ニャンコの前に聖剣とか置いたら危ない ~合成素材~後編
工房展開――クラフトオープン。
ニャンコ大魔族である私、大魔帝ケトスの掛け声によって顕現したのは――。
巨大な宝物殿。
ズラァアアアアアアアアアァァァっと並んでいるのは、神話領域の武器の山。
そう。
私によって生み出された、装備群。大魔帝印の武具である!
私自作の武具の数々と共に、超一流ニャンコ工房を見せつけてやる。
目的は自慢!
ただ、それだけのために!
空間自体を、私の鍛冶工房領域に変換したのだった!
見た目のイメージは……。
ドラゴンが守りし、財宝神殿といった感じだろうか。
皆が腰を抜かす中。
ほへーっと、周囲を見渡す熱血警察官クロウくんの横。
女子高生勇者のヒナタくんが、くわっと大声を上げる。
「ちょ! いきなりなにするのよ! てか、なによここ!」
ヒナタくんも私の工房を見るのは初めてだったのか、その表情にあるのは驚愕!
聖剣中毒者の減量中マネキン男は、色素が薄くなった黒髪を揺らし。
目をグルグルさせて言う。
「せ、聖剣がこんなに……っ」
あまりの景色に圧倒されているのだろう――とすんと腰を抜かし。
工房の床に尻もちをついてしまう。
ぶにゃはははははは! 私が求めていた反応は、これである!
自慢だけど! 私のアイテムクリエイトは超一流!
自慢できるものを自慢して何が悪い! の精神で、私はニヘラ~!
首周りのモフ毛を、ふふんと揺らし!
『どうだい! この私が生み出した神器の数々は! そんじょそこらの工房じゃあお目にかかれない逸品ばっかりだろう! どう! すごい!? 凄いよね~!? 凄いから、もっと褒め称えてくれていいよ?』
「そりゃアンタがアイテム作りも得意なのは知ってたけど、すごいわね……いやぁ、正直逆に引くわぁ……」
キシシシっと笑ってすごいじゃん!
と、褒めてくれるかと思ったのに――ヒナタくんはちょっと引き気味である。
あー、これ……自慢しようと凄い装備を飾り過ぎて逆効果になっちゃったかな。
成金趣味の金持ちですアピールと同じ効果になってしまったようである。
んーむ。
加減って難しいね?
ポリスマンの黒鵜くんだけは、ファンタジーな世界観と価値を理解できていないのだろう。
そのまま。
無垢な顔で並んでいる剣に手を伸ばそうとし。
「へえ、なんか凄そうな武器がいっぱいあるんすねえ。これ、ちょっと振ってみてもいいっすか?」
別に触ってもらっても良かったのだが。
ヒナタくんが、ぷるぷると手を震わせながら黒鵜くんにクワっと唸っていた!
「ぎゃあああああああああぁぁぁあぁ! 絶対に駄目よ!」
「ど、どうなさったのですか、ヒナタさん!」
声に驚いた様子で、爬虫類系の顔をホヘっとさせる黒鵜くん。
その身体をズズズズっと無理やり引き戻し、女子高生が叫ぶ。
「あ、あんた!? これ、一本いくらすると思ってるのよ!? 金の価値が等価じゃないから多少のズレはあるでしょうけど……! こ、これ! たった一振りで大都市がそのまま買えるぐらいの値段になるんだから、傷でもつけたら一生タダ働きよ!」
「マ、マジですか?」
彼から目線を受けて、私は頷く。
『まあ私、本物の大魔帝ケトスだしね』
「へえ、なんか知らないっすけど。ケトスさんって、マジですごいんすねえ。いや、兄さんからは聞いてたんですが、ははははは! オレ、とんでもない相手に喧嘩を売ってたってことっすね!」
と、仁王立ちでヘラヘラと笑うクロウくん。
まあ、たしかに……。
お兄さんであるハクロウくんが心配し、年より老けて見えていた理由が、なんか分かる気はする。
ともあれ。
どうやらこちらの聖剣中毒君も私が本物だと理解してくれたらしい。
おずおずと探るように、クマの目立つ瞳で私をじとり。
「ということは、キサマ……いや、貴殿は本当にあの大魔帝ケトス、なのですか?」
『どんな伝承が伝わっているかは知らないが。その大魔帝ケトスさ』
「あの破天荒な創作神といわれた猫神が……実在した……、ということなのですね……」
紅茶セット一式を召喚し、優雅にカップの前に座り。
チペチペチペと蜂蜜ティーを楽しみながら私は言う。
『だから、そうだって言ってるじゃん。だいたい戦闘中に名乗り上げによる詠唱をしていただろう? それで術が発動してるってことは、本人の証じゃないか』
魔術のある世界のモノならば、その言葉の意味も理解できる筈。
ジトトトトトト!
まるで、滝のような汗を浮かべる元フードの男は、呆然と呟く。
「そ、そうですか……あの破天荒で極悪なネコ魔術師の大魔帝ケトスが実在したのですか……。にわかには信じがたいですが……。あの物語の中だけで語られていた伝説上の存在、滅亡の勇者ヒナタが実在していたのです。そういうこともありえると」
滅亡の勇者とは前も口にしていたが――。
伝説の?
ヒナタくんはまだ若い。伝説で語られるような年齢ではないのだが。
トテテテと男の足元まで肉球を進め、私は見上げるように言う。
『ねえ、そっちの事情に興味がでてきたんだけど。どうかな、取引しないかい? 私が本物の大魔帝ケトスだって理解してくれただろう? 君のために本当に聖剣を作っても構わないと思っているんだけど……』
交渉をする魔族の顔で、私は続ける。
『一応、世界のバランスに影響を与えかねない貴重な装備だからね。ドウェルグミキサー……だっけ? 君の聖剣を鍛え上げた妖精には悪いけど、そちらの聖剣を消滅させてしまった分と差し引いたとしても、私の聖剣にはまだ届かない筈。要するに、釣り合っていないんだよ。んで、対価として君の持っている情報を欲しいんだけど、どうだい? 何か用があってこの世界に滞在しているんだろうし、何かすこしぐらいは情報を握っているんだろう?』
と、言いつつも私は聖剣作成の魔術式をチラつかせる。
マジで作成可能だよ、という証拠を見せてやったのだ。
まるでゴハンを狙うワンコの顔で、男はキラキラと瞳を輝かせる。
そのまま設計図を横に逸らすと、男の目線も横に映る。
男は縋るような顔で、私の肉球を握っていた。
「せ、聖剣を頂けるのなら、な、なんだってします!」
こりゃ……。
中毒症状が抜けるのは当分先かな。
闇の中から契約書を顕現させ。
私は言う。
『じゃあ魔導契約だ。えーと、君、名前は?』
「紅の聖騎士カーマインと申します」
男で五文字か……。
名前、憶えていられるかな?
男は事情を語り出した。
ヒナタくんの顔が、あきらかに曇り始めた。
◇
事情を聞き終えたヒナタくんは、さすがに狼狽した様子で。
ぐぬぬぬっと髪を揺らし、カカカカ!
「はぁああああああああぁぁ!? アンタ、あのクソみたいな世界、アッシュガルドの人間なの! しかも、あたしが世界を救ってから二百年後の世界ですって!」
「ク、クソですか? いや……え、ええ、その通りです。正直な話、こちらも……驚いているのですよ。時間軸のズレの影響で、存命しているかもしれないと、そんな一縷の望みが語られていたのですが……。まさか本当に、滅亡の勇者ご本人がまだ生きているとは」
と、答えるのは――カーマイン騎士。
私から授けられた聖剣を抱きながら応じる言葉に、ウソはない。
ちなみに。
彼に授けたレンタル聖剣は、私が食堂の爪楊枝から作り出した「名もなき仮の聖剣」だった。
本物を作るのはこれからだと、相手も了承している。
彼のために聖剣を作るのならば、彼の人となりやパーソナリティを確認する必要がある。
適した装備。
装備者に最適化されたオートクチュールな聖剣を制作するには、時間がかかるのだ。
魔導契約で聖剣制作を引き受けたのだ、私もまじめに彼に適した装備を作ろうと思っているのである。
脆弱なる人間如きにさえ真剣になれる私。
とっても偉いね?
ともあれ私は言う。
『一縷の望み。そしてかつて世界を救った勇者を探していた――か。まあ、普通に考えたらまた世界に危機が迫っている、といった所だろうけど……』
呟く私がちょっと困惑しているのは、ぐぬぬぬと唸るヒナタくんの表情である。
絶対、これ。
世界を救った後になんかあったな……。
そんなシリアスムードな二人の横。
わりと脳筋気味な黒鵜くんが、時間軸のズレで混乱しているようである。
ヒナタくんはまだ若い。
なのに、相手は救った世界の二百年後からの異邦人。
その辺のファンタジーな現象が理解できないのだろう――困ったように私をじっと見ているので、説明してやる。
『ああ、つまり――世界と世界では時間の流れが違うんだよ。魔術式としてはかなり違うんだけど……単純に言うと――浦島太郎を思い出して貰えば、まあ近い感じになるかな。分かるかい? あの亀を助けて竜宮城にいって、地球に戻ってきた時には何十年と経っていたお話さ』
「ええーと。ええ! 分かります! 分かりますよ! 浦島的なアレっすよね!」
挙動不審になりながらも、その大きな手は動いている。
どうやら……。
にゃんスマホを操作し始め……私もよく知るお兄さんにメールしたようだ。
なぜか即座に返事が戻ってきて、彼は瞳をキラーン!
頭の上でもピカーン!
頭上に電球を浮かべた、熱血ポリスマンが言う。
「なるほど! つまり! ヒナタさんが地球に帰還して過ごした時間。えーと……一年、とか二年とか、どれくらいかは分からないっすけど。こちらでは一、二年の時間でも、この異世界人の世界では既に二百年が経っていた……! こんな感じっすか? こんな感じっすよね!」
こりゃ。
ハクロウくんに頼んで、カンニングしたな。
まあ、分からないことを知っている人に聞くのは、悪い事じゃない。
穏やかな教師の声で、私は猫口を上下させる。
『そんな感じさ。まあ、それは一般的な異世界での話。このダンジョン領域日本と、そしてこの世界と一度関わった異世界は例外となる。魔王城と繋いである大規模転移門の影響で、時間軸が共有されるのさ。ようするに転移門がある限りは、そういう時間のズレが起きなくなって、浦島太郎的な現象はなくなるんだけど……たぶん説明しても分からないよね?』
「はい! 理解できない自信だけはありますよ!」
うっわ、ものすごい笑顔で言い切りやがった。
しかし、ヒナタくんが向こうに行っている間……。
その間も時間は進んでいた筈なのだから。異なる時間軸の世界に飛んだヒナタくんが、元の時間軸の地球に戻れたというのは……ちょっとおかしい。
転生魔王様か、その奥さんの元勇者がなにか、元の時間に帰ってこられるような術式を使っていたのだろうか。
ニンゲンに転生したあの二人って、どれくらいの強さなんだろうか。
ともあれ。
まあこっちの黒鵜くんは別にどうでもいいとして。
私は異界からの来訪者カーマイン騎士に目をやる。
仮渡しの聖剣なのだが、それでも例の爪とぎとなった聖剣よりは強力。
後生大事に抱えているが……。
まあ、聖剣を抱いて精神も安定しているようなので話は進めやすいか。
『つまり、君の世界はまた危機に陥っているって事かい?』
「はい、だから異界転移が可能なわたしが代表となり……動いていました」
目線を聖剣に移しながらも……ぐぐぐぐと我慢し。
彼はまじめな顔でいう。
「目的はかつて世界を救った英雄――勇者ヒナタへの救援要請。そして、可能ならば他の勇者にも助力を願い――連れ帰ること。使命に従ったわたしは、巫女たちの力を借りなんとか異世界転移に成功、この世界に到着いたしました」
拳ではなく、聖剣をぎゅっと握り。
精神の安定を保っているのだろう、頬をすり寄せながら彼は続ける。
「伝承にあった遠き青き星――この奇妙な世界こそが滅亡の勇者ヒナタが帰還した世界と確信し、滞在。細々とアルバイトをしながら勇者を求め、日々、食事宅配の仕事をこなし……過ごしていました。つい先日、ようやく転移帰還者を囲う貴方がたの学校までたどり着いたのですが……」
『なるほどね、そこを私達にふっ飛ばされたと。まあ一応筋は通っているか。君も魔導契約があるから、私に嘘はつけないだろうし』
もっとも、この情報は確定ではない。
彼自身が誰かからそそのかされていたり、騙されていたり、つかれたウソを真実だと信じ込んでいる。
なんて可能性もある。
このパターンの場合は、本音を言っていたとしても――無駄。
カーマイン騎士に与えられている情報自体が間違っている。
そんな、身も蓋も無い状況も考慮しておく必要はあるか。
私は当事者であるヒナタくんに向かい、猫口を開く。
『幸か不幸か。彼の転移によってそのアッシュガルド? その地がダンジョン領域日本と繋がったのなら、その時に時間軸は共有されちゃったかもね。戻ってみたら二百年後なんてことはない。ヒナタくん、たぶん君が戻ればまだ間に合うよ?』
問われて彼女は、ぎゅっと自らの拳を握り。
カーマイン騎士を、ぎっと睨み。
怒りを抑えるように、笑顔を作る。
「そう、だいたいの事情は分かったわ。ならそっちの王様? 皇帝? まあ今の代表が誰だかは知らないけれど、伝えて頂戴。あたしは二百年前の裏切りも、失望も忘れてはいないの。世界を救ったらはい邪魔ですので、さようなら。そんな態度で雑に追放しておいて、今更それは虫が良すぎるわ。悪いけれど、お断りよ」
顔は物凄い美少女スマイルなのだが。
声にはわずかな怒気が込められている。
そういやヒナタくん。
二度目に転移した世界には、あまり良い思い出がない!
みたいな事を口にしていたっけ。
「そんな! 我等をお見捨てになるというのですか!?」
「いい? 見捨てたのはそっちよ。あんた達にとっては二百年前のことかもしれないけど、こっちにとってはつい最近の出来事なの。聖人君子ならともかく、あたしもそこまで心は広くないわ」
まあ、そうなるわな。
追放とか、放逐をするのならその後の事も考えるべし。
私はヒナタ君の前に立つように、ネコのモフ毛を膨らませ。
『というわけだ。まあ可哀そうだとは思うけれど、仕方ない。後先を考えなかった二百年前のご先祖様を恨むんだね。聖剣を授けたら君を元の世界へと無事に送り返そう、それぐらいはサービスしておくよ。戻る手段も、きっとこちらの技術頼りだったんだろう?』
「助けられる命を、見捨てるというのですか――……」
言葉を遮り、冷めた口調で私は言う。
『私はね、いつもこういう時には決まった答えを返す事にしている。君たちは、地を這うムシケラ達の戦争に加担し、いちいちどちらかを助けたりするかい? 助けられる命を救うのが義務だというのなら、君たちは全財産を投げ出して、貧困街の民に手を差し伸べたりしたかい? この世界にだって苦しんでる人がいる、君はこちらの世界に来て――全てを投げ出し苦しむ人を助けてあげたかい? 助けられる力がある筈だ、けれど君だってそこまではしなかっただろう? それと同じ事さ』
ただの論点のすり替えだが、まあ即座には言い返せないだろう。
『とりあえず、君の聖剣制作は引き受けた。サービスで故郷への帰還も手伝おう。けれど、それ以上は協力しない。ヒナタくんもそれでいいかい?』
「ええ……悪いけれど、あの世界を二度も救う気なんかないわ」
床に向かい漏らす言葉は、それなりに重かった。
何があったかは知らないが、彼女がこれほどハッキリと拒絶するのは珍しい。
このまま話が流れると思った。
その時だった。
部外者気味だったポリスマンな黒鵜くんが、頬をぽりぽり掻きながら言う。
「でも、本当にいいんですか? 異世界を知らないオレにはよく分かんないですし、どんな理由でまたその世界が危機になっているか知らないですけど――あの大魔帝ケトスが強敵を前に逃げだした! みたいな悪い噂を流されないっすか?」
『え? いや、それはなんかムカつくけど……』
まあ、そういう風に敵さんが言い出す可能性もあるが。
モフ毛を悩ませる私の前で、今度はヒナタくんに向かい彼は言う。
「それに、ヒナタさんも本当にいいのですか? 助けを求められたのに、助けられなかった――それって結構、いやだいぶ……後を引きますよ」
「う……っ、そりゃあまあ……そうかもしれないけど」
ヒナタくんもうぬぬぬっとなっている。
その隙に、黒鵜君はおバカ熱血キャラには似合わない悲しい笑みを浮かべ。
告げる。
「オレも、いまだに寝るのが怖いくらいっすからね。夢で見るんですよ。事件の被害者たちの声や、間に合わなかった助けを呼ぶ声が……暗い部屋の中で響くんです。職業上、全ての人を助けられる事がないっていうのは、分かっているんですけど。ダメっすね。ああ、あの時に急いでいれば、あの時に……動いていればって。何度も失敗した日の夢を見るんですよ。今でもどうしても――あの人たちの声が、忘れられないんですよね」
苦く笑うクロウくんの顔には、後悔の念が浮かんでいる。
おそらく、彼自身。
過去に誰かを助けられなかった――そういう経験があったのだろう。
こいつ。
おバカキャラのくせに、こういう時だけ妙なしんみり感をだしやがるとは。
たぶん、正義感の強い彼としては、カーマイン騎士の世界を救ってやりたいのだろう。
けれど、それを口にする権利も力もない。
そして助けられなくて後悔しているのも本当。
だから、こうして言葉でヒナタくんの譲歩を引き出そうとしているのだ。
まあ、様子を見に行くぐらいなら……ありかなあ?
そんな感想を浮かべる私に、ヒナタくんも同じ顔をして私を見る。
お互いに言いたいことは分かっていた。
どーせ、君はなんだかんだで助けに行くんでしょ?
――と。
そう、私とヒナタ君は結構こういう部分が似ているのである。
「もう、しょーがないわねえ。助けるかどうかは別として、とりあえずあんたについて行ってあげるわ。そこからはそっちのお偉いさんとの交渉次第。これでどう? 少なくともあんたは、あたしを連れて帰還するっていう使命を果たしたことになるわ。これが今できる限りの譲歩よ」
カーマイン騎士の瞳に色が宿る。
「よ、よろしくお願いします……!」
やっぱり。
なんだかんだでお人好しなんだよなあ、ヒナタくん。
まあ、そこがいいんだろうけどね。
壊れる前にその世界のグルメを回収する。
そういう目的で私も同行するかな。