◇スキル:【説得(大魔帝)】 ~異次元はどこの領域~
次元をずらした場所に存在する研究施設。
魔術と科学。
二つの技術の結晶が眠る格納庫の奥には今、一柱の邪悪なる神が顕現していた。
『さあ! 話し合いに来たんだ! この研究所の代表は速やかに出てきてもらおうか! 楽しい楽しい、交渉の時間だよ!』
燃える大地と亜空間のゆがみの中。
両手を広げ、くははははは!
朗々と語る男の二つ名は――殺戮の魔猫。
事件の後始末をしに出陣中!
闇の中で、ビシっと暗躍する偉い魔族の大幹部であり。
泣く子も撫でるモフ猫なのだが!
せっかく忍び込んだのに、お約束の食糧庫がなくてゲンナリ。
盗める食材も皆無。
本来なら尻尾を不機嫌に揺らしていた魔猫こそが、何を隠そう、この私――!
大魔帝ケトス!
超素敵な魔王軍最高幹部たる、魔猫王である!
のだが――。
今は神父モードなので、尻尾は存在していない。
ただ不機嫌な事に違いはない。
魔王様を讃える神父服を着込む――凛々しい私の足元から生まれる魔力は、ちょっとだけ荒ぶっていた。
なにしろだ。
私は頬をぽりぽり、困った様子で茜色の空を見る。
異次元の空は赤いのに、黒い粒が無数に襲ってくる。
ズガズガヅヅヅヅヅドドドドギギギィィィィィン!
魔術式の刻まれた対魔ミサイルや、手榴弾。
ガトリング砲。
電力の代わりに魔力を用いたレールガンなどエトセトラ。
科学と魔術双方を用いた最新鋭の攻撃が、私に向かって飛んできていたからである。
『そりゃあ他国内の領土に隠してあった軍事施設? 研究所? まあなんだっていいけれど、他国の異次元を不法で使用していた事がバレたら、目撃者を消したくなるか……。ふむ、地球だとまだ、排他的経済異次元領域の条約は締結されていないのかな』
顎に指を当てて考える私に、多段魔力封印ミサイルが直撃する。
ズズズズズッゥゥゥゥウ!
もちろん、三重の魔法陣程度の威力しかないこんな科学魔術兵器が、この私に通用するわけないのだが。
「やったか!?」
「直撃している、仕留めたに決まっているだろう!」
無駄に煙と魔力濃霧だけが広がるフィールドで――あえて!
私は音を立てて! カツリカツリ!
聖書から放つ風で煙を散らし、瞳を赤くギラギラさせて言ってやる。
『無駄だよ――君たちの武装程度じゃあ、ねえ?』
ちなみに。
この基地で四つ目の急襲。
既に他の施設とは交渉が決裂し、壊滅済みだったりするのだが――通信手段を絶っているので相手さんは、私を知らないのだろう。
「健在! 敵はいまだに沈黙せず! 第三掃射、構え!」
「なぜだ、なぜ――誰にも見つからぬはずのこの空間に……ッ!」
お約束と言えばお約束な言葉である。
まるで正義の味方の基地を襲う、悪の神父のノリで私は言う。
『魔術と科学、二つの技術を同時に使いこなせるのは――君たちだけじゃないってことさ』
告げる私は聖者ケトスの書を翳し。
ジロっと相手を睨んでやる。
『さて、君たちにも提案だ。今後、ノスタルジアくんに関わるつもりがないのなら――この施設を破壊するだけで見逃そう。他の施設の者達も最終的には同意してくれたんだけど、どうかな? ああ、破壊する理由を知りたいかい? 知りたいよね? 理由は簡単さ。君たちの存在はとても危険だ。戦力がじゃないよ? 望郷の魔性を覚醒させる危険が非常に高い、そういう意味でさ。悪い軍人さんの匂いだろうからね』
こちらの提案に答えたのは冷たい顔の長身の男、おそらく軍人であろう魔術研究者。
詳しい容姿は……。
まあどうでもいいか、もう二度と会う事も無いだろうし。
冷たい眼光で私を睨み、男は言う。
「ライカを強奪した学園の関係者か――どうしてこの場所が分かった!?」
『さあ、どうしてだろうね』
言って私は、例のプラチナブロンドの女性リーダーが持っていた資料をバササササ!
科学ゴーレムの研究を進めていた彼女は、それなりに偉い立場の軍人だったのだろう。
その情報は有益だった。
「それは……なるほど、コマンダーはどうした?」
『コマンダー? ああ、ロシア風パンケーキが得意な彼女の事か。魔力で翻訳しているから……ちょっと誤差があるのかな。まあいいや。彼女が裏切るような性格かどうか、それは君たちが一番わかっているだろう』
彼女がかつて生きていた証。
校舎を襲撃してきたあの研究所の、プラチナブロンドリーダーの拳銃を顕現してみせてやる。
「ああ、そうだ。あの堅物女が祖国を裏切る筈がない! 洗脳したか、或いは拷問したか。どちらにせよ、あの女の人格を殺したという事か!? くくく、それはそれでいい! いちいち正義を建前に、我等の研究に難癖をつけてくる目障りな女であったからな! しかーし! これは条約違反、必ずや報いがあるぞ? ん? それでもまだこちらに攻撃するというのか!?」
脅しに怯む私じゃない。
『おや、ここは異次元。亜空間。言葉は色々とあるけれど日本国内ではないし、そもそもだ――私は異界の魔族。魔王軍は君たちの国家と国交を結んでいない、条約も何もないと――そう思わないかい?』
「魔王軍だと? は! くだらん!? ライカの帰還で異世界なるファンタジーが存在することが証明されたが、まさか魔王軍などとは。何も知らない一般層が聞いたら、われらがドラッグ漬けの軍人だと思われてしまうではないか」
ファンタジーなど信じたくはないが、実在する。
軍人さんの心としては複雑なのだろう。
ともあれ、軍服をぎゅっと握り――男は言った。
「構わん、そのまま撃ち殺せ!」
『うーん、だから君たちの技術じゃ私には届かないんだけど……』
直撃を受けて無傷だと、もうちょい押せばなんとかなる!
そう思われてしまうのかもしれない、だから私はわざわざ目視できるようにした結界をバチバチバチと張ってやる。
カカカカカ!
ズガズダギュギュギュッググギュグギュ!
ありとあらゆる攻撃を、ただのポップコーンに変換させて私は肩を竦めてみせる。
『で? それで終わりかい?』
「バ、バケモノか……!?」
おー、やっと怯んでくれた!
月並みなセリフだが。
これで少しは説得もしやすくなったかな。
そのままポップコーンをムシャムシャしてやろうと思ったのだが。
次の瞬間。
膨らんだトウキビを求めて、来訪者が数羽。野生のハトがどこからともなく、次元を裂いてやってきて――。
私の足元で、ポウポゥ!
エサを寄こせ! エサを寄こせと舞っている。
優しい私は溜まったポップコーンを袋に詰め――。
ハト達に与えて――ついでに、軍人さんに静かな微笑で言ってやる。
『君たちも食べるかい?』
「ふざけるな!」
いや、ハトだけにエサをあげるのは公平じゃないと思ったのだが。
まあいいや。
微笑を苦笑に変えて――私は聖書を抱き、語り掛ける。
『さて、提案だ。私はまだこの世界が滅ぶのは早いと思っていてね、先ほどの説得を了承して施設を放棄して欲しいんだけど、どうかな? 君たちの命は保証するよ。まあ、ちょっと記憶を改竄させて貰って――別人になって貰う事にはなるだろうけど。死ぬよりはいいよね?』
「その力、サンプルとして逆に利用させて貰おうかッ!」
接近戦なら私を倒せると思ったのか。
猟犬を彷彿とさせる動作で――ダダダダダっと駆けてくる。
それはさながら疾風。
魔力と魔術によるブーストを受けている所を見ると、強化魔術を会得したようだが――。
私の足元のハトに「うるせえ! メシの最中じゃ!」と、豆鉄砲をぶつけられて、ブシュっと地面に倒れ込む。
『えぇ……君、ハトより弱いのかい……?』
まあ、ダンジョン領域日本でにゃんスマホを所持しているハトなので。
普通の軍人よりは強くなっているのだろうが。
……。
そういや日本ソシャゲ化で、野生の動物たちもどんどん強くなっているって報告が上がってたけど、こういう事だったのかな。
そもそも、このハト。
次元を裂いて、渡ってきたわけだし。
『ダンジョン領域日本も、他国にとっては脅威的な存在ってことか……まあ、君たちが警戒するのも仕方がない事だろうね。ただ、ここをなんとかしないと、またライカくんが暴走しそうだし、うん。悪いね――説得は失敗ってことで、強制的に撤去させて貰うよ』
言って私は、パチンと指を鳴らした。
◇
伝えられた異次元基地、全てを消し去った後。
帰還したのは、とある国家の大使館。
ミルクと砂糖の香り。
ロシア風パンケーキの甘い香りが漂う来賓室で、彼女は言った。
「ケトス殿、異次元施設の方は――どうなりましたか?」
『心配しなくてもいいさ、ちゃんと証拠ごと破壊してきたよ。中にいた人たちも全員無事、まあ無事ってだけで今――ショゴスエンペラー君による正気度を極端に弄るショック療法のついでに、記憶改竄を受けているけれど。契約通り、人は一人も殺していない』
品のあるソファーに私も座り、にっこり。
目の前の彼女――私に異次元施設の場所を提供してくれたプラチナブロンド女性リーダーを、安心させてやる。
そう、彼女は機密を私に漏らしたのだ。
学校から脱走したのも、独断で動くため。
学校内に残っていた仲間を裏切りに巻き込みたくなかったのだろう。彼女の他の、鷲鼻の男たちも同じ理由である。
もし後に、あの科学ゴーレム研究所のメンバーが国から責任を追及された時、今回脱走したメンバーだけに責任が向かうようにしたのだ。
きっと、仲間思いなのだろう。
それは……まあ、嫌いじゃない。だから、彼女たちは全員。
生きていた。
『しかし、よかったのかい? 私はいちいち探す手間が省けて助かったけれど、これは立派な反逆行為だろう? お堅そうな君が国を裏切るなんて、想像もしていなかったよ』
実際、私は――彼女が私と行動を共にし見聞きした資料を、祖国に報告するために脱走した。
そう思ったくらいだったし。
過去を眺める瞳で、彼女は唇を動かす。
「ライカとあなたとの戦いを見れば、誰でも気が変わる。アレは本当に、神話に記されてもおかしくないような聖戦であった。我等も、世界の終焉がみたいわけではないからな……」
その言葉に嘘はない。
『なるほど、ライカを下手に刺激すれば世界が終わる。そこを理解したって訳か。賢明な判断だね』
「世界の滅びを防ぐ。それは我が国を守る事にも繋がるわけだからな。軍事機密を売ったとしても、我等は祖国を守ったのだ。たとえ、後に反逆者の汚名を着せられようと――我らの判断は間違っていなかった。それだけは自信をもって証言できると、そう思っている」
凛と語った後、彼女は言った。
「我等は……一度、道を間違えたからな。ライカの心を踏みにじった責任は取らねばなるまい」
力強い瞳だった。
彼女は、ライカにあの虚偽映像をみせていたことを、強く後悔しているようだ。
ライカの叫びが届いたのかどうかは分からないが、彼女の中でも何かが変わり始めているのだろう。
そんな変わりゆく運命を歩く彼女を見て、私は言った。
『彼女はこちらで預かる。今は彼女自身が魔性の制御に成功しているが、またいつ暴走するか正直分からないからね。君たちには暴走した彼女を止められないだろう。構わないね?』
軍人の顔で、冷静に彼女の唇も動く。
「ああ、ただこちらも仕事だ。このダンジョン領域日本が解除された後、国から報告を求められたら……全てをそのままに語る事になる。今、この大使館内での会話記録も提出するという事だ。ライカが再び居なくなってしまうわけだからな。そこは理解して欲しい。できれば大使館での会話を改竄することは遠慮願いたい」
『ここは治外法権、手を出せない場所……か、まあいいよ』
頷く私に、彼女は軍人ではない顔で――静かに言葉を漏らす。
「それと……これは、その……余計なことかもしれないし……あくまでも個人の意見であるが。我等の全員が、ライカを利用しようとしていたわけではないのだ。彼女の帰還を素直に祝福した者もたくさんいる、それだけはどうか……信じて欲しい」
『分かっているさ。動物を実験に使うのもニンゲン、愛するのもまたニンゲン。どちらも同じ種族の特徴さ』
ロシア風パンケーキを手土産に貰い。
私は神父姿からネコの姿へと、転身。
『それじゃあ、お別れだ。名も知らぬ国のエージェントさん。ああ、そうそう。記憶改竄された軍人たちは皆、ちゃんと無事に大使館に戻ってくるから安心しておくれ。魔術で罪を犯していない者達はね』
「確認したい、魔術で罪を犯していたモノは?」
言葉を理解した上での発言か。
闇の中へと消えていくネコの影が――。
嗤う。
『契約通り、殺してはいないよ。ただまあ、異界の魔術を悪用して人を殺していたり、罪なき一般人を傷付けたモノには――ちょっと罰を受けて貰った』
「罰……?」
魔術を覚えた人間が暴走するのは、まあよくある話なのだ。
技術としての魔術を手に入れた彼らの中にも、それを悪用していたモノがいる。
それだけの話。
ただまあ、地球では魔術犯罪を裁く権利や規則がまだないだろう。
どーせ有耶無耶になってしまうに決まっている。けれど、裁判なしで殺すのは可哀そう。
だから。
異界より顕現した殺戮の魔猫たる私。約束はちゃんと守る魔猫の王が行った、慈悲ある神対応を告げてやる。
『彼らが土からでてくるのは五、六年後ぐらいかな? 夏になるとミンミン鳴き始めるだろうから、会いたいのなら探してみるといい。まあどのセミが誰だったのかなんて、きっと区別がつかないだろうけどね』
私は大使館の庭。
天へと伸びる大樹を眺めて、そう言ったのだ。
セミ化の魔術を受ける。
それが罰だった。
ブロンドリーダーが外を見た時には、既に私の身体は消えていた。
跡形もなく、ネコは去ったのだ。
ジリジリジリ。
ミーンミーンミンミィィ。
外ではセミが鳴いている。
その命を誇示するように、鳴いている。
彼らもまた、いつか地から這い出て空を飛ぶのだろうが――。
どこかの社長や神鶏に捕まり。
油で素揚げされないことを願うばかりである。