表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
548/701

いきなり戦禍! ~いまさら聖剣とか言われても、ニャンコ困る~前編



 魔力のぶつかり合う音が鳴っていた。

 突然で大変申し訳ないのだが。


 指定座標を進む転移亜空間を抜けると、そこは戦場でした。

 ……。

 いや、本当にいきなり大戦争が始まっていたんだから、仕方ないじゃないか。


 ちなみに私は大魔帝ケトス。

 破壊能力だけなら誰にも負けない天才ニャンコ魔術師である。


 場所は――どこを向いても地平線が見えるほどに広大な平原。

 帝国の領土であり、なにかと利用していた女神の双丘に似たフィールドに転移したのだが。

 うん。

 ドンパチドンパチ。魔術と剣とスキルの音が鳴り響きまくってるね。


 戦っているのは、神聖な波動を持つ巨大魔竜率いる魔竜軍団。

 対するのは人間種と、人間に近い亜人種連合である。


 魔竜軍団の中で、一番偉そうな地を這うトカゲタイプの魔竜が――。

 もっふぁー!

 鎌首をもたげ、毒の吐息と共に朗々と宣言していた。


「ぐはははははは! 神に逆らう愚かな俗物ども、主の名のもと! 今日こそその醜き猿顔を潰してくれるわ!」


 言って、魔竜のポイズンブレス。

 ぶじゃぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁ!

 亜人種連合は今の吐息を受け、半壊状態である。


 正直、見た目はあまり綺麗な攻撃ではない。


 魔竜による毒攻撃で、装備も肌も腐食させかけた亜人種連合。

 その中で、最もレベルが高いと思われるエルフの女騎士が、長い耳をぴょこんと跳ねさせ。

 やはりこちらも朗々と叫ぶ。


「怯むなっ! 我等には、女神ヒナタ様の加護があるのだ! おくせず魔力の矢を放て!」


 剣を掲げ宣言した女エルフ騎士に従い。

 しゅぱしゅぱしゅぱ。

 亜人種連合がびみょうに、しょぼい魔力の矢を飛ばしていた。


 いや、女神ヒナタ様って……。聞き間違いかな。


 そんな光景を見て、私はのんきに亜空間に手を伸ばし。

 ブルーシートを召喚。

 ついでに取りだした、ピクニック用の紙パックジュースにストローを突き刺し。

 べっこんべっこん♪

 天才錬金術師ファリアル君が持たせてくれた、遠足用のオヤツをむっしゃむしゃ。


 鑑定の魔力を纏わせながら。

 んーむと耳を後ろに下げてしまう。


『うっわ……この魔竜たちは主神の加護を受けているね、この世界にとっての魔竜は、正式な神の眷属なのか。こりゃ、エルフたちの連合軍の負けかなあ。戦力の差は歴然だし』


 爆風に尻尾をふわりと浮かせた私は、戦場をじっと見たまま考える。

 手助けした方がいいのだろうかと。

 でも、状況が分からないとなんとも……落ち着いたまま、肉球でモフ頬をぽりぽり。


『ねえねえ! 亜人種と魔竜軍の戦いっぽいけどさあ。これどっちかに加勢した方が良いのかなあ』

「ケトス様!? まさかお見捨てになるつもりなのですか!?」


 と――とっても真面目な声で口の奥まで覗かせたのは、マネキンフェイスでフード付きマントを装備する聖騎士。

 カーマイン君。

 吸血鬼の伯爵、ヴァージニアくんの部下で聖剣狂いな彼も――今回の散歩にもついてきているのだが。


 この世界の住人である彼には悪いが私は部外者。

 そして、同じく異世界人である女子高生勇者のヒナタくんも、戦場を見て。


「いや、カーマイン君さあ。一応、ケトスっちも魔物枠なんだし。たぶん……手助けするなら魔竜側になっちゃうような気もするけど、いいの?」

「そ、それは困りますが! あ、あの……何故ケトス様はわざわざ戦場を選んで転移されたのですか……?」


 言われて私は考える。

 この座標を私に教えたのは、あの狡猾商人のヴァージニア伯爵。

 ニャンコの瞳が、カカカ!

 毛を逆立てた私の口が、がばぁぁぁぁぁぁっと開く。


 ゴゴゴゴゴゴゴ!


『あんのぉ、腐れヴァンパイアロード……っ! ウニャニャニャニャァッァァァ! わざと、戦場のど真ん中の座標を教えやがったニャァァァァァ!』

「はははは、なるほどね。あいつがやりそうな手だわ……このままあたし達に解決させるつもりなんでしょ」


 ドロドロドロと化け猫のような姿になって、尾を膨らませる私。

 とってもかわいいね?


 まあ確かに、戦場に飛ばすのが手っ取り早い手段。

 状況を判断するのに最適かもしれないが。


 事情を察したカーマイン君が、赤い瞳を申し訳なさそうに閉じ。


「も、申し訳ありませんケトス様……我が主が、その……」

『君が悪いわけじゃないさ。まあ私もちょっと意地悪をしたから、その意趣返しかなって気もするし――さてそれよりも、カーマイン君。事情が分からないとどっちか一方に加勢するってわけにもいかない。殲滅させた後に、実はエルフたちの方が魔竜の子どもを浚って虐殺してましたあ。魔竜たちの方に正当性がありましたあ……なんてなったら嫌だし。君、このアーレズフェイム大陸に知り合いはいるかい? いるのなら、そっちにコンタクトを取って転移をするけど』


 しばし考え、カーマイン君が赤い瞳を光らせる。


「そうですね……。この地は亜人種たちの住まう大陸。おそらくエルフ以外にも亜人種がいる筈です。聖剣ドウェルグミキサーを作ってくださった妖精種、ドウェルグ族の長なら面識はあるのですが――」

『歯切れが悪いけど、何か問題があるのかい?』


 問いかける私に、ヒナタくんとカーマイン君が顔を見合わせて。

 じぃぃぃ。

 女子高生のジト目と、マネキンフェイスな聖騎士のジト目が私を襲う。


「その……、ケ、ケトス様を責めるわけではないのですが――絶対に消失なくすなと言われていた聖剣を、紛失させてしまったので――わたしと話をしてくださるかどうか……」


 う……っ、と尻尾を膨らませ呻く私を見て。

 ヒナタくんがぼそり。


「ドウェルグってたしかドワーフみたいな……。いかにも鍛冶が得意でーすって感じの、小柄だけど筋肉質な種族だったわよね。あいつら、武器に関してはかなり煩いのよ。もしあの聖剣の製作者が消失ロストさせた事を知ったら――カーマイン君、あんた殺されない?」

「少なくとも、友好的な対応はしていただけないでしょうね」


 背筋をびくっとさせるカーマイン君。

 その反応をポケーっと眺める私は、爆音轟く戦場に目をやって。

 賢いネコ頭を稼働させ考える。


 はいはい、どうせわたしのせいですぅ。


 だいたい! 出会った時のカーマイン君の態度が悪かったんだし! 不審者だったんだし!

 私、そこまで悪くないし!

 ていうか。

 私の聖なる爪研ぎになったわけだから、名誉なことなんだけどなあ。


 まあ、この状態でできることは一つ。


『んじゃあ、とりあえずこの場をなんとかして、恩だけでも売っておこうか。本当は義理も義務もないけど、ちょっとだけエルフ側に加勢してあげるよ。ま、あくまでもちょっとだけね。パーティを組んでるみたいだし、エルフ族とドウェルグ族は同盟関係って事でいいんだよね?』


 先ほどの一番レベルの高い女エルフ騎士――。

 まあもうエルフって勝手に決めつけてるけど……あれがこの世界のエルフ族なのだろう。


 手足がすらっと長く。

 長い耳もぴょこん。

 ついでに絶世の美男美女の集団なのだ。全身でエルフを主張しているぐらいだし、まあ間違いなくエルフだと思われる。


「この大陸に力を貸していただけるのですか!」

『いや、聖剣を消失ロストさせちゃったから、その製作者へのお詫びみたいなもんだよ。ここでちゃんと助けておけば、もし責められてもこの恩をネタに誤魔化すことができるし。うん、じゃあ、さっそくやっちゃおうか!』


 言って私は、カーマイン君とヒナタくんに結界を張り。

 にひぃ!


『ちょっと私一人で行ってくるね~!』

「ちょ! 待ちなさいケトスっち! あんた一人で行くって、絶対にトラブル起こすでしょうが!」


 黒髪を風に靡かせ手を伸ばすヒナタくんの指から、ひらり!

 私は結界の隙間を抜けて、亜空間にその細い身を潜らせる。


 それはさながら、網戸を開けて脱走する夏のネコ。


 戦力を読み切れていない戦場に二人を曝け出したくない。

 これはそんな私の優しさなのである!

 ま、面倒になったら両方とも吹き飛ばしちゃうつもりだから、巻き込みたくないという事情もあるけど――。


 気にしない!

 たぶん、カーマイン君はともかく、ヒナタくんは気付いてるだろうなあ。

 本当に面倒になったら……うん。


 全部、ドリームランドに呑み込んで――。

 新アトラクションの建設スタッフにしちゃえばいいよね。


 ◇


 肌が焦げる嫌な臭い。

 毒の吐息による腐臭と、戦士たちの動揺の広がる戦場。


 城壁ほどの高さと大きさを誇る魔竜たちは、エルフを囲んで。

 ぎひり。

 下卑た笑みを浮かべて、そのトカゲ顔をグハハハハハハ!


「ボスゥ! この生意気そうな女エルフはあっしにくださいよぉ!」

「おう、なんだオマエ。こんな手足が長いだけの猿が欲しいのか? 変わったヤツだなあ!」


 嘲笑する魔竜を前にし、美男美女なエルフ部隊が後ずさる。


 一番レベルの高い耳なが女エルフの騎士が、剣に魔力を這わせ結界を構築。

 くっと歯を食いしばり、細いクールな瞳で周囲を見渡す。

 状況を確認しているのだろう。


 不利を確認した女エルフ騎士の足が――じりじりと焦げた大地を踏みしめる。

 結界を維持したまま後退したのだ。

 その薄い唇から、芯の通った清廉な声が響き渡った。


「下劣な魔竜どもめ! なぜあのような横暴な神に従う! 竜族には誇りも矜持も無いのか!」


 耳先から垂れる汗を眺め。

 ぶわははははは。

 嘲笑する魔竜達が応じる。


「逆に聞くが、なぜキサマたち亜人種が神に抗い反抗する? 人間に味方をする必要なんてねえだろうさ! 我等の父は主神様だろう? ほら、てめえらの方が反逆者じゃねえか」

「オレたちはただ、煩い羽虫をプチっと潰してるだけ」

「ぐわはははははは、邪魔だ邪魔だ! 神に見捨てられた種族どもよ! この世界は我等、魔竜が神から貰い受けた地、そうそうに明け渡すのがマナーってもんだろうが!」


 なかなか主張するトカゲたちであるが。

 エルフの女騎士は怯まず。

 むしろ、周囲を鼓舞するように剣の先端を光らせ――宣言。


「戯言を! 一方的に人間や我ら亜人種を不要と切り捨てた、あの神はもはや主神にあらず! 我等の女神は、唯御一人! 異界より舞い降りた一輪の花。美しく孤高な御方――女神ヒナタ様! あの方のみである!」


 女神?

 ヒナタくんが?

 さっきも言ってたけど、やっぱり聞き間違いじゃないよね!?


 ネコの口から、思わず息が漏れる。

 ぶぶぶ。

 あ、やばい。制御できない。


『ブブブ! ブニャハハハハハハ! めめめめ、女神! あのこが!? 駄目だ、お腹が痛いっ。もうちょっと様子を見るつもりだったけど、これ! 出てきちゃったの、私のせいじゃないよねっ』


 魔竜軍と亜人種軍。

 彼らの目の前に突如として現れたのは、異界の魔。


 その視界に映ったのはおそらく、神降臨の瞬間。

 空間が割れ。

 腹を抱えて大笑いする美しい魔猫が、華麗に顕現した姿である。


 戦場とは不釣り合いな、ネコちゃんの笑い声の中。

 魔竜も亜人も混乱。

 その混沌を振り払うように最初に叫んだのは、エルフの女騎士だった。


「黒い魔猫……? 何者だ!」

「あん? 誰だ――てめえ!」


 続いて、城壁サイズの魔竜が唸る。

 ふむ。

 どうやら、いまさら身を隠しても、もう手遅れか。


 エルフと魔竜の言葉を受けて。

 笑い転げていた私は、笑い過ぎて痛いお腹を揺すったまま。

 ふわり♪


 空にふよふよ浮かんだままに、美しい黒毛を輝かせる。


『ニャハハハハハハ! ごめんごめん、いやあ、本当はさあ。もっとピンチになった時にヒーロー登場! って感じに出るつもりだったんだけど、早まったね。さて、自己紹介をしようか』


 言って私は、アイテム収納亜空間に接続。

 玉座を召喚し。

 いつもの王冠と紅蓮のマントを装備!


 ザザザ、ザァァアアアアアアァァァァ!

 瘴気の霧を発生させて。

 闇の中でニャンコのお口を可愛く、うなんな♪


『やあ初めまして、異界の民よ。私はケトス。ちょっと退屈しのぎに散歩をしている、ただ可愛いだけの異邦人さ』


 これぞ! 大魔帝の素敵な登場シーン!

 影の中。

 ドリームランドのネコ達が、黒いモヤ団扇うちわで扇いでモワモワさせていた。


 いわゆる、猫降臨の儀式である。

 一瞬にして凍り付いた戦場で、視線が私に集中する。

 そりゃあね! 私、美しいからね!


 動揺する彼らの目にあるのは――たぶん、きっと尊敬!

 漆黒を背に抱き。

 魔猫の王たる玉座でドヤる、美しい魔猫が映っている事だろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] どどどど、どやあああああ! どどどどどどどどど、どやああああああああ! どどどどどどどどどどどど、どやああああああああああ! どどどどどどどどどどどどどどどどどどど、どやあああああああああ!…
2024/02/01 22:54 退会済み
管理
[一言] エルフ達からしたら邪神の眷属と戦ってたら もっとやべぇ大邪神が現れた状況よね、実力感じ取れるなら(ボソッ かなり使いまわされてた言葉だが 「妖精」ってのは日本なら【妖怪】に相当する エルフ…
[良い点] また、魔竜ですか…。(。-∀-) [一言] ケトス様に魔竜…。(。-∀-) また、プチって潰されるんだろうなぁ((o(^∇^)o)) そして行く行くはドラゴンのフルコースに…。 (´д…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ