大魔帝vs皇帝 ~魔道具のご利用は計画的に~
屋敷に鳴り響くのは、本来上がる筈のない男の声。
皇帝の叫び。
「バカな! そんな金額……っ、払えるわけがないだろう! それに――そのような金額をたった数日で使い切るなど……」
この世界では錬金術が存在するため素材としての金の価値はそこまで高くないが、それでもやはりこの枚数となると、国家予算に匹敵するほどの額なのだろう。
暴君ピサロの貌がここまで歪むのは珍しいようだ。お付きの賢者は仰天した様子でそれを眺めている。
対照的に、あくまでも私は淡々と告げた。
『ありえないかい? けれど実際に私はそれだけの価値のあるモノを提供した。言われるままに、脅されてね。私はただそれに従っただけさ。私から言い出した事ではないし、事実だから仕方がない。魔道具とかって高いからねえ、特に伝説級アイテムや神話級アイテムなら尚更さ。その辺のアーティファクトをパンパン無駄遣いしたら、まあこの金額にもなるさ』
私はたぶん、魔族として意地の悪い笑みを浮かべているのだと思う。
まあ猫状態だけど。
ぎにゃはははは! 人間め、ざまあみろぉ!
鼻梁を歪め皇帝は唸る。
「それは、そうなのだが――……っ」
この暴君ピサロ。意外にも冷静だ。
もっと高圧的に仕掛けてくることも想定していたのだが。
まあ。
形式上、今回はこちらが完全に被害者。
大魔帝が人間ごときに喧嘩を売られて黙っていていいのか? そんな大義名分があるので、それなりに自由な動きができる。
魔族幹部会議で問題にしても、おそらく、不当な要求を寄越してきた人間への報復は可決されるだろう。
まあ、そうなるように私が仕向けたのだが。ともあれ。
魔族としては戦う道もゼロではないのだ。
オークの大森林を進攻しようとした前科もあるし。
基本は不干渉だが攻撃されたのなら遠慮なく反撃、それが今の魔族だ。
だから彼は困っている。
「二十七億となると……」
駄目だ笑いそうになってしまう。
けれど私は冷静な猫を貫いて、ちくり。
『もう一度確認するかい? なんなら公正な判断を下す別の宗教機関に虚偽かどうかを診断してもらっても構わないよ』
「それには……及ばん。余は大魔帝の言を信用しておる。事実であるから困っておるのだ」
タンタンタンと無意識に指で膝を叩いているようだ。
「本当に、二十七億……なのか?」
『細かい計算を省いたから多少は変わるだろうけど。ちょっと待ってね、今、計算するから』
言って私は、魔力で生み出した魔導演算具に計算させる。
チチチチチチ。
凛々しい顔立ちの皇帝様は、ちょっと安くなるかなあみたいな顔をしている。
『あー、ごめん。二十七億といったけれど、どちらかというと二十八億に近いね。えーと、こういうのは計算に強そうな人に渡せばいいのかな』
明細を受け取った賢者は、ジト汗を浮かべながら皇帝に向かい頷く。
無論、皇帝は項垂れた。
偉い人間を追い詰めるのは楽しいが、まあそろそろ可哀そうにもなってきた。
「皇室と関係者全員から財産を徴収すれば払えん額ではないのだ、ないのだが――それをすれば国は滅ぶ」
『それはまあ愁傷様としか』
「その……なんだ。もうちょっと? 皇帝的には……? 半額ぐらいに……して貰えたら皇帝超助かるんだが……?」
こいつ。
こっちがちょっとかわいそうだと思ったら、すぐにしかけてきやがった。
ジト目で睨むと。
ちょっと尋常じゃない量の汗をながしてやんの。ププー。
大魔帝的にマジうけるんですけどお。
『私は別に不当な要求をしているわけじゃないんだ。ただ返してもらおうとしている、それだけだよ』
証明する記録クリスタル。そして契約の魔導書。
それらが全て今回の返金要求の正当性を物語っている。
実際。
この金額も不当な要求であった事も、嘘偽りのない事実なのだ。
こちらは被害者であり証拠もある。そして私は大魔帝。
大魔帝相手に詐欺を行い、私利私欲を貪っていた。滅ぼされても、仕方のない愚かな行為。
それがなによりも硬い強みとなっていた。
ダラダラダラと滝のような汗を流し、瞳を泳がせた皇帝が、コミカルに口を三角に変形させながら言う。
「せめて……分割に……のう?」
『分割は構わないけれど、この額、払えるのかい?』
爺やに目をやる皇帝。首を横に振る賢者。
払えるわけがないのだ。
まあ脅しもこんなもんで十分か。
『さて、そろそろ現実的な話をしよう。君を揶揄うのも飽きてきた』
「まことか! そうしていただけると……こちらも助かる!」
私はちらりとメイド長女メンティスに目をやる。
皇帝もつられて目をやった。
『綺麗な子だと思わないかい?』
「余の好みではないが、世間では上等な部類に入るだろうな。娘の器量と、今回の件と何の関係が?」
私はテーブルにおいたニャンコお手てを顔の前で組み、なんかそれっぽい表情を作り。
言った。
『私が介入していなければ。この家の当主は教会に呪い殺されていた。そして彼女たちも不当な扱いを受けることになったはずだ。実にかわいそうだろう? 魔族の私がいうのもなんだが、神の信徒を謳う教会にだよ? そこの所は皇帝としてどう思っているんだい』
おまえんとこでもう少し管理しろよ、という意味である。
さすがに教会の暴走は目に余るものがある。
魔族である私ですらそう思うのだ。この地に住まう人間ならばもっと憤慨していることだろう。
しばし考え、皇帝は言った。
「言い訳となってしまうが、構わないだろうか」
『いいよ、別に。素直に話すならね』
「ここ西帝国バランは広すぎるのだ。余が父の代を継いだ頃にはこの西大陸の半分を占領しておった。広大過ぎて何をするにも時間がかかる、金もかかる、労力もかかる。触れを出そうにも、余の住まう城から一番遠き場所に伝えるには一月以上の間がかかる。正直打ち明けると、統治は行き届いておらんのだよ」
まだ話は続きそうだったが。
思わず私は口をはさんでいた。
『お触れ程度なら空間転移か、遠くのものに意思を飛ばす交信魔術を使えばいいじゃないか』
「疑問もなくそれを容易く口にしてしまうからこそ、ケトス殿、そなたは比類なき力を持て余す大魔帝なのだろうよ」
ようするに、人間では難しいのだろう。
あー、これ。
たぶんジャハルくんがいたら常識を覚えてください! って、怒られてるヤツだ。
『悪かったよ、話を続けてくれ』
「では続けるが。帝国の統治は行き届いておらん。だが教会は違う。奴らは信仰の名の下で尋常ではない結束力を持ち、帝国全土に広がっている。奴らは独自の文化、独自のネットワークで繋がりをもち、大きな組織へと成長を遂げているのだ。少なくとも西大陸の教会は、この帝国で脅威と言えるほどの権力を握っている、皇帝である余ですら容易く口を出せないほどにな」
ふむ。
『武力ですこし牽制するってわけにはいかないのかい、君たち、軍事帝国なんでしょ』
もっともだと皇帝も唸るが。
「奴らは傍若無人な振る舞いで暴れているが、一応は神の信徒。その背後には神がいる。偶像ではなく本当の意味で力を行使できる大いなる光がな。更に言うならば神に仕える強大な聖獣や神獣も多数、従えている。教会の奴らが、神や聖獣を騙せているうちは手が出せんのだ」
『君だって偉いんだから神に祈って実情を知らせたらどうだい』
「神がいちいち余の声に耳を傾けているのなら、そもそもこのような異常事態にはなっておらん。まったく、寄付ばかり要求してきおって。何が神だ」
ごもっともな愚痴である。
神も暇じゃない。
さすがに信徒たちがここまでの悪事を働いているとは思っていないのだろう。
ようするに神のやつ。
サボッてやがるのだ。
この悪事に気付いたとしたら神罰の一つでも下るとは思うのだが。
『なるほど、それで教会のあの傲慢か。じゃあ君を釣ったのは失敗だったかな』
本来なら散々からかったあとで、教会をなんとかさせるつもりだったのだ。
さすがに統治者には逆らえないと思っていたのだが。
んーむ。
これでは目論見と逸れてしまう。
迫害されそうなこの屋敷の人間を全員亡命させるか、あるいは魔族として第二の生を送らせてやる手もあるが。
肩肘をついて皇帝は更に愚痴を漏らす。
「東王国への警戒の意味での遠征さえ大敗しなければ、教会の権力も抑えられたのだがな……実際、あれから全ての均衡が崩れたのだ」
『……』
あれ。
これ、もしかして。
私が東王国のヤキトリ姫に肩入れして起こった、パワーバランスの崩壊だったりするんじゃ……。
「しかし余が分からんのは。一体、教会は何が目的でこの屋敷に執拗な嫌がらせをしておるのかという点だ」
あー、まあそうなるよね。
私も分からなかったし。
「確かに、この街は教会が禁忌の果実としている苺を栽培しているが。なにもこの当主だけが扱っているわけではあるまいに」
『これを見ればわかるだろうけど。あの司教さん、子供に手を出そうとして、それを当主君に邪魔されてね。それで……うん、こんな嫌がらせをしはじめたみたいだよ』
証拠クリスタル映像を見せてやると。
暴君ピサロは……目を点にして。
一言。
「……は?」
どうやら真っ当な思考な持ち主のようである。
ぐぬぬと拳を握り。
「教会の馬鹿どもは! よもやここまで腐っていたとは――なにをどうすると子供に手を出そうとして、帝国を破滅の危機へと巻き込みおるのか! 余には理解できんわ!」
賢者も呆れた息を吐き、その横で、メイド長女メンティスがまったくですと肩を落とす。
「爺や、余は情けない……ぞ」
「わたくしめもそのように存じます」
さて、皇帝陛下とやらが教会に強く出られないのならどうするか。
……。
やっぱり、壊しちゃうのが早いよね。
神の責任だし。
と、思ったその時だった。
噂の子供。
三女のドーラがイチゴパフェを持って入室してきた。
「あわわわわ、お客様がいらしていたのですね。ごめんなさい、黒猫様のオヤツを用意したのですけれど……あれれ、そちらの精悍な殿方はいったい」
何故か。
暴君ピサロと三女ドーラが見つめ合い。
ぱああぁぁぁぁ。
なんか少女漫画みたいな点描トーンが巻きおこる。
これは……二人の魔術波動がなんか相性良くて、相互干渉を起こしているのか?
皇帝は頬を赤く染め、こほんと咳ばらいをし。
呟いた。
「そなた。名は何と申す」
「ドーラと申しますが、あなた様は?」
「余か。余の名は……その、ピサロというのだが……」
「まあ、お顔に似合った素敵なお名前ですね。まるで皇子様みたい!」
確かに、このピサロ帝。
人間の帝国というものは大抵、代々美形の妻を娶っているからか、顔立ちは端正だ。
恋に恋する夢見がちな子供には、白馬の王子様的ななにかにみえなくもないのだろう。
キラキラキラとお星さまが飛ぶ。
「そうか、皇子……いや、まあそんな感じではあるのだが」
「あわわわ、ごめんなさい。ご立派な立場でいらっしゃるお客様に失礼なことをいってしまったみたいで。あー、もうあたしったら、また失敗しちゃったんですね」
「いや、良いのだぞ。あまり顔を正面から見るでない、照れるではないか」
「まあ、すみません……っ。あまりに、素敵だから」
「責めているのではないのだ……っ! ただ、その、なんだ、気恥ずかしいだけでな」
「あたしも、なんだか恥ずかしくなってきちゃいました……あはは、なんででしょう」
二人だけの世界を作り。
黙り込んでしまった。
なんだ。
この謎の空間は……。
メイド長女メンティスが慌てて妹を制止する。
「こら、ドーラ! ちゃんとノックをしなさいとあれほど言っておいたでしょう。すみませんケトス様。陛下も申し訳ありません、ほら、行きますよ。あなたはまだ休んでいないと」
「はーい。じゃあ黒猫様、パフェは置いていきますので。ごゆっくりどうぞお。ピサロ様も、どうかお寛ぎ下さいまし」
二人の間に走った以心伝心に姉は気付いていないようだが……まあ、教えない方が親切、かな。
たぶん。
「すみません、ちょっとちゃんと休むように言い聞かせてきますので」
言って、二人は部屋を出る。
残されたパフェに、私のネコ目はくわぁぁぁぁっと、いつものように広がった。
そんな私の横で。
皇帝ピサロは頬を苺よりも赤く染めて、呟いた。
「な――なんと。可憐な乙女であるか……! なあ、爺や! 余はあの者を后に所望するぞ!」
「陛下、さすがに十四、五の子供はどうかと……」
「たわけ! 愛の前に年齢など関係あるか! なに、あと一年もすれば法にも触れぬ! 余は今から全力で教会に抗議し、乙女の純潔を守り通すと決めた! なにが教会だ、ばかばかしい! 余の愛の前ではそんな御旗などただの紙切れじゃ!」
いや、まあ。
どうやらあのメイド三女も皇帝さんの事を嫌いじゃないみたいだし……。
自由恋愛なら、いいのかなあ……。
ちょっと魔杖で未来を占ってみると。
……。
あ、こりゃ……ラブラブな愛妻家になるっぽいな……。
しかし、あの司教といい、この皇帝といい。
パフェをばくばく貪りながら。
私は呆れたジト目で暴君ピサロに目をやった。
この国のお偉いさん、ロリコンしかいないんじゃないだろうな。
とりあえず皇帝の名の下で、暴虐を働く教会をとっちめるということになったのだが。
どっちにしても。
滅ぼす前に勝手に滅びそうだよね、この国。




