討伐遠征その1 ~カップケーキとメンティスの謝罪~
教会本部に向かう皇帝ピサロ率いる遠征軍の大部隊。その横を走る馬車の中。
黒猫モードの私はメイド長女メンティスの腕に抱かれて、くわぁぁぁぁあっと、大きな欠伸をしていた。
電車とかもそうだけど。馬車の旅って最初は良いけど、途中で退屈になるよね。
今この馬車にいるのは私とメンティスと、皇帝への伝達役に彼のお付きの賢者が一人。
爺やと言われていた男である。
『ふわぁぁぁあああ……暇だね』
「なにぶん歩兵隊もおりますからのう。まだしばらくはかかりますので、どうかご辛抱くださいませ」
『んー……本でも読もうか。賢者さん、なんか持ってない?』
「ふぉっふぉっふぉ、申し訳ありませんが書物の類は持ち歩いてはおりませぬな」
『仕方ない……、取り寄せるか』
「はて、取り寄せるとおっしゃいますと?」
眠気が強いせいで頭がうまく働かない。
えーと、十重の魔法陣を構築して……異界に接続して……。
魔力を通して、ドーン。
「それは、もしや幻の秘術、異界召喚!?」
『えー、あー、うん……そうだ、よ……っと、ああ、出てきた出てきた』
異界召喚でテキトーな魔導書をランダムに取り寄せて、ぺらぺらぺらと捲る。
あまり面白い情報は書いていない。
どれもこれも知っている魔術理論ばかり。
五百年ぐらい修行してたから、異界の魔術にも詳しくなってるからね。
新しい知識を得ようと思うと、何度も異界召喚をしないといけないのだ。
さすがに何度も短時間に繰り返すと世界が壊れるらしいから、今回はこれで終わりか。
いわゆる、ガチャのハズレと一緒である。
もう一度大きな欠伸を漏らしてしまう。
ポイと放り投げると、メイド長女メンテイスは苦笑を寄越してくるが。
それを拾った皇帝お付きの賢者は表紙の文字を眺め……息を呑んだ。
「こ……この書物、拝読いたしましても?」
『んー……、欲しければあげるよ』
「ふぁ!? よ、よろしいのですか!?」
『えー……うん。まあ、いいんじゃないかな……たぶん。あ、でも……それ異界文字だけど、読めるのかい?』
「はい、解読スキルを習得しております故」
そういや賢者の職業はそういう分野のスキルも習得できるのか。
どうぞと肉球で促すと、賢者は恭しく異界書を拾い上げ。
あれ……なんか涙目になってるんですけど。
「なんと、おお……なんと慈悲深い……あぁ、ありがたき幸せ……! よもや、生きているうちにこのような伝説級の書との巡り合いが叶うとは……っぐ、あぁ……長生きはするものですなあ」
賢者の爺やは、もう忠誠度マックスな眼差しで私を拝み始めてるけど……あれ、これもしかして人間に与えちゃマズかったのかな。
……。
ま、別にいいか。
言わなければバレないだろうし。
一応、あとで口止めだけはしておくか。
なまった身体をどうにかしたくなって、ぶにゃーんと脚を伸ばし、お腹を掻いてポリポリポリ。
猫しっぽがビタンビタンと左右に動く。
はぁ、行軍って退屈だね。
転移魔術が使えない人間は、本当に何をするにしても時間がかかるのだろう。
そうそう。
とりあえず二十七億枚の金貨は分割返済または、教会から取り返すということで話は保留となった。
皇帝はどさくさに紛れて、この件をうやむやにしたがっているようだが。
教会を何とかするのが先決なのは確かなので、責任の所在を曖昧なままにしている事にまあ異存はない。
ふと私は揺れる馬車から外を見る。
歩兵の部隊である。
教会権力の暴走を帝国内の重鎮も憂いていたのだが。それは民たちも同じだったようで、いや、むしろ教会の圧政に一番苦労させられていたのは彼らだったのか。
なんか、かなり民兵もいるんだよね。
しかも、超殺意剥き出しの……。
教会を滅ぼせぇぇぇえええ!
奴らの罪を暴けぇえええええ!
一族郎党火の海だぁああああ!
そんな、力強い魔力のこもった恨み節が猫耳を擽っている。
行軍をじぃぃぃぃぃ。
カマとクワを手に、鬼の形相で進む民兵たちのステータスをチェックすると。
……。
レベルたっか!
娘をかどわかされし者、とか上位復讐者とか。物騒な称号やらスキルを持ってるし……。
よっぽど恨みを持ってるんだろうな。
私が憎悪を魔力や力とするように、彼らもまた恨みの感情でレベルが上がっているのだろう。ちょっと親近感が湧いてしまう。
教会の連中、あの司教だけが特別だと思っていたが全員あんな感じなのかもしれない。
腐ってるなあ聖職者ども。
滅びればいいのに。
いや、まあ滅ぼしに行くけど。
ともあれ。
皇帝の一声で遠征はすぐに開始された。暴君と呼ばれているだけあってワンマンな体制が整っていたのも、迅速な部隊編成に繋がったのかもしれない。
私の計画は一つだ。
帝国軍と教会軍。互いに被害が大きくならないうちに、神に戦いを見せつける事である。
神は怠慢気味だが愚かではない。
騒ぎが戦争規模の衝突となれば――必ずその目が向く。
さすがにどちらが悪いかの区別はつくだろうし、区別がついたのなら審判を下すだろう。もし神が偏見に満ちた采配で自らの信徒を庇おうとした時はどうするか。
そりゃあ、まあ。
やっちゃうしかないよね。
私、魔だし。
それはそれで構わないのだ。
爪をにょっきにょっき、させて私は思う。
だいたい百年とちょっと前に勇者を召喚したのは神だって噂もあるくらいだし、その辺の事も問い質して復讐してもいいんだ。
しかし。
私は隣で走る皇帝の馬車に目をやった。
打倒教会遠征の一番の理由が、ぽっちゃりロリに一目惚れした暴君の恋事情、というどうしようもないモノなのがちょっと悲しい。
これで、教会の圧政に怒りの声を上げた皇帝の正しき心! とかだったり、人間として正しく生きるための戦い! とかだったりしたら、格好良かったのにね。
人間だからこその理由ではあるが。
『まあ、黙っていれば兵士たちの士気も下がらないか』
私の頭を撫でながらメイド長女メンティスが問う。
「ケトス様、なにか仰いましたか?」
『いや、人間て。大変だなあと思って』
「そう、ですね。わたしも今回の件で――すこし、人間が嫌いになりましたから」
長女メンティスが遠い目をして馬車の外の景色を眺める。
鬱蒼と、緑の生い茂った樹々が馬車内を暗く染める。
思う所があるのだろう。
けれど。
私を撫でる手が、いっそうに優しくなった。
『君は人間が嫌いなのかい?』
私の問いに、彼女は困ったような笑みを浮かべた。
「まあ、それでも。わたしの主みたいに、大変な所を助けてくれる人も中にはいますから。好きと嫌い、半々ですかね」
『当主くんのことか。もし勘違いだったら悪いけど、もしかして君。あの人のことが――』
くすくすと元白百合の騎士が微笑んだ。
「仰らないでください、胸の裡に閉まってあるからこそ。わたしとあの方は今の関係でいられるのですから」
『そりゃまあ、妹二人も働いているんだから。くっついたり別れたりしたら、変な空気になっちゃうもんね』
「だから。内緒――ですよ」
乙女の微笑でそう言って、メイド長メンティスは私の口元に小さな携帯用カップケーキを差し出した。
「ケトス様にも、本当に感謝しております」
『うむ、よろしい。黙っていてやるとしよう』
バグバグ、むっしゃむっしゃ!
ミルクとバターのバランスがとってもイイ感じだ。
口の中でほどよく蕩けて、もっさりとしていない。
イチゴミルク入りの水筒を取り出し、私に差し出しメイドは言った。
「こんなに優しい人もいるんじゃ、これ以上人間を嫌いになれないですね」
それは、何の気もなしに漏れた言葉だったのだろう。
『え……?』
「え……? あれ? あ……ごめんなさい。なんででしょうか、一瞬、なぜか……ケトス様が人間に思えてしまっていて。ど、どうしてでしょう。わたしったらドーラみたいな失態を……すみません、人間なんかと間違えられたら気分を壊されましたよね」
慌てて頭を下げるメイド長メンティスの横。
イチゴミルクで喉を潤して。
私は鬱蒼とした樹々を抜けた高原に目をやった。
『いや、まあ少し――驚いただけというか』
自然を残す草原は……綺麗だった。
揺れる馬車の中。猫のヒゲも猫のしっぽも、草原の草の様に揺れている。
喉の奥にミルクが落ちていく。
イチゴは甘くて、すこしだけすっぱい。
混ざりあったイチゴミルクは、ミルクなのかイチゴなのか両方か。
私には分からなかったが。
私はヒゲをぴんぴんと蠢かしながら、冗談めいた口調で振り返った。
『にゃふふふふ! 別に、気にしていないぞ。ただ、まあ間違えたからにはカップケーキのおかわりぐらいは欲しい所だのう?』
「はい、喜んで」
乙女は微笑んだ。
私も少しだけ、微笑んでいたのだと思う。
やはり、たぶん。
あまり認めたくはないが――。
最近は少しだけ、人間が嫌いじゃなくなっていた。
ほんの少しだからな。




