それぞれの正義 ~ワンコ、吠える~その3
戦場に新たな光が集いだす――。
やってきたのは科学ゴーレムの群れ。
宇宙空間にも対応しているという事は――ライカ=ノスタルジアくんが得意フィールドである宇宙で戦うために、あらかじめ魔術式を追加してあったのだろう。
ザッザッザ!
ザッザッザ!
歩くその姿は、さながら宇宙軍。
今となって思えば、どことなくこのゴーレム達の姿は、宇宙服に似ている。
宇宙フィールドで使う事を想定し、ライカくんはゴーレム達の設計図を提供していたのかもしれない。
そうなると、まあなんとも計算高い事になるのだが。
ともあれ!
大魔帝ケトスとして戦場に立つ私は、既に猫目石の魔杖を握っている。
『ライカ=ノスタルジアくん! 君には悪いけど、この世界にはまだ見ぬグルメがたくさんある! いつかは滅ぶ世界であっても、今じゃない! 必ず君の望郷を止めてあげるよ!』
ビシっと宣言した私に、ライカくんがワンコ状態で瞳を赤く光らせ。
ビシ――!
『先生は強いわ! けれど、わたしの望郷は誰にも止められない!』
尻尾をぶんぶん!
無邪気な殺意を撒き散らしながら、星の杖を振りかざす。
次元の扉を形成し、更に科学ゴーレムを召喚。
ザッザッザ!
ザッザッザ!
宇宙服を着込むような、科学ゴーレムが腕を回転させ――ブゥゥゥゥゥッゥゥン!
銃撃!?
私に向かい、一斉射撃!
『あたたたたた! この私にダメージを与えるとは……っ、いったい!?』
『この銃弾はね、夢の欠片なの』
空を飛ぶワンコが夢見る少女の顔で、両手でぎゅっと星の杖を握り。
『人々が死んだときに浮かんだ望郷、後悔や懺悔――そういった感情の塊。お星様みたいにキレイでしょう? 冥府の神様は、それは星ではなく後悔の残滓、ただ昏く暗澹とした最後の心の吹き溜まりって言っていたけれど……わたしには星に見えたの。きっと後悔を抱いたまま死んでしまう人がいっぱいいるのね……。キラキラと輝いて、死んだまま青い星を見るわたしの前で、いっぱい輝いていたわ! わたしはその割れた心の欠片をゴーレムの核とした。それだけの話よ?』
なるほど、これも心の力なのか。
『ファンシーな顔をして、なかなかえげつない魔術じゃないか。ようするに、死した魂達が残していった後悔の感情を、火薬にしているってことだろう!』
責める私の言葉に答えず、ワンコは笑みを浮かべ。
ワフフフフ。
花畑を宇宙に広げて――扇動空間も広げていく。
僅かなダメージとはいえうっとうしい! 私は四方に結界を展開し、ゴーレムの一斉射撃を無効化するが。
時間を稼いでいるだけ。
ニンゲン、一生分の後悔の念が詰め込まれた弾丸は、一種の呪術道具なのだ。
私の結界すら侵食しかけ、弾丸がメリ込んできている。
これ……やっぱり科学ゴーレムもなんとかしないと駄目か……。
いっそ、ダメージがないなら放置してライカ=ノスタルジアくんを先に拘束してしまう手もあったのだが。
あのアジトだか基地だかで行った、爆弾処理をまた最初からやるのかと思うとゲンナリするが。
彼女を止めるならば、面倒でもやるしかない。
『まあしょうがない! やるっきゃないか!』
猫目石の魔杖をぎゅっと握って、ドヤろうとした私もカッコウイイわけだが!
そんな中で、前に出たのは異能力者で社長のハクロウくん。
彼は爬虫類顔をきゅっと細め、科学ゴーレムではなくライカくんを眺め。
手を翳す。
「さて、ケトスさんだけに頼りっきりなのは人類として恥ずかしいですからね。ここはワタシがなんとかしましょうか」
思いがけない人物の言葉に、私もライカ君も沈黙。
彼女の方が困惑しながら言う。
『あら? えーと……ごめんなさい。その程度の魔力しかない人間さんが、ナニをするつもりなのかしら?』
「たいしたことはできませんよ。それでもできる事はありますからね」
困惑するワンコを見上げて、ハクロウくんは吹き荒れる魔風の中で高級スーツの裾をバタタタタ!
んーみゅ。
キリンさんの魔力を借りて、宇宙空間でも声が出せるようになっているようだが。
宇宙ワンコが私の方に目をやり、やはり困ったように言う。
『先生? わたし、さすがに蟻んこを踏みつぶす趣味はないから……できたら止めて欲しいんですけど。駄目、ですか?』
敵である耳折れワンコに逆に心配されている始末である。
どうやらライカ=ノスタルジアくん。
根はふわふわ少女でやさしいのか、弱い者にはわりと気を遣えるタイプらしい。
まあ、彼女がそう言うのも理解できる。
言っちゃあ悪いが、常人にちょっと毛が生えた程度の魔力しかもたない彼が前に出て来て、何ができるかというと……。
格上相手だと、カード異能の大半は無効化されちゃうだろうしね。
ライカくんの言葉に同意見である私も、言う。
『えーと、ハクロウくん。気持ちは嬉しいんだけど……ちょっと相手が強すぎるから、できたら隠れていて欲しいかも? いや、本当に気持ちは嬉しいんだよ? 人類さあ、最近、私に頼りっきり過ぎるし――自分でたまには世界を救ったら? って思う時もあるし』
「まあ、あなたがシリアスになるほどに強い存在、ということは――十分、分かっています。だから、ほら、ちゃんと震えているでしょう? 今、こうして声を出していること自体が精一杯なほどですから」
冷静な言葉であるが、発言通りその足は少し震えている。
何か作戦があるのだろうか。
まあ彼の能力でできることと、いえば――。
「最善の手札を切ります」
『魔術カード……かい?』
彼は頬に汗を浮かべたまま、こくりと頷く。
彼の能力で最も強力なのは魔物カードではなく、ある程度効果が自由で、応用範囲の広い魔術カード。
たしかに。
私の確認したカードプールの中には、実戦でも使えそうな強力なカードが多数存在した。
生徒達を守るキリンさんが、私を見て頷く。
彼ならばライカ=ノスタルジアくんの力量が見えている筈。
御遊び状態の私よりも数段弱いが、キリンさんよりはちょっと強い。
それでも、あの長い首で頷くという事は――ハクロウくんの魔術カードで勝算があるという事だ。
本当は面倒でも私が前と同じ手段で、召喚され続ける科学ゴーレムを倒せば済む話なのだが。
人間であるハクロウくんが何をするのか。
ちょっと興味が出てしまった。
興味津々!
モフ毛と共にネコの鼻孔を、ぶわっと膨らませた私は宣言した!
『分かったよ、君を信じよう! 私が時間を稼ぐうちに君の切り札をみせておくれ!』
「ありがとうございます。ワタシは転移してきた高台まで走り、そこで手を打ちますので――お願いします」
キリンさんから韋駄天……加速神の強化を受けたハクロウくんが、宇宙区間を駆ける。
タッタッタッタタタタ!
それを見逃せる程、ライカ=ノスタルジアくんも甘くはないのだろう。
『もう! なんかすっごい哀れな過去……セミとか食べてそうな人だったから、せっかく見逃してあげようと思ったのに! そうはいかないわよ!』
『いや、それは言わないであげるのが本当の優しさだと思うよ……?』
ツッコむ私に。
ハクロウくんが言う。
「念のため忠告しておきますよ、ケトスさん。最近の公園のセミは、勝手にとって食べてはいけないらしいですからね。もし食べるつもりならば、ご注意を」
『いや! 私、さすがに公園のセミは……ってか、そもそもセミは食べないからね! なんか苦いし、塩辛いし!』
思わず弁明する私は、ハッ! と猫口を開ける。
って、しまったぁああああああああああぁぁぁぁっぁ!
味を知ってるって事は、食べた事があるってバレてるじゃん!
察したハクロウ君が、ふっと怜悧な社長スマイル。
「やはり――あなたにどこか親近感があったのは、そこでしたか」
『セミの味を知ってるからって、変な同族意識をもたないでおくれ! 私、そういうの困るんですけど! ちゃんと普通のごはんを食べてるんですけど!』
ホワイトハウルと一緒に樹に登って、セミを食む!
うーん……おいしくないね?
と、つい最近になってやらかした記憶があるが、気にしない!
ギャグ空間で周囲を上書きしていく私達を見て。
犬歯を覗かせたライカ=ノスタルジアくんが、ガルルルルルゥゥゥゥッル!
ペチンと肉球で魔法陣を展開!
『その人は魔導契約の対象外なんですからね! わたしにだって、手を下すことができるんだから! 邪魔をするのなら、容赦しませんからね! ゴーレム達! 先にそっちのおじ様からやっつけて!』
「おじ……!? なんですか? おじ様? どうやら、かの有名なライカ犬は、あまり礼儀を知らないようですね」
キリンさんの加護で銃弾を避け――駆けながらも青筋を浮かべるハクロウくんを見て、生徒達がヒソヒソヒソ。
あの人、何歳なんだ?
まだ戦いあっているのに、そんな声が上がっている。
またおじさん判定されている、まだ若いハクロウくん……。
なかなか可哀そうであるが、ヒナタくんにもイケおじ判定されてたしなあ……。
ちなみに、正義感に支配されている弟くんはまだ扇動状態である。
そんな――。
苦労人なハクロウ君に向かい、ライカ=ノスタルジアくんが宇宙から杖を翳し。
咆哮による妨害を開始。
『ワォオオオオオオオオオオオォォォォッォン!』
吠えるライカくんから放たれるのは、腐食のオーラ――。
触れると耐性の無いものを即死させ、永久に動くゾンビ化させる波動状の攻撃である。
まあ見た目は、餃子をいっぱい食べた後に、ぷはぁ!
っと、吐息を漏らすワンコの図なのだが。
効果の方は本物なので、大変危険!
『みんな! この波動を吸ったら最後、永久ゾンビ状態になるから絶対に吸わないでね!』
宣言する私、その直後。
キリンさんが、巫女であるスミレくんに力を送る。
「我が巫女よ!」
「はい、麒麟様! 祓い清め給え!」
スミレくんが玉串を取り出し、生徒を含む全員に異能を付与――。
効果は、状態異常を一回だけ防ぐ異能か。異能者同士の戦いが昔にあったらしいし……精神系の異能に対するカウンターとして用意していたのだろうか。
なかなか便利な効果である。
まあ即席なので、一度が限界らしいがそれでも十分効果的!
色々とあったキリンさんと巫女さんだが、さすがに長年の付き合い。
阿吽の呼吸で色々と範囲強化を行使し続けているようだ。
もちろんそんな二人を見逃すほど、相手も甘くない。
星の杖の先端から、十重の魔法陣を展開し宇宙ワンコが吠える。
『邪魔をするのなら――! ごめんなさいね! 詠唱省略、宇宙観測魔術:《燦然たるサザンクロス》!』
天体魔術の一種か。
宇宙を宇宙から観測し続けた事で習得した、星の魔術だろう。
効果は……十字型の星を、破壊力を帯びた魔力閃光として降り注がせる、宇宙フィールド専用の魔術か。
トゥゥゥゥッゥゥゥゥゥウウウウウ!
トゥイン! トゥイン! トゥイン!
見た目はまんま、南十字星が降ってくるような綺麗な魔術なのだが。
威力は十分。
衝撃に引かれた宇宙空間が揺れる。
なかなかエグイ範囲攻撃をしてくる彼女に、私はニヒィ!
『弱い人間を狙うって言うのなら、私もちょっとだけ本気を出すから――勘弁しておくれよ!』
言って私は、右肉球で放つ瘴気の霧で――ライカくんのゾンビ波動攻撃を上書き牽制。
更に!
浮かせた猫目石の魔杖で、飛んでくる天体魔術を相殺!
宇宙ワンコの瞳が、ギラリと戦士の色となる。
『二つの魔術を同時にっ!』
『さあ、授業だ! まだまだ驚くのはこれからだよ!』
ぎぎぎぎぃぃぃっぃぃぃ!
赤い盾となった私の魔力が、降り注ぐサザンクロスを包み込み――闇の中へと消化していく。
更に!
左肉球で器用に、睡眠魔術と浄化の複合奇跡を展開。
『主よ! エノクより生まれし、炎を背負いし大聖霊よ! 汝、齧歯類の加護を受けし者――唐黍齧りし、閃光よ! 召し上げられしかつての同胞らを救い給え! 我が前に集いし、破壊を抱きし鋼鉄人形に救済を! 《大天使の炎聖酒》!』
カピバラパパの力を借りた奇跡を発動!
無限に湧き続ける科学ゴーレムを、眠らせながら浄化の炎で焼いていく。
ボボボボボボ!
奇跡にアレンジを加え、自爆装置を発動させないようにするオマケつきである。
三つの大魔術を同時に使いながら、尻尾の先で更に魔法陣を展開!
――祝福付与:《大魔帝の加護》――!
私が仲間と認識しているフィールド内の魂の能力が、徐々に強化されていく。
更に!
ヒゲの先が小さな魔法陣を描き、魔術を発動!
『燦然と輝く十字星! 汝その名をサザンクロス! 我、大魔帝ケトスが命じる。その身、その偉大なる輝きに僅かなる祝日を――我は封ず《広域天体・封印》!』
効果は、南十字星の力を借りた魔術の封印である。
更に!
肉球ステップで踏んだ道筋で、異界魔術である禹歩を発動!
『聞け! 大熊の果て! 輝く七つ光りの大銀河! 我はケトス! 大魔帝ケトス! 汝を使役せし、魔猫の王なり! 我が敵を薙ぎ、降り注げ――七星剣!』
北斗七星の力を魔力閃光として召喚し、ライカ=ノスタルジアくんに向かい解き放つ。
シャキィィィンシャキキィィィン!
別に彼女の天体魔術に対抗意識を燃やしたわけではない。
大魔術を同時に行使する私のモフ毛が、魔力を浴びてブワブワブワ!
イイ感じに輝いている!
『くくく、くははははははは! これぞ大魔帝の足止め、時間稼ぎの奥義なのじゃ!』
実は聖者ケトスの書も自動詠唱モードで、発動中。
別次元から運命を改変し続け、生徒達が怪我をしない未来を計算、確率調整をし続けているのだが、それは割愛。
全てのスキル・技・魔術・アビリティなどの確率を弄り、全て最善のダイス結果を選び続ける効果の亜種なのだが、見た目がすんごい地味だからね。
ともあれ五つ以上の大魔術を同時に行使する私に、さすがのライカくんの犬顔が尖って、キャンキャンキャン!
『ちょ……っと! なにそれ、反則じゃないですか! 何種類の魔術を同時に詠唱……って、きゃぁあああああぁぁっぁ、いた、いたい!』
『宇宙フィールドは一種の隔離空間。こっちも周りを壊さないで済むから、動きやすいって事さ! まだまだいくよ! 破軍転身、急急如律令!』
降り注ぐ七星の剣に更に手を加え、肉球をパチン♪
北斗七星とは、大熊座の背中から尻尾の部分にあたる星々。
その共通点を用い――魔術アレンジ!
七つの星となって降り注いでいた攻撃を、獣属性を持つ魔術として世界に誤認識させる事に成功!
北斗七星の攻撃魔術に、物理的なエネルギーを付与したのだ。
星の輝きを纏う七つのクマが、ワンコを追いかけ回す。
ワンコが宇宙を駆けながら吠える!
『もう! なんなんですか! 魔術の種類も形式も構成も全部メチャクチャ! 異なる魔術系統を同時に……絶対、破綻する筈なのに! なんで、ちゃんと発動してるのか、意味わからないですよ!』
魔術障壁だけでなく、物理結界の展開も余儀なくされたライカくんが後退する中――。
一連の流れで時間を稼いだ私は――ハクロウくんに言う。
『さあ! なんとか私が時間を稼いでいるうちに、早く! 切り札を!』
厳密には違うけど。
これぞ、俺に任せて先に行け! 的なパターン! である。
ぶにゃはははははは! 一度やってみたかったんだよねえ!
なぜか周囲からは。
そのままアンタがやった方が早いだろう……っと、ちょっとドン引きオーラがでている。
しかし、既に十分時間は稼げた。
「時間稼ぎありがとうございます! では、いきますよ!」
すぅっと息を吸ったハクロウくんがとった行動は。
高台から――。
ワンコの顔が描かれた、謎のカードを掲げ。
朗々と宣言!
「発動します! コラボレーション用魔術カード:《わんわん大満足フェスティバル》!」
ペカー!
魔術エフェクトが、宇宙空間に広がっていく。
ギャグみたいな名前の魔術カードであるが――。
そんなカード。
私が閲覧したカード群の中には存在しなかった。
ともあれ、発動したカードからでてきたのは――どこかの企業とコラボレーションしたであろう商品。
特殊パッケージの、ワンちゃん用の液状オヤツの山。
そう――。
私が世界を救う事になったきっかけのネコちゃん用、液状オヤツ!
その、ワンワンバージョンである!
カードを握るワンちゃんの絵を見て、ブチ!
ネコちゃんの頭に、青筋が浮かぶ。
『って、こんな時になにをふざけてるのさ! さすがにドン引きなんですけど!』
ちなみに。
皆の目も点になっている。
キリンさんだけは、これでいけると思っているらしくハクロウくんに――うむと頷いているが。
ハクロウくんが、悪びれもなく告げる。
「ふざけてなどいませんよ? これはとある企業とコラボした時に作られたプロモーションカード。ワンコさん用のオヤツパッケージに張られているバーコードを三十枚、弊社に送っていただくとこの特殊カードと交換できたという、幻のレアカードなのです!」
『で、その効果は? なんかオヤツを大量に召喚してるけど……』
もし例のあのネコちゃんオヤツだったら、話は別だったのだが。
これ、ワンコ用だからなあ……。
「私の異能として発動すると、ワンちゃん用の液状オヤツが大量に召喚できる。以上です」
以上、ですか。
……。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
天然だとは思っていたが、ここでこんなことをやらかすとは思わなかった。
さて、説教だと腕を組む私の前で――。
ワンコがまるで聖女のような顔で、すぅっと瞳を細め。
赤き瞳を抑え、凛と告げた。
『わかりました、あなたがたとの話し合いをいたしましょう。けして、これはそこのオヤツに惹かれたからではありません。あなた……金木白狼さん、でしたか? 脆弱なる人間の身でありながら、身を挺して前に出た。その勇気を買っての事です。へ、変な勘違いをしないで……わ、わたしはこんなおやつなんかに……バウバウ! バルッゥゥゥゥゥ! あぁぁぁぁぁ! 一度食べて見たかったのよねえ!』
あ、ワンワン用おやつの山に飛びついた。
『あー! 幸せだわ! これよこれ! これこそがわたしの求めていた望郷よ! うん! あの時にもあった気がするわ! 今だけは、そーいうことにしておくわ!』
『おいこら、君……もう誰にも止められないんじゃなかったのかい? 私のシリアス! 返して欲しいんですけど! って、ダメだ。人の話を完全に聞いちゃいない。これ、違う意味で止まらなくなってるじゃん……』
ともあれ戦闘が止まったせいか、科学ゴーレムも停止している。
扇動状態も解除され、宇宙空間が通常の学園フィールドに戻っていた。
えー、これで戦闘終わりなの?
マジで?
まあ、話し合いが拗れればまた戦闘再開なんだろうが。
冷静な顔のまま、ハクロウくんが言う。
「ワタシはあなたとホワイトハウルさんと、ロックウェル卿さん。三柱の魔性と出会いましたからね。その共通点は食欲、もしやと思い……ライカさんに通じるのではと思ったのですが、まさかこれほどに利くとは……魔性という存在は、直接的な欲に弱いのかもしれませんね」
た、たしかに……。
魔王様はモフモフ。レイヴァンお兄さんは酒とたばこと女性。
私達は食欲だし、フォックスエイルは金に弱い。
『けれど、命がけでやったことがこれって……君もだいぶ頭のねじがその……アレだよね』
「そうでもないと、社長なんてやっていられませんよ」
妙にそれっぽいことを言った後。
ワンワン液状オヤツを歓喜しながら味わうライカ犬に向かい、彼は言葉を漏らした。
「晩年のライカはずっと、訓練のためのゼリーしか与えられていなかったと聞きます。もし、あの当時にこのようなオヤツがあったとしたら……悲劇ながらも、少しは幸せになれたのかもしれません。当時に動物の嗜好品がなかったこと、それがワタシには少し……寂しく思えてしまいますね」
ああ、そうか。
今、こうして彼女が幸せそうにオヤツグルメを味わっている。
この光景さえも、彼女にとっては許されなかった景色。
そう、彼女はグルメさえ知らずに……死んでしまったのだから。
『グルメを楽しめる、それだけで平和な世の中ってこと……なのかな』
「まあ、滅びの未来があるらしいので、そこまで平和ではない気もしますけれどね。さて、ワタシはとりあえず目を覚ましているだろう、あのバカ弟に説教がありますので。失礼」
言って、ハクロウくんは韋駄天加速状態のまま。
校庭に飛んでいったのだった。
いまだにモヤモヤしている私に、キリンさんが言う。
「まあ、我等の根本は動物。食には弱いという事であるな。大魔帝殿とて、ここでネコちゃん用のオヤツとやらを提供されていたら、とりあえず話し合いには応じていたであろう?」
『そりゃあまあ……いや、ノーコメントで……』
目線を逸らした先には、扇動状態の生徒達を守っていた三人がいる。
ヒナタくんに、ヘンリー君に、トウヤくん。
……。
まあ、彼らの目の前で、ワンコを倒すことにならなかったことは、良い事かな?
これからどうなるかは分からないが。
とりあえず、私達は彼女が落ち着くまで待つことにし。
学校内で話し合いを再開することを、約束したのだった。