血染めのレッドカーペット ~ニャンコの前に絨毯を(以下略)~前編
異世界転移は成功していた。
ワールド名は――灰と血の世界アッシュガルドか。
なんとも暗い感じの世界名である。
荒野の中で、私は周囲を見渡す。
世界の果てから瘴気が漂っているのだろう。
猫ヒゲをぴょこんとさせ、モフ毛をぶわっと膨らませる程の魔の気配が――私の毛を逆立てる。
――おそらく。
この世界を危機に陥らせている存在か。
まあ、場所はかなり離れているが。
さて!
そんなことよりも、今はもっと身近な問題がある。
煙をプスプスさせている半壊状態の城を見て、私は冷静に声を漏らした。
『ふーむ……どうやら無事に辿り着いたようだけど』
「お城、壊れちゃってるわねえ」
女子高生勇者のヒナタくんも、煙を眺めて冷静に息を吐く。
まあ、もちろん私達の後ろ。
現地人の聖騎士カーマインくんは、ものすっごい顔で硬直している。
「ななななな、な……っ、なぜ! 我等の城が!? て、敵襲なのでしょうか!」
ちなみに。
転移座標はカーマイン君の記憶を辿った先。
国の代表がいる御城を選んだ!
はずだったのだが。
うん、何度見ても壊れてるね。
大魔帝ケトスたる私の賢いニャンコ推理では――。
転移妨害魔術の反動で城が吹き飛んでいるのだと、答えを導いていたのだが。
まさかねえ。
そんなことを堂々と語るつもりはなく。
邪悪なネコちゃんの影の中から伸びる、獣の赤眼がギラギラギラーン!
『えーと、じゃあどうしよっか~。今晩はここに泊まれないよねえ。まあ、まだこっちの世界は朝みたいだから別にいいんだけどさあ。いやあ、困ったな~!』
棒読みになってしまった気もするが、気にしない。
しっぺしっぺしっぺ。
可愛く腕を舐めて、顔を拭き拭き♪
ヒナタくんも事情を察したらしいが、もちろん知らん顔である。
そりゃ、大臣とやらの一派が妨害していたのなら。
在籍しているだろう御城が反撃を受けるよね。
聖剣を抱えたままの聖騎士カーマインくんだけは、慌てた様子で――あわわわわ!
半壊した城に目をやり、ごくり……っ。
頬に汗を流し、枯れた声を漏らす。
「あなたがたは、なぜそんなに落ち着いているのですか! ふ、不安じゃないのですか!? いったい、これは――何があったというのです……ケ、ケトス様ならなにか分かるのでしょうか!」
『いやあ、世界がピンチだったって話だし。襲われちゃってたのかなあ』
ちなみに。
魔力の流れを読む限り――死者は出ていない様子である。
反撃魔術に私の幸運値が乗っていたのだろう。
死人が出てたら大慌てだけど、そうじゃないならねえ。
今頃、あれほどの規模の大爆発だったのに死者がでていないなんて奇跡!
なーんて、喜んでいるんじゃないだろうか。
ともあれ。
ヒナタくんも、風船ガムを口にしながら。
頭の後ろで両手を組んで、投げ出し気味に声を出す。
「あー……まあしゃあないわねえ。話し合いをしにきたんだけどぉ、それどころじゃないっぽいし? ねえ、ケトスっち! あたしたちはどっかの道具屋で適当な装備を換金して、グルメ巡りでもしちゃう? 宿もついでに探せば一石二鳥っしょ?」
『お! いいねえ! 賛成!』
既に観光気分な私達はいつも前向き!
とっても元気なのだが。
くわっとカーマイン君が青筋を浮かべて叫ぶ。
「邪神のケトス様はともかく! ヒナタさん! あなたは勇者なのでしょう……!? この城の惨状を見て何も思わないのですか! これはおそらく外部からの攻撃、急ぎ警備を固めなければ……っ」
爪を噛んで、グチグチグチ。
唸る黒髪赤目の彼は――これが私達の反撃による反動だとは気付いていないようだ。
仕方ない。
私はちょっと真面目モードになって告げる。
『それで、どうするんだい? とりあえず壊れた城をこのままに、私達を偉い人と謁見させるのか。それとも宿屋に案内して落ち着いてからにするのか。どっち?』
「あたしもどっちでも構わないわよ。まあ先に面倒ごとを片付けてから観光をしたいところだけど、任せるわ」
無責任コンビとは言うなかれ。
そもそも相手は他人の世界から、制御できるかどうかも分からない存在に力を借りようとしているのだ。
良い所ばかりを利用しようとした結果がこれなのだから、半分は自業自得である。
だいたい、こっちは妨害への反撃をしただけだからね。
そしてあの妨害魔術も問題だ。
私達だったからギャグっぽい流れで破壊したが、並みの大英雄では妨害に気付かず亜空間で結界と衝突。
木っ端みじんになっていただろう。
ようするに、向こうには明確な殺意もあったわけである。
それも、仲間と思われる聖騎士ごとである。
その辺をカーマイン君に説明するべきか、悩んだのだが。
ヒナタくんのクールな声が、こそりと私のモフ耳を揺らす。
「無駄よ、きっと――理解できないわ」
『まあ、君が言うなら従うけど。んじゃ、もし難癖をつけられたら魔術式と証拠映像を見せつけるって事でいいかな』
こちらもこっそりと返すと、彼女は目線で頷いてみせる。
さきほどの返事を悩んでいたカーマイン君だったが――その顔が急に引き締まる。
まるで、王を出迎えるような仕草で跪いたのだ。
はて。
振り向いた私は思わずモフ毛をブワっとさせた――。
訝しむようにヒナタくんが、私の眉間の皺を撫でる。
「どうかしたのケトスっち。そんなに怖い顔をして……トイレ?」
『いや、大したことじゃない。ただ取り囲まれているだけの話さ』
そう。
いつの間にか囲まれていたのだ。
◇
転移した地――異世界アッシュガルド。
不幸な事故で半壊した城の前。
一匹の黒猫――私はクールに腿毛まで膨らませていた。
周囲を囲む謎の気配を睨んでいたのである。
ヒナタくんと聖騎士カーマイン君を守るように、前に出て。
ざっざっざ!
砂利をペチンと払って私の猫口は、周囲に向かい牙を向ける。
それなりの魔力波動のオマケつきで。
『転移魔術かな。ふむ……油断していたとはいえ私に気配を悟られずにこれだけの軍勢で囲うか、生意気だね。速やかに武装を解きたまえ、いきなり武器を構えられるのは些か不快だ』
「アンタたち、いっとくけどね! うっかりこっちに手を出してごらんなさい! すぐにこのモフっ子ネコ魔獣が火を吹くからね!」
と、警告したのは――クルンクルンと顕現させた聖剣を、チャキーン!
格好よく決めるヒナタ君である。
攻撃されたら反撃をする。
そんな警告を与える辺り、ヒナタくんはやっぱりお人好しなんだよね。
『さて、私達に用なのだろう。でておいで。警告はした。従わないのなら、私は君達をそのまま一掃しよう。なにせ見えないし……呼んでも出てこないのだから、文句は言わないよね?』
周囲を私の影世界で覆う。
これは最終警告だった。
そんな緊張の中で声を上げたのは――。
地を見たまま、騎士のように跪くカーマイン君だった。
「お待ちください、ケトス様――陛下がご降臨なされます」
『陛下? ああ、そう。このお城の主ってやつだね』
敵意を弱めてやった瞬間。
空間が歪んだ。
ざざ、ざざざざざ。
ノイズが目の前の座標に走る。
まずは、鎧とフード付きモフモフマントを身に着けた中世風の騎士達が、次々と顕現し。
列をなし。
ビロビロビロっと赤い絨毯で道を作る。
レッドカーペットと、並ぶ騎士自らで道を作り。
ダンダンと強く足踏み。
騎士達は朗々と歌うように声を張り上げた。
「平伏せよ! 陛下の御前である! 平伏せよ!」
「全ての命、全ての民は陛下の下僕!」
「いかなる者も、陛下を前に……って、なんだ! この黒猫は! おい、だれかレッドカーペットの真ん中にドヤ顔で転がり始めた、こいつを取り除け!」
ネコちゃんの前に。
ビロビロビロっと拡がっていく絨毯。
そりゃあもう、真ん中に寝ろっていう合図だよね?
頬のモフ毛を、ででーんと膨らませ。
私はニンマリ!
そのまま、かわいい猫手で絨毯の表面を撫で、爪をジャキーン!
『ぶにゃははははは! 最高の爪とぎである!』
バリョバリョバリョ!
よーし、無駄に偉そうな絨毯で爪を磨いてやったのだ!
騎士の一人が私を取り除こうと、テクテクやってくるが。
私はクワっと唸りを上げる!
『くははははははは! 我が前に広がった絨毯、それはすなわち! その時点で我が転がるための場所! 我が頭を下げるのは魔王陛下ただ御一人、そっちが平伏するのニャ!』
「な、なんだこいつ! 猫のくせに、言葉を発しやがるぞ!」
伸びてくる騎士の手に、シャァアアアアアアアァッァア!
威嚇してやる。
状況を見ていたカーマイン君の全身に汗が走っているが。
ヒナタくんがタッタッタッタっとやってきて。
「はいはい。ケトスっち、話が進まないから後にしましょうねえ」
『えー……これ、絶対に爪とぎしたらキモチイイ絨毯なのに……』
私を抱っこし、騎士達にお辞儀をし元の場所に戻るヒナタくん。
彼女は更に呆れた様子で言う。
「いや、なんでまだやってないみたいな言い方なのよ。思いっきし、もう爪を研いで一部分をビリビリにしちゃってるでしょうが……。もう、アンタってこういう時は本当にネコの本能を抑えられなくなるのね」
『もしかしたら罠かもしれないから、チェックしただけなんだけどなあ』
絨毯占領作戦を邪魔された私は、当然。
ムスーっと鼻を鳴らしていた。
ヒナタくんは勇者としての顔で、騎士たちに言う。
「気にしないで、進めてちょうだい」
「ふ、ふむ……まあよい。そこの娘。駄猫はちゃんと躾けておくように」
咳ばらいをした、騎士にべろべろべー!
アッカンベーをしてやったのだ。
ぐぬぬぬぬっと唸る騎士は儀式のような形となっている、レッドカーペットの列に戻る。
すぅっと冷厳な空気に戻っていった後。
騎士が、朗々と告げる。
「平伏せよ! 平伏せよ! 陛下がご降臨なされる!」
『陛下ねえ……ねえねえ! どっか別の場所で待機してるんだとしたら、今頃、どんな顔で待ってるんだろうね! いやあ、ごめんねえ! ついつい邪魔したくなっちゃって。あ、ごめんごめん、また邪魔しちゃったかな。どうぞ、どうぞ――さっさと呼んでおくれよ』
明るいネコちゃんの声に、騎士達がビシっと青筋を浮かべているが。
気にしない!
まあ冗談みたいな流れだったが、これは相手の出方を見るという意味もあったのだ。
そのまま猫を攻撃するような輩だったら、まあ所詮はその程度の相手と判断できるからね。
別に、遊んでいたわけではない。
ともあれ、陛下とやらの降臨は開始された。
それはさながら王の軍団。
冷厳な空気を纏った、どこか冷たい美貌の兵士が並んでいた。
彼等のレベルは……そこまで高くはない。フードを被った、初対面の時のカーマイン君に印象が近い。
黒髪赤目の騎士姿の男達がずらり。
偉そうにしていたのである。
もちろん、彼らもフードを深く被っている。
皆が聖剣や類似する魔力剣を持っているが、輝きは薄い。三流の聖剣だが、使いこなせているかどうかは不明だった。まあ、それでも武装としてはかなりのものだろう。
ふむ。
これは――反撃で御城をぶっ壊した事はバレてるのかな?
相手がどう動くか待っていると、騎士の軍勢の奥。
絨毯の先の空間から――明らかに異質な存在が前に出てくる。
ガチャリガチャリ。
軽鎧を纏ったまま動く、重い足音が鳴り響いた。
魔力を纏い降臨したコレこそが、陛下なのだろう。
私とヒナタ君を除く皆が、平伏する中。
陛下と思われるシルクハットを被った大男が、慇懃な礼をして見せ。
ヒナタくんに微笑みかける。
渋い男の声が響いた。
「よもや、今ひとたび御逢いできようとは――この、ヴァージニア。幸甚の至りにございます。お待ちしておりましたよ、ええ、本当に長い間……お待ちしておりました。勇者ヒナタ様」
「げ……っ! 伯爵じゃない! あんた! なんでまだ生きてるのよ!」
ヒナタくんの声が、崩れた城の前で響き渡った。
ちょっと嫌そうな声である。
構わずシルクハット男が、帽子の下から紅い瞳をギラギラと輝かせ――。
「なんでと申されましても、なぜワタクシが滅んでいると思ったのですか? ヒナタ様、あなたならば御存じでありましょう、ワタクシこそが不滅の徒。不死の眷属であると。悠久の時……とまでは言えませんが、当時の世界をお救いになられた貴女様の御帰還。このヴァージニア、本当に、お待ちしておりましたので、いやはや、感極まって涙を流してしまいそうになります」
白々しい台詞に、ヒナタくんが瞳を尖らせる。
「へえ、自分達で追いだした相手に、よくもそんなことを言えるわね」
「二百年も前のことを、いまだに恨んでおいでなのですか?」
あ、やばい。
ヒナタくんがブチ切れそうだ。
そりゃここの世界にとっちゃ過去だが、こっちにとってはつい最近の話。
私は周囲をちらり。
カーマイン君を含むフードを被った騎士達が、ずらららら。
恭しく囲んでいる。
偉そうで慇懃な陛下っぽい大男が、ブチ切れかけているヒナタくんとそのまま会話をしようとしている――が。
すかさず私はスキルを発動!
肉球を翳し、瞳をカカカカカ!
『ちょっと待ったぁああああああぁぁっぁあ! あのさあ! 君達、なんで私を抜きにして話を進めてるんだい? 不敬じゃないかな?』
秘儀、会話割り込み!
事情を知らないまま話されるのもイラっとするし。
無視されるのはムカつくので、私はヒナタくんの目の前をふよふよ飛びながら言う。
『ちゃんと私にも分かるように説明して欲しいんだけど? ぜんぜんわかんないし! これ、後で記録クリスタルを見た人も勝手に盛り上がって、意味わかんねえよってなるだろう! 陛下だか何だか知らないけど、ちゃんと順序とかお約束ってヤツを守ってくれないと困るんですけど!?』
スキル判定はもちろん成功。
このまま事情を知らない私を置いたまま会話を続行!
戦闘を開始!
なんていう、イラっとするシチュエーションは避けることができた。
陛下と呼ばれる男が、ちらっと私に目をやり。
そして――。
頬に、濃い汗を浮かべ始める。
ヒナタくんも私の介入で一旦は落ち着いたのか。
私を眺めて、苦く笑う。
「あはははは、ごめんごめん。こいつはまあ、当時の知り合いなのよ……あんまり会いたくなかったけど、昔にパーティを組んでいた男の一人よ。いわゆる旅の仲間ってヤツね。もちろん、二百年前の人間が生きている筈もないし――こいつは不死者。闇に生きる眷族の長老なのよ。もっとも、当時からこいつに、まぁぁぁあったく、良い感情なんてないけどね」
『ふーん、この程度の魔力で君の仲間ねえ……』
じろじろと値踏みするように見てやる、一見すると人間だが……。
種族は――。
古の長老たる吸血鬼君主か。
知恵ある高貴な種族――吸血鬼に分類される魔の中では最上位に属する、いわゆる一つの頂点的な存在である。
進化やクラスチェンジのあるゲームで、一番最後になれる最強の職業。
ラスボス前にレベル上げをしまくって転職してしまうと、その後の敵が楽勝になってしまう!
そんな感じの上位存在を思い浮かべて貰えば、まあだいたいそのままである。
ちなみに、当然私よりはかなり弱い。
成長したヒナタくんの敵でもないだろう。
どうやら相手もその辺の”差”は弁えたようだが。
はてさて、この最古級のヴァンパイアは敵か味方か。
どちらにしても、まずは――様子を探ってみるしかないか。