黄昏の襲撃者 ~声かけ事案~
※本章には一部、人によっては不快に感じられる表現・展開がございます。ご注意ください。
黄昏時の夕闇に出るのは――悪魔か変質者か。
放課後は暗くなる前に帰りましょう!
そんな昔からの言葉の意味を噛み締めながら、私、大魔帝ケトスは目の前をじっと睨んでいた。
こちらを覗く、不審な気配があるのだ。
電信柱の影から、ぼそりと声が聞こえる。
「失礼ですけれど、日向撫子さんですね?」
そう言って、見るからに怪しい男が私達に声をかけてきたのは放課後。
転移帰還者達の通う学校の帰り道である。
ネコ魔獣が店員をやっているコンビニで購入した、アイスキャンディーをガジガジと二人で齧っている時の出来事だったのだが。
一人は私。
大魔帝ケトス、まあ説明不要なみんなのアイドルニャンコである。
夜更け前のオレンジ色の光を受け!
艶やかに輝くモフ毛も美しいわけだが――!
相手の視線は、カワイイが詰まった私ではなく、連れて歩いていた少女に向かっている。
その少女こそが、女子高生勇者のヒナタくん。
出自がまあ色々と複雑なのだが、口さえ開かなければ清楚な黒髪美少女である。
そう、口さえ開かなければね。
ヒナタくんは愛らしいと表現していい大きな瞳で、相手を見て。
ふぅ……とため息。
おそらく、相手がイケてるおじ様じゃなかったからだろう。
ビシっと細い指で指差し、ヒナタくんがふふんと学生服の裾を揺らす。
「渋さが足りないわ! あたしをナンパするなら、せめて、あと十年は熟成してくる事ね! 出直してきなさい!」
『いや、ナンパじゃないだろう……どうみても……』
私はツッコミながらも、相手を見る。
見た目は――。
フードを深くかぶった……ランニング中の精悍なマネキン人形といった感じの、無機質な兄ちゃんである。
変な例えになってしまったが、本当にそんな雰囲気なのだから仕方がない。
『まあ、どっからどうみても不審者だから。出直してこいっていう点には同意だね! たった一人で、この私とヒナタくんに勝てるとでも思っているのかい?』
「そーよ、そーよ! ちゃんとイケおじになって出直してきなさい!」
ニャンコと女子高生。
両者揃って、ニャーニャー、キーキー!
二人の出直してこいの意味は異なるが、まあどちらにしても相手の耳には届いている筈。
不審者はやはり不審な笑みを浮かべ――。
虚ろな瞳と唇を、ぎしりと歪ませる。
フードの下から、古いテープレコーダーのような声が漏れていた。
「もう一度、問う。滅亡の勇者――日向撫子だな?」
ヒナタくんの呼吸が、僅かに揺らぐ。
滅亡の勇者? ぷぷー! ヒナタくんって、そんな二つ名があったんかい。ぶにゃはははは! 私みたいな二つ名だよね!
そんな同類を見る私の視線に咳払いし――。
ヒナタ君の方が動き出す。
「あー、人違いですねえ。あたし、マリエって名前ですしぃ。それにぃ、あたしぃ、ニャンコのご飯を作らないといけないんですよお。それじゃあ! ケトスっち、あんたもちくわにチーズを入れる内職があったわよねえ、もう行きましょうねえ。ほほほほ、それじゃあごきげんよう」
堂々とウソをついて、私を抱っこしスタスタスタ。
いや、竹輪にチーズに入れる内職なんて……ないよね?
腕の中で、尻尾をぶにゃーんと揺らし、私は言う。
『なんか、ついてきてるよ――あの人』
「しぃ……! 目を合わせないの! スルーするわよ、スルー!」
スタタタタタタ!
ヒナタくんがそれなりに全力で早歩きをしているのだが。
相手も、スタタタタタ!
シュン!
転移能力で目の前に顕現し、進路妨害!?
転移で揺れる風の中。
男は言う。
「失礼ですが、日向撫子さんですね?」
もう一度、同じ言葉を漏らす男はやはりどう見ても新たな事件の予兆だ。
ヒナタくんの早歩きについて来られる、それだけで異常な事なのだから。
ヒナタくんの空気が、変わる。
相手が何者か分からないのなら、油断はしない方がいい。
現地人の異能力者か転移帰還者か。
はたまた、このダンジョン領域日本の異常性を察知した、異世界からの侵入者か。
候補は様々にある。
「あのねえ、さすがにしつこいわよ! その日向撫子だったら、どうだっていうのよ!」
「我等と共に来てもらおう――我が主は、日向撫子。オマエを所望している」
直々の御指名である。
さて、ここまでしつこいなら流石になんとかするか。
スゥっと私はネコの瞳を細め。
魔法陣を展開。
『放課後に、女子高生に声を掛けさせる主ねえ……就職先は、もうちょっと考えてから選んだ方が良かったんじゃないかい?』
彼女の腕から緊急転移した私はスマートな身体で、ドテっとアスファルトに着地。
モフ毛に魔力をバチバチバチ!
夕闇の下で嗤う男から少女を守るように、スッと前に出て。
『ヒナタくん。一応確認しておくけど、知り合いかい?』
「残念だけど、ここまで堂々と不審な行動をする変態に知り合いなんて、あたしにはいないわ。なんかあたしの昔の呼び名を知っているようだけど……ケトスっちの方の世界の人じゃないの?」
問いかけに、私は考え。
『いや、今の私は向こうで大英雄だし神だし――まず君に話しかけるより前に、私に平伏して、ははぁ……! 偉大なるケトス様! 手土産にこのヤキトリ串セットをお納めくださいって、土下座対応するはずさ』
「えぇ? あ、あぁ……そうなの……? その自信が羨ましいわ」
真剣に言う私に、ヒナタくんのジト目が襲う。
ともあれこれで方向性は決定!
『んじゃ、両方共に知り合いじゃないって事で――やっちゃうよ、ヒナタくん! お互い、相手を殺さないように手加減を忘れずにね! 君は後方支援を!』
「手加減を忘れるなって、ケトスっちには言われたくないけど――まあ了解よ!」
ザザっと後ろに下がり、魔術を構えるヒナタくんの前。
周囲を壊さないで済む結界を瞬時に張る彼女の手腕に、感心し――。
ふふーんと私は仁王立ち。
揺れるしっぽとモフ毛を靡かせて。
ビシっと肉球で指差し、格好よく宣言してやる!
『悪いけれど! ウチの生徒に手を出させるわけにはいかないね!』
「使い魔如きが。邪魔をするのならば、排除する」
言って男が取り出したのは、にゃんスマホではないスマホ。
魔力を感じる。
おそらくは、異能力者の扱う魔道具だろう。
やっと人間らしい行動を見せた男に向かい、私はニヒィ!
にゃんスマホを翳し。
肉球で操作――ぺちぺちぺち!
私の術は即座に発動していた。
プルルルルルル♪ プルルルルル……ぽち♪
『ああー、もしもし警察ですか? ええ、はい。目の前に不審者がいるんですよお。そう、放課後に女子高生に話かける変態です。ええ……そうなんですよ、学校の周りで。変質者……ですかね?』
「な、なにをしている!」
『なにって、不審者を警察に連絡しているだけ、だけど?』
言いながら私は、にゃんスマホで男の動画を撮影!
写真も撮影!
パシャパシャ、パシャシャシャシャ!
『はい! 証拠映像転送、っと! ついでに届く範囲の異世界全部にも、魔術転送! これで君は、もう全異世界、そして日本全国で情報を共有される不審者の仲間入りさ! しかも女子高生を狙う、変質者! うわあ、お母さんが泣いちゃうねえ?』
必殺、身内をいじる攻撃!
「な……っ、キサマ! 母上は関係ないだろう!」
『くくく、くはははははは! おーおー! 効いてる効いてる! ニンゲンとは実に愚かなり! これぞ、大魔帝に逆らった罰なのニャ!』
やっぱりこうやって揶揄ってもいいニンゲンを揶揄うのって、超楽しい!
ニャハッ!
と、邪悪な攻撃を仕掛けた私に、相手はビビった様子で歯を食いしばる。
「こっちは顔をフードで隠しているんだぞ! 隠れて動いていることぐらいは、脳みその小さなネコであっても理解できるだろう! それを……っ、なんてことをしてくれるんだ!」
『焦ってるってことは、君、少なくとも今、この世界で暮らしているね? 現地人じゃなさそうな気もするけど、警察に怯えるなら効果は抜群! ならばこそ! 私は君を追い詰める、更なる一手を打とう!』
ドヤ顔で嗤う私の影から生まれたのは――よくある指名手配のチラシ。
チラシは自動で風に浮かび。
ペタタタタタタ!
『ネコ魔獣、秘儀――チラシ乱舞!』
「……っ!」
通報を促すチラシが、次々と電信柱に貼り付いていく。
にゃんスマホからも、ぴろろん♪
強制表示の不審者情報と注意喚起が、フード男の顔写真と共に掲載される。
むろん、これも私の仕業である。
これでもう、相手はスーパーでの買い物や、コンビニでの買い物でさえ苦労するようになる。
まさに、兵糧攻めの亜種!
まあ、相手が単独犯だった場合にしか有効ではないが。
ともあれ。
相手は焦って、牙を剥き出しに叫びだす。
「携帯からもだと!? ええーい、やめないか! やっと見つけたバイトを首にされたらどうするッ! だいたい、これじゃあただの嫌がらせではないか!」
『相手が嫌がる事をする! それも戦術の一つさ!』
容赦なく相手の生活空間を攻撃する私に、ヒナタくんは呆れた様子で言う。
「ケトスっち……あ、あんた……手加減でこれって……あいかわらずやり口がエグイわね」
「そ、そうだ! ひ、卑怯だぞ! 正々堂々と戦え!」
戦え?
私のふわふわ耳がぴょこん!
ヒナタくんが、あ……っと声を漏らしているのだが。
気にせず、私の丸い猫口が動く。
『なんだ! 戦っていいならそうだって先に言っておくれよ! いやあ、戦闘力も無い人をやっつけちゃうのは、なんか悪いかなって思ってたんだけど。うんうん! それで済むなら話が早い! そうしよっか!』
揶揄うように嗤う私の影が、徐々に膨らむ中。
ヒナタくんは避難するように僅かに後退。
戦っていいなら楽じゃん!
そんなワクワクでネコのお鼻を、ヒクヒクさせる私に気付かず。
フード男は肩を怒らせ、聖剣を召喚。
って、聖剣召喚!?
じゃあ、一応……聖剣に認められる存在ってことなのか。
いやあ、聖剣ってわがままなヤツが多いからねえ――使用者に色々と注文をつける、面倒な性格の剣が多いから扱う人も少ないんだよね。
しかし、かわいい魔猫相手に聖剣を向けるとは――私的には、ルール違反である。
やっちゃうか。
「姑息な手段しかできぬ魔猫が、図に乗りやがって! おい、滅亡の勇者ヒナタ! キサマの生意気な使い魔の命が惜しいなら……って、なんだ、このネコ。突然、空一面に意味の分からん形の魔法陣を受かべ……っ」
殺傷能力の高い武器を握ったのなら。
もうその時点で、本当に遠慮なんてする必要はない。
『剣も装備しちゃったし。敵意があるって証拠も確保できたし。んじゃ、君から勝負を挑んで来たって事で! 全責任は君と、君の主とやらにあるからね!』
言って私は、ちょっとだけ魔力を解放!
黄昏に、魔猫の影が拡散する。
ざざざ、ざぁぁぁあああぁぁぁぁ!
周囲が、暗黒空間に包まれる。
それはさながら、ラスボス戦前の祭壇フィールド。
青白い炎が、ボッボッボ!
と、闇を従えるボスの登場を意識して灯っていく中。
ネコの肉球音がペタペタペタ♪ と響き渡る。
むろん、この足音も暗黒フィールドも炎も――全てが計算された壮大な!
ただの演出である。
もう、言うまでもなかったね?
ヒナタくんが呆れているが、何も知らない男には恐怖でしかないのだろう。
フード男の顔面がヒクつく。
「この魔力は……、いったい……待て! は、話し合いをしよう! 我等がこの地に滞在しているのには、ちゃんとした理由が――っ」
『そんなもん、こっちには関係ないもんね~!』
相手はようやく、私の異常性を察したようで。
その顔が驚愕に歪むが――。
もう遅い!
さきほどの宣言と共に、私は黄昏の空に浮かべた魔法陣を操作していた!
暗黒フィールドで――。
黄昏の闇を背景に、赤い瞳をギラァァァァ!
相手の視界には、こそこそと隠れる女子高生と、夕焼けの中でニヤニヤ笑う魔猫の姿が見えている筈。
肉球を鳴らし!
そのまま魔術も発動!
『我こそがケトス! 我こそが全てを喰らい尽くす大魔帝! 不審者から生徒を守る、教師の鑑。異世界の魔猫王なり!』
名乗り上げの詠唱が、魔術発動の起爆装置となり世界の法則を捻じ曲げる。
ゴゴゴゴゴゴゴ!
ズシュジャシュシュジャシュ、シュゥゥゥゥン!
闇の槍が、空から大量に降り注ぎ相手の身体を貫いていく。
と、いってもこの槍――。
派手な見た目に反して、物理的な破壊力は一切ない。
相手の能力や魔力、そういった異能を奪うデバフ妨害系の魔術だった。
ダメージが一切ないという事で、戦闘訓練に使える魔術でもある。
まあ、それを私が使うと――ちょっと飛んでもない量の槍の雨となるわけだが。
おー!
刺さってる、刺さってる!
「や、やめろ! やめ……っぐ、ぎゃぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
ズシャズシャズシャ!
闇の槍の雨に貫かれ続ける男が、劈くような悲鳴を上げてのたうち回る。
物理的な衝撃がなくとも、能力を奪われる苦痛があるのだろう。
「ヒナタ……ナデシコ、我等は……おまえを……ぐふ」
言葉を漏らし、そのまま相手は気絶。
仰向けになって、泡を吹く男――その腹を肉球でベシっと踏みしめ。
魔猫たる私はニヒイ!
聖剣を奪い取り、その輝く刀身に魔導ペンで「ケトス」――と美しい丸文字をキュッキュ!
戦利品を掲げ勝利のポーズ!
『くははははははは! 我の完全勝利である!』
「あんた、やりすぎじゃない? これ? それに……あーあ、聖剣の所有権を上書きして強奪って……。もう完全に所有者が移ってるし……この変態さん、起きたら噎せる程泣くわよ、きっと……」
と、いいつつもヒナタくんは勝利ポーズを決めている私を、にゃんスマホでパシャリ♪
自分の顔もフレームの中に入れて、再度パシャリ♪
『さて、フードを外してその素性を確かめようか。転移帰還者の知り合いかもしれないし、もっと鮮明な写真を撮って……っと。ついでに、戦利品として財布とスマホも押収して――。おお! けっこう持ってるじゃん! 異界のお金もあるから、異世界人かなあ』
いつものようにネコ魔獣の本能を働かせる私の横。
一応美形に分類される男を見て。
ギャグ以上シリアス未満な表情でヒナタくんが――考え込む。
「んー……たぶん、違う……わよねえ」
『どうしたんだい? 一緒に戦ってたから君にも、戦利品を売り払った金額の半額を渡すけど』
「いや、犯罪に巻き込まないで欲しいんだけど……って、そうじゃなくて。いやなんつーか……知り合いじゃないのは確かなんだけど。なーんか、どっかで見たことがある魔力なのよねえ。昔の知り合いに似ているっていうか……なんだろう、これ。それにその貨幣……見覚えはないんだけど……頭のどっかに、違和感があるのよねえ」
その視線は私が握る、盗んだ黄金貨幣に向いている。
そこには、美しくも凛々しい美少女が刻まれているのだが。
はて。
異界の貨幣に向かう視線と、見覚えのある魔力。
って、ことは――やはりこれはヒナタくん案件か。
つまり、今回の事件は私のせいじゃない!
考えても答えが出なかったのか、ヒナタくんが結界を解きながら私に言う。
「で、その盗んだ聖剣、どうするつもりなの?」
『ああ、貰った聖剣ね。んー……こういう聖剣って、権利が無い者は装備できないし売れないよねえ。とりあえず、分解して爪とぎにでもしようかなあ』
オリハルコンの爪とぎは魔王城に置きっぱなしだし。
替えが欲しかったんだよね。
「いや、一応保存しておきなさいって。後で実はどっかのラスボスを封印してある伝説の装備とかだったら面倒な事になるわよ?」
『こんな変態さんが、そんな重要なもんを装備してるわけないだろう? ニャハハハハ!』
「それもそうね、はははは!」
と、和やかな会話をしつつも。
私達は不審者を警察に突き出したのだった!
◇
黄昏の襲撃者による声掛け事案。
これが、今回の事件の始まりだったのである。
まあ……あんまり認めたくはないが。
トラブルを引き寄せる私と、ヒナタ君が揃っているのだ。
どうせ今回も――厄介ごとなんだろうね。