英雄犬 ~望郷のライカ~前編
校舎を襲撃した犯人からの話を聞き、判明したのは新たなアニマル。
望郷の名を冠する魔性。
かつて宇宙犬ライカとして星となった実験動物、その転生者。
星のノスタルジア。
同じく動物である私、大魔帝ケトスとしては色々と複雑な心境なのだが。
ネコ眉をうにゅうにゅする私の横。
貴族服を着込む進化スライムのショゴスエンペラーくんが、テケリケリケリ。
粘液の顔に亀裂を作り、首をかしげる。
「ライカ? ソレは、有名なのか!? ワレには分かラヌ! 急募! 説明、求むなのダガ?」
「カードの魔物の知識では……そう、でしょうね」
応じたのは私ではなく、社長さんの金木白狼くん。
トカゲを彷彿とさせる細面を尖らせ、彼は言う。
「宇宙犬ライカ。それはまだある国がソビエトと呼ばれていた頃の話。正確ではありませんが、約六十年前……になるのですかね。当時に行われた宇宙開発実験の犠牲になった、野良犬の名ですよ」
「野良犬!?」
ショゴスエンペラーくんが、粘膜の身体に無数の瞳をビッシリと浮かべ。
興奮気味にジュルジュルと揺れる。
「なんと!? スバラシイ!? 野良に住まう犬ガ、宇宙に飛んで帰ってコレル!? 人類には、ソレほどの? 技術がアッタというのデスカ!?」
「ふむ、なんとも説明するとなると難しいですね。そうですね、宇宙に飛ばしたなら当然、戻ってくる。魔物であってもそう思うモノなのでしょうが……」
ハクロウくんが眉間に濃い皺を刻む。
……。
そのまま答えを悩んでいるようなので、仕方なく私が代わりに告げる。
『残念ながら当時の技術では一方通行さ。ただ空へと打ち上げられて宇宙空間へ突入、その後は……まあ、地球の引力にひかれて落ちてくる。しばらくは衛星軌道に乗ったらしいけど、時が来るまで地球をただただ回り――最後には、そのまま燃え尽きて終わりだね』
私はかつてニンゲンだった頃の知識を辿り――。
ネコの丸い口で言葉を紡ぐ。
『私が目にしたことのある資料だと、空へと飛んだライカが宇宙の海で生きた時間は、わずか六時間。その後は、宇宙船という名の棺桶の中で死骸のまま、およそ百六十日間を漂流。最終的には地球の大気圏……まあ星を守るバリアのようなモノに燃やされ消滅したとされている。当然、その時に肉体も宇宙船も損壊しているわけだから、詳しい状況は推測になってしまうそうだけれどね』
講義するように告げる私の頭の中では、魔術師の思考が働いていた。
ノスタルジアくん――。
もし本当に彼女が、宇宙開拓の始祖ともいえるライカ犬が転生した存在だとしたら。
その力は想像できないレベルになっている筈。
死した犬の魂が、百六十日間――誰もいない暗黒の海で、望郷の祈りを唱え続けていたことになるのだから。
その魂が異世界に流れ着き転生。
それでもなお、地球に戻りたいと願っていたのなら――。
心は力となる。
動物が持つ帰巣本能もとても強い感情だ。それを暴走させた者……か。
尻尾の先まで膨らませて揺らし考えるカワイイ私。
そのモフ耳を、ショゴスエンペラーくんの亀裂音が揺らす。
「ナルホド! 理解! 理解したデアル! つまりは”生贄の儀式”であるか!? テケリケリ! それで! 人類は無辜なる命を犠牲にし! 何を召喚したノダ!? 魔神か! 堕天使か! それとも古き大神でも呼んだノカ!」
両手を広げ天に向かい叫ぶ、その粘膜の身体から異質な魔力が放射される。
部屋が、暗澹と染まっていく。
興奮気味に唸るショゴスエンペラーくんの身体が、玉虫色に光り輝いた。
荒ぶり揺れる魔力。
灯る魔力の中には、私も見た事のない異形なる神々がギシリギシリと微笑していたのだが。
制御できそうにない召喚獣は使えないしね。
とりあえず、私はそれらに蓋をして。
何事もなかった顔で言う。
『いやいやいや……そういう儀式召喚の生贄ではないさ。まあ、ファンタジー世界の感覚だとそうなってしまうだろうけど――』
「ワカラン! まったく、謎デアル! ではナンダというのだ? ワレ、には分かラン! せっかく、命をササゲルノダ! それも生キタ生物を星の海に飛ばすトイウ、最上位の贄! 神ヤ、類似スル、強きモノを呼ばないのはモッタイないだろう!?」
スライムの粘膜が、ぐにょりぐにょりと回っている。
こいつ。
現代のカードから生まれた魔物なのに、わりと魔術師よりの考え方でやんの。
『ようするに実験なんだよ。ライカは証明したのさ。わずか数時間であったとしても、宇宙空間で生物が生存していられるとね。当時は人間に近い大きさの哺乳類が、宇宙空間に入った時、どうなるかが判明していなかった。無重力となったその瞬間にどうなるかが、論じられていたのさ。宇宙船の中であっても、即座に窒息する可能性さえ語られていたそうだからね』
講義をする教師の顔と声で、私は続ける。
『けれど、それはライカという命を犠牲にし否定されたわけだ。狭い空間の中、管で繋がれたモニタリングの中の彼女には、たしかな生体反応があった。数時間とはいえ、彼女は宇宙の中で生きていたわけだ。もちろん、それはわずか四メートル程度の宇宙船の中でだけの話だが。言うならば彼女は人類の歴史に名を刻んだわけだよ。人々にとってはその命の灯こそが希望の光。いつか別の惑星に飛び立つための小さな一歩。けして無駄に殺したわけじゃない。ねえそうだろう? 見知らぬ国のエージェントさん』
嫌味の一つを飛ばしてしまったのは、まあ私もネコだからだろう。
謎の国の組織ということになっているプラチナブロンドの女性リーダーが、ぎゅっと唇を噛んで応じる。
「当時は冷戦時代、確実な成果が求められていたからな。人に近い哺乳類が生きたまま初の宇宙空間に到達した、その成果と名声はすさまじいものだった。彼女は街で野垂れ死ぬだけの野良犬としてではなく、人類初の宇宙進出を果たした英雄として死んだのだ。身勝手な話だとは承知している……けれどだ、けして無駄な犠牲などではなかった。わたしはそう信じている」
悲劇もいつの間にか美談になる。
ニンゲンはきっと、ネコと同じぐらいに身勝手な生物なのだろう。
ネコであり、人でもあった私にとってはなんとも複雑な心境になってしまう。
ま、彼女が悪いわけじゃないけどね。
『世界や時代が変われば、価値観も変わる。当時の価値観だったからこそできた実験かもしれないが――今を生きる私達がその是非を問うのはお門違いか。悪かったね、嫌なことを言って』
「いや、すまない。どうやら気を遣わせたようだな」
彼女は静かに笑ってみせる。
話に飽きたのかショゴスエンペラーくんが、カチャカチャ、バリバリ。
ティーセットの皿を齧って丸のみにする中。
冷静に話を聞いていたハクロウくんが、現実主義な経営者の顔で言う。
「さて、話を少しまとめましょうか。つまり星のノスタルジアと呼ばれる少女は、ロシ……ア、いえ、とある国の英雄犬が、宇宙実験で死した後に転生した存在。ここまでは間違いないですよね?」
「ああ、あの子は当時の関係者しか知らない事を知っていた。それは犬としての視線であったが、間違いなく国家機密を把握していたからな」
同意するブロンドリーダー。
その揺れる金髪を眺めて頷き、ハクロウくんが口を開いた。
「そしてです、科学ゴーレムを製造できるほどの異世界の技術を持ち帰ってきたという事は……異世界で人間として生まれ変わっていたという事になる。その世界で英雄になったか、はたまた英雄に匹敵する能力を得たのか、異世界に詳しくないワタシには分かりませんが――ともあれ、何らかの力で、故郷である地球に帰還した」
自らの言葉をメモ帳に記入しながら。
ネタを集める社長の顔で彼は言う。
「宇宙に飛ばされてからどれほどの月日が流れていたのか、それはワタシには分かりません。けれどです、最終的には念願が叶ったわけですね。ようやく故郷に帰ることができた彼女は国の組織……おそらくそこの目つきの悪い女性に保護され、そこでどのような交渉があったのかは知りませんが――異界の技術を提供していた。そして同時に危険でもあるからと遠島に隔離されていた。そんな日々の中で起こったのがダンジョン領域日本化事件。そして……その後に、ケトスさんの無差別召喚に巻き込まれ。今度はメルティ・リターナーズに保護され、学生として普通に暮らしていた――と」
ハクロウくんの視線が、じっとこっちを見ているが。
気にしない。
メモにペンを走らせる彼の身体から、薄らとした魔力が放たれている。
もしかしたらこれこそが心の力、召喚カードの異能と繋がっているのかもしれない。
メモを書き終えたのか、満足そうな顔で彼は最後にこう言った。
「異能者達の中に起こった正義扇動事件、あれは本当にそのノスタルジアという少女がやっていたのですか? ワタシたちはそれによって巻き込まれていたのです、ケトスさんの温情により死者こそ出ませんでしたが――いつでても、おかしくない状況でした。不満のひとつでも口にしたい所なのですが。どうなのですか、そこの辺りは」
んーむ、弟くんの事に関係するから、目が笑ってないでやんの。
めっちゃ尖ってる。
言われたブロンドリーダーは、僅かに目線を落とし。
「星のノスタルジアの能力の一つに、――他人の正義感を煽り、肥大化させるという力が確認されている。これは正義感の強い者に感染し、その信念を強化する利点もあるのだが……反面、己が信じ込んだ正義を暴走させてしまうという致命的な欠点があってな。おそらく学校内にいる彼女が、無意識に力を放っている――そう考えている。だからこそ、多少強引にでもあの子を回収しようと、今回大規模作戦として動いたのだが……結果は、これだ」
なんか遠回しに、私が悪いみたいに言われてない?
なので、ちょっと矛先を変えてみせる。
『つまり、正義感を暴走させて校舎を襲撃してきた君達には、一応の正義感があったっていうわけか。正しい正義かどうかは別として、秩序や規律を重んじるタイプなのかな』
そこまで言って――戦闘モードの思考で私は考える。
正義扇動の力。
その正体はステータス情報を参照とする、扇動魔術とみるべきか。
心の立ち位置。
秩序を重んじるロウや、自由を重んじるカオスといった、心の属性を判定基準に使っているのだ。ノスタルジアくんの能力は一定以上、ロウ側に傾いているモノにのみ効果を発揮するのだろう。
一連の事件に巻き込まれていたのは――。
警察官である、ハクロウくんの弟。
統率が大事とされる、FPSゲームを疑似再現する能力者の異能者達。
そして、国のための正義を何よりも重んじる軍人である、ここのニンゲン達。
となると、当然私にはその力は無効である。
だって私……自由を重んじる超カオス思考だからね。
そしてハクロウくんもおそらくカオスより。
私の関係者だと、ホワイトハウルはロウに傾くのだろう。まあさすがに、あのワンコ相手だとレベル差があってその扇動能力も発動しないだろうが。
ちなみに――。
おそらく、ロックウェル卿は私よりも酷い超絶カオスである。
それにしても、そんな大規模な扇動能力を入手してでも帰還した、地球……か。
もはや地球に対して故郷としての感覚などなくなっている私には、あまり理解できない感情である。
まあ、魔王様と逢いたい。
その感覚と似ているのかもしれない。
彼女は地球に帰りたい、その一心のみを願い異世界で力をつけ帰還したのだろうか。
しかし、いや――だからこそだ。
魔猫としての赤い瞳をギラギラさせて私が告げる。
『で、やっぱり前の話に戻るんだけど、ノスタルジアくんをどうするつもりなんだい? 実際、君達は彼女が持ち帰った異世界の技術で戦闘兵器を作っているわけだよね? 既に一度実験によって死んでいる彼女を、再び実験にかけるというのなら――面白くないよね? 私は私自身の意思に従い、君達を滅ぼす。倫理も価値観も関係ない、ただ私が気に入らないから。それだけで理由としては十分だろうし』
空気が引き締まる中で、ブロンドリーダーが唇を動かした。
「あくまでもわたし個人の願望だが、構わないか?」
『それが君の偽らざる真実の言葉ならね』
彼女は言った。
「星のノスタルジア、あの子の精神は非常に不安定で、危険だ。少なくとも監視者のいない今の状態は好ましくないと思っている。一度あの子と話をさせて貰えないだろうか。あの子の意思を確認したい、どうだろうか?」
『まあ、順当な妥協案かもね』
そして、帰りたくないと願った場合はまた話がこじれるのだが。
ともあれ。
「監視しているうえで分かった事だが……あの子はそちらの学校を気に入っている様子も見せている。なによりも望郷を望む彼女に、初めて起きた変化であるともいえる。しかし、いつまた暴走するかも分からないのは事実だろう? 実際に、正義扇動の力が漏れ出ているわけだからな。そしてだ――こちらには彼女を制御する手段がある、そちらの学校に滞在させたままで様子を見るとしても、制御手段は確立させた方がいい、そうは思わないか?」
『ふむ……理には適っているかもね』
筋は通っている、か。
猫顎に肉球をあてて、しっぽをくるん。
ふかーく考えた私は言う。
『ノスタルジアくんには二つの心があるみたいなことを言っていたけれど、実際どうなんだい? 私達はのほほんとした彼女しか知らないんだ。正義扇動状態がもう一人の彼女のしわざだったとしても、本当に危険なのかどうか……ちょっといまいち分からないんだよね』
「星のノスタルジアは転生した地で英雄となった。しかしだ――その地を滅ぼしたのも、何を隠そう彼女自身。もう一人のノスタルジアだ」
応接用のお皿をバリバリムシャムシャ。
美味しく頂いていたショゴスエンペラーくんの瞳が、蠢く。
滅びという言葉に反応したのだろう。
しかし、ノスタルジアくん。
これまた、まあ……派手な事をしているようである。
まるで大魔帝ケトスのようだと、ヒナタくん辺りには言われそうだが――ともあれ。
『君を疑うわけじゃないが――正直、信じられないね。あのホワホワな子が世界を滅ぼすなんて……』
「言っただろう、彼女は望郷の魔性だと。転生してでも故郷に帰る事を願い続けた存在なのだ。おそらく、地球に帰ると言った彼女を……向こうの世界で多少強引に引き留めたのだろうな。その結果が――世界の崩壊」
告げてブロンドリーダーさんが差し出したのは、一冊の逸話魔導書。
グリモワール。
表紙に書かれたタイトルは、望郷のライカ。
『ノスタルジアくんについて書かれた魔導書だね。読んでもいいのかな?』
「我等には解読不能だったからな、むしろ翻訳して欲しいくらいなのだよ」
その言葉を許可として受け取り、私は魔導書に肉球を乗せた。
◇
そこには――。
あのホワホワふわふわ少女と、そしてそのもう一つの心。
どんな手段、どんな犠牲を払ってでも故郷に帰る。そんな帰巣本能――望郷の心に支配された、魔性と化した女性。
いや――巻き毛の犬の姿が見えていた。
『アォォオオオオオオオオオオオオオオオオオォォッォン!』
赤き瞳を尖らせた、とても愛らしい犬だ。
けれど、その魔力は暴走している。
『ああ、帰りたい! 帰りたいわ、わたし! だって言ったでしょう? 世界を救ったら故郷に帰っていいって! あの日、宇宙からみた、あの美しく青い星に、帰りたいの! なのに、なのになのに! 全部嘘でした、世界を救っても帰れないだなんて、あなたたち、言っていなかったじゃない?』
巻き毛の犬が、遠吠えを上げる。
『もういいわ。あなたたちはわたしを裏切った。ならこれでおしまい。もう、それでいいわ。だからわたしも、あなたたちの裏切りに応じて、行動するだけ。あなたたちが嘘つきにならないように、あなたたちが真実を口にしていたようにしてあげる!』
肉球を掲げ、赤き瞳の犬が――世界を生贄に捧げ始める。
おそらく。
世界そのものを代価に、遠き青き星への転移魔術を使ったのだろう。
世界が作られるには時間がかかる。
けれど、最後は一瞬。
本当に、瞬きをしているほどの間に……終わってしまうこともある。
世界の法則を書き換える魔術式が展開され――。
そして。
魔性の力により……。
世界は滅んだ。
望郷に思いを馳せた犬は、ついに願いを叶えたのである。
騙された彼女。
その報復に世界を犠牲にして帰還した彼女は知る。
戻ってきた地球では六十年以上が経っていた。
愛する者達は既に。
天寿を全うしていたのだ――と。
何もなくなった草原。
かつて野良犬だった彼女は言う。
『ああ、悲しいわ。とても悲しいわ。どうして空は青くてこんなに綺麗なのに、世界はこんなに悲しい事ばかりなのかしら』
尾を下げ――。
天に向かい肉球を伸ばし。
『わたしを冷たく暗い路地裏から拾ってくれた、あなたたちはもう……いないのね』
空の青さを見る、その瞳は揺れていた。
ライカは泣いた。
ただただ泣いたのだ。
誰に会いたかったのか、それを私は知らない。
『お別れのあの日、どうか許して頂戴ねと泣いたあなたは……、もう、いないのね。わたしを撫でてくれたあなたたちに、もう一度、会いたかった。拾われたことは本当にうれしかった。それが言いたかった。伝えたかった。もう一度、撫でて欲しかった……ただそれだけだったのに。悲しいわ、とても悲しいわ』
故郷の大地。
赤き瞳の犬は空を見上げ続ける。
『わたしが星になった日、博士たちは泣いてくれたのかしら? 褒めてくれたのかしら。気になるわ。会いたいわ。あんなに暑かったんですもの、苦しかったって、聞いて欲しいわ。ねえあなたたちに、会いたいわ。悲しいわ。どうしたら、会えるのかしら?』
伸ばす肉球が、ただただ天を求めて空を掻く。
世界さえも滅ぼせる、滅びを知る魔性。
魔導書の中のライカ犬は、いつまでも宇宙を見上げて――泣き続けていた。
◇
魔導書を読み解いた私は、ふぅ……と息を吐く。
彼女は私のように、姿と魂を切り替えられるのだろう。
死神の王族ヘンリー君の死神名簿でチェックしたのは、人の姿のノスタルジアくん。犬の状態での名簿登録が済んでいなかったから、見つからなかったという事か。
ハッキリというと、私よりは弱い。
けれど、私と正面から戦えるほどには強い。
間違いない。
彼女こそが――この地球が滅びる原因の一つ。
カピバラ神が言っていた、ヘンリー君の滅びの未来の原因でもあったのだろう。
長かったし、回り道をしてしまったが――。
ようやく、根本の原因に辿り着いたという事か。
……。
いや、まあそもそも私がノスタルジアくんを巻き込んで召喚してしまったのが、悪い……。
なーんて気もするけど。
いやいやいや、そもそもいつか暴走する望郷の魔性をそのままにしておくのも危険だし? 私のせいじゃないよね?
うん、ないない。
その辺の事を有耶無耶にするように、私はシリアスを維持したまま問いかける。
『なるほど、犬の状態になっている時は――とても危険という事か。それで、さっき言っていたノスタルジア君の制御手段っていうのは、なんなんだい? いくら魔術と科学を混合させた新技術を持っているとはいえ、君たちに……あそこまで肥大化した魔性をどうにかできるとは、とても思えないんだけど』
言われた彼女は応接室のテレビモニターを起動させる。
「古いテープに、彼女を拾い訓練した者達のデータが入っていてな。そこから再現した当時の博士と生物学者、ライカが家族として過ごした研究者たちがこれだ。我等はこれを使用し、彼女との意思疎通を図っていたのだが――まあとりあえず見てくれ」
モニターの中では、白衣を着た博士と生物学者がにこやかに笑っている。
「お帰りなさい、ライカ。巻き毛のかわいいアタシ達の希望」
「お帰り、ライカ。巻き毛の愛らしいボク達の希望」
モニターの二人が、更ににっこり笑ってリアルな笑みを作り出す。
一見すると本物の笑顔だ。
けれど、そこには魂がない、魔力がない。作り物だと、すぐに分かってしまう。
それなのに、モニターの中の博士と学者は言う。
「ねえライカ。あなたが持って帰ってきた、あの杖の構造が知りたいの」
「なあライカ。魔術と呼ばれる学問の事が知りたいんだ。キミが知っている魔術のことを教えてくれないだろうか」
なあ、ライカ。
ねえ、ライカ。
モニターの虚像がリアル過ぎる笑顔で、次々に質問をする。
これはおそらく、機械で合成された音声だろう。
無機質で不気味な笑顔を浮かべ続けるモニターの中の二人。おそらく彼らこそが、星のノスタルジアくんがずっと会いたがっていた二人。
この疑似映像を使って、都合よく命令をしていた。
つもりになっていたのだろう。
これがもし、ライカが異世界での冒険全てを犠牲にしてでも地球に戻り、会いたがっていた人間達なら。
非常にまずい。
私が眉を、うにゅっと不快に歪めたその直後。
モニターを見ていたショゴスエンペラーくんが、ぐじょぐじょり!
テケリケ、テケケケっと不気味な哄笑を上げ始める。
「ナルホド! 人類とは実に面白い! 愉快デアル! このような魂ナキ、虚像で! 犬の心を騙せていた気になってイタト? ありえない、ありえない! コレには魂がナイ! 騙されるハズがない!」
「ど、どういうことだ?」
訝しむリーダー女性に向かい、私は続ける。
『ショゴスエンペラーくんが言う通り、魔術を扱うモノがこんな虚像に騙される筈がない。たとえそれが、元が犬だったとしてもだ。今は人間の姿、すなわち転生しているのだろう? ならば――知能もその器にあったレベルに成長している筈。それなのに、この映像に従い君たちに異世界の技術を提供していたとなると――マズい事になっているかもしれないね』
愛する博士と学者。
魔性になるほどに望郷に焦がれた犬が、会いたがった二人。そんな大事なモノを模造する悪い奴らに提供する技術――か。
もし私が、魔王様の名を騙られ命令されたなら――行う事はもちろん。
報復。
『例の科学ゴーレムの設計図と魔術式を、私に見せてくれないかな?』
「機密なので……できたら避けたいのだが、なにごとなのだ?」
私の真剣なネコ顔に思う所があったのか、ブロンドリーダーは眉を顰める。
理由があるなら公開する、そんな顔だ。
『もう手遅れかもしれないけれど、星のノスタルジアくん。彼女はもしかしたら、科学ゴーレムを生み出す魔術式に……』
私の言葉が、途中で途切れる。
理由は――この音。
ザッザッザッザ!
ザッザッザッザ!
廊下を襲撃したあの足音が――部屋を取り囲み始めていた。
どうやら、やはり――遅かったようだ。