火山地帯の温泉は熱い ~ゆずとポテチとオレンジジュース~
大魔帝ケトスこと最強ニャンコな私!
そして弟子の女子高生勇者ヒナタ君!
我等二名とその他一名で、邪竜再臨事件を即解決!
牛さん達を丁重に保護しつつ。
飼育マニュアルと共に魔王城に転送し、無事、依頼料は確保!
ついでに。
氷漬けになっていた鉱山街、そこで凍えていたニンゲン(吸血鬼)たちも助けたのだが。
今、私達がいるのは火山地帯のマグマを利用した温泉宿。
一応の歓待を受けていたのであった。
まあ実際は、歓迎だけが目的ではないだろう。
邪竜ニドヘグルの氷漬け遺骸。
人間種の能力を向上させるドラゴン肉、その回収を指示したヴァージニア伯爵、あの商人吸血鬼による時間稼ぎ――。
そのためのカモフラージュの宿といったところか。
とりあえず、今晩はここで一泊することになったのである。
時間的には転移した初日の夜だからね、まだ。
宿の離れにある露天風呂を目指し、ペタペタと肉球を進める私が言う。
『異界より流れてきたグリモワールを参考にした温泉宿って話だけど、これ……絶対に地球の文化だよね』
「伯爵も色々と謎なのよねえ。ああ見えて実はそこそこ戦えるし、悪い人に見えるようで良い人の時もあるし、逆もある。なんつーか、本当に食えない男なのよっと」
応じたヒナタ君が露天風呂の湯気を発見し。
キラキラと目を輝かせる。
「マジであるじゃない! 温泉よ! 温泉! ねえねえケトスっち! 冷たいオレンジジュースとポテチを召喚してよ! ほら、よくあるじゃない? お風呂の中でお酒とか飲んで、くぅぅってやるやつ。あたし、アレを一度やってみたかったのよねえ」
『ああ、湯船に浮かべてグルメを楽しむアレか。いいね~♪』
同意した私は肉球を鳴らし。
パチン!
温泉おたのしみセット一式を召喚し、外から覗き見られないように結界を展開。
私達は露天風呂を満喫しようとし。
るんるん気分なヒナタくんが、服を脱ぎ出したその時だった。
護衛兼、監視役でもあるだろう聖騎士カーマイン君が、マネキン顔を珍しく崩し。
叫ぶ。
「ヒナタさん!? わ、わたしもいるのですからっ……い、いきなり脱ぎ始めないでくださいよ!」
陶器のような肌も、顔も真っ赤である。
私とヒナタ君は顔を見合わせ、にひぃ♪
後ろを向いてしまったカーマイン君の前に、わざわざニャンコと女子高生は歩き出し。
「やーねえ、カーマイン君。何恥ずかしがってるのよ。混浴風呂で極端なそういう反応は、逆にマナー違反よ?」
『そうそう、変に意識しちゃいけないってことさ』
うんうんと頷いてやる。
「そちらの世界ではそうなのかもしれませんが……っ、わたしの世界では、男女が共に温泉に入るという文化はあまり……、その、って! また脱ぎ出そうとしないでください!」
「やっだー、ぷぷぷー! うぶなんだから!」
言って、ヒナタくんはがばっと上着を脱ぎ捨てる。
まあ当然、そこには私が召喚した温泉用水着が装備されてるんですけどね。
ニャンコと女子高生のドッキリだったのだが。
ドスーン!
そこには顔を真っ赤にし、目を回して昏倒する騎士の姿が一つ。
『あ、どうしよう。カーマイン君……気絶しちゃった』
「まあ、ちょっと離れた場所に休ませておけばいいんじゃない? あくまでも覗き見対策に結界を張ったと見せかけたけど、内緒の話があるんでしょ?」
『まあねえ~♪』
あっさりと私の心を見破ったヒナタくんが、そのまま上着を脱ぎすて完全水着モード。
身体を、さささ!
浄化の水で清め、温泉にちゃぷん♪
私もネコ頭の上にタオルを乗っけて、温泉にじゃぱーん!
手足をうにょーん♪
肉球の隙間に、じゅわっと温泉の温かさが染み込んでいく。
『さて、じゃあ今のうちに――開け迷宮の扉。我は汝を知るモノや、疾く応じよ。君主カインの名のもとに命じる、顕現せよ。迷宮の守り神よ』
呼ばれて顕現したのは、温泉大好きカピバラさん。
魔王様の父にして、炎を背に纏う楽園の神。
クリストフお父さんである。
朗々たる声が響く。
「ほう、我を召喚するとは。どこの生意気で不遜な魔猫であろうな!」
『いや、君を呼べるなんて……私ぐらいしかいなくない?』
カピバラさんの本能なのか、呼ばれた瞬間に温泉を発見したお父さんが。
瞳をぎらーん!
温泉にダイヴし、水しぶきを飛ばしながらドヤカピバラ顔をしてみせる。
「で? どうしたというのだ、常闇の魔猫王。この我を召喚するとは! グハハハハハハ! さてはキサマ、我の可愛さに見惚れてしまったな?」
「えー……なにこの微妙に可愛いんだか、可愛くないんだか複雑な齧歯類は。カピバラよね?」
そういや、ヒナタくんはクリストフパパをあまり知らないのか。
揺れる湯船の中。
女子高生の水着をじっと覗き込むカピバラさんに、ちょっと混乱中である。
『ちょっと色々とあって実は一回死んでいたり、かなり邪気に染まっている存在だけど……魔王様の父上だよ。つまり、一応は君のおじいちゃんだね。あ、これでも本気で強いから、戦おうとは思わないでおくれよ?』
「お、おじいちゃんて……なんか、知らない間に親戚が増えてる気分だわ……」
カピバラさんと女子高生がポテチの奪い合いを始めているが。
ともあれ、私は用件を伝える。
『神繋がりで君に聞きたいことがあるんだよ。この世界を治めている主神について、何か知っている事はないかい?』
「主神とな? ふぅぅぅっぅうむ、しばし待つが良い」
瞳を閉じたカピバラさんが、オレンジジュースをぐぐぐぐっと飲み干し。
カカカカっと瞳を開く。
「なるほどのう。この波動、かつて楽園に在ったモノに違いあるまいて」
『お、ビンゴだね。何か知ってることがあるなら、全部聞きたいんだけど。話せるかい?』
「と、言われてものう。我とて楽園にいた全ての神を把握しているわけではない。ただ、波動を見る限り――相手は男であるな。まったく我の興味を惹かんのがその証拠だ」
堂々と言い切るカピバラさんが、温泉に浸かってプピーっと鼻を鳴らす。
こいつ。
女性神しか把握してなかったんじゃないだろうな……。
「こやつの原初の力は……厄介だな」
『君みたいな厄介な神が、厄介って言うのなら……えぇ……結構、面倒な相手なのか。勿体ぶってないで教えておくれよ。なんなら君じゃなくて、あっちのお澄まし狂信モードのパパに、強制切り替えしちゃうよ?』
「たわけ! 温泉に浸かるカピバラの可愛さが分からぬのか!」
よっぽど温泉が気に入ったのか。
ほぼすべての異世界、空間と繋がっている迷宮国家クレアリスタのダンジョン。あの地への扉を、こっそりと作り出してるし……。
やっぱりギャグみたいな見た目なのに、力はかなりあるんだよねえ。
なんか柚子を召喚し始めたけど、まあ気にしない。
「仕方あるまい。まあ、どうせ男性神なら我には関係ないしな。語ってしまっても問題なかろう」
『え? 君、もしかして女性神だったら語らないつもりだったのかい』
「当たり前であろう。たとえ召喚主といえど、女性への配慮を優先する――それが紳士というものである」
紳士は水着の女子高生と、ポテチの取り合いなんてしないと思うのだが。
さすがにヒナタくんが負けてるな。
まあいいや。
「この世界の主神から漂う力は道化のモノ。おそらく、その原初はトリックスターであろう」
「トリックスターっていうと、善とか悪とかの枠にとらわれないで、悪戯や問題行動を起こして……良い意味でも悪い意味でも、物語を引っ掻き回すっていうアレのこと?」
ポテチ戦争を繰り広げるヒナタくんの問いに、カピバラさんが頷く。
そして、何故かじぃぃぃぃ。
っと、こっちを見て。
「うむ。この手の輩はなにをしでかすか分からん。あまり油断をするでないぞ」
「よーく分かってるわ」
女子高生とカピバラ神。
彼等はポテチ戦争の手を止めて、同時に私をジト目で睨んでいる。
『なんか、問題行動の部分だけをピックアップして、私を睨んでいるような気もするけど。まあいいや。なんとなく見えてきたよ。この世界のベースとなっているのは、たぶん北欧神話かな。創造神って話だし――この世界を作り出したのも、その主神。神話再現アダムスヴェインの使い手だったら、本当に油断はできないかもね』
となると、この世界の主神は北欧で有名なトリックスター……。
ロキの力を引き出す存在。
なのかな。
トリックスターは他の神話でも存在するが……。
邪竜ニドヘグル。
あの魔竜の存在が私に告げていたのだ。
世界樹の根元に棲むとされるニーズヘッグ竜、伝説の魔竜との類似性が目立つ。
温泉の中でうーにゅと悩む私もカワイイわけだが。
カピバラさんが口を開く。
「して、我にそれを聞くだけならテレパシーでも遠見の魔術でも良かったであろう。なーぜ、わざわざ召喚したのであるか」
頭の回転はやはり悪くない。
さすがに長い年月をかけ、魔王城を襲う算段をたてていた黒幕の一柱である。
『しばらく、君にこの世界に滞在して欲しいのさ。温泉街もあるし、悪くない話だろう? 休暇だと思って貰えばいい。まあ、ここで飼育されている漆黒牛についても、君に研究して欲しいんだけどね、こっちは単純にただのグルメ目当て。世界の危機とは関係のない話だが――どうかな? 迷宮国家クレアリスタでも漆黒牛の生産ができたら、食糧事情も結構よくなるだろう?』
不意に後光を纏い。
聖父クリストフの声で、カピバラさんが神聖な波動を放出する。
「なるほど。良いでしょう。我がダンジョンに住まう迷える子ら、親を亡くし……それでも健気に生きる子供らに――美味しい肉、神の恵みを授けてやりたい。とても善い行いです。楽園に在りし日の、我の矜持がそれを容認する。そして牧場を作り出せば、大人となった時の彼らに職を与える事もできる――とても素晴らしき事です」
ヒナタくんがそのギャップに戸惑う中。
カピバラのまま、幾重にも並ぶ翼をバサりと広げ。
聖人の顔で彼は言った。
「どうか気をつけなさい。異なる世界の我が息子、その愛娘よ。これは試練の時。時には怒りを覚えなさい、理不尽と戦う厳しさも身につけなさい。運命という牢獄、勇者という楔を断ち切りなさい。少女よ、汝は勇者である前に、一人の心優しき娘なのだから」
言いたいことを言ったカピバラさんが、翼と後光をしまい。
げぷうぅ!
ポテチ味の吐息を撒き散らし。
ガーハッハッハ!
「常闇の魔猫よ。この大陸は我に任せよ。何を企んでおるかは知らぬが、我をこの地に留める――その目的には従っておいてやる。温泉もあるし、吸血鬼の美人おねーちゃんもいるようであるからな!」
と、偉そうに告げたのであった。
「ねえ、ケトスっち……これが魔王陛下とやらのお父さんって、マジなの?」
『うん、魔王様はかなり嫌がってるけど、マジなんだよねえ』
ヒナタくんも同意見なのか、魔王様と同じような顔をして。
美人さんな顔をげんなりさせている。
ちなみに。
この後も私が召喚した新たなグルメ。
温泉ぷかぷかお盆バトルの取り合いが勃発したのだが、ヒナタくんがカピバラさんに勝てる事はなく。
温泉水着女子高生!
通常ならば並ぶほどの存在がいない程の勇者――ヒナタくんが、うがぁぁぁぁぁぁぁ!
こんなおじいちゃんは嫌よ!
――と。
オレンジジュースを奪われ叫びを上げたことを、記しておこうと思う。
◇
ヒナタくんと聖騎士のカーマインくん。
そしてカピバラパパを鉱山街に残し、私は一度、ヴァージニア城に帰還していた。
まだ彼らは温泉宿で接待を受けている。
きっと、邪竜を滅ぼした英雄として丁重に歓迎されている筈だ。
もし丁重な扱いではなかったら――カピバラさんが大暴れ、浄化の光で大陸を綺麗にしてしまうだろうが。
そうなっていないという事は、まあちゃんと接待されていると思われる。
そんな。
チヤホヤなグルメイベントを放棄してまで、ここに単独できた理由はもちろんあった。
目的は、まあ警告である。
既に帰還していたヴァージニア伯爵。
そのヴァンパイアの影を強制侵食した私は――ニヒィ。
影のないはずの吸血鬼、その存在しない筈の影を作成。
ざざざ、ざぁぁああああぁぁぁ!
瘴気と共に、私という闇が顕現する。
『どうやら、やっと棺桶の中から出てきたようだね』
「これは――ケトス様。温泉宿に逗留なさっている筈のあなた様が、なぜ我が屋敷に?」
影から出現した魔猫が、ふわりと椅子の上に着地。
優雅に着地したはずなのだが、どすんと音が鳴っていた。
きっと、古い椅子だったからだろう――。
ズジジジジジ♪
ズレた椅子を元の位置に戻し。
静かに私は、告げていた。
『話をしに来たんだよ。大魔帝としてね』
昏い部屋の中。
ギラギラギラと、赤いネコの瞳が輝いている。
「左様でございますか。ならば、食事を用意させましょう」
『いや、それよりも話が先だ』
グルメよりも話を優先する。
それがどれほどに重い意味になるか、目の前の賢き商人は悟ったのだろう。
伯爵の喉が、ごくりと蠢く。
息を呑んだのだ。
空気が――変わる。
「いったい、話とは」
『三大大陸を救う、あの依頼の話さ』
交渉の時間が――始まった。