その猫は太陽のように眩しくて ~光~
異能力者集団と接触を図り、世界の終わりを伝え協力を仰ごうとしていたら。
なんか色々とあって。
結局――キリンさんと敵対する事になりました。
しかもキリンさんは麒麟様ではなく、キリンさんでした。
分かってるよ、うん、分かってる。
意味が分からないんだよね?
……。
いや、でも事実なんだから仕方ないじゃないか。
そんなわけで!
大魔帝ケトスたるネコ魔獣な私は、麒麟ならぬキリンさんを祀る神社の儀式の間で。
肉球を構え――ズジャ!
結界を展開し、巫女のスミレ……さんだっけ? ともかく彼女を守りつつ、キリンさんが逃げられない空間を作成したのだった!
分厚い結界の中。
瞳を開いた巫女が、驚愕の眼差しをキリンさんの尊顔に向ける。
「そ、そんな!? ワ、ワタクシたちが拝んでいた麒麟様が、キリンはキリンでも、キ、キリンさんでしたなんて……」
神たるキリンを警戒しながらも、揺れる乙女を振り返り私は言う。
『そう、だからこの神は誰からも見られないように帳の中にいた。自分が麒麟ではなくキリンだって事を、認めたくなかったんだろうね。だから見たモノの瞳を焼き、戒めとして聴力まで奪った。どこで秘密をばらされるかも分からないからね。更に、見たモノの自由を奪うために異能を与え、巫女としてその一生を奪う。なんともさもしい神様だね』
解説しながらも私は、肉球で掴んだアメリカンドッグの串をくーるくる。
十重に広がる魔法陣。
この世界にとっての異界の言語がびっしりと刻まれた魔法陣を展開し、ぶにゃん!
自慢げに尾を揺らしてやる。
『魔力解放――神罰反転。さあ、君の罪を推し量ろう』
「罪だと? 笑わせるな異界の神よ! この巫女が掟を破り、我を覗き見ようとしたのは事実。貴様らの言葉で言えば魔導契約を破ったのだ、それ相応の罰が与えられて然るべき。それが神と人との縁にして、規則。神との契約を破りし罰は――重いと知れ!」
黒い尻尾をペチンペチンと揺らしながら、キリンさんが瞳を細めていた。
ふむ。
まあキリンさんの言っている事も一理ある。
『あのさあ、君。なんかやけに顔を見られたくなかったみたいだけど――別にキリンだって問題なかったんじゃないのかい? 力は本物なんだし。あの麒麟にこだわらずに、堂々と神をしてたら良かったのさ。キリンはキリンで需要もあったと思うよ?』
「貴様に我が心は分かるまい」
キリンさんはむっしゃむっしゃと草木を食みながら。
シリアスに瞳を閉じていく。
「これがあの伝説の麒麟様か!? と、歓迎されたものの、時代が動くにつれて人々は変わった。『いんや、殿様。これ麒麟でのうて別の生き物で、ねーべか?』と、不審な目で見られる毎日。あの視線、あの悍ましき人の子らの裏切りの目! 我は忘れぬ、けして忘れぬ!」
『ああ、君……麒麟と間違われて輸入されたのか』
まあ、実際は間違われてではなく。
詐欺。
時の権力者を騙すために、キリンさんを麒麟様だと偽り船で運びこんできた、詐欺師みたいな商人がいたのかもしれないが。
なにしろ麒麟て、優れた仁……ようするに、安定した徳のある君主の治世でしか、顕現しない事になってるからね。
麒麟の存在そのものが、優れた君主の証なのである。
あの麒麟様ではないと、そう判明した後の空気は――。
まあ、あまり感じのイイものではなかったのだろう。
勝手に連れてこられて、勝手に失望されたんじゃ……ねえ?
そりゃキリンさんも怒るだろう。
そして人とは、そういうことをする生き物だと私も知っていた。
そんな私の心を読んだのか、キリンが窺うように口をモグモグする。
「人とは実に身勝手で、傲慢な生き物だ。そうは思わぬか、人を憎悪し永久に呪い続ける巨鯨猫神の祟り神よ。我は正直、人が憎い。なれど、既に麒麟神としてこの地に囚われ、動きも取れぬ。貴様は我が人を戒めていたと思っておるのやも知れぬが、その逆だ。人が我を神として信仰し、この地に縛り付けておるのだよ」
『ああ、人間の信仰は力となるからね。神であるべきという思念、一方的な信仰が君をそうさせたのか』
ニンゲンにも似たような現象は起きる。
たとえばタレントとして注目され出した芸能人は、人に見られることによって神格化されていく。
不思議と魅力的になっていくのだ。
こうあるべき。
そう思われ、見られ続ける事により精神と肉体に変化が生じているのである。
それと同様に、このキリンさんは麒麟とは厳格で恐ろしく、雄大であるべきと人間から見られ続けた。
その結果――精神と魂を、麒麟として神格化させてしまったのだろう。
ただ肉体だけはキリンのまま。
それが、このキリン神にとってのコンプレックスであるのかもしれない。
ようするに。
はじめにこのキリンさんを麒麟として運んできた、昔の人が悪かったのである。
「大魔帝ケトス。異界より舞い降りし邪悪なる魔猫よ。我と共に行かぬか? 我と共に、身勝手な人族を従属させてやりたくはないか? 人族にこの恨みと悲しみを、ぶつけてやりたくはないか? 我は思う。驕るな人間よ。汝らの罪を知れ。我を麒麟とし祀り、この地に戒め辱めた――その罰を受けるが良い! とな」
『ま、ちょっと前までの私なら頷いていたかもね』
そう、賢き私は経験を積んだ。
『正直ね、君の気持ちも理解はできるんだ。人間は愚鈍で残酷で、脆弱で……どうしようもない存在さ。けれど、彼ら一人一人にも物語がある。人生がある。時に弱き者を救う心がある。全てが全て、憎い存在って訳じゃなくなっている。君がいつの時代の私のグリモワールを読んだのかは知らないけれど、情報がちょっとだけ古いね』
私の頭の中に、出逢った人間達との思い出が蘇ってくる。
やきとり、からあげ、フィッシュアンドチップス。
たくさん浮かんでエトセトラ。
そして今、頭に浮かんでいるのは毎日盗んでいたプリン!
ジト目でキリンさんがこちらをジロり。
「……。いや、人間の話をしながら何故ヨダレを垂らす?」
『プリンって高くても安くても、美味しいという事さ!』
意味が分からんとばかりに、キリンさんが沈黙する。
さて。
ずっと話を聞いていた麒麟の巫女に目をやって、私は告げる。
『そんなわけで、プリンを盗み食いした代金ぐらいは払っておこうかな。とりあえず立てるかい? 君を守りながら戦うとなると、やっぱり不安だからね。大いなる光と合流して欲しいんだけど』
「ワタクシに……あなたに助けられるほどの価値など」
少女の言葉が、床を濡らす。
それは見えるようになった眼から零れた涙だったのか、振り続ける雨の滴りだったのか。
私には判断できなかったが。
とても脆く、儚げに見えた。
なんてことはない。
今までの不遜が消えてしまえば、後はただの乙女。
普通の少女に戻っていた。キリンに巫女として召し上げられた時のまま。少女のまま、彼女の時は止まっていたのだろう。
あえて私は、冷たい口調で巫女の頭を揺らす。
『君は何か勘違いをしていないかい?』
「え?」
憎悪の魔性としての、赤き瞳をギラギラギラ。
闇の中。
獣の牙と同時に、私は言葉を光らせる。
『君が助かりたい、助かりたくないなんてどーでもいいんだよ。そんな事情、私には関係ないのさ。私は私の思うまま、好きなようにするだけの話。それが私、大魔帝ケトスさ。そーいうセンチメンタルはさあ、救出された後でたっぷりやってくれればいいから』
キリンの片目がピンと跳ねる。
「貴様! 我が巫女をどうするつもりであるか!」
『どうするもなにも、君はもう巫女を捨てたんだろう? だったらもう遅いよ。私が拾おうと思ってね。そのために、君のかけた呪縛を完全に解除しようかなって。駄目かい?』
まあダメって言われても、やっちゃうんですけどね。
アメリカンドッグの串に魔力を這わせ――、魔術陣を空に浮かべる。
おそらく。
今、神社の外。キリンによって作られた雷雨を裂くように――私の魔力が暴れ狂っている筈。
紳士たる声で――。
私は悠然と告げる。
『阿賀差スミレ。麒麟の巫女たる君は――私による祟りを受け続けていた。それは魔猫神の罰。すなわち神罰。これってさ、言い方を変えれば既に十分罰は受けたってことになるよね? しかも、過剰なぐらいにね。なにしろプリンを私に毎日食われ、あまつさえ一番大切な婆様をあの残念女神に奪われた。これもネトラレっていうのかな? よく分かんないけど、ニャハハハハ! まあいいや、ゆえにこそ!』
一度言葉を切り、私は契約解除の肉球印を頭にぺちり。
『十分な罰を受けた超過分を君に返そう――キリンなんかの罰により奪われたその瞳も聴覚も既に返却済み、私の権限で全てを戻して元通り。契約は破棄された。これで君は自由さ』
角を怒らせ、案外につぶらな瞳を尖らせたキリン神が唸り。
首を奮い立たせ――言った。
「おのれ! 我が巫女を奪おうというのか!?」
『あれあれぇ? だって君、自分の身可愛さに、彼女を私に差し出そうとしただろう? つまり、既に彼女の処遇は私が決めてもいいってことさ!』
ぐぬぬぬぬっと口をモゴモゴし。
キリンさんがくわっと長い舌を覗かせ唸る。
「この娘に腹を立てていた筈であろう!」
『チッチッチ! 君は甘いなあ、ネコ心がなーにも分かっていない』
ビシっと素晴らしいポーズを取り、私は堂々たる哄笑を上げる。
くはははははは!
くはははははは!
哄笑が、祭壇の天井を壊し――天が、儀式の間を照らした。
光が満ちた。
大いなる光が存在するからだろう。
太陽がまるで、少女の心を包むように淡く優しく。
輝いていたのだ。
『我は気まぐれニャンコ! 嫌うのも自由、気が変わって気に入るのも自由! 巫女を助けるのも、また自由! 雲の流れのように移り行く心のまま! 感情の赴くまま! 好き勝手にやったるんじゃーい!』
少女の瞳が見たのは太陽だったのか。
あるいは、私のドヤ顔だったのか。
どちらだったのか、私は知らない。
けれど――。
空を舞う鳥のように、自由を謳歌する私のモフ毛。
ぽかぽか太陽に照らされ輝く、黒き毛並みを眺める巫女の瞳は――揺れていた。
まるで大空を見上げる小鳥のような、明日を夢見る輝きを放っていたのだ。
巫女だった少女の口が、震えながら動く。
「大魔帝ケトス……、これが猫。ああ、なんて――なんて自由で……美しいイキモノなのかしら」
少女の指が、天へと伸びる。
「そして太陽。ワタクシが失ってしまった光を照らす、温かき力」
太陽が、少女の濡れた頬を輝かせる。
キラキラキラと雪が解けたように、見える眼で少女は空を見上げ続けていた。
巫女契約の破棄は完了。
呪縛は完全に解けたようである。
さて。
後は、更に一発、空気をぶち壊してやろう。
ニヒィっと嗤ったまま私は、魔導メガホンを装備。
キィィィン――。
と反響音を鳴らし、メガホンを調整するべく肉球でトントントン。
『あーあー! テステス! えー! 申し上げます! 申し上げます! 聞こえてるかな?』
「だいじょうぶよー! ちょっと遠いけど、聞こえてるわよー!」
私のモフ耳が揺れる。
外で待機している社長のハクロウくんと、大いなる光の返事が聞こえたのだ。
『ああ、聞こえていそうだね! さて、長年の間、麒麟信仰を行っていた信徒の皆さんに申しあげます! ねえねえ! 実はさ! 君たちが崇めていた麒麟様なんだけどー! その正体を知りたいだろう? 知りたいよね? 知りたくなくても教えちゃうけどね!』
キリンさんが長い首をガガガっと武者震いさせ。
晴れた天のまま雷をドドドドド、ドン!
「こ、こらぁあああああああああぁぁ! きさま、なにをするつもりだ!」
『そう! 映像も見えたかな!? 動物園のキリンさんが神格化された神様だったっぽいんだけどー! そう! あのキリン! ほら、見えるだろう!? 長い首でー! 高い所の葉っぱを食べる、あのキリンさん! どーおもうー!?』
地域全域に送った魔導音声である。
ついでに女神、大いなる光が持つ《日輪の鏡》にこの地の映像が映っている筈。
当然、それは屋敷全体に広がっていて。
正体はもはや看破された。
誰もがその尊顔を、拝んだことだろう。
「ぐわあぁああああああああああああああぁぁぁぁぁ! な、なんということを!」
『ぶにゃははははは! やーい! 焦ってるぅ? 焦ってるぅ? でもいいじゃん! これでもう顔を隠す必要もなくなったし、動きやすくなったんじゃないかな? って――その顔に、その魔力。へえ、私とやる気かい?』
そう。
キリンさんが宙に浮かび、蹄で空を掻き始めていたのだ。
「我にも神の矜持がある! もはや、我慢ならぬ!」
告げたキリンさんが――猛ダッシュ!
空を走り、私に突進!
『よし、じゃあ戦いで決着をつけようか。その方が手っ取り早いよね』
「あまり我を舐めるでないぞ、大魔帝ッ!」
空間転移しながら吠えたキリンさん。
その稲光を纏った頭突き攻撃を、私は太陽で生まれた闇の中に溶ける形で――。
回避!
『おお、結構早いね。並の魔族だったら、ダメージを受けていた事だろう。ああ、危ない危ない。私が並の魔族だったらねえ!?』
チェシャ猫のように、スマイルだけを残し闇に溶けた私に向かい――。
ギリ!
蹄に霊力を走らせたキリンさんが咆哮を上げる。
モモォォオオオオオオオオオオォォッォォ――ッ!
それこそが本格的な戦いのドラム。
聖戦が――始まったのだ!
瞬時に天から光が伸び、巫女の身体を回収していく。
大いなる光が気を利かせて救助したのだろう。
まあ、脆弱なる身で獣神同士の戦いに巻き込まれたら、一溜まりもないだろうからね。
人間を守る結界を瞬時に張る私に向かい、キリン神が唸りと共に宣言。
「四神顕現! 朱雀の息吹よ!」
角の先端から魔術式が弾け――それは魔術効果となって発動する。
ズシュシュンシュン!
キリンの放った灼熱の業火が、無数の羽根となって闇の中を斬ったのだ。
『へえ! 方位を司る四神の力を再現……逸話魔術みたいなもんかな! でも甘いね!』
言って、私は闇の中で魔法陣を走らせる。
闇から伸びるのは、アメリカンドッグの串を杖とするネコちゃんの手!
『原子変換――朱雀よ。私は汝を否定しよう』
宣言が魔術効果となって発動!
跳んでくる羽根を全て彼岸花へと変換し、術妨害!
魔力によって生み出された物理現象を読み解き、勝手に組み替え再生成させる――。
錬金術の一種である。
キリンさんが驚愕の眼で、黒目をぱっちり!
「異教の力!? 原子配列変換の儀であるか――!」
『さあ、次は何をみせてくれるのかな。キリンさん』
赤い花が舞い散る中。
雷を鳴らし続けるキリンが唸り、雷撃と共に叫びをあげた。
「四神顕現、玄武の守護よ!」
告げるキリンさんの角から、亀の甲羅のように硬い結界が展開。
結界をそのまま強固な壁とし、私に直接ぶつけてくる。
ドダドダドバダダダ!
強大な防御結界は攻撃にも転用できる、まあ魔術戦の基本である。
こいつ、意外に戦い慣れてるな。
いったい、どこでこんな戦術を覚えたんだか。
しかし、私は動じず――飛んできた結界に着地!
『よっと! 必殺、結界の肉球渡り!』
「な!? キサマ! ふつう、結界を踏んで床のように歩くか!?」
動揺するキリンさんが天を駆け、距離を取る中。
私は肉球をパチン!
『これで終わりさ。闇よ、キリンさんを傷付けないように捕らえよ――!』
慌てて蹄を鳴らし飛んで駆けるキリンさんの脚を、闇の槍で足止め!
その長いあんよを絡めとった!
と思ったのだが。
「甘いわ……ッ!」
キリンさんは空を踏みしめ、術を破壊。
蹄による振動で魔術式に介入し、術そのものを否定したのだ。
思わず私はモフ毛をぶわっとさせて、感嘆とした息を漏らしていた。
『へえ!? 君、意外だけど本当にちょっとは強い? まあ、ずっと信仰されていたんだろうし……そうか。めちゃくちゃ手加減したとはいえ私の魔槍を破るなんて、凄いじゃん』
ちょっとは、楽しめそうかな?
戦いの高揚の中――私はアメリカンドッグの串を、ぎゅっと握った。
ていうか、何故アメリカンドッグの串を杖に?
そんな視線がキリンさんから注がれているが――気にしない!