ニャンコの前に聖剣とか置いたら危ない ~合成素材~前編
不審者がでていると注意喚起を行った翌日。
学校内で上がってきたのは、自分も声をかけられた!
との発言の数々。
どうやらあの不審者くん。
生意気にもだ。
大魔帝ケトスこと、この私の学校に在籍する他の勇者にも、ちょっかいをかけていたらしい。
まあ闇の勢力ともいえる闇番長たちは。
なんでオレ様達には声を掛けねえんだ! 差別だ!
と騒ぎながらも、光の委員長の安全確保に見回りをし始めているらしいが――。
ともあれ!
無事に学校の授業も終わり、女子高生勇者ヒナタくんの自宅へ帰宅した私達。
ニャンコと愉快な女子高生は、ポテチをぱりぱりとしながら雑談を続けていた。
ゴゴゴゴゴゴっと鳴る空調。
冷房の効いた部屋で、コーンポタージュスープをずずずず♪
ポテチをばりばり♪
扇風機の風に黒髪をサラサラと任せるヒナタくんが、テーブルに突っ伏し言う。
「いったい、なんだったのかしらねえ。あの変質者。せめて十年経った後だったら、話を聞いてあげてもよかったんだけど」
その吐息には溜め息が混じっている。
勇者の直感か、女の子の勘か。
なんにせよ、あの男が何か自分と関係する存在だったのではないか――。
そんなモヤモヤを抱えているようである。
私は床と壁に取り付けた新兵器の角度を計算しながら。
猫口をテンション高めに開き――ウニャハハハハハ!
『勇者ヒナタを探していて、なおかつ――君以外にも勇者をスカウトして回っていた不審者! ……だしねえ。まあ、礼儀をあまり知らなかった高圧的な相手だったし? もうブタ箱で冷たいご飯を食べる事、確定だろうし。気にしなくてもいいんじゃない?』
「あのさあケトスっち、あの変質者をわざわざ警察に届けないで、こっちで尋問しちゃった方が良かったんじゃない? ほら、なんか……ちょっと気になる魔力とかあったし。いや、今更なのは分かってるけど」
その言葉にモフ耳を動かしながらも、私は設置完了したネコちゃんグッズにニンマリ♪
いやあ、しかし。絶対、ヒナタくんの関係者だし。
できたらこのまま何事もなかったまま、スルーしたいという思惑があるのだが。
本人を目の前にそれを口にするのは、ちょっとね。
新調した爪とぎで、バーリョバリョバリョ!
バリリリリリリ♪
思いっきり爪を研ぎながら、私は軽い口調でヒゲを揺らす。
『つい最近、正義扇動事件があったばかりだからね! あんまり接近するのも危険だし、なにより関わりたくないタイプだっただろう? それだったら、ちゃんとした公的機関に調べて貰うのが一番じゃないかな? まあ私達が介入しないといけないような何かがあったら、連絡してくれるさ』
「いや、連絡って……さすがに警察がこっちに連絡してくれるわけないでしょ」
『ん? 警察組織なら、もうホワイトハウルがとっくに乗っ取ってるけど?』
室内に、ニャンコの爪とぎ音だけが響く。
ガガガガガ♪
腰だけを上げて、ガガガガガガガガガッ!
爪を研ぎ研ぎしながら、小刻みに震わせ立てる私の尾を――。
扇風機の風が揺らす。
そんな私を見て、ヒナタくんはあからさまに呆れた様子で言う。
「いくら現実と夢の狭間みたいな世界だからって――やりたい放題過ぎるでしょ……アンタたち」
『まあ、真面目な話。普通の警察官じゃあ魔術師の犯罪者や、上級スキルを扱えるようになっているダンジョン領域日本のプレイヤー相手には、どうすることもできないだろう? そこでホワイトハウルの眷属犬が活躍するって事さ。一般人でもある彼らのためでもあるんだから、こればっかりはしょうがないよ』
言いながら、爪をチェック!
おー! 尖らせた爪が、聖なる輝きでコーティングされている!
たまにはこういう光沢も有りだよねえ!
「ところで、あんた……さっきからバリョバリョ軽快にやってるけど――その爪研ぎどうしたの? 凄い魔力を感じるけど」
『あ! 聞きたい!? 聞きたいよね! ふふーん、実はさあ!』
と、自慢げに口を開いた時だった。
にゃんスマホが鳴り。
警察犬からちょっと来て欲しいと連絡を貰ったのは。
当然、ヒナタくんは既に外出準備を進めていた。
まあ。
事件の方から私達を求めてやってきたなら、結局こうなるか……。
◇
通された魔術隔離室。
一定値以下の魔力を遮断する取調室にいたのは――とうぜん。
昨日の変質者君である。
どうもかなり様子が変わっているようだが――はて。
比較的清潔で、健康的な室内とは裏腹。
極限まで減量中のボクサーみたいになっている男を見て。
私はじと~っと、警察官の男に向かい言う。
『なんだい、なんか随分と弱弱しくなってるけど……もしかして、拷問とかしてるのかい? そういうのは、地球じゃダメだろう? よく分かんないけど。法律違反とか条約違反とか、そういうのになるんじゃないの?』
「そんなことはしていませんよ。ずっとこの調子なんですってば」
と、答えたのは警察官で前回の事件で知り合った正義漢。
金木黒鵜くんである。
一応、カードを媒介とした召喚能力を行使できる、異能力者だった。
あの時は正義扇動を受けていたので、もう少しだけ暴走気味だったが。
イメージを口にするなら――ちょっと暑苦しそうな好青年といった感じの熱血ポリスマンかな。
まあ悪い人間ではない。
ともあれ!
私とヒナタ君、そして黒鵜くんが減量ボクサー状態な男に目をやる。
ぼそぼそ、ブツブツ。
なにやら床に向かい、呟き続け――シャープ過ぎるマネキン顔をどんよりさせている。
「聖剣……聖剣、わ、わたしの聖剣」
聖剣?
もしかして、これって。
私とヒナタ君は同じ答えに辿り着いたのか、顔を見合わせる。
黒鵜くんだけは理解ができないのだろう。
男にではなく、かわいい私に目をやった。
「見て分かると思うんですが、いやあ――こっちが困っているぐらいなんですよ。ケトスさん、よっぽど酷い倒し方したんじゃないっすかぁ? こんな調子で、まともな事情聴取にならないんで。どうにかしてくださいよお」
『えー、ちゃんと肉体にはダメージを与えなかったんだけどなあ』
鑑定の魔眼を働かせてみると……。
おや、やはり。
ステータス情報に聖剣中毒の、バッドステータスが表示されている。
『あー、わかったよ黒鵜くん。これ、中毒症状だ』
「なんですって!? こいつ! まさか、薬物……を!」
正義スイッチが、ポチっとなりかけている彼に向かい。
私は肉球をプニらせ猫手を横に振る。
『いやいやいや。そういう微妙に危険なセンシティブな話題じゃなくて、もっとファンタジーな案件さ。てか、そういう――良いニャンコの教育に良くない案件はダメなんだってば。そっちの生々しい中毒じゃなくて、聖剣中毒だよ、聖剣中毒。もしかして、こっちの世界じゃそういう概念がないのかな』
ネコちゃんの目線を受けたヒナタくんが、言葉を引き継ぐように。
ふむ。
細い指を顎に当て――代わりに言う。
「一種のステータス異常よ。適性がないのに、強力な聖剣や魔剣を装備しちゃって――更に、剣自体からも所有者認定されちゃうとかかっちゃう、まあ呪いみたいなもんよ。ちょっと違うけど……言っちゃえば……体格も整っていない子供が大人用の装備を使っちゃった状態ね。文字通り、聖剣に振り回されてるのよ、彼」
「なるほど、それで中毒ですか――」
黒鵜くんは大きく腕を組んで、うんうんと頷いているが。
まあ、たぶんちゃんと理解してないだろうな。
会話を続ける私達を見て、ガバ!
なんか色素が薄くなっている黒髪を搔き乱す勢いで、男が唾を飛ばす。
「とりあえず、せ、聖剣を返してくれないだろうか! わ、わたしはアレがないと、ふ、不安で不安でどうにかなってしまうのだ!」
私とヒナタ君は結界で唾を弾くが。
黒鵜君はべっちゃり……かわいそうなので、肉球を鳴らし浄化してやる。
ビクっとなったヒナタくんが、私の後ろに隠れ。
「うわぁ……こりゃ完全に聖剣がキマってるわね。けっこう、重症よ」
『こんな危ない奴が学校近くに徘徊してたなんて、ウチもセキュリティーを強化しないと駄目かなあ』
言いながらも私は男を更に鑑定。
手が震えている。
聖剣のことを一日中考え、理性まで支配されている状態になっているということは……。
ヒナタくんの指摘通り、結構重症である。
「聖剣! なあ、そこの猫! わ、わたしの聖剣をし、知らないだろうか!」
『いや、そこまで中毒症状になってるなら、これを機会に聖剣から卒業した方がいいんじゃないかい? たぶん、それ、聖剣をちゃんと支配できていなかった時の症状だろう?』
冷静に諭す私に、指先を震わせ目を血走らせると男はガバ!
「そんなことはない! ないんだ! わたしは、わたしは――ちゃんと聖剣使いで……っ! んぐ、うあぁあああああああああああああぁぁぁぁ!」
頭を抱えて、泣き崩れてしまったのである。
うわ、どうしよう。
なんか可哀そうになってきちゃった。
ヒナタくんも同じ気持ちだったらしく、私の背中をツンツンする。
「ねえ、ケトスっち……と、とりあえず聖剣返してあげたら? 装備しなきゃいいんだし……。そのまま聖剣中毒になっちゃっても本人の責任だし……。あんたの力なら装備不可属性ぐらい追加できるでしょ? さすがになんか可哀そうになってきちゃったわよ」
「滅亡の勇者ヒナタも、そう言ってくださるのですか!」
泣き崩れていたくせに、テンションの上がり下がりが大きい男である。
しかも、くださるのですかって。
えぇ、いきなり敬語になってるし。
どんだけ聖剣に毒されてるんだろ。
『しょーがないなあ……』
仕方ない。私はアイテムボックス空間から聖剣を取り出し……。
とりだし……。
『あれ? たしか、二本に分裂させたから一本は消費しちゃってもいい筈だったんだけど。おかしいな』
「ちょっとケトスっち、あんたまさか失くしちゃったんじゃないでしょうね!」
亜空間に顔を突っ込み、うにょーんと足を延ばす。
伸びた足から覗く肉球も、とてもかわいく輝いているわけだが。
ここで!
賢い私は思い出す!
そういや床に設置用と、壁に設置用!
二つのアイテムを作り出した事を!
かわいい肉球が先ほどより、もっと輝いているのは浮かんだ汗の影響だろう。
私は亜空間から顔を取り出し。
泳がせていたニャンズの眼を整え――キリ!
『えーと、ね? 私もできるなら返してあげたいんだけど……! 無理!』
「はいはい。どーせあんたのことだから――生意気な男をからかってるんでしょうけど。ケトスっち、からかうのはもうそれくらいでいいわよ。あんたはもう別の聖剣持ってるんだから、返してあげなさいって。なんか、この男……中毒が進んでて、すんごい怖いし」
ヒナタくんの御言葉に。
私の耳はだんだんと後ろに下がって、イカの形になっていく。
『いや。だからね……それが、その……彼の剣なんだけど……。もう爪研ぎ……になっちゃった、みたいな?』
怪訝な顔をし、女子高生がニャンコを睨んでいる。
「爪とぎ? 何言ってるのよ? って、ああそういうことね。素材に使ったのね。でも、たしかあんた、保存用に聖剣を分裂させてたんでしょ? はいはい、そういうのはもういいから。素直に出しなさいってば」
『ねえ、ヒナタくん……。例えばだけどさ? ゲームとかでさあ? 予備にとっておいた合成素材とかを、たま~に間違って使い切っちゃうって事ない?』
言われて少女は考える。
「まあ確かに、そういう失敗もあるかもねえ。ついつい流れのまま、使い切る――ってまさか……!? あ、あんた! 確かに、あんたの生活スペースに妙に魔力がこもった、聖なる輝きを放つ爪とぎ台が二つ……並んでた……けど――」
二つ。並んでいた。ここが重要なのである。
あ、やっちまったなこの駄猫。
そんな顔で、ヒナタくんが困惑を口にする。
「ちょ!? え……? 嘘でしょ! あんた……本当に、他人の聖剣を全部! 錬金術かなんかの合成素材にしちゃったんじゃないでしょうね……?」
『ニャハハハハハ。そのまさかなんだよねえ! いやあ、困ったねえ』
ピギシィ――!
空気に亀裂が入る音が響いた後――重い沈黙が走る。
しばし経った後。
気まずい沈黙を打ち破るように動いたのは、目の前の男。
減量マネキンとなっている男が、黒髪をバサりと揺らし。
クマの目立つ瞳を更に曇らせ。
意外に凛々しい顔を青褪めさせて、ぼそり。
「は……? じゃじゃじゃじゃ、じゃあ、わわわ、わたしの聖剣は……!?」
縋るように言われたので、私はおニューの爪とぎを肉球で召喚!
指差してやる。
まあ、なんということでしょう。
二流だった聖剣が、ななな、なんと。匠の腕により、超一流の聖なる爪とぎに早変わり。
二つ並んだ爪とぎを見て、私はウインク!
『というわけで、私の爪とぎになっちゃってるんだよねえ!』
「ひぎゃあぁあああああああああああああぁぁぁぁ! わ、わたしのわたしの……妖精の鍛えし聖剣ドウェルグミキサーが……!? つつつつつ、つめとぎに!?」
成人男性が、ご、号泣している!?
しかも、マジ泣きだ!
先ほどの泣きとはレベルが違う!
ま、まずい!
黒鵜くんとヒナタくんも、うわぁやりやがったよこいつ。
みたいな顔をしているのである。
『じゃ、じゃあさあ! 私が代わりに聖剣でも魔剣でも、なんでも好きなものを作ってあげるよ! ね! ね! ど、どうかな!? 私が君用に作った装備なら、聖剣中毒になることなんてないだろうし――たぶん、きっと……うん、ダイジョウブな筈!』
フォローしてくれるつもりなのだろう。
ヒナタくんがテレビ通販番組を彷彿とさせる音で、パン!
手を叩いて、大袈裟に口を開く。
「えぇぇぇぇっぇぇえ! マジで? あのケトスっちが装備を作ってくれるのぉ!? それってすっごい事よ! なんたって、あの大魔帝ケトスに作られし剣って言ったら、そんじょそこらの聖剣が爪楊枝に思えるくらいの、超一流品じゃない!」
泣き晴らした顔を上げて、マネキン男が言う。
「こ、このデブ猫。ゆ、有名な存在なのですか?」
デ!
いや、我慢我慢……っ。こっちは相手の聖剣を爪とぎにしちゃったんだし。
い、いや、そもそもこいつが悪いんだよね?
ゴゴゴゴゴゴっと毛を逆立てる私の背に、すかさず!
ナデナデナデ!
ヒナタくんが私をなだめるべく、更に頭をナデナデナデ♪
「ちょっと”大きなネコちゃん”は、あの大魔帝ケトスよ。大魔帝ケトス。マジもんの大物。あんただって異世界からの転移者なら、逸話ぐらい聞いたことあるでしょう? あの、殺戮の魔猫よ」
「揶揄わないでください、あんなお伽噺が、ほ、本当にあるわけないじゃないですか。作り話だったとしても、ありえないほどのぶっ飛び大暴走な異世界魔猫ですよね?」
ムカ!
なんかイラっとしてきたから、よーし!
こっちが本当に凄い大魔族だってことを、証明して驚愕させてやろう。
モヤモヤモヤと黒い霧を顕現させ。
パンと胸の前で手を合わせ、超格好よく両手を開き私は告げる。
『工房展開!』
グギギギギギ、ギシィィィイイイイイイィィッィィィン!
封印を解く鈍い音を立てた後。
世界の法則を書き換え!
私は――私自慢の鍛冶工房を召喚した!