チェックの盲点 ~食後の見回りは健康にイイ~
転移帰還者救済組織、メルティ・リターナーズ。
影で活動するそのメンバーで私も信用している女性、立花グレイスさんに巫女スミレくんを任せて――。
戸籍やら学習状況などを確認している裏。
大魔帝こと魔王軍最高幹部!
すばらしきニャンコな私は、今日もモフ毛を靡かせ!
縦横無尽に校舎を進む――!
授業の声を聞きながら、のんびりと散歩するのって!
なんか背徳感があってイイ感じ!
『ビシ! ふっふっふ、今日もあまりにもステキで、世間様に申し訳なくなってしまうのである』
歩む肉球も、ぷにっぷにっとイイ感じで鳴っていたのだった!
モフ毛をふわふわさせる私の横。
トカゲを彷彿とさせるシュっとした細面マン、社長の金木白狼くんが言う。
「それはよろしいのですが、巫女スミレさんをメルティ・リターナーズに預けて本当に大丈夫なのですか?」
今現在、行動しているのは私とハクロウくんの二人だけ。
そして私に付き従っているネコ魔獣。
護衛兼、警備隊兼、あやしいやつ調査隊となったモフモフ猫魔獣大隊の面々である。
トラブルを求めて巡回している私とハクロウくん以外のメンバーは、それぞれの日常に戻りつつある。
だって。
ヘンリー君もヒナタくんも、殺戮騎士のトウヤくんも学生さんだしね。
しかし今の巡回チームを絵にすると――だ。
麗しき黒猫ボスである私、そしてモフモフ猫魔獣大隊、そんな最強ニャンコに囲まれた細面の高級スーツな社長さん。
なかなか変な図ではある。
ともあれ、私は苦言を呈するハクロウくんに眉を下げる。
『おや、なにか問題があるのかい?』
「こちらは異能者ですからね。転移帰還者、リターナーとはまた別の存在。派閥、ではないですが――やはり昔には確執があったそうですし、不安はあるのですよ。それにです。ワタシ個人と致しましてはあのグレイス嬢を信用しておりません」
これは珍しい。
異国美女風でエリート会社員っぽく見えるグレイスさんは、あの趣味さえ表に出さなければ!
かなり評判がいいのだが。
「なにしろ、愚弟とはいえ……彼女はワタシの弟を撃ち殺そうとしたらしいですし、気に入りませんね」
『ああ、そういうことか。ごめんごめん、君が重度のブラコンだってことを忘れてたよ』
おもいっきし私情だったのね。
なにか昔に確執があったのかと思ったじゃん……。
ブラコン繋がりな二人だが……。
猫口を苦笑させ告げる私に、ハクロウくんは立ち止まり。
「ブラコンではありません。アレがあまりにもバカなので、多少、他の方たちよりも気に掛けているだけです」
『そーいうのをブラコンって言うんだと思うけど……まあいいや』
ハクロウくんの心配ももっともか。
ここは彼にとっては見知らぬ地――ネコちゃんも初めての場所は緊張するもんね、それと一緒である。
私はキリリ!
日光が一番あたるスポットであるベンチに座り、魔王軍最高幹部としての声で言う。
『彼女は私が本気で激怒することを、けして望まないだろう。既に私は君や、君の弟くん、そして巫女スミレくんにキリンさんを味方だと認識している。それはメルティ・リターナーズの面々にも伝わっているだろうからね。私は身内を傷付けられる事を嫌う。とてもね。だからまあ――きっと丁重に扱っている筈さ』
この私の機嫌を損ねる愚を犯すとも、思えない。
何故なら私はネコ!
世に生きる全生物には! ネコちゃんのご機嫌を取る、そんな当然な義務が発生しているからに他ならない!
よーし、言い切った!
「身内、ですか――あなたは少し甘い所がありますね。もし、ワタシが間者で、裏切り者だったらどうするつもりなのですか」
『この私を裏切る? そんな度胸のある相手なんて、そうそういないだろう?』
ベンチの上でモフ毛を靡かせ断言する私。
麗しいね?
ここ、けっこうなドヤポイントである!
ベンチの玉座の上、猫魔獣大隊による拍手を受ける私は今日も素晴らしいわけだが。
一応は安心させる事ができたかな?
『ま、自慢じゃないけど。本当によほどの決意や信念でもない限り、君だって私を裏切ろうだなんて思わないだろう?』
そう続けると――ハクロウくんは少し安堵したのだろう。
眉間の皺を緩める。
「あなたは本当に面白い方ですね」
『あー、よく言われるよ……いろんな意味で……』
冗談を聞き流し、ハクロウくんが真剣な顔を作る。
私の横に座り、そっと――周囲の目を気にしながら告げる。
「さて、二人きりになるようにした――ということは、おそらくワタシに何か相談があるのですよね? いえ、まあ猫達は集まっていますがケトスさんのファミリアのような存在でしょうから例外として……ともあれ、可能な限りは力をお貸ししますが――何かあるのですか?」
さすがは社長にまで上り詰めた男。
生徒達を授業に戻し、密談できる状況を作ったことを察しているようだ。
『話が早くて助かるね。実は――さっきいた勇者のヒナタくん、そして死神の王子ヘンリー君には不穏な未来が見えていてね。君のカードの力を借りたいと思っているんだよ。私達の能力だけだと、はっきりとその未来を消す手段がなくてね。外部の力、つまり転移者ではない者の異能を借りたいってわけさ』
あの翳ある青年が死神の王子?
そういえば伝えていなかった情報に眉間をぎゅっとしながらも、ハクロウ君が言う。
「構いませんし、協力はいたしますが――世界の滅びの回避に、異能者の力はあてにしていない、ワタシたちでは力不足のような表現をしていませんでしたか? 事実として受け止めてはいますが」
『ああ、嫌な言い方をしてしまうと……世界を救う事に関してのみに限るのなら――ハッキリといって不要だ。けれど、人の命や運命を救うのならば話は別。助けられる人数を増やせるなら、その方がいいだろう? まあ、正直な話、君達の異能でも彼ら二人の運命を変えられるのかは分からないけれどね。一応、色んな手段を試しておきたいのさ』
あの時に手を打っていれば、そう後悔するのは嫌なのである。
了承してくれたのだろう。
ネコ魔獣大隊にだんだんと集られつつある、彼が言う。
「分かりました。それでワタシはなにをすれば?」
どーでもいいけど、高級スーツに無数の猫が登り始めてるのって……いいのかな?
良い生地だニャ~。
なぜか爪を研ぎたくなるニャ~と、ベンチに座る社長さんの膝の上にどんどんと、モフモフネコちゃんが乗っているわけだが……。
まあいいや。
『君の異能を確認したいんだけど。発動に条件はあるのかい? 魔物カードはマスターテリオンの時のようにその場でカード製造、効果を発動できるみたいだけど。魔術カードや、他のカードの事を聞きたい。作ってすぐ発動、なんてことは可能なのかな』
「いえ、おっしゃる通り、魔物カードはカード形式で雛型さえ作り出してしまえば、いつでも使用可能ですが。魔術カードなどの特殊な力や現象を発動させるカードは違います。一度、商品として発売してお客様方の手に届いて初めて、発動が可能となっていますね」
ふむ、と私は魔術師ネコの顔で考え込む。
『なるほど。つまり一度、お客の手……不特定多数の人間に存在を認知させる必要があるってことかな。信仰により力を発揮する神の祝福や奇跡、そういった人々の感情を糧とする魔術に近い能力なんだろうね』
カードゲームを一種の宗教として認識させた儀式魔術。
そう言いかえることもできるだろう。
魔物カードの場合、元となった魔物……つまり悪魔なら悪魔という存在の概念が、既に存在している。
悪魔は悪魔としてお客に認識されているから、販売されなくても発動が可能――。
なのかもしれない。
「魔術についてはよく分かりませんから、ワタシの知識ではなんとも」
『ああ、ごめんごめん。魔術式にするとこんな感じだよ』
言って私は肉球を翳し。
廊下一面に、ぎっちしと文字と魔術式を展開。
現地人の扱う異能とは、魔術の亜種である。
そんな猫文字のレポート。
そして付属させる魔術式を披露してみせる。
魔王様に提出する報告書でもあるのだが。
魔術を扱え、魔術式を認識できるネコ魔獣大隊が、ササササっと散っていく。
おそらく複雑すぎて頭痛を起こしているのだろう。
「おや、猫が逃げてしまいましたね」
『まあ、魔術式を把握するのは難しいからね。私の弟子であるヒナタくんならこれくらいは読めるだろうけど、並みの英雄クラスの魔術師がこれを見たら、今のニャンコたちみたいに複雑で分からん! って、コソコソと逃げちゃうだろうし』
モフモフ猫部隊が消えたハクロウくんの膝に前脚をかけ、撫でよ。撫でよとアピールしてやる。
別に他のニャンコが乗っていたから羨ましくなった。
そんなさもしい理由ではない……これは、そう、交流である!
私の喉を撫でながら、ハクロウくんはじぃっぃぃっと複雑な魔術式を眺め。
「なるほど。さっぱり分かりませんね」
『君も魔術を覚えてみるかい? たぶん巫女スミレくんやキリンさんが使っている霊力も、結局のところは魔力。世界の法則を書き換える力。カードの異能が発動できる君にも、たぶん魔力が宿っている筈だよ』
魔術師の私としては、こういう特殊な魔術師が増えてくれると嬉しいのだが。
ハクロウくんは眉を下げ、私の背を撫でる。
「それはまた今度、落ち着いたら――それで魔術カードをどうしたいのですか? なにかに必要なのでしょう?」
『んー、まあねえ。それでさあ! 新しく魔術カードを作って販売して貰うって事は可能かい? あの二人の運命を変更するような裏技的なカードを、こっそり仕込んでおきたいんだよね』
私を撫でる手を止めて、社長さんが考え込み。
トカゲっぽい瞳を動かし言った。
「構いませんが……問題が二つあります」
真面目な話になるかもしれない。
ぐでーんと殿様ニャンコモードだった私は膝からジャンプ、地面へと降りる。
高級スーツが猫毛で凄い事になっているが、気にしない。
「一つは物理的な問題です。非常識が常識となった世界――このダンジョン領域日本では今、普通の会社は休んでおります。弊社もそうですが、夢の中で働こうと思うモノは少ないでしょう? 新しく魔術カードを作ったとしても、印刷も販売もできませんので、お客様の手元に届ける事が不可能です」
『あっちゃー、なるほど……』
いざとなったら、私達が経営しているソシャゲに魔術カードを実装して……。
まあ試してみないと発動するかどうかが分からないか。
「もう一つはカード効果の規模の問題です。たとえばですが……死者を蘇らせるようなカードであっても、実際に発動させてみるとそこまでの効果を発揮しません。死にかけている瀕死のモノを助ける、いわゆる回復の力としては発動しますが――文字通り、死んだものの蘇生まではできませんでした。効果には限度があるという事です」
そう告げるからには……。
まあ、たぶん。過去に死者を蘇らせようと力を使った事があったのだろう。
結果は失敗した……ということか。
あえてその辺りには触れず、私は明るい声で言う。
『まあ、言い方は悪いがダメで元々だからね。今度、この世界の維持に協力してくれている七福神たちと、魔術カードをこのにゃんスマホのソシャゲ空間内で製造、販売できるかどうか相談してみるよ。君の作った”紙のカード”という条件があるかもしれないからね。ソシャゲの中のカードで力を発揮できるか試したいんだが、どうだい?』
「コラボレーション企画ということですか――やってみる価値はあるでしょうね。お客様に広く認識してもらうには、この強制的に持たされているにゃんスマホは広告媒体として最適ですし、こちらの商品の宣伝もできますから一石二鳥です」
既に頭は商売に戻っているようだが。
ふと、ハクロウくんが真顔になって呟いた。
「それにしても七福神……ですか。ああ、実在するんですね。そうですか、ケトスさんはそんな方たちともお知り合いで――なにやら今までの常識が壊れてしまいそうですね」
自分だって異能の力を使っているのだから。
今更な気もするけどね。
密談も終わり――私達は巡回を開始した。
◇
開始したのはいいが……。
授業の声が響く廊下には、のんびりとした空気が流れている。
『んーむ……トラブル、やってこないね?』
「平和なのは良い事ではありませんか」
猫魔獣大隊と、私と社長さん。
ぽかぽか太陽の下で、ただ学校内を散歩しているだけになっている。
『そりゃそうだけど……また正義感を暴走させた異能者が突撃してきても嫌だし……、んー、もしかしたら結界を強力に作り直し過ぎて、犯人が手を出せなくなってるのかなあ』
ヘンリー君と学長のヒトガタくんが協力して作った結界だ。
かなりの強度を誇っている筈。
ハクロウくんが冷静な顔で、私に言う。
「あともう一つの可能性としては、今現在動けない者による犯行ですかね。今は授業の真っ最中。となると、やはり生徒達が怪しいとなるのでしょうが――」
『生徒を疑いたくはないけど……やっぱり――そう……』
ここまで言って、私は肉球の歩みを止める。
「どうしたのですか? 抱っこ歩きはもう勘弁してくださいね、筋肉痛になりそうなので」
『いや、そうじゃない。私はね、強制召喚した生徒達の全員のチェックはした。能力が向上したヘンリー君の力で再チェックしても、そこに変化はなかった。全員がちょっとだけ怪しい、けれど――そればかりに注意が向いていたんだろうね。肝心なことを失念していたよ』
シリアスな空気を察したのか。
ハクロウくんがぎゅっと眉間に皺を刻む。
「と、いいますと?」
『今、誰も仕掛けてこないって事は犯人は動けないでいる。つまり生徒が怪しいともなるが――学校には他にも、授業中に動けなくなるものがいる。誰だと思う?』
「まさか――教師、ですか?」
同じ考えに至った。
つまりは、可能性としてはゼロじゃない。
『ああ、ここには許可を得て出入りしている部外者も数人いる。転移した影響で学習機会を失ってしまった生徒達に、日本の教育を教える教師が働いているからね。それはメルティ・リターナーズからの派遣であったり、募集した上で採用した教師がいるんだ。その中に悪意をもって、或いはこちらを調べるためにスパイが紛れ込んでいた。あり得ない話じゃないだろう?』
可能性を導き出した私の頭上。
モフ耳が揺れる。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったのだ。
空気が――変わった。
周囲に歩いていたネコ魔獣達が消えている。
廊下の外で鳴いていた、鳥たちの姿も無い。
まるで時が止まったように、学校内が固まっていたのだ。
異変を察したハクロウくんが、カードを取り出し周囲に目をやる
「これは……なにか、空気が……」
『結界さ。どうやら仕掛けてきたらしい――私からあまり離れないでおくれ』
たしかに長い廊下だったが、その果てがなくなっている。
空間を捻じ曲げているのだろう。
『おそらく戦いになる。生徒を巻き込まない程度の魔物を呼んで、自分自身の身を守っておくれ』
「あなたを守る魔物を呼ぶ必要は……と、さすがにそれは愚問ですね。小さな猫を守らず自分だけを守るというのは……少々気が引けますが。分かりました。自分の身は必ず、邪魔にならないように頑張りますよ」
ニンゲンって、どうしてこう私を守ろうとするんだろうね。
まあ、そういうところがあるから……。
うん、まあアレでアレでアレなのだが。
ともあれ。
ザッザッザッザ。
まるで軍隊にも似た足音が――私の耳を撫でていた。
重くなっていく空気の中――。
私はこう思っていた。
よっしゃぁああああああああああぁぁぁぁぁ!
作戦成功! やっぱりトラブルの方からやってきてくれたのである!
――と。
だって、ねえ?
隠れたままになっている敵を探すより、さ?
手掛かりから襲ってきてくれた方が、はるかに楽だよね!