魔竜と火山とカキ氷 ~極悪コンビは止まらない~
転移した先は、ぐつぐつと煮えたぎる鉱石の目立つマグマ地帯。
顕現した人数は四人!
大魔帝ケトスこと私! 素敵ニャンコな魔王軍最高幹部!
そして!
なんと!
その他三名である。
沸騰したトマトスープのようなマグマが、ブワッとしている横で。
ウニャニャニャ!
記録クリスタルに魔力で記述し、モフ毛を膨らませる私もカワイイわけだが。
女子高生勇者のヒナタくんが、ジト目でぼそり。
「ケトスっち、あんたたぶん記録クリスタルにめっちゃ適当な書き方したでしょ、今」
『くははははは! 私は猫だからね、三よりも多くなると頭が混乱しちゃうのさ!』
偉そうにモフ胸を張ってドヤってやったのだ。
「あんな複雑な魔術式を、いとも簡単に読み解けるのにねえ……」
『まあ、魔術は別腹ってことなんじゃないかな? って、そんな雑談をしている場合じゃないか。この辺りに、その邪竜ニドヘグルとやらがいる筈なんだよね』
ヒナタくんが溶岩フィールドを眺めながら言う。
「ここには、見覚えがあるわ。世界を支える神の大樹、その根本にあるって話の火山ダンジョンね」
ダンジョン探査魔術を発動する私達。
その瞳が鑑定の魔力波動を放つ。
『ふむ――どうやらここは火山迷宮の最下層。ダンジョン構造をすっ飛ばして、最奥に転移してしまったようだが。別にいいよね?』
「いいんじゃない? 相手のルールに従って、いちいち熱い道を歩くなんて面倒だし。あたし達が冒険した時は、妖精王の力を借りて転移してきたんだけど……伯爵! 今、このダンジョンって誰が管理してるのよ!」
邪竜を探す私達とは裏腹。
巨漢で美丈夫ヴァンパイアな伯爵が、うっぷと船酔いしたような顔と声で。
「す、すみません……ケトス様。ヒナタ様。ここは少々……ワタクシには辛い場所、隠れさせていただきます」
どうやら吸血鬼であるヴァージニア伯爵。
そして聖騎士カーマインくんは熱に弱いのか、あからさまに能力が弱体化している。
仕方ないので、私は肉球を翳しカーマインくんに耐熱結界を付与してやる。
マグマの熱から守られた彼の顔が、いつものマネキン状態に戻る。
「ありがとうございます。あなたに感謝を――ケトス様。お手数をおかけしました。あのぅ……それで、なぜ陛下には結界を張ってくれないのですか?」
『え? だってそんなの依頼内容に入ってないもん』
断言してやったのだ。
棺桶を召喚し、ガコンガコンと隠れ怯える伯爵さん。
そのなんとも悲しい姿にカーマイン君が、困ったように言う。
「もしかしてケトス様。陛下の事をあまり快く思っていないのですか?」
『そりゃあねえ。だってヒナタくんを結果として裏切った上に、困った途端に呼び出そうなんてさあ。ちょっと図々しくない? まあ、依頼されたし、見ちゃった以上は報酬次第で協力はするけど。必要以上にサービスするつもりはないよ?』
ん? と首を横に倒す私――可愛いニャンコだね?
「いや、しかし陛下は我等の命を眷族化という形で救ってくださった偉大な御方で――」
『君たちにとってはそうだろうね。けど、私にとっては可愛い弟子であり、偉大なる御方の愛娘――我等三獣神にとっても尊き方を苦しめた、卑しき存在さ。というか、手を貸してあげてるだけで最上級の譲歩なんだけど?』
極上なるネコ笑顔で、言い切ってやる。
ハッキリ言って、ただの嫌味と皮肉である。
態度が悪いという自覚もある。
それでも、言うべきことはちゃんと言うべきだと私はそう考えていた。
横で聞いていたヒナタ君が、何とも言えない顔で頬をぽりぽり。
「あたしが受けた仕打ちに対して怒ってくれているのは、ものすっごい嬉しいけど。そういうのは依頼を果たしてからでいいわよ。ていうか、ちゃんと後で自分でやるわ! この世界に落とし前をつけさせるのよ!」
ビシっと棺桶に逃げ込んでいる伯爵を指差し!
ニヒヒヒ!
いつも前向きなヒナタくんが、悪戯そうな笑みを浮かべる。
「ってことで、ありがとうね、ケトスっち!」
その笑顔には勇者としての貫禄が滲んでいる。
どこまでも、勇者の資質に満ちた少女である。
その勇者としての資質は、あの世界に運命を狂わされた人間――私も知る勇者とも異なっていた。
私に噛み殺され転生し、ヒナタくんの母となった私の世界の、前の勇者。
ヒナタくんがあの勇者のようになってしまう。
あの悲劇の道だけは、絶対に避けなくてはいけない。
そんな決意と策略。
様々な心の中で想いを浮かべながらも、にゃはり!
私の猫口は三角形に尖っていた。
『えー、君が納得してても私は納得してないんだけど? しばらくはしつこく、ネチネチ嫌がらせを続けてやる気まんまんなんですけど?』
「うわ。あのグルメ大好きケトスっちが、美味しい料理で誤魔化されないって相当ね……。伯爵、あんたマジで今後の動き次第じゃ、さっくり消されるわよ? わりと真面目に……」
そんな私達三人と棺桶が一つ。
まだまだ会話も続きそうだったのだが。
それを邪魔する巨大な影が一つ。
ゴゴゴッォォォォォォォガァァァ!
咆哮が――大地を揺らしたのだ。
焔の魔法陣と共に顕現したのは、翼持つ魔物。
魔竜で邪竜のニドヘグルだろう。
炎を纏う超特大爬虫類が、くわっと翼を広げて唸りを上げ。
ギョロリ。
マグマルビーのように熱を帯びた瞳が、こちらを睨みつけた。
「何の騒ぎかと思えば――ほぅ……珍しくも、ヴァンパイアではなく生きた人間の娘がいるのだな! グハハハハハハ! キサマ! どことなくその面影があのクソ生意気な女勇者にそっくりではないか!」
「へえ? 誰がクソ生意気な勇者ですって? その小娘如きに滅ぼされた魔竜ニドヘグルちゃんが、あらまあ、随分と生意気な口を利くじゃない。なーにぃ? あんた、寝ぼけちゃってるんですかあ?」
腕を組んだヒナタ君も、魔竜を睨んでギロリ。
まあ、私も得意とする挑発の魔術である。
魔竜の瞳が、赤黒く染まっていく。
「異界のヒナタ。この忌まわしき魔力、本物か――。よもや我の再臨と同時に今一度、相まみえる事になろうとはな。本物の勇者の再臨とは――グググ、グッハハハハハハ! この邪竜ニドヘグル! 我の再臨にふさわしき贄よ!」
ヒナタくんが私に目線をちらり。
「ケトスっち、周囲に結界をよろしく! こいつはあたしが仕留めるわ!」
『君がそれを望むのなら。いいよ、叶えてあげよう』
着込んだコスプレ神父服をバタバタとさせ。
キリリ!
私は肩から掛けた聖職者のストラを輝かせる。
ヒナタくんの挑発により、相手は私には気付いていない。
というか、眼中に入っていないというべきか。
すぐにニャンコの神速詠唱!
『聞くがいい! ルカの福音よ――我はケトス、大魔帝ケトス! 汝の書をもって、汝が敵に祝福を与えるもの也。魂尽きし汝等は幸福である、楽園は汝らのものであるのだから。故に、生に飢える者どもよ。そなたらこそが、幸いの徒である! 汝等の平穏は、我が御手により満たされるであろう!』
世界が光で満ち溢れていく。
書による福音により生まれる結界が、この溶岩地帯に住まう生きとし生けるモノの魂を包み込む。
それはたとえ不浄なる者とて同じ。
平等に施される守りの御手により、三回までなら一定ダメージ以下の攻撃を無効化する神の結界を張ったのである。
さすがに注目を浴びる程の大奇跡――邪竜ニドヘグルもこちらに気付き。
動く!
熔岩を魔力で荒れ狂いさせながらの炎のブレスが、私を襲う。
ジジジジジァアァァッァァッァ!
ま、三回までなら攻撃を防げるし。
そもそも私、火炎攻撃に強いから無効なんだよね。
焔の中を平然と佇む黒猫に、度肝を抜かれたのだろう。
魔竜の狼狽が周囲を揺らす。
「異界の神による防御結界!? 神域奇跡だと……ッ! 黒き魔物よ、キサマ! いったい、何者だ!」
『えー、魔竜に名乗る気なんてないんですけど?』
私と魔竜って、基本的に相性最悪だしね。
聖騎士のもこもこマントをぶわぶわさせながら、カーマイン君が擦れた息を吐く。
「闇の眷属にまで神の祝福を有効にする……そんな世界規模の大奇跡……を。ケトス様、あなたはいったい」
吸血鬼でありながら聖騎士でもある彼は、理解したのだろう。
奇跡の御業を扱う、この私の神聖さを!
光の輝きにモフ毛を膨らませた私は、ふふん♪
『ま、この魔竜をどうにかするって方の依頼は受けたからね。漆黒牛の取引はこちらにとっても有益。仕事の分は働くさ。もっとも、三大大陸を救うって方の依頼は、まだ保留だけれどね』
「ちょっとカーマイン君! あんまりケトスっちを褒めるんじゃないわよ! この子、調子に乗ると死者がでないって条件のみを満たした、無差別大魔術をぶっ放すからね!」
警告しながらも魔力をブースト。
ヒナタくんがマグマの赤色で黒髪を赤く染め。
すぅっと瞳を細める。
「邪竜ニドヘグル。あんたの目的は何?」
「そのような戯言に応じる筈が! あがが、く、口が勝手に……っ。我の目的は、主神との取引。再降臨を早めることと引きかえに、この大陸に住まう吸血鬼たちを、弱点である炎で燃やし尽くすことに……あががが、っぐ! 娘! いったい、何をした!」
今のはロックウェル卿が得意とする状態異常。
傀儡道化の魔眼である。
効果は一時的に相手の判断力を奪い、秘匿されている情報を語らせる邪術でもあった。
「あたしはあんたを七つの身体に引き裂き、封印した筈。その身体、どうして揃っているの?」
「愚か者め! 竜族にそのような傀儡が何度も……ががが! き、貴様たちの国の大臣に、集めさせ……やつは、主神の手駒。グハハハハハ! 愚かなり、スパイにも気付かぬとは……がががが! クソ! いい加減にしろ、小娘が!」
傀儡の魔術に抗う魔竜の咆哮が、周囲の壁を削って。
ゴガガガガゥゥゥゥゥ!
酷い魔力の乱れが発生し、周囲のマグマから火炎竜が生まれだす。
この邪竜の眷属といった所か。
顕現しだした小者竜を横目で確認したヒナタくん。
その次の動きは――攻撃かな。
マグマの赤色で輝いていた女子高生勇者の黒髪が、今度は白銀色のオーラを纏い始める。
「そう。まあ、これくらい情報を引き出せれば十分か。じゃあ、悪いけど――あんたに暴れられても困るし。消えて貰うわ!」
亜空間から顕現させた聖剣から漂っているのは、清廉なる虹の輝き。
それは神に認められた聖人の証。
ホワイトハウルによる修行で、神聖な力もだいぶ強化されているのだろう。
小者竜を警戒しながらも、カーマイン君が叫ぶ。
「お待ちくださいヒナタさん! 一人では危険です!」
「そう思うなら、あんたも援護しなさいよ♪ あたしは正面から行くわ、カーマイン君、あんたは聖剣からビームを飛ばして!」
さすがに狼狽したのだろう。
「ビ、ビームとは? いえ、テレビゲームなる文化にて、その存在は知っていますが」
「爪楊枝といえどケトスっちが作った聖剣よ、ガチでそれくらいできるから! じゃあ、行くわよ!」
戸惑うカーマイン君に構わず、ヒナタくんが――駆ける!
しゅっぃぃぃん!
タカカカカカカカカカカカ!
「勇者よ、その力は一体っ! 我が眠りについている間に、なにがあったというのだ!?」
「ははははは……はは。ま、まあ……地獄のブートキャンプ、みたいな?」
ヒナタくんの顔からは――。
鬼教官と化すニワトリさんと、ワンコに対する怯えが滲んでいる。
ともあれ。
カーマイン君の突聖剣による援護ビームで、雑魚も散った道。
人間の限界を超えた動きで、女子高生が聖剣を構えたままダッシュ攻撃!
魔竜の両翼を一閃で断ち切り。
更に肩越しに顕現させた魔導書を詠唱。
「怠惰なりしも、いと慈悲深き者! その凍える魂を息吹とし、我が前に集う敵にコキュートスの鉄槌を与えん!」
にゃんこ印の魔導書が輝き――。
空に描かれた魔術式が、そのまま九重の魔法陣を描き――ヒナタくんが、ニヤリ!
世界の法則が書き換えられ。
そして。
術は発動された。
◇
《魂を凍り付かせるカキ氷》
それが彼女の放った魔術の名である。
熱々トマトジュース状態だった筈のマグマは、全てが沈黙のカチンコチン。
一瞬にして凍り付いていた。
火山の力を得ていた邪竜ニドヘグルも、当然凍り付いている。
大魔帝ケトスの力を借りた、無差別広範囲凍結魔術。
なのだが。
これ、広い範囲でカキ氷を作り出そうと生み出した、本当に超広範囲の魔術なので――。
一面が氷の銀世界。
伯爵が逃げ込んでいた棺桶も凍っているし、なんならカーマイン君の足先もびっしりと凍り付いている。
ちなみに、私は凍結効果をレジストして、そのまま無事。
カーマイン君も私の結界効果で三回まで攻撃無効だったので、防具が凍っているだけ。
伯爵は……まあ生存しているので問題なし!
『完璧な勝利だね!』
「でしょー! このあたしに逆らおうなんて、二百年早いのよ!」
勝利のブイサインをして振り返ったヒナタくんが、氷の世界に目をやって。
「って、なんでケトスっちの結界を貫通して、みんな凍り付いてるのよ!」
『そりゃあ、私の結界は攻撃を完全に防いでいたけど――その周囲地形への攻撃や、武具への攻撃がなくなるわけじゃないからね。ようするに、肉体へのダメージを無効化にしただけ。氷結化は免れないよ? 今頃、みんな生きているけど、氷の中で震えているんじゃないかな?』
「あちゃ~……どうしよう。あたし、てっきり完全に氷結化も防げると思ってたわ」
しばし考え、私達は呑気に言う。
『ま、みんな吸血鬼なんだから氷には強いし。命は無事さ。明日の昼頃になれば、氷化も解けるんじゃないかな』
「そうね。前向きに考えるべきよね」
カーマイン君が震える寒さの中。
白い吐息に言葉を乗せる。
「いや、あの伝説の邪竜を簡単に氷結化させ、討伐したのはさすがですが……。街にもかなりの負担がかかってしまうのではないですか?」
『滅ぶよりはマシだろう? それともじゃあごめんなさいって、そのまま帰ろうか?』
シラっと言い切ってやる。
「ケトスっち……あんた、まーじでこの世界には結構厳しいのね」
『当然さ、私の影が言ってただろう? 残念だけど、この世界への感情も思い入れもほとんどないし――ムシケラと同じぐらいの感情しか湧いてないんだよ』
さて。
伯爵が棺桶の中に閉じ込められているうちに――。
私はぱちんと肉球を鳴らす。
氷漬けになっている邪竜の身体を回収。
代わりに合成肉で作り出した、魔竜の身代わりを再冷凍。
わずか一秒にも満たない神速である。
見えない領域で行われた私の魔術に気付かず、カーマイン君が私に言う。
「指を鳴らして、どうかなさったのですか?」
『ま、一応保険をね。それよりも! 街に戻って、まずは漆黒牛から救出するよ!』
言って!
私は、ニャハっとジャンプ!
可愛く美味しい漆黒牛を助けに向かったのだった!
「って、まずは街の人々の救出ではないのですか!?」
『ちゃんと牛さんを救った後で助けるから、安心しておくれ! 何事にも優先順位があるのさ!』
この世界への好感度で一番高いのは。
正直、まじで牛さんなんだよね。