語る伯爵 ~英雄の末裔とニャンコの敵~
色々と騒動もあったが、やっとお食事会ということになり。
ふふふ、ふーん!
食いしん坊ネコ魔獣な私は大満足♪
部屋にいるのは大魔帝ケトスこと私。
そして黒髪美少女勇者ヒナタくんと、ついでにかつて世界を救ったモノの一人。
ヴァージニア伯爵。
カチャリカチャリ、ナイフとフォークの音が響く。
伯爵が優雅に。
貴族然としてワインと、赤身肉を口にする中。
女子高生とネコの食事は止まらない!
目の前に並ぶグルメの数々に、私達はムフゥっと目を輝かせ。
「さあ! もっと食べちゃうわよ! じゃんじゃん持ってきなさーい!」
『いざ! 異界のグルメを堪能なのである!』
二人して同時に、運ばれてきた鉄板ステーキと勝負!
ちなみに、このお肉は伯爵からの提案である。
いやあ、やっぱり熱々の鉄板ステーキは定番だね!
まあ最初、私は焼きそばを注文したのだが、さすがに知らなかったらしくて却下された。
という理由もあるのだが。ともあれ!
両面をカリっと焼いたニンニクを乗せ♪
ほどよい赤身が残る漆黒牛、そのフィレステーキ肉を切り分け!
フォークをぶしゅぅ!
鉄板の上でバチバチと音を鳴らすのは、刺さったフォークから垂れる肉汁。
ソースと絡めた赤身のお肉と一緒に、ニンニクスライスをフォークの先端に刺し。
お月様みたいにまん丸なネコのお口を!
盛大に開いて――!
『あーん! むっちゅむっちゅ♪ うにゃうにゃ……っ、……ウニャニャニャ!』
ザラザラなネコ舌に、肉汁がしみ込んで!
じゅわ~♪
細かい肉の粒が、ステーキソースと混ざり合ってるし!
舌の上で踊っている!
歓喜する私の横。
蕩けそうな頬の中でステーキを踊らせるヒナタ君が、切り分けた肉をぱくり♪
デレデレな顔で肉の吐息を漏らす。
「全員が吸血鬼になったって聞いてたから不安だったけど、なんだ~、美味しいじゃない!」
『くははははははは! まさに血が滴るような柔らかフィレステーキ! そして濃厚スープのトンカツカレー! これぞ大魔帝たる我の血肉になるにふさわしき贄よ!』
更に一品!
ファンタジーな世界観に不釣り合いなカツカレー、そのパラパラライスの上に座る豚カツをついでに!
くっちゃくっちゃ♪
垂れるカツの肉汁を舌で追って、ぺろり♪
お肉のジューシーさが口に広がった瞬間に、とろとろカレーとライスをぱくり!
ぷわぁっと。
ニンニクの吐息を、伯爵に向けて吹いてやり。
『合格!』
私の隣でも女子高生勇者のヒナタくんが、先ほどまでの怒りを鎮め。
まるで女神のようにニッコニコ。
「いやあ、伯爵! あんた料理スキルは相変わらず超一流なのね! こっちのポテトサラダもホクホクで最高じゃない! あ、ごめんねえ! ちょっと味を足しちゃってて!」
『あ、ヒナタくーん。こっちにもニンニクチップ!』
ニンニクチップをこれ見よがしにステーキにまぶしながら、私達が言う。
ネコと女子高生の悪い笑み。
師弟コンビでニンニクアタックの嫌がらせをしているのだが。
背後に給仕係りの執事を従え、一人だけ優雅に食事を楽しむ大柄な男。
ヴァージニア伯爵は頬をヒクヒクさせて。
「お二方? 言っておきますが、ワタクシ……別にニンニクが苦手なわけではないのですが?」
『いーや、君は苦手な筈さ。ただその強靭なレベルでレジストしているだけだろう? 食材にニンニクを召喚し提供した時の君の顔、ちゃーんとみていたからね』
鑑定の魔眼も発動しながら言ってやる。
伯爵は苦笑してみせて、頬に濃い皺を作る。
「まったく、ケトス様には敵いませんな」
ちなみに。
嫌がらせをしても問題ない相手を前にした私とヒナタ君は、しつこい。
聖なる光を無駄に纏った二人は――。
ピカピカピカ!
ダメージを与えない程度に光を飛ばし、シュンシュンシュンと輝かせてやる。
「浄化されてしまうので止めて頂けますか? ワタクシ、この大陸全てのニンゲン、全ての妖精の魂を眷族という形で預かっております故。この大陸が滅んでしまいます」
ちなみに。
ヒナタくんの浄化の力は、ワンコのお墨付き。
ホワイトハウル直伝なので、大抵の不浄な存在はキレイさっぱりと消し去ることができる。
「伯爵ぅ~。まさかあんたが王様? 皇帝? なんだっていいけど、一国の主になっていたとはねえ。ただの行商人だったのに、随分とまあ出世したじゃないのよ」
「これでもワタクシは世界を救った勇者様、その仲間の一人でございます。お恥ずかしながら、生きた英雄伯爵と呼ばれておりますので――商人としてこれほどの宣伝材料はございませんからな。地位と名誉と富が揃えば、このような未来もありましょうて……で、その、あのぅ……そろそろ、本気で止めて頂けますかな?」
ねずみ花火のように回っている聖光を睨み、伯爵は大きくため息を漏らす。
後ろで立っているカーマイン君が、この人たちは……と、呆れた様子であるが。
もちろん私達は気にしない。
こちらの失礼な挑発にも相手は冷静に返している。
ふむ、まあ例の騎士団とは違い話が通じるタイプのようだ。
私は空気を切り替えた。
魔王軍最高幹部、大魔帝ケトスとしての顔を見せたのである。
『さて、冗談はこれくらいにして。真面目な話をしよう』
告げて、私はトンカツと同時に福神漬けをむしゃり♪
くっちゃくっちゃ!
シリアスな顔で、闇王ともいえるヴァージニア伯爵を睨む。
『まずそちらの状況を聞かせておくれ。滅びに向かっているのは知っている。神が主犯であるという事も、察してはいる。けれど、どれほどの規模の滅びなのか、また解決にどれほどの時間がかかりそうなのか、こちらでは把握できていない。カーマイン君の説明が下手だったわけじゃない、君、あえてあまり情報を持たせなかったね?』
伯爵は私のシリアスに応じて、わずかに姿勢を整える。
「それほど気に掛けてくださっているという事は……前向きにご検討くださっているようで、感謝いたします。さすがは異界より降臨せし、大いなる闇。グリモワールに刻まれし最強のネコ魔獣、大魔帝ケトス様」
『世辞はそれくらいで、いい。私を正当な評価の上で褒めるのならば……一昼夜は掛かってしまうからね。それと依頼料の相談もあるから、時間がどうしてもかかるだろう』
牽制するように、私は続けて交渉を挟む。
『ああ、ヒナタくんだからタダっていうのは無しだからね、彼女は私の生徒。いわば私の門下だ。勇者だからといって助けを強要されたり、無償で使われるというのなら――こちらもその足りない誠意に応えるとしよう。私は彼女を連れて、元の世界に帰り、この世界への道を永久に閉ざす。こちらの事情も関係ないというのなら、そちらの事情も関係ない、そうだろう?』
伯爵は狡猾な笑みを浮かべ、私とヒナタ君を見る。
「タダ働きほど不安定な要素はございません。報酬が発生しないわけですから、義務も生じない。途中で投げ出しても問題ないわけでありますからな――こちらも依頼という形の方が安心できます。ですが、こちらの情勢と規模をお伝えしてからでないと、値段交渉もできませんでしょう。依頼料はこちらの事情を話し終えた後で、いかがですかな?」
ごはん粒をヒゲにつけながら、私は静かに頷く。
ちょっとジト目だが。
伯爵も頷き、ヒナタくんに向かい赤の眼光を移す。
「さて。カレーのお代わりを貪っておられるヒナタ様。貴女はこの世界の主要な三大大陸について、まだ記憶していらっしゃいますでしょうか?」
彼女はカンニングの魔術を扱いながら。
「そりゃあねえ。人間族が住まうこのミドガルズ大陸に、妖精やエルフ族とかの亜人種が住まう大陸アーレズフェイム。巨人族や、人間に近しい闇の眷属が住まうムースベース……の三大大陸よね。まあ他にも大陸は六つぐらいあるみたいだけど――……どうして三大大陸だけを聞いたの?」
「他の大陸は、もう既に滅んでいるからですよ――勇者様」
その声に嘘はない。
「は!? いえ、そう……ね。世界が滅びかけてるって言うんだから、そういうこともあるか」
「なに、ヒナタ様が気に病むことはありません。ほとんどのモノは三大大陸に逃げ延び、生存しております。そしてなによりも――これは、あなたが世界をお救いになられてから二百年後の話。もしこの世界に滞在したままでしたら、既に貴女は寿命で天寿を全うされていた。結局のところはこの世界は滅びに向かっていたのですから――結果は同じことです」
あなたのせいではありませんよ。
そう、ハッキリと伝える伯爵の顔には……かつての仲間に対する親しみの感情が滲んでいた。
おや、フォローしているようである。
割り込み私が言う。
『それでさあ。この世界を危機に陥らせているのが主神だって事は分かったけど。なんで退治しないんだい? 創造主っていっても、どうせどっか別の世界から流れてきた神なんだろう? 古き神っていうそれっぽい連中なら知ってるし』
「あなたもヒナタ様もそうですが、まず神殺しは禁忌であるとご理解いただけると助かりますな。きっと、そちらの世界では神がとても軽い偶像として、扱われているのでしょうね」
私とヒナタ君がたぶん特殊なんだろうが。
まあ文化の違いって事にしておこう。
『しかし君達が神を滅ぼさないのと逆に……分からない事がある。神とやらはなぜ、この世界をまだ滅ぼしていないんだい? 主神クラスの神なんだろう? 手段さえ選ばなければ、自らの世界を滅ぼすぐらいは簡単だろうに。いや、別に滅んで欲しいわけじゃないけどね』
今までの世界なら――信仰を集めるためにわざと危機的状況を作っていた!
なんてパターンもあったが、今回はがっつりと神が人間と敵対しているようである。
信仰の稼げない世界にいるぐらいなら、とっとと滅ぼして別の世界を探した方が早いのだ。
まあ、古き神――楽園の住人ではないというパターンもあるが。
ともあれ伯爵は少し誇らしげに、巨体で肩を竦めてみせた。
「三大大陸には我らがおりましたからな」
『我ら?』
「かつて勇者ヒナタ様の旅の友となった者、そして、その末裔達でございますよ」
告げて、伯爵は魔力に満ちたクリスタルを顕現させる。
そこに映っていたのは勇者のヒナタくんと、商人のヴァージニア伯爵。
そして見知らぬ戦士と魔術師の姿が見えるのだが。
ヒナタくんと私が同時に呟く。
「うわぁ、見慣れた連中ねえ……」
『うわぁ、四人パーティなのにバランス悪』
回復役が……ヒナタくんだけ?
いや、魔術師が回復魔術も使える可能性はあるか。
伯爵が貌の前で手を組んで、あくまでも冷静に言葉を紡ぎ続ける。
「主神様により我等が滅ぼされかけたのは、ちょうど百年前。神は仰いました、もうお前達は不要だと。けれど、我等は諦めなかったのです。ヒナタ様。いつか貴女が帰って来て下さり、我等をお救いくださる。そう信じて百年……神と戦い続けておりました。かつて貴女様を追放したこの厚顔をお許しくださいなどと、傲慢な事は申しません。ですが……」
言葉を区切り、百年戦い続けた男は言う。
「今、この大地に生きる民には罪はありません。ヒナタ様の事も架空の存在だと思っているほど……時が過ぎました。当時に貴女を裏切った者、そのほぼ全てが天寿を全うしております。厚かましい願いだとは分かっております、恥知らずだとは承知の上でございます。それでも……どうか、我等の依頼をお受けいただきたいのです」
願いを受けて、ヒナタくんがカチャリとスプーンを置く。
物悲しい顔で、その唇が動く。
「アンタがまだ滅んでいないのは分かった。他の二人はやっぱり、もう」
「ええ。彼らは長命種ではありませんでしたからな。ただその志を引き継ぐものが国を作り、貴女の御帰還をお待ちしております。どうか彼らにも一度お会いいただきたい」
つまりは、ヒナタくんの仲間がそれぞれ国を作り。
悪神となった主神から世界を守り続けていた――ということだ。
私の悪ネコセンサーが、ビビビっと働く。
これって、もしかして――。
報酬の三重取りが可能なのでは!?
『それで、具体的な依頼内容は?』
問われた伯爵はしばし考え。
「この大陸はワタクシの眷属化という形で安定した生活を保っておりますが、他の二大陸はそうはいきません。いまだ神が作りし魔物達と激しい戦いを繰り広げていると聞いております。どうかヒナタ様とケトス様には、そちらの救援に向かって欲しいのです。こちらの大陸のモンスターは全て駆逐済みではありますが、あちらは苦戦していると風の噂がありますので……」
ん?
『全て駆逐済み?』
「ええ、それが何か?」
自慢するために聞き返した、という感じでもない。
私なら絶対に自慢するのだが。
ふむと考え、私は言う。
『この世界に転移してきた時にも感じたんだが――ここより北の火山付近、たぶんここもこの大陸だよね? そこに大きな魔の気配があるんだよ。えーと……ちょっと遠見の魔術を発動してみようか』
告げて私はスプーンを魔術杖の代わりにし。
詠唱。
十重の魔法陣を展開。
「こ、これは……!?」
冷静さを投げ捨てた様子で、伯爵が椅子を倒し立ち上がる。
翳すスプーンの先から投射される映像。
そこに写されていたのは、一匹の超特大な紅き魔竜。
赤黒く燃え上がる翼と鱗を持つ、いわゆる典型的なファンタジードラゴンである。
瞳を赤く染め上げる伯爵の横。
ヒナタくんもあからさまに嫌そうな顔で言う。
「うわぁあ、マジ!? こいつ、蘇りやがったの!?」
『知り合い……っていうか、知ってる存在なのかい?』
問いかける私に、ヒナタくんがげんなりとした顔のまま。
昔を思い出すように語る。
「二百年前、あたし達が滅ぼした伝説の三竜の一体、邪竜ニドヘグル。死者の血を啜り糧とする、ドラゴン種よ。たしかに、いつか蘇りオマエタチを滅ぼすみたいな事を言ってたけど……」
「よもや、本当に再臨しようとは――これは……まずいやもしれませぬ。あの火山近くには鉱山街と、漆黒牛を囲う超特大の牧場! がありますからな。吸血鬼化しているとはいえ、邪竜の攻撃を受ければ滅んでしまいますでしょう」
緊張に息を漏らす伯爵が、ちらり。
「あぁ、なんということだ……あの漆黒牛の養殖家畜化に成功しているのは、あの地の牧場のみ! もはや、二度と、このフィレステーキも味わえなくなってしまうでしょう!」
と、再度嘆くように言って、私をチラリ。
こいつ。
どうやら私の扱い方をすでに学んでいるようである。
焼きそばを断って、漆黒牛のフィレステーキを出してきた理由は……、まあ邪竜降臨を察知していたということか。
私がその魔の気配を察知することを、予見していたという事だ。
私に先に美味しい牛さんを食べさせ、その食文化を守らせようとしているのだろう。
これだから商人ってのは……。
まあ、いいけどね。
『伯爵さん。それは正式な依頼って事でいいのかな?』
「はい、勿論でございます。とりあえず先ほどの依頼とは別途で、今回の報酬をお支払いいたします。いかがですかな?」
言って、伯爵は漆黒牛の養殖方法の魔導書を取り出し。
私の前にこれ見よがしに置く。
『交渉成立だね。後で数頭、繁殖用の漆黒牛を魔王城で引き取らせて貰う。構わないね?』
「承知いたしました」
しかし相手は――ようするに、魔竜か。
ぶぶぶ、ぶにゃははははははは!
魔竜滅ぶべし!
『よーし、とりあえずそこに行ってみようか! このタイミングで蘇ってるなんておかしいからね、絶対に何かある筈だよ』
ふふーんとドヤ顔をする私は、そのまま肉球を鳴らした!
転移魔法陣が、室内を照らしだす。