それぞれの正義 ~ワンコ、吠える~その1
科学ゴーレムの指令基地を崩壊させて、帰ってきました我が学園!
転移帰還者。
リターナーズを保護し、教育する学校なのだが――。
すでにここも戦場となっていた。
どうやら望郷の魔性ライカは科学ゴーレムを囮に、私達を足止め。
その隙に――学園で保護している寝込んでいたアジトの方々を、探しに来たようであるが。
まあ、それだけなら想定内。
ただ問題は――目の前の戦場。
んーみゅ。
大魔帝ケトスたる私の視界に入っている、正義のロウと自由のカオスに分かれた大戦争。
『うっわ、これ……完全に扇動状態に染まってるじゃん……』
呟くネコちゃんである私の目の前。
勇者たちと反英雄たち。
それぞれの生徒による、小競り合いが始まっていたのだ。
正義感が強そうな女性。
私の生徒でもある委員長が、キリっと聖女の顔を尖らせ――クリスタルの杖を掲げ朗々と語る。
「あなたたち! なぜ分からないのですか!? ノスタルジアさんはあれほどに酷い思いをしたのです、道をお開けなさい!」
正義の言葉に歯向かうのは闇の獣人、委員長とちょっとだけイイ感じになっていた時期もあった番長くんである。
牙を唸らせ、ガルルルル!
「はぁあああぁぁっぁあ!? ふざけんなよ、このアマ! アイツらはケトスの旦那が保護している人間どもだ! 気持ちは分かるがな、どうみてもヤベエ犬っころに差し出せるわけがねえだろう!」
「あなた達には人の心がないの!? 最も愛する方々の映像を使って、人殺しの魔術を教えろだなんて……っ、そんな酷いことをする方たちを庇う理由なんてないでしょう! この野蛮獣人! 獣人なら獣人らしく、月夜でワンワン吠えていらしたらどう!」
野蛮と言われた番長くんが、獣人の証である獣の尾と耳を逆立て。
クワッ!
「な……ッ!? てめえ! 言っちゃならねえことを言いやがったな! 上等じゃねえか! おい、おまえら! この正義かぶれでクソ生意気な勇者様どもの面を、ガツンと歪ませてやるチャンスだ! やっちまうぞ!」
「上等ですわ! さあ正義に燃える皆さま! 今こそ、反英雄たちに正義の鉄槌を!」
バチバチバチ――!
正義の心を滾らせる委員長が率いる、正義軍団と。
正義扇動の力を無効化する、私よりの奔放なモノたちが睨み合っている。
正義感の強い勇者サイドの生徒達。その頭上には空飛ぶワンコ……望郷の魔性であるノスタルジアくんが顕現している。一部の生徒達は……あー。
彼女に協力しているのだろう。
ようするに……正義扇動の能力を、思いっきし喰らっていたのだった!
大魔法陣の浮かぶ校舎の空には、庭を駆け回るように飛びまわる――ワンコ。
ワオワオワオォォッォォォォォン!
強力な魔力と犬電波を放つアニマルが一匹。
その姿は間違いない――かつて実験の犠牲となったライカ犬。
元ワンコで転生者。
犬モードになっているということは、もう一つの心と魂が前に出ている状態なのだろう。
ちょっと折れた耳がプリティなワンコが、ぷかぷかと駆け回り空を飛ぶ!
彼女はわんわんキャンキャン♪
扇動の力を放ちながら、瞳をキュピン♪
駆ける肉球が、大規模魔法陣を描いているのだ。
異質なメガホンを装備し、わんこ肉球でトントンと音声調整。
前足でメモリを弄る姿はちょっとかわいい。
ワホンと咳ばらいをし、キュルキュルな乙女犬顔でバウバウバゥ!
『ねえ! わたし、可哀そうでしょう? あんなに暑くて狭くて、苦しい思いをしたのに、酷いでしょう? ねえ! 協力して頂戴! お願い、わたし! どうしても、許せないの!』
扇動の言葉が、魔力電波となって発生。
ワンコを眺める人々の目が、赤く染まっていく。
これが正義扇動の波動なのだろう。
肉球をピカピカさせ!
大空に追加の魔法陣を展開!
『ワンワン、ワォォォッォォォオオオオオオオオオォッォォォン!』
ワンコの怒りと悲しみが、魔力となって空から降り注ぐ。
それを眺めるのは――転移帰還者達のまっすぐな瞳。
「ああ、なんて可哀そうなのかしら」
「そんな非道を平気で行う、やはり人間こそが悪!」
「どうしていままで気付かなかったの? そう、滅ぼすべきモノの名、それは人類。それが勇者である我等の使命!」
扇動される勇者組が、真っ赤に染まった瞳をギラギラギラ。
それはまるで科学ゴーレム。
図にすると――。
空飛ぶワンコがキャンキャン鳴く、その下で行われる大魔術運動会。
まあ、相手が生徒同士という事もあり、殺し合いには発展していないが……。
ちなみに――私達の場所は学園の屋上。
見晴らしのいい場所!
ということで風が強い高台に転移していたのだが、はてさてどうしたもんか。
メンバーはあの消滅したアジトにいた面々のまま。
解放されている屋上から、両者の戦いを眺めている状態になっている。
共に転移してきた異能力者の金木白狼くんが、細面をきゅっと引き締め。
考え込み。
魔力ひしめく運動会を眺めて頬を掻く。
「これはいったい……彼らはケトスさんの生徒達、ですよね? どういう状況なのですか……?」
『ライカこと星のノスタルジアくんのしわざさ。彼女はおそらく正義扇動を発動したまま、素直に全ての事情をそのまま話したんだろうね。その結果がこれさ。なにしろここの生徒達の半分ぐらいは、世界を救って戻ってきた王道な勇者たち。正義の心もそれなりに強いだろうし……なにより、異界の技術を引き出そうとした手段、虚偽映像が気に入らないモノは多いだろうからね』
私もいまだにちょっと、ムゥっとなってしまうし。
眉間をうにゅっと尖らせる、私のニャンコ顔を長い指で直しながら――。
ハクロウ君が納得の声を漏らす。
「なるほど、彼女に同情し……なおかつ強い正義感のある者が、暴徒となっているのですね。その目的は、まあ……ケトスさんが保護をした彼らの身柄。あるいは……抹殺、といったところでしょうか」
『うん――おそらくその目的は、愛する博士と生物学者を騙った者達への報復。まあでもたぶん、それだけではないだろうね。魔性として感情を暴走させている状態にあるから、何をやらかす事やら……』
冷静に生徒達の群れを見ていたハクロウ君。
その細面が、ビシっと歪む。
トカゲに似た視線の先に、とある警察官を見たからだろう。
「うぉおおおおおおおおおおぉぉ、なんて、なんて可哀そうなライカ! オレ様は絶対に許さん!」
「あのバカな弟は……なぜ再び正義扇動を受けているのでしょうか?」
お兄さんの――。
その眉間にビッシリと浮かぶ青筋は、まるでマンガである。
『あぁ……あの人、学食が気に入っちゃったみたいで――ちょくちょく顔をだしていたからね。まあ気持ちよく食べるから、ペンギンさんとネコの料理人達には評判良かったんだけど……にゃははははは、はは……また、偶然、遊びに来ていたみたいだね』
「後で説教をしないといけませんが、さて――どうしたものでしょうね」
悩む私達の前に、転移陣が輝く。
神雷の術式なので、当然やってくるのはあの首のながーい神様。
キリンさんと、その巫女の阿賀差スミレくんである。
キリンさんが神の顔で凛と告げる。
「漸く帰ってきたか大魔帝殿。先程に送られてきた異国の者達は確かに保護してあるが――この騒ぎ、生徒達も絡んでおるから手も出しにくくてな。どうしたものかと悩んでおった所であったのだ」
「お怪我はありませんでしたか? ケトス様」
例の異国軍人部隊を保護してくれていた彼らに、私はネコスマイルを送る。
『やあ、心配してくれてありがとうスミレくん。キリンくんも、助かったよ。それで今、ヒトガタ学長はどうしてるのかな? 魔力がちゃんと漂っているから無事なのは分かっているんだけど、連絡が取れないんだよ』
「あのなにやら魔導書を沢山、というか尋常ではない量を扱っている男……元魔物の転生者か。あやつなら正義扇動の力が外部に漏れないよう、結界の魔導書を張り巡らせている筈。手が離せんのだろう」
なるほど、それでこの学校だけに正義扇動が留まっているのか。
もしヒトガタ君が手を打っていなかったら、もっと正義感に燃えて暴走していた人が増えていたのかもしれない。
よーし、後で褒めておこう。
他に動けて、魔性相手にも正面から戦えそうな存在といえば――アン・グールモーア、畏怖の魔性なのだが。
ああ、あのペンギン。
そういや今日はネコ魔獣が食堂当番の日だから……休みなのか。
最近、オンライン対戦格闘ゲームにハマってるって言ってたし。
目を真っ赤に充血させてでも、やるのでありまする!
って言ってたから、たぶん夜中ぶっ続けでプレイして今頃は寝てるよなあ。
なるべく、というか絶対に死者は出したくないのだが。
魔王様に連絡するのは、実はけっこうリスクもある。
なんつーか……。
ライカの方に協力すると言い出す可能性も、ゼロじゃないのだ。
実際、将来的に人に害なすと理解していた上で、私やロックウェル卿を助けているわけだからね。
そしてなにより、相手はモフモフ。
ひっじょうに、危険である。
そして――大いなる光や大いなる導きは、秩序よりの考え方をもつ大神。
ステータス情報は正義なのだ。
おそらく、レベル差で扇動を受ける事はないだろうが……万が一にでも正義扇動を受けて敵に回ってしまったら、ものすっごい面倒な事になる。
正義扇動……すっごい厄介な能力だよね……。
ウニュウニュっとネコのモフ毛を膨らませる私に向かい――。
モモモモゥ。
神として毅然と空を睨んでいたキリンさんが、長い首を傾げる。
「ライカといったか、かつて宇宙へと飛んだ犬が――よもや異世界に転生し、そして再びこの青き星に帰っていたとはな。我もテレビジョンで見ていたから、よく覚えておる。悲しき話として認識していたが……このような形で再び目にしようとは」
えぇ……キリンさん……当時にテレビ、見てたんだ。
スミレくんも頷いている……。
んーみゅ、この二人――見た目より結構、年齢高いんだよなあ。
まあ片方はキリンさんだけど。
ともあれ。
キリンさんはモゴモゴと口を動かし言う。
「巡る因果とは不思議なモノであるが……それにしてもだ。あの者の望みとは一体……何なのだ? 正義感が強い者を操って、結局の所は何をしたいのか。我にはいまいち理解ができん。大魔帝殿に心当たりはあるのであろうか?」
『ああ、彼女が一番に望んでいるのはやはり、望郷。そして復讐か……おそらくそれを両方同時に達成するための、生贄の確保……じゃないかな?』
スミレくんが、美化された日本人形のような唇をぎゅっとさせる。
「生贄とは、あまり穏やかな話ではございませんね。いったい、どのような儀式をあの方は望んでいらっしゃるのでしょうか」
言葉を受けて、私は宇宙犬の魔導書を開く。
『ライカの目的は故郷に帰りたい、だった。グリモワールで確認しているから間違いない。形の上では既に、その第一の目的は叶っているわけだ。けれど――その帰りたいという言葉には地球に帰る他に、もう一つの意味があったんじゃないかな。すなわち、自分を拾ってくれた研究者――それも野良犬だった彼女に初めて手を差し伸べた、家族ともいえる博士と生物学者との再会さ。まあ、残念ながら彼女が帰還したのは彼らの死後。その夢は叶わなかったわけだね』
そこまで聞いて、テケリ!
なぜか三体に分身したままになっているショゴスエンペラーくんが、粘液の顔に亀裂を作り言葉を発する。
「ナルホドナルホド! つまり! 宇宙犬ライカは!」
「自分を裏切った祖国の現代人ヲ使い! 博士と生物学者の霊魂の召喚、または蘇生!」
「生贄の儀式を行おうト! ソウイウことですか!」
ぐじょぐじょりと喜び、テケテケする進化スライム君であるが。
あー、うん……すっごい異質な魔力を垂れ流してるねえ。
まあ、一定以上の力がある存在なら――その存在のヤバさを理解できるのだろう。
キリンさんがね?
ものすっごい顔をしてね……?
口笛を吹いて誤魔化す私に、グギギギギっと首を向けてるんだよね?
あ、まずい……。
偶蹄目のつぶらな瞳がギギギギっと尖って、私をギロリ。
その口元が、ぐわっと開かれる。
「大魔帝殿。少々宜しいか? 我、ちょっと真面目な話があるのだが?」
『ショ、ショゴスエンペラーくんが、ここまで成長しちゃったのは――わ、私だけのせいじゃないし! そ、そんなことより! 今は星のノスタルジアくん、望郷の魔性として暴走しちゃってるライカ犬のことを話し合うべきだろう!?』
私に助け船を出したのか、それともショゴスエンペラーくんの異質さを感じないのか。
スミレくんが冷静な声で言う。
「現状の問題の解決が先ではありませんか、麒麟様。このユニークなスライムさまの話はいつでもできますでしょう?」
「う、うむ……味方のようだし、そうなのであるが……」
じぃぃぃっと、困惑しながらショゴスエンペラーくんを見るキリンさん。
ただし。
こっちもこっちで麒麟の神力を持ったキリンさんなので、ショゴスエンペラーくんの方も、なんだ!? この珍妙で強力な獣神ハ!? と、困惑中。
ドン引きしながら見つめ合う――二人。
麒麟さんを宿すキリンさん。
狂気神話の有名モンスター。
そして校庭では大魔術運動会。
なかなかカオスなことになっている。
そんな彼等に構わず、組織の長たるスミレくんは統率者の顔で言う。
「そうですね……とりあえず、あのライカの少女との会話を試みてみるのはいかがでしょうか?」
『話し合いをしたいの? いいわよ、しましょう! 話し合い! ええ、そうね! それもとってもいいことだと思うわ!』
不意に、ぞっとするほどの無邪気な殺意が広がった。
犬状態で空を遊んでいた筈のライカ犬の姿はなく――目の前にあったのは、ふわふわ巻き毛の天然少女。
ノスタルジアくんだった。
ぞぞぞぞぞぞぞ!
異質な空気に、皆の心が凍り付く中。
私は瞬時に、仲間を守る結界を張っていた。
◇
校庭の空、屋上付近に転移してきた少女は、ぷかぷかフワフワ。
巻き毛の髪を靡かせる。
その魔力は絶大。
学生として、おっとりのんびり過ごしていた時とは比較にならない程に、肥大化している。
生徒でもある彼女に、私は言葉を悩んだが――ネコの口は動いていた。
『やあノスタルジアくん。随分と様変わりをしているようだけれど、換毛期か何かかな?』
『ケトス先生? どーしたの? そんなに怖い顔をしちゃって。わたし、いま、とっても楽しいのよ? 本当よ? わたし、ウソは嫌いですもの! ケトス先生は楽しくないの?』
きょとんと呟く少女の身は揺らいでいる。
自らの膨らむ魔力に気付いていないのだろうか?
『これはちょっと悪戯が過ぎるよ、ノスタルジアくん。それともライカくんと言った方がいいのかな?』
『どっちだっていいわ。だって、どっちも人間達が勝手につけた名前ですもの――ライカは地球。ノスタルジアは異世界。わたしが選んだ名前じゃないわ?』
風に髪を踊らせて、まるで天使か妖精のようにふんわり。
周囲を見渡し、少女はお辞儀をする。
初めて目にする人もいるからだろう、スミレくんやキリンさんをみてニッコリ。
『わたしはライカ。星のノスタルジアとも呼ばれているわ! 初めまして皆さん! そうじゃない方もいるけれど、どうでもいいことよね? だって、これから古い人類はみんな、復活の儀式の実験体になるんですもの!』
魔性に染まる瞳には、正気がない。
ぶわりぶわりと、己が感情に支配されて動くケモノが目の前にいる。
大空に浮かぶ魔法陣。
その魔術式を読み解くと分かるのは――望郷。
会いたいという感情のみ。
すなわち、彼女は何を犠牲にしてでも博士と生物学者と再会するつもりなのだ。
瞳をスゥっと細め私は言う。
『君は地球を生贄に、たった二人の命を再生させようとしているのかい?』
『ええ、そうよ! だってわたし知っているわ!』
犬の心と魂を持つ少女は手を広げて――。
正義を扇動する戦場の前。
無邪気に微笑んだ。
『これは実験ですもの! 実験なら、なんでも許されるのでしょう? たとえ命を使った実験だとしても、実験なら仕方ないんですもの! 人類初の地球を生贄にする実験! それはきっと次の世界のためになる! ほら! ためになるのなら、これは悪じゃないわ!』
それは純粋であるが故の――恐ろしき願い。
拾ってくれたご主人様にもう一度会いたい。
そんな。
愛を知ったケモノならば浮かぶ感情。
愛しき博士と生物学者との再会。
それこそが本当の望郷。
ただ地球に帰ってきただけでは、ダメだったのだろう。
私は考える。
かつて人であった時の記憶と知識を――辿ったのだ。
星のライカ。
その研究者たち。
たとえそれが実験のためだったとしても、博士と生物学者は野良犬だったライカに愛を注いでいたという。
厳しい規則さえ破り、国を騙す形で――最後に与えてはいけない水を与えていたという。
宇宙へ送り出すライカに何度も詫びて、泣いたという。
そう、彼女は愛されていたのだ。
その愛がライカには伝わっていたのだろう。
後年になって発表された――研究者たちの言葉が残されている。
せめて、地球にいる時には――本当の家族を教えてやりたかったのだという。
野良犬だった彼女に、訓練以外の機会を作ったという。
それは贖罪、懺悔、後ろめたさ――。
様々な感情が、当時の研究者たちにそうさせたのだろう。
けれど、犬はとても従順で愛らしい生き物だ。
過ごす日々と訓練の中。
実験のための感情が本物の愛情になっていたとしても、おかしくはない。
愛らしいと思う気持ちが浮かんでも、不思議ではない。
人を信頼し、訓練の中で人を見上げる犬の瞳。
無辜なる動物の信頼を裏切る、自らの醜さ。
彼らの心は動かされたはずだ。
だからこそ――。
彼らは強く、愛情を注いだ。
少なくとも……謝罪も、愛情も。
人の心を読む能力に長けた、犬の心を掴むほどには本物の心だったのだと。
私は思う。
それが命を犠牲にする自らの心を誤魔化すための、詭弁なる心だったとしても。
伝わっていた。
犬を犠牲にした者達の懺悔は、きっと伝わっていた。
少なくとも、もう一度会いたいとライカが願うほどには……。
そう――。
……。
伝わり過ぎていたのだ。
ライカは言った。
『わたし、会いたいわ。もう一度撫でて欲しいわ。それっておかしいことかしら? ごめんなさい、許して頂戴と何度も泣いてくれたあの人たちに――帰ってきたわよ! そう、いいたいの!』
それは家族への愛。
『だから、本当にごめんなさい! 人類の皆さん! 今度はあなたたちの番。わたしのために、犠牲になってくれるだけ、それだけでいいの! それでライカの物語は、ハッピーエンドで終わることができるの! そしてなによりも、そうすればみんなが泣き止むわ。わたしの話を知って、泣いてしまう子どもも、いなくなる。もうわたしに、ごめんなさいって謝る必要もなくなるの。博士たちは……いいえ! わたしを知って泣いてくれたアナタたちも! もう、謝らなくてよくなるの!』
願いが成就するまで、彼女は止まらない。
感情を暴走させるほど、その魔力は高まり扇動の力も増していく。
魔性の心に憑りつかれている。
これこそが、魔性の暴走。
『だからお願い。人類の皆さん。どうか――どうかわたしのために、犠牲になってください。かつてのわたしが、そうであったように。それでお互い様、わたしに謝る必要なんてなくなる。だから、どうか嘆かないで。だから、どうか泣かないで。悲しい声で謝らないで? あなたたちが悪いわけじゃないのよ? だから、これが正解なの! きっと……! そう、きっとみんなが、幸せになれるわ!』
純粋な心の力。
美しい笑顔と、罪なき心を抱いたまま。
少女は言った。
『これで全部が上手くいく! ハッピーエンドの物語になるのよ!』
無辜なる少女はライカを知り悲しんだ人類のためにも、人類の終わりを願ったのだ。
彼女の望郷は――。
まだ終わらない。