? 貴公は、ネコの道化師なのか!? そんなくだらない手品に魔力を使っていないで、早く逃げるのだっ!」
『道化師!? いや、一応心配してはくれているのか。それはどうも。ああ、でも大丈夫。私はこう見えて少しだけ強くてね! 道化師じゃなくて、本物の天才ネコ魔術師さ!』
足の肉球を、ぷにぷにと輝かせて私は続ける。
『エルフの君達。ドウェルグ族とは仲がいいんだろう? だから、まあ恩を売りに来たんだよ。いやあ、君たちは運がいいよ? なんたってこの私の助力を得られるんだからね!』
「悪いが、本当に遊びではないのだ! 卑しきこの魔竜どもは邪神に仕える魔竜。世界を奪おうとする恐ろしき竜達!」
人の話をきかない、ねーちゃんである。
『いや、だからね。私は邪神で大魔帝……』
「ネコ道化師ケトスよ、貴公を守って戦えるような状態ではない! 早く逃げろと言っているだろう!」
言って、私の玉座の後ろにいる魔竜を睨む女騎士。
その銀の剣を握る細い指からは、汗と魔力が滲んでいた。
えぇ……どうしよ。信用してくれないな。
空間転移をしてきたんだから、少なくとも普通のネコじゃないのは分かるだろうに。
実際、魔竜軍団の方ではだんだんと動揺が広がっているのだ。
魔竜の方が、強そうだね……。
竜の分際で、私を睨みながら――彼らの口が空気を揺らす。
ゴミ場のカラスが集まり語るように。
魔竜が集まり、ヒソヒソヒソ。
「なあ、この猫……なんかヤバくねえか?」
「やっぱし?」
「あ、てめえもそう思うか? なーんかオレさまも悪い予感が、鱗をゲシゲシ撫でやがるんだよなあ」
女騎士の目線の先にいる魔竜が、ごくりと喉を鳴らし。
ドスンドスンドスン。
短い手足で私の目の前までやってきて。
真剣な表情で、トカゲ顔をぎょろり。
その代表と思われる一番でっかい魔竜が、牙を覗かせる形で問いかけてくる。
「おい、そこの偉そうな黒ネコ。てめえ、さっき、なんて名乗りやがった?」
「おうおう、早く答えた方がいいぞ!」
「なにせ、うちのリーダーはぁ? 伝説の三大魔竜ファフナール様のぉ!? 一番の弟子なんだからなぁ!? は、頭が高けえんだよ、この黒もふもふ野郎!」
この魔竜ども。まるでチンピラである。
それでもあくまでも穏便に、私はゆったりと応じる。
『だから、大魔帝ケトスだと名乗っただろう。もしかして、この世界にはあまり私のグリモワールは伝わっていないのかな?』
言われた魔竜達はヒソヒソヒソ。
輪を組んで考え込みはじめる。
「黒猫で、大魔帝ケトスだぁ!? んだそれ、いや……その逸話、たしかどこかで――」
「やっぱ兄貴もそう思うっすか?」
「なーんか、そんなクソやべえネコの御伽噺をどこかで……」
しばらく首を傾げていた魔竜達が、びかーん!
やっと何かを思い出したのだろう。
でかい図体で後退りしながら、地を這う魔竜が吠える。
「ああ! あのウソみてえなトンデモぶっとびグリモワールで有名な」
「あの大魔帝ケトスか!」
「即死魔術からくだらないギャグ魔術まで使用可能な、あのヘンテコ奇書の黒猫!?」
なかなか、失礼なことを言われている気がする。
「それってあれだろ? 魔術が発動してるから、実在してるのはマジだっていう……三大禁止書の獣邪神」
「本体と出会いたくない最恐グリモワール三書!」
「狂気なる神鶏譚。裁定神狼バイブル。そして破壊魔術の奥義書、荒ぶる鯨猫神伝承の……あの邪神王、大魔帝ケトス!?」
魔竜達が、ぐわぁぁぁぁぁぁぁっと大口を開き。
「だだだだだ、大魔帝ケトトトトト、ケトスだとぅ!?」
エコーを掛けたわけではないのに。
なぜか周囲のフィールドでは、大魔帝ケトス!? 大魔帝ケトス!? 大魔帝ケトス!? と、復唱するような声が響き渡った。
おそらく、やまびこを起こす妖精種が近くにいたのだろうが。
お! ちょっとドヤ感が出てきたのである!
ふふーんと猫口を膨らませ、私は言う。
『ああ、魔竜くん達の方は私を知っているのか。ようやく望んだ反応が返ってきてくれて、私はとても嬉しいよ』
「まっままままままま、まさか、あの邪神様が、オレ達の敵に!?」
吠えるリーダー魔竜に向かい。
私は静かに語る。
『さあ、それはどうだろうか。ともあれ今は退散したまえ。私も状況を知らない世界で暴れるつもりは、まだないからね。おとなしく去るというのなら、君達を見逃そう』
私の言葉に嘘はないと察したのだろう、魔竜達が瞳も口もグワワワワワっと開く!
大地が揺れ始めた。
それは魔竜達の武者震いが原因だったようで、地味にうるさいね?
鼻水すら垂らし怯える彼等――。
城壁サイズの魔竜達が、グワっと唸る!
「全軍撤退っ……――!」
「ひぃぃぃっぃ! 内臓まで暗黒魔術の素材にされちまうぞ!」
「どけ、邪魔だ! オレさまが一番に逃げるんだよっ!」
山が動くように、魔竜の群れが地平線の彼方へと消えていく。
打ち合わせ抜きなのに。
あまりにも見事な全員一致の敵前逃亡に、思わず私も茫然。
まあ事情を知らないから、これはこれで助かるのだが……。
なんだかなあ。
ともあれ、敵を追い払ったことに違いはない。
エルフの女騎士は私をまじまじと見つめ。
長い耳をぴょこん。
「道化師ケトス……邪神の名を騙り、魔竜をデマカセのみで追い払うとは――信じられんほどのスキル練度だな」
『だからぁ……道化師じゃないんだって』
「ふふふ、まあそう言う事にしておいてやろう。なにしろアタシは鑑定の魔術が使えるからな! 君のレベルが一桁だという事はお見通し。さて、ともあれ君に助けられたのは事実か」
女騎士さんは、姿勢を直し。
まっすぐに私を見たまま、頭を深く下げる。
「感謝しよう、扇動のスキルを扱う道化師ネコよ。アタシの名は聖騎士ローラ。見たところこの大陸のネコではないようだが……君はいったい」
『ミドガルズ大陸の伯爵さんに頼まれてきたんだよ。ま、依頼は断ったけどね』
そういえば渡されていた証。
ヴァージニア伯爵の象徴となっている血のような赤、ブラッドルビーで作られた薔薇飾りをみせてやる。
すると彼女は長い耳を再びピョコンと跳ねさせ。
あからさまに顔色を輝かせる。
「その薔薇紋章は……ヴァージニア伯爵か! 吸血鬼の闇王が、我等に協力してくれると! そう仰ってくださったのか?」
『最強戦力である私を送ってきたんだ、まあ協力するつもりはあるんじゃないかな』
ふふーんと玉座に寄りかかりドヤる私に、ローラさんは言う。
「たしかに、ネコ道化師による口先三寸。扇動と偽称によるスキルの有用性は今、見せて貰ったからな。そういうことならば頼りにしているぞ!」
だめだこりゃ。
完全に私を非戦闘員だと思っているようである。
なまじ鑑定のスキルが使えるせいで、自分が見たレベルとステータスを妄信してしまっているのだろう。
ジト目を作ってしまう私。
モフモフネコ魔獣である私を見るのは、負傷したエルフたちの微笑みだった。
ローラさん以外の美男美女なエルフ軍団である。
魔竜撤退と安全を確認したのだろう。
彼らは私に頭を下げ、すぐにローラさんに進言する。
「隊長、とりあえず負傷者を運びませんと……」
「うむ、そうであったな。ではその前に――」
聖騎士ローラは跪き、天に祈るように胸の前で手を握る。
「異なる世界より舞い降りし、救いの女神ヒナタ様。どうか、愚かな我等にその御力をお授けください――ホーリーライトヒール」
いかにもファンタジーでーすと言った感じの魔術名を唱えるローラさん。
肌の露出の目立つ軽鎧が、バタタタタ!
彼女の周囲に、五重の魔法陣が広がっていく。
おそらく部隊全体に作用する回復魔術だろう。
これはヒナタくんの力を借りた奇跡ではない。
ヒナタくんに祈ってはいるものの、魔術式の分類としては奇跡ではなく魔術。おそらく、周囲に漂っている魔力を回復のエネルギーとして使用しているのだろう。
ま、誰に力を借りるかなんて途中経過。
結果が同じならなんだっていい気もするけどね。
半壊していた部隊を、一応動ける程度に回復できているのだ。
伊達で隊長をやっているわけではないのかな。
もっとも、祈りに時間がかかるし無防備になるから、戦闘中では発動できそうにない魔術でもある。
うーむ、ここで全回復させてドヤろうかと思っていたのだが。
まあ、それも不粋か。
ともあれ!
『そうそう。とりあえず今回の私の活躍をドウェルグ族の長に伝えて欲しいのと――それと、できたらそっちのエルフの長とも会いたいんだけど、どうかな?』
「ドウェルグ族の長に君の活躍を伝える事は承知した。けれど、我が主、エルフの長と謁見できるかどうかは……すまないが、約束はできない」
まあ、それならそれで別にこっちはかまわないけどね。
無理して救いたいわけじゃないし。
極端な話。
私に依頼を持ってきた聖騎士カーマイン君さえ無事なら、それでいい。ミドガルズ大陸だけを強力な結界で守ってしまえば、私の憂いは一切ないのだ。
『了解、それでいいよ。けど、単なる好奇心で聞くんだけどさ。なんでそんなに歯切れが悪い言い方をしたんだい?』
「あー……その。なんだ、我等が主……エルフの長を務める女王陛下はその……とても、我儘……いや、芯が強いと言ったらいいか。あの、どう言ったらいいか、こちらとしても言葉を選んでしまうのだが……」
エルフたちの美しい顔立ちが、ものすっごい苦い顔に変わっている。
ローラさんだけではなく、負傷から回復した部隊全員がである。
『なるほど――我儘女王とか、お姫様タイプの君主なわけだね』
「あ、ああ……そう受け取って貰って構わない。すまないが、だからこそ約束はできないし、そもそも正直な話、あまり会わせたくないのだ。恩人である君が、不快な想いをする事になるわけだしな」
周囲の部下たちが、耳を下げながら頷く。
こ、こんな清廉潔白そうな聖騎士さん達にそこまで言わせるとは……。
どんな我儘女王なんだろう……。
まあ、女王陛下とやらはともかく――どうやらこのエルフさんは、信用できそうだ。
なんでそう思うかって?
ネコを心配する女性に悪い人はいない。それが世界の摂理だからである!
『そちらの心遣いに感謝しよう。そうだね、じゃあドウェルグ族の長との面会をセッティングして貰う事は出来るかい? ちょっと謝罪しないといけないこともあるんだ』
「あの御仁ならば、問題ないだろう。分かった。この聖騎士ローラ。貴公の……いや、貴殿の口に助けられたモノとして約束する! おまえたちもそれでいいな!」
宣言する女騎士、その部下達もふっと気丈に微笑んで見せる。
「ああ隊長! 喜んで!」
「助かったぞ、モフモフの君よ!」
「貴方様に、女神ヒナタの祝福があらんことを――」
ビシっと隊長が騎士の敬礼をすると、他のモノ達もビシ!
どうやら、感謝をできる感情はちゃんとあるようで安心した。
『えと、こっちは連れが二人いるから三人なんだけど、大丈夫?』
「了解した。それで連れというのは……あちらで鬼の形相で走ってきている、美しき黒髪のニンゲン美少女と――あれは! ヴァージニア伯爵の右腕、聖騎士カーマイン殿か!」
言われて私もローラさんの目線を辿る。
あー……。
ヒナタくん、めっちゃ怒ってるねえ。
『おや、カーマイン君を知っているんだね』
「当たり前だろう、騎士ならば誰もが知る英雄だ。彼はかつて、この大陸にて生み出された伝説の聖剣、ドウェルグミキサーの所持者だからな。聖剣を扱うモノならば、誰しもが尊敬する頂き――もっとも剣聖に近いとされる男。いわば生きた伝説のような御仁なのだよ」
言って、ふっと彼女は聖騎士の気丈なる笑みを浮かべる。
聖剣の使い手か。
そんな、聖騎士の矜持が、じわじわと滲んで――私のモフ毛を揺らしている。
にゃにゃにゃ、にゃぁああああああああああああぁっぁ!
まーた聖剣!
まーたドウェルグミキサー!
もう私の爪とぎになっちゃったんだから、いい加減に忘れて欲しいのに!
「ケトス殿? いかがなされたか?」
『ふぇ? な、なんでもないよ?』
とりあえず、私はヒナタくんにテレパシーをズビビビビ!
なんか面白そうだから、ヒナタくんがあのヒナタくんである事は隠して様子を見よう!
そう提案したのだった。
◇
ちなみに――。
私達はそのままエルフの国に案内されたのだが。
道中はこっそりテレパシーでの会話が続き。
単独行動を……というか。
結界に閉じ込めた事を、ヒナタくんにめちゃくちゃ怒られたのである。
今後は結界に閉じ込めて、勝手に行動するのは――。
うん。
ちょっとだけ控えた方がいいのかな?
モフ毛を膨らませて、腕を組んだ私は思う。
ちゃんと反省する私。
とっても賢くて偉いね?
と。
はてさて、ドウェルグ族とエルフ族が住まう国はどうなっているのか。
まあ、女王陛下がどーしようもない感じなのは、もう伝わっているが。
なんにしても、だ。
どうか少しでも私の気を惹いてくれることを、強く願うばかりである。
この世界の命運は、うまく私達をその気にさせることができるか。
そこに全てがかかっているのだから。