校舎襲撃 ~魔術と科学とドヤ猫と~その1
授業終了のチャイムと共にやってきたのは――異変。
隔離結界の中。
迫りくる足音は無数に続いている。
ザッザッザッザ。
ザッザッザッザ。
どっからどうみてもトラブルの気配であるが!
これも計算の内。
魔王軍最高幹部たる大魔帝ケトス! その天才頭脳が導き出した未来!
すなわち私の作戦通りなのだ!
黒きモフ毛をぶわっと膨らませ――床を踏み込む肉球がプニン♪
ネコの瞳が廊下に輝く!
そんなわけで! 音声魔法陣を展開したのだった!
『さて――とりあえず確認しておこうかな。この学校は~! 関係者以外立ち入り禁止なんだけどー! ウチの学校に何の用だーい!?』
無限に続く廊下。
果てのない筈の果てにまで、魔術で増幅したネコ声をかけたのだが。
反応はなし。
むろん、私はブスーっと猫顔を尖らせる。
『ふむ、意思がないのか。それとも、返事をする気がないのか――どちらにしても、一応警告だ! ここは学び舎だからね! 生徒達が生き方を学ぶ場所、敵対するのなら容赦なく消すけど。どうする~!?』
再度の問いかけに返事はない。
もういいよね。
『ハクロウくん、戦闘に移行する。召喚を――』
「承知いたしました」
幹部ボイスの私の言葉を合図にジャキン!
隣でカードを構えていた異能力者――。
金木白狼くんが、カードを発動させる。
「カードに眠る思念ある者よ、来てください。召喚! 魔物カード:《形無き無限の労働者》」
社長さんの宣言と共に、手に握っていたカードが浮かび上がり、回転。
世界の法則を捻じ曲げる。
ぎぎぎぎ、ぎゅいぃぃぃぃっぃん!
スーツの裾がバタタタタタっとジャレたくなるように揺れる中。
召喚されたのは――。
一匹の巨大な、液状生物グリーンスライム。
テレビゲームででてくる雑魚のスライム!
ではなく。
ちゃんとファンタジーの世界観から召喚されたスライムである。
すなわち、物理攻撃がほとんど効かず。
分裂をし、敵を丸ごと呑み込んだりするエグイやつ。倒しにくいのに大きな弱点も無い――実際に戦うとなると厄介な上位魔物なのだが。
まあ、スライムに自身を守らせ結界に使う――という手もよくあるのだ。
シリアスな空気で、ハクロウくんがスライムに言う。
「商談です。あなたの種族の新カードが欲しいのなら、ワタシを守ってください」
『って! 強制命令できないのかい?』
悠長にスライムと相談をする社長さんに、思わず突っ込んでしまったのだが。
ハクロウくんは、わりと真剣な表情で。
「可能ではありますが。それでは単調な命令しか聞いてくれませんからね。だったら説得して、自発的に協力して貰った方が効率も上がる筈です。というわけで、いかがですか? 今なら、最高レアリティ席が空いていますよ?」
「リョーカイ。オレさま、マモル。おまえ、対価、新カード。承諾」
うわぁ、スライムを説得したよ。
この社長さん。
私が言うのもなんだけど、この人もかなりアレだよなあ。
さて一応、念のため。心配なので私の魔力で魔王軍の眷族化。
グリーンスライムのレベルを上げて……っと。
……。
あー、上げ過ぎちゃったけど……ま、まあ問題ないかな!
「今の光は、一体。ケトスさん、ワタシのスライムになにか?」
『え!? あ、うん。ちょっとだけレベルを上げて強化しただけだよ、ちょっとだけね? だから、たぶん絶対安心な状態になっているから、心配しないでいいよ!』
レベルアップのファンファーレが鳴り響きまくる中。
ワレこそ、スライムロード! テケリケリケリ! いや、スライムのコウテイぞ!
と――。
なんか偉そうな言葉を発するほどに、スライムくんが成長している気もするが、気にせず!
私は敵さん候補を猫目でじろり!
『さーて、どんな顔をした間抜けがでてくるのか! くくく、くはははははは! 警告済みだから、一切の容赦なく、やってやるのである!』
ビシ――ッと、指差すその先の空間が歪む。次元を渡り、やってきたのだろう。
ザッザッザッザ!
更に近づいてくる足音が、私のモフ耳を揺らす。
無限回廊となった廊下の先からやってきたのは、自動魔法人形ゴーレムに似た魔物……達である。
魔術式が見えるのだが、異物も混入している。
……。
浮かんだ答えは、魔術と科学の合同技術。
「あれは――機械の兵士、でしょうか」
『さあねえ。見た事のない存在だが……あれも私が知らない異能なのかもしれないね。まあ、なにはともあれ、ぶっ壊すよ! 派手にやるから、ちゃんとスライム結界の中に隠れておくれ!』
ニヒィっと猫口をつり上げ笑い。
ダン!
私は廊下の壁に肉球をあて、強化結界を展開!
『魔力――解放。さあ、君達の声なき悲鳴を聞かせておくれ』
壁自体を壊れない結界と化し、天井と床にも結界を設置。
もう片方の肉球に魔術式を這わせ。
私は魔力を解き放つ!
魔術式に従い、私の影から現れた魔術カードが、なんかイイ感じにくるくると回る!
『魔術カード発動――!』
「それは――ワタシの異能!? ですか!」
驚愕の声を聞きながら、私は自慢げに尻尾をくるり!
この声が聞きたかったのである!
『いやあ! せっかくこんなに身近に、異能の力を扱える能力者がいるんだから、さあ? その力をコピーさせて貰って、使い方を練習したいよね? なら、この機会に拝借しちゃおうってなっただけだよ!』
私ならコピーぐらいできちゃうんだよねえ!
「か、構いませんが――こんな密閉空間でそんな大魔術カードを使ったら! 大爆発が”起きます”よ?」
『ああ、大爆発を”起こせる”だろうね!』
意識というか、認識の差があったのか。
しばしの沈黙が走る。
私があえて、大爆発を起こすつもりだと悟ったのだろう。
ハクロウくんは、えぇ……っとちょっとドン引き気味である。
さて――。
事前に大爆発を起こすと宣言したから何一つ問題ない!
尻尾をうずうず、瞳もうっずうっず!
肉球を輝かせ、私はニャハハハハハハハ!
『そーれ! こっちには結界で蓋をして、ドッカーン!』
「い、いきなりですか!?」
回るカードがカタリと止まり。
そして――それは発動した。
魔術カード:《吹き荒ぶ獄炎の風》
レアリティ:SSR
敵フィールドごと、炎耐性のない全ての魔物カードをゲームから除外する効果の、広範囲除去カードである。
それを異能として発動した場合、発現するのは――。
七重の魔法陣に匹敵する炎攻撃。
案の定。発生したのは、鋼鉄すらも焼き尽くすだろう獄炎。
生まれいでた業火が一直線に向かう先は、結界により四方をコーティングされた廊下だった。
その空間自体がまるで砲台の筒。
こちら側は結界で蓋をした。向こうはしていない。
爆炎は勢いよく――相手に向かって放出される!
筈!
まあ、実験だからね!
ゴゴゴゴゴ!
ズゴズガズザザザ、ブブブビュビュブギシャァァアアアアアアアアァァァン!
『ニャニャニャ! 凄い音だね!』
結界を通じてさえも伝わってくる魔風に、尻尾とモフ毛をもこもこさせて、私は言ったのだが。
「ス、スライムさん! 大丈夫ですか!?」
「ワレ、エンペラーすらいむ、思う。このネコ、危険、スギナイカ?」
な、ス、スライムになんか馬鹿にされた気がする!?
しばらく続いたのは、無限回廊を走り、その全てを舐めるように焼き続ける炎の地獄。
やがてそれも治まり、周囲には静寂が訪れた。
結界内の酸素が全て消費されたのだろう。
燃えるモノが全てなくなり、炎は消え――足音も響かなくなったのだ。
『ふぅ、まあ最初の実験としては上々! こんなもんかな!』
「すさまじいですね……いやはや。圧巻ではありますが……。ケトスさん、あなたは……いつもこんな非常識な事をしているんですか……? これ、敵が何者かも分からないまま、跡形もなく燃え尽きているのでは?」
いまだにレベルアップを繰り返すグリーンスライム。
なんかメキメキ、成長し過ぎているスライムくんに守られながら言う社長さんに、私は首を傾げ。
ぶにゃん?
肉球をパタパタと振って安心させてやる。
『ん? ああ、大丈夫大丈夫。死者がでているなら死霊魔術で操って情報を抜き取るから、死体が残ってなくても問題ないよ?』
「いえ、そういう意味で言ったのではないのですが……はぁ……、やはり、本場の異世界人はやることが過激なのですね」
頬に流す汗は、本物の緊張である。
んーむ、現地人の感覚にあわせるって難しいね。
まあ、その辺はおいおい慣れて貰うとして。
さて、蓋をした結界を解除して――何もなくなっている廊下を見るのだが。
……。
『おかしいな、死者の魂がない。じゃあ、さっきの足音はやっぱり機械とかゴーレムとか、そういう無人魔術兵器の類……だったのかな』
「ということは、相手は自分は安全な場所で操作――遠距離から攻撃を仕掛けてきていると?」
分析するハクロウくんに応じ、私は言う。
『そうだろうね。まあ悪くない作戦じゃないかな、普通だったらね』
言って私は、ネコの魔眼を発動!
捻じ曲げられた空間のゆがみを把握――痕跡を辿り……。
魔術式を逆算して――っと。
猫口を、ニヒィィィィっとつり上げる。
『見つけたよ。転移するから掴まっておくれ』
「え? いきなり言われましても……ッ!」
返事を待たず、私はハクロウくんとグリーンスライムごと空間転移!
シュシュシュン!
飛んだ先は、軍事施設を彷彿とさせる暗い空間だった。
◇
ハクロウくんが驚いたように、相手にとっても寝耳に水。
まさに驚愕であったのだろう。
転移した先はちょっと大きなオフィスの会議室、といったような広さの場所。
先ほども言ったが、イメージは軍事施設。
この地に住まう人類たちの香りがする場所なので、異世界ではないだろう。
私の学校と接続されていた、謎空間である。
敵は二十人ほど。
無数に輝くモニターには、学校の様子が映し出されている。
宙をフワフワと浮かびながら、私は腕を組んで朗々と告げる。
『なーるほどね、いつのまにか物理的な監視カメラが仕掛けられていたのかな。これも盲点だったよ、魔術も異能も用いない現代技術は、魔術探査の範囲外になるって事か――ばっちり、盗撮されてたってわけだね』
関心を向ける私に向かい、カチャチャチャチャ!
一斉に銃口が向けられる。
相手はスーツ姿の男女二十人弱。
鷲鼻の男が、銃を抜き放とうとしながら叫びを上げていた。
「な! なぜ、ここが――!」
『はい、はい、ストーップ! 死にたくないなら一歩も動かないでおくれ!』
告げた私は既に、魔術を発動済み。
致命的な一撃を相手に与えていた。
自分の影を拡大させ、施設内を覆っていたのである。
ここはもう、私の影世界の中に落ちているのだ。
これが魔術師相手なら、圧倒的な魔力差に怯んで、へへぇ……あっしが悪ぅございました、と土下座して全力謝罪するのだろうが。
うーむ。
相手さんに変化はない。ただ汗を浮かべて、銃を構えているだけ。
どうも文化の違い、というか魔術世界と科学世界との認識の差があるせいで……あまりビビってくれないでやんの。
とてつもなく嫌な言い方だが、蟻んこの群れに向かってダイナマイトを爆発させるぞ! と、叫んでも意味が通じない。
そんな状況と同じなのだ。
相手は魔術について詳しくないのだろう。
ハクロウくんは……まあ問題ないかな。
グリーンスライムに覆われているので、絶対安心空間内。
このスライム結界――。
実はいまだにレベルアップ中! 大魔帝の魔力をちょこちょこっと付与した影響で、急成長!
現在は、小さな国ひとつぐらいなら呑み込み溶かせるレベルの問題児。
エンペラーエメラルドスライムになっているからね!
さて、ハクロウ君の無事は確保できたので、こっちはこっちで敵を見る。
リーダーと話し合いっていうのが、穏便な解決方法だろう。
えーと……相手の中で一番レベルが高そうなのは――、あー、あそこのブロンド髪のお姉ちゃんか。
『そっちの君がリーダーなのかな? 私の縄張りに監視カメラをしかけて、なおかつ変な部隊を送ってきた。その時点でもう完全にアウトなんだけど、一応聞いておくよ? 君達は何者で、何が目的でこんなことをしたのさ』
言われたブロンド姉ちゃんはごくりと息をのみ。
海外の言葉で私に言う。
「どうして、わたしがリーダーだと?」
『君が一番レベルが高かったからさ。地球人の君達には馴染みがないかもしれないけれど、鑑定技能を持つ異世界人は相手のレベルをチェックできてね。隠そうとしても、まあ君たちの技術じゃ隠し切れないだろうね』
手の内を明かしている理由は簡単。
ただ自慢したかったからである。
ブロンド姉ちゃんは、やはり緊張したまま――部下達に目をやる。
攻撃させるか、止めるか悩んでいるのだろう。
『言っておくが、止めた方がいいよ。これでも私は異世界でもそれなりに有名な存在でね。平たく言ってしまえば、ちょっとは強い。敵と確定したら容赦もしないわけだから、まあ慎重に選びたまえ。もしやるというのなら、それも君達の選択だ。私は君達の意思を尊重し――対応しようじゃないか』
静かに告げる私。
とっても凛々しいね?
そのまま私は、じっと周囲を見渡す。
警告に従わずハクロウくんに銃を向けようとした、名も知らぬ男がいたからである。
……。
その場で消してしまうかと思ったが、ここは一応我慢しておこう。
なにしろハクロウくんは結界の中。
テケリケリケリと、鳥にも似た謎の奇声を上げるスライム君と契約済み。
もし銃で撃たれてもスライム君がガード!
反撃で、相手の存在ごと融解するだろうからね。
ようするに、相手はハクロウくんを撃った時点でアウト。
社長さんはもちろん無事で、撃った相手はその真逆。
自業自得な結果になるだけなのである。
『三度目は警告しないよ。一歩も動かないでくれるかな』
告げる私の足元が、ざわつく。
そこにあるのは、赤い瞳の群れ。
――おお! ここは新しい遊び場なのかニャ?
――愚かな人間がいっぱいいるニャ?
――ああ、ケトス様に逆らったか。愚かな猿どもですニャ~!
ブニャハハハハハと、影の中から猫が嗤う。
私の影の世界。
ドリームランドの猫達が、現実を眺めて嘲笑っているのである。
「なにを生意気な……っ、ネコの分際で」
『へえ、人間の分際で、生意気な口を利くじゃないか』
嫌味で返す私に、やはり影の中からクスクスクスとネコの笑い声が響く。
――どれ、探検するかにゃ!
――いいねえ! よし、同志たち! 空間を渡ろうではニャいか!
影の中から、よいしょ! こらしょ! どっこいせ!
ちょっと太めの猫達が――出現!
わっせ! わっせ!
影猫達が勝手に顕現し始めて、アジトと思われる空間を闊歩しはじめていた。
このフィールドを占領し始めているのだ。
それを領域乗っ取りだとは理解したのだろう。
リーダーのブロンド姉ちゃんが、ギリリっと顔を尖らせ宣言した。
「こちらの情報を与えるわけにはいかん――やむを得ん、しかけるぞ!」
ま、こうなるよね。
相手は何か軍事的な香りがする組織っぽいし、ここまでは想定内。
宣言に応じるように、私は眉を下げ。
『そうか、それは気の毒に……まあ、仕方ないね。それじゃあこちらも受けた歓迎に従い、それなりの返答をさせて貰おう。ああ、一応いっておくよ? 君たちのせいだから、後で腕の一、二本が欠損したからといって文句を言わないでおくれ』
告げて、私は魔力を解放させる!
敵のアジトに、赤き瞳がギラリと輝いた!
『さて、じゃあ殺さない程度に――遊んであげようか!』
相手は異能でも魔術でもない技術を持つ存在。
どんな対処をしてくれるのだろうか。
そこには私の知らないナニカがあるのだろうか?
いやあ、私、ネコだからねえ!
新しいオモチャには興味津々!
私の好奇心が、ウズウズと滾り始めていたのだ!