校舎襲撃 ~魔術と科学とドヤ猫と~その3
室内には、卵とミルクと砂糖の香りが広がっていた。
温かい料理の香りであるが――。
これは、学校盗撮魔の現場を押さえた後の話。
偉大なる私……大魔帝ケトスと愉快な仲間たち、そして敵さんとの戦闘後。
ようやく落ち着き、話し合うことができる!
筈だったのだが、まあその前に必要な事がある。
そう、もうお分かりだろう。
グルメである。
さて、そんなわけで!
現在の場所は、大魔帝の影領域に落ちた敵のアジト。
戦闘フィールドとなっていた部屋から少し離れた、応接室である。
相手さんからの降伏宣言を受け入れた事により、戦闘は終了!
なんで襲ってきたのか!
あの謎の部隊はなんだったのか! そしてなんか詫びとしてグルメを寄越せと要求!
相手が、食事で謝罪になるのならと了承し、やっと冒頭のミルクや卵の香りと繋がるわけである。
大人しくグルメを差し出すという事は――まあこのモフモフネコ魔獣である私の偉大さに、ようやく敵さんも気付いてくれた!
という事だろう。
ああ、あまりにも偉大過ぎるこの叡智と美貌はやはり罪。
ビシ――!
よーし撮影準備も完了!
ということで!
ちょこんと革張りソファーに座る私は、ワクワクどきどき!
ついついキョロキョロと周囲を見渡してしまうのである。
そのまま更に、ついつい。
グルメへの興奮と猛りでネコの鼻をスンスン♪
ソファーにかわいいお手々をちょこんと、乗せて――バーリョバリョバリョ♪
バリバリバリ……バーリョバリョバリョ♪
高そうな応接室のソファーで爪とぎしちゃってるけど!
問題ないよね!
うん、ない。
『くはははははは! 実に心地良い爪とぎである! これぞ、大魔帝たる我にふさわしき感触よ! にゃは、にゃははははははは! にゃっはぁぁぁぁぁー! 気持ちいいぃぃぃぃニャぁぁぁ!』
「あぁ……その、失礼する。入るぞ」
せっかく私が元気に爪を研いでいたのに、それを邪魔するノックと凛とした声が届く。
もう扉は開いているのに、わざわざトントンやっている。
バリバリになっているソファーで爪を研ぐ私は、じっと顔だけでそっちを向く。
そこにいたのは真顔で頬に汗を浮かべる女の人。
先ほどの二十人弱を従えていたリーダーの女性だった。
いかにも軍人女性! といった感じのちょっときつい顔立ちだが、まあ美形といえるほどの隊長さんである。
ちなみに、その趣味は――。
二次元、三次元を問わない美少女画像のコレクション。
影猫達の情報では、ガチ勢である。
その辺を掘り下げる気はないので、私はコホンと咳払い。
爪とぎをしたまま紳士なネコ顔でキリリ!
『いや、すまない。少し野生を取り戻してしまっていてね――悪いがもう少しだけ待っていておくれ』
「こんな猫があれほどの強さとは、いまだに信じられんな」
私は構わず、バリバリバリ♪
現場を見られた私と、私を止めもせずに自由にさせている連れを見て――。
金髪さんもコホンと咳払い。
「信じられん、信じられんが……まあ、これは現実なのだろうな。だいぶお待たせしてしまったようで……申し訳ない。それであの、なんだ、これで問題ないだろうか?」
渋く告げた彼女は――良い香りを放つトレイをコトン。
置かれたグルメアイテムは……。
一見するとパンケーキであるが、その鑑定結果は――《ブリヌイ》。
あまり馴染みのないグルメ名だが、その見た目はかなりファンシーかつ豪華!
お皿の上に沢山の具材が並べられた、クレープのようなお菓子だった。
ようするに。
ロシア風パンケーキである。
ツナ味のおかず風クレープを食べた事がある人ならば、味も想像しやすいと思う。
爪とぎモードからグルメモードにチェンジ!
瞬間転移でお皿の前に移動!
モフ毛を汚さないように、前掛けを首に巻いて――っと!
『さーて、どれどれ~♪』
イクラとサーモンをしっとり生地で包んで、ナイフとフォークでお上品に切り分け。
ぺろり♪
頭のてっぺんの毛から尻尾の毛先まで、モコモコモコっと歓喜が伝わる♪
瞳をるんるんにして、私はウニャン♪
『おお! これはなかなか! うん、悪くないね!』
「そうか、それは良かった――料理はあまり得意ではなくてな。記憶を辿りながら母の味を思い出して作ったのだが、口に合ったのならなによりだ」
口元をサーモンの脂で濡らしながら、私は問いかける。
『あれ? 隊長さんなのに、君が作るのかい?』
「あいにくと、先ほどの戦闘でほぼ全員が寝込んでしまってな。無事なのはわたしと、いま横にいる数名のみ。外傷は一切ないのに、絶対安静。なるほど、異世界の魔術師とは恐ろしい技を使うのだな」
精神的なダメージを受けて、寝ている――ということか。
まあ、圧倒的な格上を相手にした新米冒険者には、よくある現象である。
ザザザ!
と、優雅に切り分け食べ続ける私に、リーダーさんが言う。
「ところで、我が国の料理はいかがか?」
『ん? だから美味しいって言ってる……って、ああそういうことか』
ちなみに。
このパンケーキは本当に美味しい! しょっぱさと、滑らか生地の絶妙なバランスがイイ感じである!
しかし、それを聞きたいわけではないだろう。
『我が国の料理ねえ。所属を明かしたくないと言っていた、その理由は理解できたよ。たしかに、機密が漏れたなんてなったら……何をされるかわからなそうなイメージあるしね』
「どう思うかはそちらの勝手だ。好きにするといい」
そう、彼女は我が国とあえて言い直して、私に問いかけた。
所属をどうしても明かせないとした彼女が提供したグルメは、ロシア風パンケーキ。
まあ、そういうことだろう。
ぱくぱく、スススス!
ナイフとフォークで切り分け爆食する私に、隣で見ていた社長さんで異能力者の金木白狼くんが、ぼそりと言う。
「そんなに不用心に召し上がって、大丈夫なのですか? 毒という可能性は……」
『ああ、私は状態異常をすべて無効化するからね。もし毒が入っていたとしても問題ないから平気だし――そもそもだ、狂気に支配されたあの後で、私に毒を盛れるほど度胸があるとは思えないしね』
肉球をピラピラさせる私に頷くのは、皇帝風の装いとなったショゴスエンペラー君。
スライムが貴族服を着こんだ姿になっている彼は、知恵ある魔物として紅茶を啜りながら――目を細め。
ゆったりと告げる。
「もし毒を、マゼテイタのなら。それはそれで、カマワヌだろう! ワレ、ここのニンゲンどもを全て、喰らう! それ、約束! 大魔帝ケトス、おそらく止めない。テケリケリケリ!」
哄笑を上げるエンペラーの影が、ぐわぐじょりと周囲を揺らす。
ついでに私も、くははははは!
影が巨大なネコとなって、裂けるほどに口が開く化け猫状態になっていた。
「言っておきますが、ワタシは嗤いませんからね」
ハクロウくんだけは冷静に腕を組んだまま、ソファーに深く腰掛け……息を漏らす。
そんな彼を見て、私とショゴスエンペラーくんが言う。
『ええ? 三人で嗤った方がインパクトあるんだけどなあ』
「魔猫の王よ、我が契約ヌシはおそらく、シャイ、というやつなのだろう」
二人は顔を見合わせて、再び哄笑を再開!
くははははははは!
テケリケリケリ!
私はともかく――ショゴスエンペラーくんの見た目のインパクトはかなり強い。
アジト内を這い回り踊る影が怖いのだろう。
私達を襲ってきた組織の面々の顔が、びしりと歪む。
たぶん……正気度……精神力をガリガリ削られている筈である。
んーむ、なんか大丈夫だった筈のこの人たちも、話し合いが終わったら寝込みそうだな。
まあ、こっちのせいじゃないし、別にいいけどね。
ちなみに、私もどちらかといえば相手の正気度を削る側の存在なので、ショゴスエンペラーくんによる精神ダメージはゼロ。
もはや変人レベルで天然さんなハクロウくんも、問題なし。
がりがりと、精神ダメージを受けているここの組織の連中には悪いが、まあ半分は脅しみたいなもんである。
さて、このままだと話も進まない。
サーモンスライスにほんのり炙ったチーズを乗せて、生地に挟みながら。
魔力でナイフとフォークをピコピコさせ私は言う。
『で? あくまでも見知らぬ国のエージェントさん達。本当になんでウチの学校を盗撮してたのさ? それに、あの正義扇動も君達の仕業かい? あと、あの部隊の事も、きっちりばっちし聞かせて貰うからね』
応じるのは、やはりリーダーっぽいプラチナブロンドの女性。
名前は非公開。
まあ……私はパソコン履歴から知っているのだが、一応伏せているので名無しのリーダーということにしておこう。
険しい顔をしたままのブロンド姉ちゃんが、言葉を選ぶように慎重に口を開く。
「その前に、一つ確認したい……構わないだろうか」
ネコの瞳を半分、ゆったりと閉じて私は大人の声音で言う。
『話に必要な事ならね』
「なぜそちらの学校は、アレを我等から強奪したのだ? どこでアレを知ったのか、その理由も可能ならば知りたい」
強奪とは穏やかではない言葉である。
ハクロウくんに目線を送られるが、私は肩を竦めてみせる。
知らんもんは、知らん。
『アレってなんのことだい?』
「とぼけているのか、それとも本当に知らないのか。どちらにしても、不用心すぎる、これだから異世界の……」
偉そうな言葉を吐こうとしたブロンド姉ちゃんだが――。
その言葉が止まった理由は、簡単。
ショゴスエンペラーくんが、ぎろっと紳士の睨みで脅したからである。
おお! 便利だぞ! この進化スライム君!
逆に紳士的な声で、私は静かに問いかける。
『すまないけれど、本当に君が言っている言葉の意味が分からない。もしかしたら知らない間に君達の大事なものを強奪してしまっていたのなら、謝罪……とまではいかないが、まあその辺は考慮して話を進めてもいい。何を示しているのか、言葉遊びは要らないから――はっきりと言っておくれ』
女の唇が、言葉を紡ぐ。
「星のノスタルジア。ここまで言えばもう分かるだろう?」
うん、分からん。
言われた賢き私はネコ眉をギュギュギュ!
あれ? その単語……どこかで……。
なにか聞き覚えがあったので考え……思い出せなかったので、記録クリスタルを閲覧。
『って、ウチの天然不思議ちゃんなほわほわ生徒じゃん! なに、君達。あの少女を監禁とかしてたわけ!? わりとドン引きだし、理由によっちゃ国ごと滅亡決定なんだけど……』
異世界から帰ってきた少女は有益な存在。
魔術や異界の技術を回収するために、少女の意思を尊重せず監禁していた。なーんて理由だったらさすがにこっちも態度を変えてしまうのだ。
しかし相手は訝しむように言う。
「生徒? あの子が?」
『その通りだけど、なんなんだい?』
どーも会話がうまくいかない。
「すまないが、なぜあの子を誘拐したのか。その理由を説明願いたい」
『誘拐とは心外だが……まあ、考えられる理由は一つだね。私はあの学校をつくるにあたって、ある召喚魔術を発動させた。地球で生まれ異世界転移し、かつ異世界から帰還し日本にいたモノを呼んだわけさ。具体的には――ダンジョン領域日本を作った瞬間に日本の範囲にいた転移帰還者は、全て私が強制召喚した。おそらく、誘拐というのなら……それに巻き込まれたんだろうね』
ショゴスエンペラーくんが、紅茶のカップごとガリガリ貪りながら言う。
「日本? ここの組織のニンゲンたち、日本の血をカンジナイ。何かの間違いデハ?」
『ああ……なんつーか。センシティブな問題だからあまり言及したくないし、直接的な言葉は避けるけど……。意識をしてはいなかったが――おそらく私の強制召喚魔術は、一番北方の島も効果範囲内に入れていたんだろうね。そして、そっちの金髪さん、君達はとある国の、とある領土の、とある最南端の島にいたんじゃないかな?』
たまーに漁師さんがトラブルになったりする地域である。
いや、本当に。
もはや部外者である私が言及するべきじゃないから、深い話題は避けるけど。
「ああ、その見解であっているだろう。今はその問題に触れる気はないが――ともあれ、あの島の施設に星のノスタルジアも存在していた……いえ、隔離していたのだが……」
『日本のダンジョン領域化に伴って慌てていた所を、今度は突然ノスタルジアくんが召喚されて消えた――と。ようするに君達は彼女を追って学校にまで来た。その結果がスパイ活動ってところかな?』
頷くブロンドリーダーさんの顔色に嘘はない。
まあ一応、辻褄もあっている。
だんだんと話が見えてきた。
『なるほどね。じゃあ校舎を襲ったあの謎の部隊は、ノスタルジアくんが異界から持って帰ってきた異界の知識と、現代科学の文字通り合成。二つの技術によって生み出された科学ゴーレム部隊だったってところかな』
「機密は漏らせない、それは了承して貰いたい」
漏らせないといっている時点で正解か。
あえて合わせてくるその視線が、私の話を肯定している。
しかしだ。
空間を歪曲させ、無人部隊を転移させる力をすでに確立しているとは――、なかなかどうして、厄介な国になるだろう。
まあ、この調子だと日本以外の国にも転移帰還者はいるんだろうし……それぞれが新たな技術を取り込んでいるのかもしれないが。
ともあれ、今はそこは関係ない。
『さて、じゃあそろそろ本題だ。君達がウチに送り込んだ教師をどうしたらいい? さすがにまた監視カメラをつけられるのは、不快だからね。スパイを続けるというのなら悪いけど、それ相応の対処をさせて貰う事になる』
「何故、教師がスパイだと?」
証拠もないし、まだ過程の段階。
パソコンのデータから判明はするだろうが、いかんせん情報量が多い。
ゆえに単純なカマかけでスパイ教師を炙り出したかったのだが――。
まあ正解だったようだ。
そのまま知っていた感を出して、私はドヤる。
『私は大魔帝ケトス。あまり甘く見ない方がいい』
「送り込んだ教師はあくまでも雇ったモノだ。組織とは直接関係もない、撤収させる。これについては後日、正式に謝罪もしよう。それでどうだろうか」
更に私は詰問するように言う。
『洗脳したりはしていない、そう思っていいのかな? あとでちゃんと調査すれば、その辺も分かっちゃうから、話がズレているとなるとそっちが不利になるけど。どうだい』
「我が部隊ではそのような外道な手段は行っていない。少なくとも、わたしはそう信じて今を生きている」
上や他は知らんが自分の所は潔白だ、そういうアピールか。
ハクロウくんに目をやる。
彼も同意見なのか、頷いている。
『オーケー、信じようじゃないか。で、話を戻すけど――ノスタルジアくんについてだ。彼女を返して欲しいってことだろうけど、さすがに監禁されていたり実験に使われているようだったら……返すわけにはいかない。そこんところは、どうなんだい?』
声のトーンが変わっていた。
空気も変わっていた。
選択を間違えれば――死が待っている。
そんな空気が部屋に広がっている。
ごくりと息をのみ、女性リーダーは口を開いた。
「魔性という存在を知っているだろうか」
『……うん、よくしってる』
このパターンってさあ。
まあ、なんとなく読めてきたけど。
「星のノスタルジア、あの子は我が国に帰還した転生者。そして、魔性と呼ばれる、感情を暴走させた者。あの子には二つの心と魂が存在している、我が組織ではそう結論付けているのだが」
『ああ、やっぱり……で? なんの魔性なのさ』
「望郷の魔性。少女の姿を取っている時の本人はそう語っていた。その性質は極めて不安定でな、いつ我が国へと帰ろうとする心を暴走させるか……それも不安なのだよ。実際、既にその暴走の兆候は見えている」
ようやく――。
話が繋がってきた。
一切の嘘を許さない、そんな厳しい顔で――。
私の猫口が蠢き光る。
『兆候? 具体的には?』
「我等も受けていた扇動の力だ。そちらにも心当たりがあるのではないか?」
言われて私とハクロウ君が目線を合わせる。
故意か暴走かは判断できないが――。
あの正義扇動の犯人は、ウチの生徒……ノスタルジアくんだったということかな。
まあ、あくまでもそれはこの組織での調査結果。
魔術に対しての知識も正直、あまり明るくはなかった。人間達の研究なので、それが正解かどうかはまだ確定していない。
『一応、そちらの事情は理解した。そうだね、ノスタルジアくん本人に確認してみるよ。彼女自身がどうしたいか、それを把握しておきたい』
「さきほどから少し違和感があるのだが……いいだろうか」
なんだろう。
「そちらでは、彼女と明確な意思疎通ができているのか?」
『当たり前だろう? まあ、たしかにちょっとふわふわしてる子だけど』
しばしの沈黙の後。
リーダー女性さんはふむと考え込み、ぼそり。
「ネコならばそれも可能、ということか」
『あのねえ、さっきから聞いていれば彼女をまるで犬や猫みたいな言い方をして、ちょっと失礼じゃないかい?』
まあ、私もネコなわけだが。
とりあえず、人間に対しての態度としては、やはりちょっと相応しくないと思ってしまうのである。
『って、聞いているのかい? ちょっとムカムカしてきたんですけど?』
「なるほど、すまない――ようやく、こちらでも話が見えてきた。そちらはあの子の元の姿を知らないという事だな」
言って、彼女が取り出したのは一枚の古い写真。
「星のノスタルジア。転生し異世界に転移する前の彼女の名はライカ。かつて科学の発展のために犠牲となったモノ。星の海に向かい帰らぬ者となった実験動物、ようするに――」
そこに映っていたのは、狭い空間。
独特な宇宙服を着た……動物。
「犬、なのだよ」
地球に帰る事を望んだ、犬。
帰巣本能と感情を暴走させた、転生者の犬。
ニンゲンから猫へと転生した私の逆パターンか。
……。
なるほど。
そりゃたしかに、かなり厄介そうである。