表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
533/701

オヤツは世界を救う ~アニマル会議室~



 戦闘状態が終了した学園は現在、修復作業中。

 ここから少し離れた場所――医務室では、扇動状態となっていた生徒の精神チェックも行っている。

 ひとまずは落ち着いたという事だ。


 まあそれはあくまでも一時の安寧。

 ライカ=ノスタルジアくんがワンコのオヤツで、大人しくしている間の話。

 条件さえ整ってしまえば、またあの世界生贄状態に戻ってしまうのだろう。


 そんなわけで!

 甘い紅茶とお菓子の香りが漂う一室。

 会議室として開放した主人不在の学長室のふかふかソファーに、獣が三匹。


 一匹は液状ねこオヤツを抱えて、ちゅるるるるるる!

 お徳用のバケツ缶からオヤツを取り出し、味の違う一本一本を味わうニャンコ大魔帝ケトス。


『くははははははは! やはりマグロ味こそが王道! カツオも悪くないが、まずはマグロ! これこそが我が選びし! 魔猫王の選択よ!』


 すなわち――私である!


 更にもう一匹というか、一頭というか。

 ともあれ、動物園でよく見かける首の長いキリンさん!

 ネコ魔獣印の新鮮なキャベツサラダを、むするこちらの御方は――麒麟神を宿す、徳の高いキリンさんである。


「ふむ、あっぱれ! 大義である! あの異次元ネコの料理人達は良い仕事をする! くお代わりだ! モモモモォォォ! 我はお代わりを所望するぞ!」

「ああ、おいしいわ! おいしいわ! ちゅるちゅる、ふわふわ、トロトロわうわうだわ!」


 そして、折れた耳がチャームポイント!

 写真うつりも良さそうな、この大人しいワンコこそが――宇宙犬。

 ライカ=ノスタルジアくん。


 さきほどまで学校内の生徒の一部を、扇動の能力で完全洗脳していた張本犬ちょうほんけん

 自分に失礼を働いた、とある国家のエージェント達を生贄の核とした……大規模魔術式を構築。

 地球を生贄に、かつて出会った愛した者達の蘇生儀式を行おうとしていた、黒幕。


 望郷の魔性である。


 現在はデレデレ顔で犬用の液状オヤツを、ちゅるちゅるちゅる!

 わふわふわふぅ……♪

 様々な感情を、食欲によって誤魔化すことに成功している。


 麒麟神たるキリンさんが、そんな様変わりしたデレデレワンコを眺め。

 ふーむ、と神の唸りを上げる。


「冷静な話し合いを望んでいたとはいえ、よもや此処ここまで落ち着かれていると――拍子抜けしてしまうのであるな。大魔帝殿、これはいったい?」


 原理を理解している私は、苦笑するように猫口を蠢かす。


『おそらくこの変貌は私と同じだろう。望郷の感情を食欲に変換しているのさ。私も憎悪を食欲に変換することによって、理性を保っている。本来ある破壊衝動を抑えているわけだね。たぶん、ライカくんの中でもワンワンおやつをチュルチュルしたことで、それと同等の現象が起こったんだろう』

「という事は――」


 ごくり――と。

 追加のサラダを、転移してきた料理人ネコ魔獣から受け取ったキリンさんが、静かに喉を鳴らす。

 私もまた、カリカリベーコン入りのシーザーサラダを受け取り、ごくりと息を呑む。


『ああ、そういうことさ。暴走は終わっている、彼女は魔性の感情を抑える事に成功しているのさ。あくまでもそれは彼女の意思による部分も大きいだろうけどね。それだけ、人間達が開発したこのペット用おやつが美味しい! という事かもしれないね』


 ちゅーちゅちゅる♪

 サラダのドレッシング代わりに、液状おやつを一つまみ。

 ホタテ味のオヤツをカリカリベーコンの上にちゅるった後で、私はゆったりと語り掛ける。


『ノスタルジアくん、少しは落ち着いたかな?』

「はい、すみませぇん……先生。わたし、どうしても悪い軍人さんの匂いがするとぉ……ああ、なっちゃうみたいでぇ。本当にぃたくさん、いっぱいぃ、みなさんにご迷惑をかけましたよねぇ!?」


 声から魔性としての魔力が薄れている。

 今の彼女の魔力は平凡。

 これだから私達は誰も彼女の心の裏にあった、望郷の魔性に気付かなかったのだろう。


『まあ対処法を知らなかったんだから、仕方ないさ。さて冷静さを取り戻したところで、話を進めようか。極端な発想になりがちな魔性暴走状態じゃなくて――私の生徒状態の、君の意見も聞きたい所なんだけど』


 ノスタルジアくんはゴソゴソとオヤツを前脚で探りながら。

 んー……と、ほわほわの花畑を浮かべ。


「まず、前提としてえ~。この状態のわたしの方がたぶん、特殊だと思うんですよお。おそらくぅ、本当のわたしはまだ望郷に固執して、心の中で暴れているんですよぉ? あ、でもでも! 今はわたしが前に出てるからぁ、大丈夫、かも~? わたしぃ、こんな穏やかな感情はぁ――この学校にぃ、召喚されてぇ、その時に初めてぇ――生まれたものでぇ。こういう、優しい気持ちになれたっていうかぁ」


 天使の笑顔を浮かべるワンコが、ほわほわほわ~!

 幸せそうに液状オヤツを抱えて、ちゅるちゅるちゅる♪

 そのまま、くーくー……疲れていたのだろう、寝息を立てかけ眠りそうになっている。


 冷や汗を垂らし、キリンさんが口をモゴゴゴゴ。


「なんだこのホワホワ生物は……、これがあの全人類抹殺計画をもくろんでいた、望郷の魔性と同一人物とは思えんのであるが」

『あー。うん……ギャップが凄いが……これが私の知っているノスタルジアくんなんだよね』


 揺れるキリンさんとネコちゃんとワンコの獣毛。

 そんな動物園的な空気の中。

 しばし考え、眠るライカの魂を覗き込み私は言う。


『ライカは大人しい犬だったと聞いたことがある。暴れてしまうと狭い宇宙船の中に入れないからね。魔性となる前……まだただ普通の動物だった頃の彼女は、こっちに近いほわほわワンコだった可能性が高いんじゃないかな? たぶんだけどね。今の姿と性格こそが、ライカ犬の元の姿なんだよ。まあ転生後の彼女が本当の姿じゃない……って言ってしまうのもちょっと、違うかもしれないけど』


 キリンさんが、ギロっと天を睨み言う。


「こんなホワホワわんこをそらの果てに飛ばし、置き去りにするとは――人間とは実に惨い生き物であるな。たとえれが科学の発展に必要だったとしても、いささかの義憤が浮かんでしまうというモノよ」


 しあわせそうに、ほわほわ♪ 眠りながらワンコおやつに抱きつき、尾を振るライカ=ノスタルジアくん。

 それを慈悲の瞳で眺めるキリンさん。

 そんな凄いような、凄くないような景色の中で私は言う。


『やっぱり、ライカくんがかつて転移先の世界を破壊してしまった時の状態……暴走ノスタルジアくんに戻ってしまったのは……彼らのせい。あの組織の連中がこの学園に忍び込んだ事がきっかけであり、原因だったのかな……』


 怪しい教師が動き出し、監視カメラをしかけただろう時期。

 学園を監視し、ライカ犬を回収しようと活動し始めた時期。


 その二つの動きがあった後――ノスタルジアくんによる正義扇動事件が起きたのだ。

 まあ、時期はかなり重なっているといっていいだろう。


「古来より犬族は気配に敏感。自身を遠くから監視する気配に気付き、ストレスを蓄積させていたのであろうな。その結果、ストレスを排除しようと気性の荒いあの破滅のライカが、再び顕現してしまった――という事であるか。折角、学園に召喚されたことで本来の穏やかな心を取り戻したというのに、研究対象であるからと取り戻しに来た。其れが今回の悲劇の始まりであったという事である。まったく、これだから人間は!」


 くわ!

 ドドドドデーン!

 麒麟の魔力の影響か――お外で突然の雷雨が襲っているが、気にしない。


『まあ逆に言うなら、彼らさえ遠ざけてしまえば――ノスタルジアくんは大人しい気性の、このワンコ状態を維持しやすいだろうね』

「心のどこかではまだ、世界を生贄にしてでも――あの時の関係者に会いたい、そう思っているのであろうな」


 魔力でぎゅっと絞ったレモンをピュピュピュ!

 サラダに垂らし、混ぜ混ぜ♪ しながらキリンさんが言う。


「ふぅぅぅぅむ。しかし邪気を感じなくなっておるし、このホワホワ犬があの時の暴走犬と同じ犬とは……とても信じられんが、事実は事実。して、本当にこの状態の維持は可能なのであるか?」

『望郷を食欲に変換しているうちは、まあできるだろうね。そりゃあ、ある程度の監視は必要だろうけど。この状態を維持できることが確定したら……。後の問題は彼女が元いた施設の事なんだけど――さすがに返す気には、なれないよね?』


 ムシャムシャとレモンサラダをむり、キリンさんが大きくうなずく。


しかり。おそらくはまた力を利用されるであろうしな。我らが見ていない間にストレスが蓄積、そこからの流れで破滅のライカが再臨し――再び世界の危機が訪れる。それも困るのだ。地球を生贄にされかけても敵わん。この学園で身柄を預かるか、どこか遠い安全な異世界……それこそ大魔帝殿の住まう魔王城とやらで預かるのが、まあ妥当ではあるまいか?」


 魔王様もライカを連れ帰ったら喜ぶだろうし。

 それもありか。

 まあ、学校に残りたいか異世界である魔王城に招かれるか――その選択は、彼女の意思を聞いてからになるが。


「そういえば、その科学ゴーレムの研究所だったか? その施設はどうなっておるのだ?」

『ん? なんかムカついたから、もうとっくに破壊してあるけど?』


 あー、そういや。

 あそこの人間たちの保護を頼んで転移はしたけど、アジトをぶっ壊してきたとは説明してなかったかも。

 チペチペと毛繕いをしながら、考える私もカワイイわけだが。


「となると、次の問題は――我が保護を託されたあの異国の軍人たちの処遇か。おそらく、ライカ犬と再会させるのは危険であろうな。また暴走魔性ライカモードになられても困る」

『彼らはショゴスエンペラーくんによる正気度汚染が起こっているからね。まあ、ちょっと私の支配領域ドリームランド側からチョイチョイ。眠りを司るヒュプノスの扉で夢の中に入り込んで、心を洗脳……じゃない説得すればいいから、言う事は聞いてくれると思うよ』


 キリンさんのつぶらな瞳が、一瞬だけ揺らぐ。

 魔王様より賜ったドリームランドの存在。

 そして夢を操るヒュプノス系統の能力、まああまり一般的な力ではないので、キリンさん的にはちょっと心配といったところなのだろう。


 さてと。

 ワンコも眠りかけているし――動くなら今の内かな。


 ザザザ、ザァアアアアアアアアッァァァアアアアアアアアアァァァ!


 クールニャンコではなく、冷静な思考を優先できる神父形態に転身した私は――。

 唇を、蠢かす。


『キリンくん、少し学校の事を頼むよ。ヒトガタくん、いるかい?』

「は、既に控えております」


 シュンと顕現したのは――元魔物の転生者で私の部下。

 シリアスモードを察知したのだろう。

 戦闘用の仮面をかぶり、千の魔導書(サウザンド)としての魔導図書館も顕現させ、恭しく礼をしてみせる。


 見た目は礼装姿の仮面悪魔。

 といった感じか。

 まあかなり頼りになる、ここの学校の現学長である。


『少し、出かけてくるから留守を頼むよ。キリンくんも協力してくれるだろうから、何かあったらすぐに連絡しておくれ――それで、保護してあった者達の様子は?』

「ケトス様のご指示の通り、隔離していない亜空間の医務室で休んでおられます。自らの意思で外部にでようとするのならば――拒絶せず、自由にさせるようにしておきましたが……よろしかったのですか?」


 仮面の下から問う、ヒトガタ君。

 その淡々とした口調を聞きながら、私は少し困ったように眉を下げる。


『ああ、もし全ての事態を知り、それでもなお――ライカを裏切ろうとするのなら。それは仕方のない事だからね』


 漆黒の髪の下。

 赤き憎悪の瞳を輝かせ漏らした私の言葉に、キリンさんが静かに瞳を閉じる。

 私のしようとしていることを察したのだろう。


 黙祷をするようなキリンさんの横。

 ヒトガタ君が、冷静な声音で告げる。


「畏まりました。我が学園から脱走したのは数名。主にショゴスエンペラーの正気度汚染を受けていなかった者達でしょう。向かっている先は……大使館、と呼ばれる施設と思われます」

『ああ、ありがとう。君は優秀だね』


 今回も結界を張り、先手を打っていた。

 ダンジョン領域日本に扇動の力が溢れる事を、未然に防いでくれたしね。


 なにか報酬を与えないと……、そう考える私の思考を察したのか。

 慇懃に礼をしてみせ、千の魔導書(サウザンド)としての口調で言う。


「どうか、お気になさらないでください。どうか、あなたはそのまま前にお進みください。尊き恩人である貴方のために――動ける。それこそが至上の喜びなのでありますから」


 最後に仮面の下の口が、優しい笑みを作っていた。

 私はその唇を見て、真面目過ぎる部下を見る上司の顔で言う。


『君は相変わらずだね。今回の騒動はこれで終わりだろう――けれどだ、いいかい。おそらく近い内にもっと大きな事件が起きる、その時に……君にはもっと動いてもらう事になるかもしれない。それが申し訳なくてね。だから今度、何が欲しいか――少し考えておいてくれると、私は助かるよ』


 申し訳なくなってしまうからね。

 そう言って、私の身体は闇の霧となり消えていく。


『それじゃあ、留守番を頼むよ――。ここに残っている異邦人かれらには寛大な対応をしておくれ。軍人も悲しい社会人、その多くは逆らえない命令に従っていただけだろうからね』

「洗脳は、よろしいので?」

『ああ、それは必要となった時でいい。ショゴスエンペラー君で、魔術や異形の恐ろしさを知った後だから大丈夫だとは思うけれど――そうだね。念のため、世界生贄事件を防いだことを祝うグルメ大宴会の手伝いでもさせて、様子を見るといいかもしれないね。悪意がある存在なら、何か行動を起こすだろうさ』


 キリンさんとヒトガタ君が目線を合わせる。

 まあキリンアイと仮面越しだけど。

 ともあれ、言いたいことを察したのか――ヒトガタくんが仮面の下で笑みを作り。


「全ては貴方の御心のままに。どちらも、完璧に手配いたしましょう――お帰りをお待ちしておりますよ。我が主」

『じゃあ、今度こそ――留守を頼んだよ』


 言葉を受けて――。

 微笑したヒトガタ君が、主人を見送る仕草で礼をする。


 よーし!

 保護しているあの組織の連中、その様子見を大義名分に!

 宴の開催を、超さりげなく提案することに成功したのだ!


 もし、悪意を抱いてライカくんに近づこうとしたら、洗脳ってことで!

 自己完結した私の猫影が、黒霧の中で笑みを作る。


 くくく、くはははははははははははははははは!


 哄笑と共に猫の影は完全に闇へと溶けて、消えた。

 空間転移をしたのだ。


 これから行うのは――狩り。


 私は何度もチャンスを与えた。

 何度も……そう、何度も――。


 麒麟の影響ではない、雷雨が発生する。

 魔猫の王の出陣に――世界が、揺れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ショゴスにスワンプマンのヒトガタそして魔道書(サウザンド)か(察し)
[一言] ホワイトハウル、よく突撃して来ないな 楽しくオヤツ食ってるの気付いたら嫉妬の炎燃やしてるんじゃ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ